スィーマルカー国境通行所での抗議デモが続く

シリア北東部ハサカ県のティグリス川河畔に設置されているスィーマルカー国境通行所(イラク側はフィーシュ・ハーブール国境通行所)の前で昨年10月5日に開始された抗議デモが、106日目を迎えた。

ANHA、2022年1月16日
ANHA、2022年1月16日

抗議デモは、昨年8月28日と29日にイラクのアルビール県キンディール山地方からドホーク県方面に向かっていたカリーラー(カレラ)部隊の戦闘員7人が、アルビール県ハリーファーン町一帯でイラク・クルディスタン自治政府を主導するイラク・クルディスタン民主党の部隊によって攻撃され、5人が殺害された事件を受けたもの。

カリーラー部隊は、トルコが「分離主義テロリスト」と非難するクルド民族主義組織のクルディスタン労働者党(PKK)の民兵組織である人民防衛部隊(HPG)に所属する部隊。キンディール山地方やシンジャール山(ニナーワー県)一帯などを拠点とし、2014年6月にカリフ制樹立を宣言したイスラーム国とイラクで交戦し、米主導の有志連合による「テロとの戦い」の一翼を担った。イスラーム国との戦闘が終了した後も、イラク国内で活動を続け、現在に至っている。

抗議デモは、PKKの系譜を汲むシリアのクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導し、シリア北東部を実効支配する自治政体の北・東シリア自治局のジャズィーラ地域殉教者遺族機構が、スィーマルカー国境通行所前の広場にテントを設営して始めた。イラク・クルディスタン自治政府、そしてイラク・クルディスタン民主党に、殺害された若者5人の遺体の引き渡しを求めている。

ANHA、2021年10月5日
ANHA、2021年10月5日

シリアとイラクを結ぶ四つの国境通行所

シリアとイラクを結ぶ国境通行所は4カ所存在する。シリアのハサカ県とイラクのニナーワー県を隔てるヤアルビーヤ/ラビーア国境通行所とスィーマルカー/フィーシュ・ハーブール国境通行所、「ワリード」の名で知られる国境通行所、そしてヒムス県とアンバール県を隔てるタンフ/ワリード国境通行所である。

このうち、正規の国境通行所は、ヤアルビーヤ/ラビーア国境通行所とタンフ/ワリード国境通行所の二つ。ヤアルビーヤ/ラビーア国境通行所はシリア側がシリア政府と北・東シリア自治局によって、イラク側がイラク・クルディスタン自治政府によって管理されている。タンフ/ワリード国境通行所は、シリア側には、米軍(そして英軍)の占領下にあるいわゆる55キロ地帯が広がり、イラク側はイラク政府が管理しており、閉鎖状態が続いている。

スィーマルカー/フィーシュ・ハーブール国境通行所は、2012年半ばにシリア政府がPYDに同地一帯の支配を移譲したことを受けて設置された通行所である。またワリード通行所は米軍が違法に設置したもので、シリア北東部各所に米軍が設置している基地への武器・装備、兵站物資を搬入したり、同地で盗奪した石油や食料をイラク領内に搬出したりするために主に使用されており、一般の住民が往来することはできない。

なお、北・東シリア自治局の支配地は、ハサカ市やカーミシュリー市、そしてトルコ国境地帯がシリア政府との共同統治下(分割統治下)にあり、シリア政府の支配地とを結ぶM4高速道路、ラッカ県タブカ市に設置されている通行所などを通じた人やモノの往来は認められている。

国境通行所閉鎖

スィーマルカー国境通行所での抗議デモは、北・東シリア自治局の傘下で活動するさまざまな団体が支配地各所から日替わりで訪れ、遺体の引き渡しを求めるという平和的なかたちで行われた(詳細は「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」の記事を参照されたい)。

だが、12月半ばに事件は発生した。

12月15日、デモ参加者の一部がティグリス川を渡河し、フィーシュ・ハーブール国境通行所を襲撃し、イラク・クルディスタン自治政府の治安要員や国境警備隊隊員複数が負傷、車輌複数台が被害を受けた。これに対して、イラク・クルディスタン自治政府側の治安部隊は催涙ガスを発射するなどして応戦し、暴徒を強制排除、その際、複数が負傷し、ハサカ県マーリキーヤ(ダイリーク)市にある複数の病院に搬送された。

