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米国との同盟とロシアのウクライナ侵攻への理解が、シリアに対するイスラエルの侵犯行為を可能にする

青山弘之東京外国語大学 教授
SANA(2022年4月27日)

米国の同盟国で、ウクライナ侵攻(特別軍事作戦)を敢行したロシアに一定の理解を示すことが、国際法違反と他国への武力攻撃を可能にしているようである。

米国との同盟、ロシアへの理解

欧州での反ユダヤ主義によって故国を追われたユダヤ教徒(シオニスト)が1948年に建国したイスラエルは、中東における米国の最大の同盟国であることは今更言うまでもない。

しかし、2月24日にロシアがウクライナに対する特別軍事作戦を開始し、欧米諸国や日本がこれを侵略として非難するなか、イスラエルはこれらの国の集団ヒステリーとは一線を画し、プラグマティックな対応をとっている。

イスラエルは一方で、在外ウクライナ大使館による義援金寄附や「国際義勇兵」(傭兵)募集の呼びかけを黙認しつつ、ヤイール・ラピード外務大臣(兼首相代理)が3月25日に大学での講演で、次のように述べ、ウクライナでロシアと軍事的に対峙するのが得策でないことを吐露、実質的に中立の立場をとっている。

我々は、シリアでイスラエル軍のパイロットが撃ち落とされ、捕捉される可能性を阻止しなければならない。それがイスラエル社会に何をもたらすのか考えて欲しい。

反米、親ロシア

これに対して、シリアは、2011年に「アラブの春」が波及して以降、米国、そして西欧諸国、トルコ、サウジアラビア、カタールとの関係を悪化させ、「事実上の戦争状態」にあるとして反発している。その一方、ロシアやイランとの関係を深め、ロシアによるウクライナへの特別軍事作戦にいち早く支持を表明、国連総会などでの欧米諸国や日本によるロシア非難決議にも一貫して反対票を投じてきた。

イスラエルとシリアは前者が建国して以降、一貫して戦争状態にあり、これまでにもたびたび戦火を交えてきた。だが、1967年の第三次中東戦争でイスラエルがシリア領ゴラン高原を占領、1981年に一方的な併合を宣言するなど、両者の関係は常にイスラエル優位のもとに推移している。

この状態は、国際社会、欧米諸国、日本、さらにはロシアが、シリアに対するイスラエルの侵犯行為を一貫して黙認し続けていることで今も続いている。

イスラエル軍戦闘機のミサイル攻撃

シリア国営のシリア・アラブ通信(SANA)は、シリア軍筋の話として、イスラエル軍戦闘機が4月27日午前0時41分に、パレスチナのガリラヤ地方(イスラエルが言うところのティベリアス湖西岸、ティベリア市一帯)方面から、首都ダマスカス一帯に向けてミサイル多数を発射したと伝えた。SANAによると、この攻撃に対して、シリア軍防空部隊は迎撃を行い、ミサイルの一部を撃破したが、兵士4人が死亡、3人が負傷、物的被害が出た。

イスラエルは、ロシアがウクライナに対する特別軍事作戦を開始して以降、シリアに対する侵犯行為をしばらく控えていた。だが、4月14日に約2カ月ぶりにミサイル攻撃を再開していた。なお、今回のミサイル攻撃を含め、イスラエルは2022年に入って19回にわたり侵犯行為を繰り返している。

シリア外務省は国連に対応を求めるも…

シリアの外務省(外務在外居住者省)は4月27日、国連事務総長と安保理議長に宛てて書簡を送り、攻撃の詳細を報告、イスラエルの犯罪を非難し、これを停止させ、関連する安保理決議を遵守させるよう要請した。だが、いつもの通り、国際社会が動く気配はない。

英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団によると、ミサイル攻撃は、ダマスカス郊外県のサフナーヤー市一帯、シリア軍第4師団第100連隊基地に近いスーマリーヤ山、ダマスカス国際空港に近い丘陵地帯、ダマスカス県ドゥンマル区とクドスィーヤー市を結ぶ区間、キスワ市一帯、ダマスカス国際空港近く、ジャルマーナー市近郊、クドスィーヤー市近郊、ジュダイダト・アルトゥーズ町近郊のシリア軍の拠点複数カ所を狙ったもの。

スーマリーヤ山やダマスカス国際空港近くの丘陵地帯にある武器弾薬庫、サフナーヤー市近郊とキスワ市近郊の兵舎が破壊され、死者数はSANAの報道よりも6人多い10人、負傷者も8人に達した。死者の内訳は士官(大佐)1人を含むシリア軍将兵が6人、「イランの民兵」に所属する身元不明者4人だという。

狙われたのは「イランの民兵」か?

同監視団によると、ミサイル攻撃を受けた地域の拠点におけるシリア軍の駐留は形式的なもので、実際は「イランの民兵」によって運用されていたという。

「イランの民兵」とは、イスラーム教シーア派(12イマーム派)宗徒とその居住地や聖地を防衛するとして、イランの支援を受けてシリアに集結し、シリア・ロシア両軍と共闘した外国人(非シリア人)民兵の総称。イラン・イスラーム革命防衛隊、その精鋭部隊であるゴドス軍団、レバノンのヒズブッラー、イラクの人民動員隊、アフガニスタン人民兵組織のファーティミーユーン旅団、パキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団などがこれに含まれる。

イランもまた、米国に対して敵対的、ロシアに対して友好的な姿勢をとっている点でシリアと変わらない。

攻撃の狙い

一方、反体制系サイトのサウト・アースィマは、イスラエル軍の攻撃の狙いについて二つの解釈を行っている。

第1は、イランからシリアに新たに持ち込まれた武器弾薬を狙ったというものだ。

同サイトによると、4月26日の正午頃、イランの首都テヘランの国際空港を陸した輸送機1機がダマスカス国際空港に着陸しており、イスラエル軍はこの輸送機が運搬していた武器弾薬を狙ってミサイル攻撃を行ったと見られるというのだ。

第2の解釈は報復だ。

イスラエル軍のアヴィハイ・アドライ報道官は、ミサイル攻撃の約5時間前にツイッターを通じて以下の通り発表した。

今朝早く、通常任務にあたっていた国防軍(イスラエル軍)所属の無人航空機がシリア領内に墜落した。情報が漏洩する心配はない。事故は調査中である。

つまり、ミサイル攻撃は、シリア領空に侵犯していたドローンが撃破されたことへの報復とみなすことができるという。

とはいえ、イスラエルの狙い、そして戦果がどのようなものであれ、ミサイル攻撃そのものが黙認されているという事実は、イスラエルの軍事・外交戦略が成功を収めていることを意味している。そして、この成功を支えているのが、国際社会におけるダブル・スタンダードであることは今更言うまでもない。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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