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クルド人が多く住むシリアのアフリーン市一帯にトルコが侵攻してから4年:シリア北部でにわかに高まる緊張

青山弘之東京外国語大学 教授
ANHA、2022年1月20日

「オリーブの枝」作戦開始から4年

トルコが2018年1月20日に「オリーブの枝」作戦を開始し、シリア北西部アレッポ県のアフリーン市一帯に侵攻してから4年が経った。クルド人が多く住むアフリーン市一帯地域は同地を実効支配していたクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)の民兵組織である人民防衛隊(YPG)、同隊を主体とするシリア民主軍と、トルコ軍およびその支援を受けるシリア国民軍(Turkish-backed Free Syrian Army;TFSA)の2カ月にわたる戦闘の末、トルコ軍とシリア国民軍が3月までに同地を制圧し、多くの住民が避難を余儀なくされた。

この軍事作戦に先立って、2016年8月から2017年3月にかけて実施された「ユーフラテスの盾」作戦、そしてその後の2019年10月に断行された「平和の泉」作戦によってトルコが掌握したアレッポ県北部、ラッカ県北部、ハサカ県南西部とともに、アフリーン市一帯は現在もトルコの占領下にある。

筆者作成
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各地で占領に反対するデモ

アフリーン市一帯占領に至る侵攻作戦開始から4年目となった1月20日、シリア北部でにわかに緊張が高まった。

PYDが主体となって2018月9月に発足した自治政体の北・東シリア自治局の支配下、あるいは同自治局とシリア政府の共同統治(分割統治)下にあるアレッポ県、ハサカ県、ラッカ県各所で、トルコのアフリーン市一帯の占領に抗議する大規模デモが行われた。

デモを動員したのは、PYDに近い革命青年運動や女性青年連合といった組織。

PYDに近いハーワール・ニュース(ANHA)によると、デモは、アレッポ県のアイン・アラブ(コバネ)市、マンビジュ市、ラッカ県のラッカ市、タブカ市、ハサカ県のハサカ市、カーミシュリー市、マーリキーヤ(ダイリーク)市、タッル・タムル町、ダルバースィーヤ市、タッル・ブラーク町、フール町、シャッダーディー市、ワーシューカーニー国内避難民(IDPs)キャンプで同様の抗議デモが行われ、多数の住民が参加した。

ANHA、2022年1月20日
ANHA、2022年1月20日

また、アレッポ市とアフリーン市を結ぶM5高速道路では、アフリーン郡からの国内避難民(IDPs)とシャフバー地区(タッル・リフアト市一帯地域)の住民数万人が「我々は抵抗の強度を高め、占領を打ち負かす」と銘打ってデモ行進を行った。

ANHA、2022年1月20日
ANHA、2022年1月20日

このほか、アレッポ市シャイフ・マクスード地区とアイン・アラブ市では、アフリーン市一帯占領時のトルコによる犯罪や殉教者らを撮影した写真の展示会が開催された。

ANHA、2022年1月20日
ANHA、2022年1月20日

トルコ軍の攻撃

これに対して、トルコ軍は沈黙しなかった。

ANHAによると、トルコ軍とシリア国民軍は、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるタッル・リフアト市一帯、同市近郊のダイル・ジャマール村、スーガーニーカ村、ズィヤーラ村、カフル・アントゥーン村、マーリキーヤ村、シャワーリガ村、シャワーリガ砦、マルアナーズ村、アルカミーヤ村、アイン・ダクナ村、バイルーニーヤ村、アキーバ村、イルシャーディーヤ村、タナブ村、カフル・ナーヤー村を相次いで砲撃したのだ。

ANHAによると、このうちダイル・ジャマール村に対する砲撃は、トルコの占領に抗議するデモに参加していた住民らを狙ったものだという。

また、英国を拠点として活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、トルコ軍の砲撃によって、アキーバ村で子供1人が負傷した。

