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シリア北東部でのイスラーム国の反乱で露呈したクルド民族主義勢力と米軍の統治能力の低さ

青山弘之東京外国語大学 教授
ANHA、2022年1月24日

戦闘が続くグワイラーン刑務所

シリア北東部のハサカ市にあるグワイラーン刑務所(グワイラーン地区工業高校)で襲撃・脱獄事件が発生してから5日目となる1月24日、同地では国際テロ組織イスラーム国のメンバーとシリア民主軍・アサーイシュによる戦闘は続いた。

シリア民主軍とは、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)の民兵である人民防衛隊(YPG)を主体とする武装部隊で、米国が指導する有志連合がイスラーム国に対する「テロとの戦い」における協力部隊と位置づけ、支援する組織。一方、アサーイシュは、PYDが主導する自治政体の北・東シリア自治局の内務治安部隊の俗称。事態収拾の任務には、シリア民主軍のテロ撲滅部隊(Yekîneyên Antî Teror、YAT)とアサーイシュの緊急対応部隊(Hevalno Asayîşe Rojava、HAT)、そして有志連合を支援する米軍があたっている。

PYDに近いハーワール・ニュース(ANHA)や英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団などによると、24日の戦闘は、刑務所の外壁で数度にわたる激しい戦闘が発生、YATとHATが事件を首謀したスリーパーセルのメンバーや脱獄犯が立て籠もる刑務所内の施設への突入を試みたほか、米軍が23日深夜から24日未明にかけて爆撃を行った。

立て籠もりを続けるイスラーム国メンバーの数は不明だが、ANHAによると、刑務所には5,000人以上が収監されていたという(シリア人権監視団によると3,500人)。

シリア民主軍は、拡声器を通じて投降を呼び掛け、これにより約300人が武器を捨てて投降したと発表した。また、シリア人権監視団も、約400人が刑務所外に移送されたと発表した。

だが、刑務所では依然として多くのイスラーム国メンバーが投降を拒否し、抵抗を続けていると見られる。

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避難住民を保護する政府

事件を未然に防ぐことができず、事態が大規模な戦闘へと発展したことは、シリア民主軍、アサーイシュの治安維持能力の欠如、北・東シリア自治局のガヴァナンス(統治能力)の低さ、そして後ろ盾となっている米国、そして有志連合によるテロ対策の不備を示している。

戦闘が始まった1月20日以降、北・東シリア自治局が実効支配するハサカ県のグワイラーン地区、隣接するズフール地区から多くの住民が、シリア政府が支配する市内のいわゆる治安厳戒地区へと避難した。国営のシリア・アラブ通信(SANA)によると、その数は3,500世帯に達している。彼らは、シリア軍が設置した安全回廊を通って治安厳戒地区に避難し、仮設避難センターに収容され、県の社会問題労働局が、シリア赤新月社、NGO、住民ボランティアなどとともに食糧や医薬品を提供、支援を行っている。

SANA、2022年1月23日
SANA、2022年1月23日

また外務在外居住者省は事態に対処するための緊急会合を開催し、国連関係機関、赤十字国際委員会、シリア赤新月社、シリア国民信託(シリア最大のNGO)の代表と意見を交換、避難住民を支援するためにあらゆる措置を講じるよう求めた。

これに対して、PYDのハサカ市評議会の共同議長を務めるサーミヤ・アフマドによると、北・東シリア自治局が保護した住民は65世帯だけ。ここでも、北・東シリア自治局の危機対策の不十分さが見て取れる。

カリフ国の幼獣の存在で遅れる事態収拾

加えて、事態収拾の遅れに対する弁明も目立っている。

シリア民主軍の広報センターは1月24日に声明を出した。

過去3日にわたるイスラーム国によるグワイラーン刑務所の制圧とテロリスト収監者の脱獄を目的とした組織だった攻撃において、シリア民主軍の進軍を妨げる大きな障害は、テロリストが、イスラーム国とつながりのある「カリフ国の幼獣」の子供たち700人を人間の盾として利用していることだ。彼らは、過激思想から更生させるために、拘置所内の特別分離房に収容されていた。

