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ウクライナ行きに備えるシリアの「傭兵」:自由、尊厳ではなく、混乱をもたらす欧米諸国の人道介入

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:つのだよしお/アフロ)

ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が2月27日にロシア軍の侵略と戦う「国際義勇軍」への参加を各国に呼び掛けてから1週間が経った。

Twitter(@UKRinJPN)、現在は削除
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欧米諸国、そして日本では、少なからぬ市民がウクライナ行きを志願し、各国政府は対応に追われていると報じられている。

侵略者や抑圧者の不正に抗議する平和的な連帯行動や経済制裁が、武器供与、資金援助、さらには戦闘員派遣といった過激な支援につながり、混乱とテロを助長するという流れは、これまでにも繰り返されてきた。

その最たる一例がシリア内戦であるが、人道主義を振りかざし執拗な干渉を続けた欧米諸国と、これを主権侵害だと非難して介入したロシアやイランによって「今世紀最悪の人道危機」と称される修羅場となったシリアも、ウクライナをめぐるNATOとロシアの紛争から自由ではいられない。

イドリブ県で「傭兵」リスト提出

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団は3月5日、複数筋の話として、シリア北西部のイドリブ県で、ウクライナでのロシア軍に対する戦闘への参加を希望する「傭兵」のリストが作成されていると発表した。

イドリブ県は、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が軍事・治安権限を握り、シリア政府の支配が及ばないいわゆる「解放区」。自由と尊厳、そして体制打倒をめざす「シリア革命」最後の牙城と目されている。

シリア人権監視団によると、リストには、リビアやアゼルバイジャンでの戦闘に参加した経験がある「傭兵」ら数百人が名を連ねており、トルコが支援するシリア国民軍(TFSA:Turkish-backed Free Syrian)に提出された。

名簿に登録を済ませたイドリブ県西部出身のKh.Kh.は、10人の名前が記されたリストをシリア国民軍に所属するハムザ師団に提出したと証言している。

ハムザ師団をはじめとするシリア国民軍諸派は、トルコの諜報機関の指示を受けて大量のリストを準備しているが、ウクライナにはまだ「傭兵」を派遣していないとのこと。

ウクライナに派遣される予定の傭兵には、ロシア軍に対するゲリラ戦を行い、月給2000米ドル(約23万円)以上が支給されることになっている。だが、戦闘参加を希望している者たちは、報酬を得た後にポーランドを経由して、EU(欧州連合)諸国に移住することを考えているという。

シリア人権監視団がインタビューしたH.I.(30代、イドリブ県在住)は、「どんな手段でもいいからEU加盟諸国に渡りたい」としたうえで、ウクライナ行きの準備をしていると明かしている。ウクライナ経由でEUに渡航するには1万ユーロ(約125万円)が必要なのだという。

プロパガンダとして一蹴されていた「傭兵」派遣に向けた動き

シリアからウクライナへの「傭兵」派遣に向けた動きは、ロシア軍がウクライナで特別軍事作戦を開始した当初から指摘されていた。だが、その情報源の多くが、ロシアやシリア政府寄りのメディアだったためプロパガンダだと一蹴されていた。

最初に報じたのは、シリア政府に近い立場をとるレバノンのマヤーディーン・チャンネルだった。

同チャンネルは2月27日、シリア北部で活動する多数の戦闘員をウクライナに移送する準備が行われているとのシリア人政治評論家のムハンマド・カマール・ジャファーの分析を紹介したのだ。

ジャファーは「ロシアとシリアは、ウクライナに派遣される戦闘員についての諜報を共有している」としたうえで、「トルコがウクライナへの戦闘員の移送に全面的に関与している」と述べた。

また「トルコのディープ・ステートは、CIAの要請を受け、戦闘員を教練し、シリアからウクライナに派遣しようとしている…。トルコはシャーム解放機構と連携し、戦闘員のウクライナへの派遣を完全に統轄している」と断じた。

米国がドンバス地方での対ロシア戦に参加させるためイスラーム国を教練?!