ANHA、2022年1月20日
ANHA、2022年1月20日

さらに、ハサカ県でも、トルコ軍は執拗に攻撃を行った。

ANHAによると、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるタッル・タムル町近郊のタッル・ジュムア村で爆発が発生し、複数人が負傷した。

シリア人権監視団によると、爆発は、トルコ軍の無人航空機(ドローン)によるもので、発電所が狙われ、シリア民主軍の兵士1人が死亡、多数が負傷したという。

反撃を受けるトルコ占領地

攻撃はトルコ軍とシリア国民軍が行うだけではなく、トルコ占領下のアフリーン市も砲撃を受けた。シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構に近いホワイト・ヘルメットやシリア人権監視団によると、同市に6発の砲弾が着弾し、子供2人を含む住民6人が死亡、30人あまりが負傷したのである。

Facebook(ホワイト・ヘルメット)、2022年1月20日
Facebook(ホワイト・ヘルメット)、2022年1月20日

MMC、2022年1月20日
MMC、2022年1月20日

砲撃は、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にある地域から行われたものだが、シリア軍とシリア民主軍のいずれによるものかは不明。

トルコ占領地への攻撃はこれにとどまらなかった。ジャンディールス町郊外のガザーウィーヤ村近郊にあるシリア国民軍所属のシャーム軍団の本部がシリア軍拠点からの砲撃を受ける一方、アフリーン市近郊のマリーミーン村で乗用車がシリア民主軍によってミサイルで攻撃され、乗っていた女性1人が死亡、複数が負傷した。

イスラーム国も動く

それだけではなかった。ハサカ県では、北・東シリア自治局の支配下にあるハサカ市グワイラーン地区にある工業学校の入口で、爆弾が仕掛けられた車2台が相次いで爆発、これと前後して小火器による銃撃戦が発生した。

グワイラーン地区の工業学校は「グワイラーン刑務所」として知られ、北・東シリア自治局の管理のもと、イスラーム国のメンバーが脱獄されている。

ANHAによると、刑務所の警備にあたる北・東シリア自治局の内務治安部隊(アサーイシュ)が、収監者を脱獄させようとして、ズフール地区、フーシュ・バアル地区から潜入したイスラーム国のメンバーらを撃退し、彼らの刑務所への侵入を阻止した。また、シリア民主軍に所属するテロ撲滅部隊(YAT)が、刑務所内で発生した収監者らによる暴動を制圧するために介入し、事なきを得たという。

ANHA、2022年1月20日
ANHA、2022年1月20日

ANHA、2022年1月20日
ANHA、2022年1月20日

なお、国営のシリア・アラブ通信(SANA)やシリア人権監視団によると、グワイラーン地区上空では、米軍戦闘機複数機が低空で旋回し、照明弾を発射するなどして、脱走した収監者を追跡した。また、ANHAによると、米主導の有志連合の戦闘機1機が刑務所を襲撃したグループの拠点に対して機銃掃射を行ったという。

イスラーム国の活動はこれにとどまらなかった。ハサカ市ではまた、SADCOP社(シリア石油資源備蓄配給社)があるグワイラーン地区のバースィル交差点近くに停車していた燃料輸送表のトレーラー3台が相次いで爆発した。

ANHAによると、爆発はイスラーム国のメンバーの発表によるものだという。

ANHA、2022年1月20日
ANHA、2022年1月20日

ダイル・ザウル県とラッカ県でも狙われるシリア民主軍

このほか、SANAによると、北・東シリア自治局の傘下にある自治組織のダイル・ザウル民政評議会の支配下にあるダイル・ザウル県ユーフラテス川東岸のハジーン市では、「人民諸派」がシリア民主軍の車輌を襲撃し、兵士1人が死亡、2人が負傷した。

また、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるラッカ市では、正体不明の武装集団がシリア民主軍の検問所を襲撃し、兵士1人が死亡、3人が負傷した。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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