事件が起きた日、スィーマルカー国境通行所前のキャンプには、革命青年運動と青年女性連合のメンバー多数が到着し、大規模な抗議行動を行った。その一部が暴徒化し、フィーシュ・ハーブール国境通行所を襲撃したのである。

ANHA、2021年12月15日
ANHA、2021年12月15日

革命青年運動と革命女性連合はPYDに近い組織。北・東シリア自治局の支配地各所で、未成年者を拉致・連行し、「自衛義務法」(徴兵法、2014年施行)の名のもとに、PYDの民兵組織である人民防衛隊(YPG)や女性防衛隊(YPJ)、そしてこれらを主体とするシリア民主軍に強制的に従軍させていることで知られている。

襲撃事件を受けて、イラク・クルディスタン自治政府は12月16日、フィーシュ・ハーブール国境通行所を事前の通告なしに突如閉鎖した。また12月20日には、ラビーア国境通行所を閉鎖し、一般の住民がシリアとイラクを行き来する道は閉ざされ、北・東シリア自治局の支配地への食糧や生活必需品、さらには人道支援物資の移送が滞ってしまった。

前述した通り、北・東シリア自治局とイラク・クルディスタン自治政府の支配地を結ぶ国境通行所としては、米軍が使用する軍用ワリード国境通行所があった。北・東シリア自治局に孤立した住民のうち、欧州諸国の国籍を保有する数百人が、この通行所からイラクに出国しようと試みたが、イラク・クルディスタン自治政府の当局が、国連職員83人の入国を認めただけで、住民らは入国を拒否された。

ANHA、2021年12月23日
ANHA、2021年12月23日

何もしない米国、追い打ちをかけるイラク・クルディスタン自治政府

イラク・クルディスタン自治政府による国境通行所の閉鎖により、シリアとイラクの両国に家族が別れて暮らしている人々の移動の自由は奪われ、イラクからシリアへの物資の流れは止まり、人々の生活に暗い影を落としていった。だが、北・東シリア自治局、イラク・クルディスタン自治政府の双方の後ろ盾である米国は何もしなかった。

ANHA、2022年1月4日
ANHA、2022年1月4日

米国務省シリア問題担当副特使のマット・バレル大使は1月4日、カーミシュリー市にある北・東シリア自治局の渉外関係委員会(外務省に相当)本部を訪問し、同局のアブドゥルカリーム・ウマル共同議長、ファンル・クアイト共同副議長、アビール・イーリヤー共同副議長らと会談した。

会談では、政治、経済にかかる問題について意見を交わし、バレル大使はスィーマルカー/フィーシュ・ハーブール国境通行所再開に向けて取り組む意思を示した。

だが、それだけだった。米国はワリード国境通行所を通じて、シリアに駐留する部隊の必要物資をイラクから運び、イラクに駐留する部隊が必要とする石油や食料などをシリア国内で盗奪し、イラクへと持ち出す以外に、何ら目に見える行動を起こしてはいない。

イラク・クルディスタン地域のルダウ・チャンネルが1月12日にニナーワー県サヒーラー村の治安筋の話として伝えたところによると、スィーマルカー/フィーシュ・ハーブール国境通行所とヤアルビーヤ/ラビーア国境通行所の閉鎖を受けて、12月末以降、北・東シリア自治局支配地から1,500人以上の難民が流入した。通行所が閉鎖されていなかったら、普通にイラクに入国していたはずの人々だ――普通と言ってもスィーマルカー/フィーシュ・ハーブール国境通行所そのものは正式な通行所ではないため、合法的な入国とは言えないのだが…――。

しかも、イラク・クルディスタン自治政府は、追い打ちをかけるかたちで、国境の警備態勢を強化し、難民の流入を阻止することを決定したという。

クルド人は「国を持たない世界最大の民族」などと評され、多くの人々の同情を集めてきた。だが、イラクとシリアのクルド民族主義勢力の醜い対立からは、悲劇の民族であるクルド人としての一体性も、共感の余地も見出すことはできない。ただ、こうした負の側面が、日本(そして欧米諸国、あるいは世界のほとんど)でまったく報じられず、クルド人の存在が貶められることがなければ、彼らに同情を寄せてきた人々にとっては不幸中の幸いだと言えよう。