シリア北東部でのイスラーム国の反乱で露呈したクルド民族主義勢力と米軍の統治能力の低さ
戦闘が続くグワイラーン刑務所
シリア北東部のハサカ市にあるグワイラーン刑務所(グワイラーン地区工業高校)で襲撃・脱獄事件が発生してから5日目となる1月24日、同地では国際テロ組織イスラーム国のメンバーとシリア民主軍・アサーイシュによる戦闘は続いた。
シリア民主軍とは、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)の民兵である人民防衛隊(YPG)を主体とする武装部隊で、米国が指導する有志連合がイスラーム国に対する「テロとの戦い」における協力部隊と位置づけ、支援する組織。一方、アサーイシュは、PYDが主導する自治政体の北・東シリア自治局の内務治安部隊の俗称。事態収拾の任務には、シリア民主軍のテロ撲滅部隊(Yekîneyên Antî Teror、YAT)とアサーイシュの緊急対応部隊(Hevalno Asayîşe Rojava、HAT)、そして有志連合を支援する米軍があたっている。
PYDに近いハーワール・ニュース(ANHA)や英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団などによると、24日の戦闘は、刑務所の外壁で数度にわたる激しい戦闘が発生、YATとHATが事件を首謀したスリーパーセルのメンバーや脱獄犯が立て籠もる刑務所内の施設への突入を試みたほか、米軍が23日深夜から24日未明にかけて爆撃を行った。
立て籠もりを続けるイスラーム国メンバーの数は不明だが、ANHAによると、刑務所には5,000人以上が収監されていたという(シリア人権監視団によると3,500人)。
シリア民主軍は、拡声器を通じて投降を呼び掛け、これにより約300人が武器を捨てて投降したと発表した。また、シリア人権監視団も、約400人が刑務所外に移送されたと発表した。
だが、刑務所では依然として多くのイスラーム国メンバーが投降を拒否し、抵抗を続けていると見られる。
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避難住民を保護する政府
事件を未然に防ぐことができず、事態が大規模な戦闘へと発展したことは、シリア民主軍、アサーイシュの治安維持能力の欠如、北・東シリア自治局のガヴァナンス(統治能力)の低さ、そして後ろ盾となっている米国、そして有志連合によるテロ対策の不備を示している。
戦闘が始まった1月20日以降、北・東シリア自治局が実効支配するハサカ県のグワイラーン地区、隣接するズフール地区から多くの住民が、シリア政府が支配する市内のいわゆる治安厳戒地区へと避難した。国営のシリア・アラブ通信(SANA)によると、その数は3,500世帯に達している。彼らは、シリア軍が設置した安全回廊を通って治安厳戒地区に避難し、仮設避難センターに収容され、県の社会問題労働局が、シリア赤新月社、NGO、住民ボランティアなどとともに食糧や医薬品を提供、支援を行っている。
また外務在外居住者省は事態に対処するための緊急会合を開催し、国連関係機関、赤十字国際委員会、シリア赤新月社、シリア国民信託(シリア最大のNGO)の代表と意見を交換、避難住民を支援するためにあらゆる措置を講じるよう求めた。
これに対して、PYDのハサカ市評議会の共同議長を務めるサーミヤ・アフマドによると、北・東シリア自治局が保護した住民は65世帯だけ。ここでも、北・東シリア自治局の危機対策の不十分さが見て取れる。
カリフ国の幼獣の存在で遅れる事態収拾
加えて、事態収拾の遅れに対する弁明も目立っている。
シリア民主軍の広報センターは1月24日に声明を出した。
「カリフ国の幼獣」とは、イスラーム国が育成した児童兵を指す。イスラーム国がシリアとイラクの広範な地域を支配下に置いていた2015年7月、UNESCO世界文化遺産に指定されているシリア中部ヒムス県タドムル市のパルミラ遺跡群にある古代劇場でシリア軍兵士25人を処刑する子供たちの様子は、当時西側のメディアを中心に大きく報じられた。
子供たちの身の安全を確保したいと感じることは自然なことだ。だが、イスラーム国のメンバーが立て籠もるユーフラテス大学経済学部のテクノロジー研究所を爆撃(1月21日)で躊躇なく破壊し、子供や若者が学ぶ場所を奪う米軍の姿勢に比して、あまりに慎重な姿勢に感じられる。
事件発生はトルコとシリア政府の責任
シリア民主軍の政治母体であるシリア民主評議会も1月24日に次のような声明を出し、トルコとシリア政府の対応を批判した。
トルコは、事件発生と前後して、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるアレッポ県アフリーン市一帯、ラッカ県アイン・イーサー市一帯に激しい砲撃を行うようになった。
だが、事件に伴う混乱の主因をトルコやシリア政府に着せようとする姿勢は、事態収拾に向けた対応の遅れや避難住民への不十分な支援を正当化する理由にはならない。
シリア人権監視団によると、1月20日以降の戦闘で154人が死亡した。うちイスラーム国のメンバーは102人、シリア民主軍、アサーイシュ、刑務所守衛は45人、住民は7人にのぼるという。
シリア民主軍がハサカ市の大部分を掌握(2016年)してから6年、北・東シリア自治局が発足(2018年)し、自治が整備されてから4年が経つ。
だが、今回の事件は、PYDが主導するこれらの組織、そしてその背後にいる米国の統治が、20年続いたアフガニスタンの占領統治にも増して、脆く、定着していないことを物語っている。