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シリアに違法に駐留を続ける米軍基地がロケット弾攻撃を受ける:「イランの民兵」の報復か?

青山弘之東京外国語大学 教授
North Press、2022年5月16日

シリア北東部のハサカ県で5月15日深夜から16日未明にかけて、米軍の基地がロケット弾の攻撃を受けた。

なぜシリアに米軍の基地?

米軍は、2014年8月、イスラーム国に対する「テロとの戦い」を行うとして、有志連合を主導してシリアに対する爆撃を開始した。また、2015年末頃から、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義勢力の民主統一党(PYD)の民兵組織である人民防衛隊(YPG)や、同隊を主体に結成されたシリア民主軍を有志連合の「協力部隊」と位置づけ、これを支援するとして、イスラーム国から奪取した地域各所に基地、前哨地、監視ポストを設置していった。その数は、2018年末には32ヵ所に達し、米軍兵士約2,000人、海兵隊員約850人、レンジャー部隊約250人が駐留するにいたった。

2018年末の米軍の基地、前哨地、監視ポスト(筆者作成)
2018年末の米軍の基地、前哨地、監視ポスト(筆者作成)

2019年になると、ドナルド・トランプ大統領の2度にわたる撤退決定とその撤回を受けて、基地の整備が行われ、米軍駐留の目的も、イスラーム国に対する「テロとの戦い」に代えて油田防衛が強調されるようになった。2020年初め時点で、米軍の基地は27カ所(ハサカ県15カ所、ダイル・ザウル県9カ所、ラッカ県1カ所、ヒムス県2カ所)、駐留部隊の兵力は600~3,000人とされている。

2021年時点の米軍の基地(筆者作成)
2021年時点の米軍の基地(筆者作成)

シリアでのイスラーム国に対する「テロとの戦い」、そして部隊駐留は、国連安保理決議に基づいておらず、またシリア政府を含む同国のいかなる政治主体の要請にも基づいていないため国際法違反にあたる。だが、ロシアのウクライナ侵攻とは対照的に、米国のシリアでの活動が欧米諸国や日本において批判されることはほとんどない。

SANAの報道

シリア情勢にかかる情報は、同地で熾烈な情報戦が繰り広げられていることもあり、シリア政府、ロシア、イランと、反体制派、欧米諸国の間で異なった内容になることが常である。だが、今回のロケット弾攻撃については、双方が発信する情報はほぼ一致していた。

国営のシリア・アラブ通信(SANA)は5月16日、複数の地元筋の話として、5月15日深夜から16日未明にかけて、北・東シリア自治局の支配下にあるシャッダーディー市近郊にある米軍基地にロケット弾多数が撃ち込まれたと伝えた。

死傷者の有無についての情報はないという。

北・東シリア自治局とは、PYDが主導する自治政体で、米軍の軍事的後ろ盾のもと、ユーフラテス川以東の広範な地域を実効支配している。

シリアの勢力図(筆者作成)
シリアの勢力図(筆者作成)

同地元筋によると、ロケット弾は、米軍の空港(ヘリポート)施設が設置されているジャブサ油田の居住地区、米軍がシリア民主軍に供与する無人航空機(ドローン)を製造するために転用しているとされる同油田の法務局に着弾した。

ジャブサ油田の基地は、2016年半ば頃までにシャッダーディー市の基地の前哨地として設置された。移動式の居住施設、プレハブ住宅からなり、米軍特殊部隊が駐留した。米軍は2019年10月に一時撤退したが、翌11月に再駐留し、現在に至っている。

同地元筋によると、現地では、救急車輌が駆けつけるサイレン音などが鳴り響くとともに、米軍の航空機が上空を旋回、シリア民主軍がシャッダーディー市で厳戒態勢を敷いたという。

反体制派の報道

一方、反体制系サイトは、バラディー・ニュースが5月16日、複数の親イラン筋の話として、発射されたロケット弾が2発だったとしたうえで、シャッダーディー市東のイラク・シリア国境地帯から発射され、1発がジャブサ油田近く、もう1発が軍事医療ポイント近くに着弾したと伝えた。

これに対して、同じく反体制系サイトのノース・プレスは、軍事筋の話として、ロケット弾が発射されたのは、国境地帯ではなく、シャッダーディー市北西の第47地区だと伝えるとともに、ロケット弾1発が着弾した瞬間を撮影したとされる写真を掲載した。

また、英国を拠点に活動する反体制系NGOのシリア人権監視団は、シャッダーディー市に着弾したロケット弾は2発ではなく、複数発だったとしたうえで、人的被害は確認されていないと発表した。

米主導の有志連合によると思われる爆撃への報復か?

いずれのサイト、組織も誰がロケット弾を発射したのかは不明だとしている。だが、攻撃は「イランの民兵」による可能性が高い。

「イランの民兵」とは、イスラーム教シーア派(12イマーム派)宗徒とその居住地や聖地を防衛するとして、イランの支援を受けてシリアに集結し、シリア・ロシア両軍と共闘する外国人(非シリア人)民兵の総称。イラン・イスラーム革命防衛隊、その精鋭部隊であるゴドス軍団、レバノンのヒズブッラー、イラクの人民動員隊、アフガニスタン人民兵組織のファーティミーユーン旅団、パキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団などがこれに含まれる。

米国(あるいは有志連合、イスラエル)と「イランの民兵」は、2020年1月にイラクのバグダード国際空港で、イラン・イスラーム革命防衛隊ゴドス軍団のガーセム・ソレイマーニー司令官と人民動員隊のアブー・マフディー・ムハンディス副司令官が米軍のドローンによる攻撃によって殺害されて以降、シリア南東部やイラクで攻撃・報復の応酬を繰り返している。

2021年10月と11月には、イラク、ヨルダンとの国境に面するタンフ国境通行所(ヒムス県)の米軍基地がドローンとロケット弾で複合的な攻撃を受けた。これに関して、イランやレバノンのメディアは、イスラエル軍のシリアへの爆撃に対するの報復だなどと伝え、「イランの民兵」の関与を示唆していた。

これに対して、2021年11月9日、10日、15日、19日、26日、27日、28日、有志連合所属と思われるドローンがイラクとの国境に面するブーカマール市などにある「イランの民兵」の拠点を攻撃、2022年に入ると、ソレイマーニー司令官の命日に合わせるかのように、1月4日と6日にクーリーヤ市近郊とティブニー町近郊(いずれもダイル・ザウル県)の砂漠地帯にある「イランの民兵」の拠点複数カ所をドローンなどで攻撃した。また、4月21日には、所属不明の戦闘機が、ブーカマール市内にあるイラン・イスラーム革命防衛隊の拠点複数カ所を爆撃した。さらに5月1日には、アシャーラ市(ダイル・ザウル県)にある「イランの民兵」の拠点複数カ所が、7日には、ダイル・ザウル市の仮設吊り橋近くに設置されている「イランの民兵」などの拠点が爆撃を受けた。

「イランの民兵」は1月5日、4月6日深夜から7日未明に、ウマル油田(ダイル・ザウル県)に米軍が違法に設置している基地(通称グリーン・ヴィレッジ)を砲撃し、4月の砲撃では米軍兵士4人に軽傷を負わせるなどして対抗した。

4月21日以降の有志連合によると思われる一連の爆撃に対して、「イランの民兵」(あるいはシリア軍)が5月7日、米軍基地が設置されているCONOCOガス田(ダイル・ザウル県)一帯を砲撃している。シャッダーディー市一帯に対するロケット弾攻撃も、こうした報復の一環と見られる。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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