また、ロシア対外情報庁は3月4日に声明を出し、米国が違法に部隊を駐留させているヒムス県南東部のタンフ国境通行所の基地で、イスラーム国のメンバーを軍事教練し、ウクライナに派遣し、ドンバス地方での戦闘に参加させようとしていると発表した。

声明の概要は以下の通り。

米国は2021年末、ロシアやCIS諸国出身のダーイシュのテロリスト数十人をあるシリア民主軍(米国が支援するクルド民族主義勢力を主体とする民兵)の刑務所から釈放し、米国が掌握しているタンフ国境通行所基地に移送され、彼らはドンバス地方を中心に破壊工作やテロを実行する手法について特別な訓練を受けた。

米CIAと米特殊部軍司令部は、中等やアフリカ諸国に新たなダーイシュの部隊を作り出そうとしてきた。彼らは、NATOの諜報機関の支援を受け、隣国ポーランドを経由してウクライナに入り、テロ破壊活動に参加するために移送されることが決定されている。

これに関しては、タンフ国境通行所一帯地域で米軍の支援を受けて活動している反体制武装集団の一つ革命特殊任務軍が3月5日に声明を出し、「事実無根」と否定した。

トルコによる「傭兵」募集

真偽は定かではないが、ロシアのメディアは報道を続けた。

RIAノーヴォスチ通信は3月5日、ロシア軍筋の話として、ウクライナの諜報機関がトルコの諜報機関とともにシリア北部で活動している「テロリスト」をウクライナでのロシア軍との戦闘に参加させるための準備を進めていたと伝えた。

同筋によると、ウクライナ軍治安機関の要員3人が、トルコの諜報機関の士官3人とともに2月4日、トルコ占領下のアレッポ県北部のアフリーン市やアアザーズ市を訪れ、同地の自由シリア軍の拠点を訪問、幹部らと会談し、戦闘員のウクライナへの派遣の可能性について議論し、秘密会合を継続することで合意した。

スプートニク・ニュース(アラビア語版)も同日、この訪問で、第一陣として戦闘員500人を必要が生じた場合にウクライナに派遣することが合意されたと伝えた。

スプートニク・ニュース(アラビア語版)はまた、この訪問を受けて、シリア国民軍が「傭兵」を募集するための徴兵事務所を開設したと報じた。

それによると、募集を行っているのは、ハムザ師団、シャーム軍団、スライマーン・シャー師団、東部自由人運動など「トルコマン系の武装集団」で、アレッポ県のアフリーン市、アアザーズ市、ジャラーブルス市、ラーイー村、ラッカ県のタッル・アブヤド市、ハサカ県のラアス・アイン市などに徴兵事務所を設置したという。

ハムザ師団、シャーム軍団、スライマーン・シャー師団は、トルコがリビアやアゼルバイジャンに派遣した武装集団。一方、東部自由人運動には、多くのイスラーム国元メンバーが参加している。

傭兵には月収5,000ユーロ(約63万円)もの大金が支給されるという。

ロシアもシリア人「傭兵」を募集

ロシア側の報道に対抗するかのように、シリアの反体制派に近い立場をとるメディアも「傭兵」について報じた。

反体制系サイトの一つサウト・アースィマは3月1日、ロシアがシリア政府支配地域でウクライナでのロシア軍の軍事作戦を支援するための「傭兵」の募集を始めたと伝えた。

また、パン・アラブ系日刊紙の『シャルク・アウサト』(アッシャルクル・アウサト)も3月5日、シリア人2万3000人あまりが、ウクライナでロシア軍とともに戦闘に参加する準備ができているとする記事を掲載した。

記事は、イドリブ県出身の著名なシリア人記者のイブラーヒーム・ハミーディーによるもの。

記事によると、複数のシリア人仲介業者が、シリア駐留ロシア軍司令部が設置されているラタキア県フマイミーム航空基地の名のもとに、首都ダマスカスや政府支配地域で、ウクライナでロシア軍とともに戦闘に参加することを取り決めた契約を若者と交わし、その数は2万3000人に達しているという。

彼らは、アサド大統領のいとこで、2020年に粛清されたビジネスマンのラーミー・マフルーフ氏が運営していたブスターン慈善協会傘下の民兵の元メンバーや国防隊メンバーなど。

ウクライナでの戦闘に参加する若者には、7カ月間で7,000米ドルが支給される予定。

任務はウクライナでの「施設防衛」だが、7カ月間シリアに戻らないこと、シリア政府が本件に関与しないこと、が契約の条件だという。

ロシア側が雇った「傭兵」に関しては、ドンバス地方での戦闘に投入されているといった情報も流れている。その真偽は定かではないが、ウクライナでの戦闘が、こうした「傭兵」の流入によって泥沼化し、シリアと同じように混乱が再生産される仕組みができれば、それによってもっとも得をするのは、言うまでもなくロシアの動きを封じることができる欧米諸国である。

欧米諸国の人道介入は、仮に自由や尊厳をもたらすことができなくとも(自由や尊厳をもたらすことはほとんどないが)、確実に混乱を作り出し、政敵を陥れることができる。その意味では、極めて巧妙な戦略だと言える。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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