シリア民主軍は、刑務所内にいるこれらの子供たちに被害を及ぶことの責任のイスラーム国のテロリストどもに負わせる。

シリア民主軍は、国連、赤十字国際委員会に、子供たちを無力化し、イスラーム国が彼らを軍事作戦で利用せず、その身柄を治安部隊に引き渡し、身の安全を確保するために介入するよう求める。

「カリフ国の幼獣」とは、イスラーム国が育成した児童兵を指す。イスラーム国がシリアとイラクの広範な地域を支配下に置いていた2015年7月、UNESCO世界文化遺産に指定されているシリア中部ヒムス県タドムル市のパルミラ遺跡群にある古代劇場でシリア軍兵士25人を処刑する子供たちの様子は、当時西側のメディアを中心に大きく報じられた。

‘Inab Baladi, 2015年7月4日
‘Inab Baladi, 2015年7月4日

子供たちの身の安全を確保したいと感じることは自然なことだ。だが、イスラーム国のメンバーが立て籠もるユーフラテス大学経済学部のテクノロジー研究所を爆撃(1月21日)で躊躇なく破壊し、子供や若者が学ぶ場所を奪う米軍の姿勢に比して、あまりに慎重な姿勢に感じられる。

ANHA、2022年1月21日
ANHA、2022年1月21日

事件発生はトルコとシリア政府の責任

シリア民主軍の政治母体であるシリア民主評議会も1月24日に次のような声明を出し、トルコとシリア政府の対応を批判した。

テロ組織イスラーム国のメンバー多数を拘留する任務は容易なことではない。大国でも不可能なことだ…。だが、シリア民主軍は、有志連合の一部の国、北・東シリア自治局の内務治安部隊とともに重責を担ってきた…。にもかかわらず、周辺諸国からの陰謀は止まない。

とりわけトルコは、イスラーム国への支援を止めず、占領地で彼らに武器を供与し、展開させ、傭兵として育成し、北・東シリア自治局の支配地に潜入させた…。グワイラーン刑務所を狙った作戦は、(ハサカ県の)スィリー・カーニヤ(ラアス・アイン)市や(ラッカ県の)タッル・アブヤド市で計画された。

トルコはまた、(ラッカ県の)アイン・イーサー市一帯の村々を砲撃し、民間人を狙い、刑務所での戦闘から世論の関心を反らし、我が部隊を分散させ、大規模な脱獄作戦が行われる余地を与えた。

ダマスカスの権力(シリア政府のこと)と挫折した反体制派の一部は、事件を人種差別、人道への罪などと評した…。だが、これらの非難はこうした勢力にふさわしく…、彼らが女性、子供、老人に対してもっとも卑劣な犯罪を行うテロリストどもを擁護することは不思議なことではない。

トルコは、事件発生と前後して、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるアレッポ県アフリーン市一帯、ラッカ県アイン・イーサー市一帯に激しい砲撃を行うようになった。

だが、事件に伴う混乱の主因をトルコやシリア政府に着せようとする姿勢は、事態収拾に向けた対応の遅れや避難住民への不十分な支援を正当化する理由にはならない。

シリア人権監視団によると、1月20日以降の戦闘で154人が死亡した。うちイスラーム国のメンバーは102人、シリア民主軍、アサーイシュ、刑務所守衛は45人、住民は7人にのぼるという。

シリア民主軍がハサカ市の大部分を掌握(2016年)してから6年、北・東シリア自治局が発足(2018年)し、自治が整備されてから4年が経つ。

だが、今回の事件は、PYDが主導するこれらの組織、そしてその背後にいる米国の統治が、20年続いたアフガニスタンの占領統治にも増して、脆く、定着していないことを物語っている。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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