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ロシア軍に加勢するシリア軍、トルコ軍に同調するアル=カーイダ:膠着するシリアに変化は生じるか

青山弘之東京外国語大学 教授
フェイスブック(@104403058595444)、2021年10月16日

シリア北東部のイドリブ県でシリア軍が攻勢を強めている。

10月16日、シリア軍はトルコ国境に面するバーブ・ハワー国境通行所(トルコ側はジルベギョズ国境通行所)に至る国道M45号線の沿線に位置するサルマダー市に対して激しい砲撃を行ったのだ。

バーブ・ハワー国境通行所は、安保理決議第2165号(2014年7月14日)に基づいてシリア政府の許可なく越境(クロスボーダー)人道支援を行うことが認められている唯一の通行所。同通行所、そしてサルマダー市を含むイドリブ県中北部、そしてアレッポ県西部、ラタキア県北東部、ハマー県南東部は、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構が軍事・治安権限を掌握しており、同組織とトルコの庇護を受ける国民解放戦線(シリア国民軍所属)を主体とする「決戦」作戦司令室が活動し、トルコ軍が停戦監視を名目として各地に部隊を駐留させている。

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シリア軍の狙いは?

シリア軍の砲撃は、これまで政府支配地に面するイドリブ県ザーウィヤ山地方、サラーキブ市一帯、アレッポ県西部、ラタキア県北東部、ハマー県南東部に限定されており、トルコ国境に近いサラーキブ市一帯が標的となったのは異例だった。一連の砲撃では、サルマダー市内にあるシャーム解放機構傘下の警察組織の分所が被弾し、分所長1人、警官3人が死亡した。また、砲撃は、登記所、国内避難民(IDPs)のテント群、バーブ・ハワー国境通行所に至る街道、救援物資を運ぶ貨物車輌の車列などにも及び、17人以上が負傷した。

シリア軍(そしてロシア軍)のこれまで、アレッポ市とラタキア市を結び、反体制派支配地を南北に二分しているM4高速道路の掌握をめざし、道路の南側地域や沿線に圧力をかける戦略をとっていた。サルマダー市一帯への砲撃がこうした戦略との関連においていかなる意味を持つのかは定かでない。砲撃は、シャーム解放機構が主導する反体制派の支配地と、トルコが占領するいわゆる「オリーブの枝」地域の分断を狙う新たな作戦の序曲とみなすこともできれば、バーブ・ハワー国境通行所を掌握することで、越境人道支援を終了させる布石を打とうとする動きと見ることもできる。

だが、短期的に見た場合、シリア軍の攻勢はトルコ軍の増長を阻止する狙いがある。

再侵攻の機会を窺うトルコ

トルコの占領下にあるアレッポ県北部のいわゆる「ユーフラテスの盾」地域内のマーリア市近郊に設置されているトルコ軍拠点が10月10日、シリア民主軍(クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する武装組織)のロケット弾攻撃を受け、兵士2人が死亡した。これ以降、トルコが、北・東シリア自治局(PYDが主導する自治政体)とシリア政府が共同統治(分割統治)を行うシリア北部に再び侵攻するのではとの見方が強まるようになった。

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トルコ軍、そしてその支援を受けるシリア国民軍は、占領地に面するアレッポ県北部のタッル・リフアト市一帯、ラッカ県のアイン・イーサー市一帯、ハサカ県タッル・タムル町一帯への砲撃を続けた。それだけでなく、トルコ軍は、イドリブ県内で部隊を増強し、10月13日までにザーウィヤ山地方のバイニーン村に新たな拠点を設置した。

こうした動きを封じ込めようと、ロシア軍は9月25日に「オリーブの枝」地域の南東部に位置するバースィラ村、バースーファーン村、バッラーダ村一帯、10月11日には「ユーフラテスの盾」地域に位置するマーリア市一帯に対して異例の爆撃を実施していた。

だが、トルコ軍側は引かなかった。10月13日、シリア国民軍はマーリア市近郊でロシア軍の偵察用無人航空機(ドローン)を撃墜したと発表した。また14日には、トルコ軍所属と思われるドローンがシリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるラッカ市北のハッターシュ村一帯を爆撃し、IDPsキャンプなどが被弾した。ラッカ市近郊にトルコ軍のドローンが飛来するのは極めて異例だった。

テレグラム(@uom_02)、2021年10月13日
テレグラム(@uom_02)、2021年10月13日

同調するシリアのアル=カーイダ

シリア軍によるサラーキブ市一帯への砲撃は、ロシア軍とトルコ軍が互いを威嚇するなか、後者に加勢するかたちで攻勢を強めたものだと見ることができる。

トルコ軍、ロシア軍、シリア軍の間で緊張が高まるなか、シャーム解放機構がトルコに同調する動きを見せた。

同機構に所属する治安部隊の総合治安機関は10月14日、フェイスブックを通じて声明を出し、イドリブ県に展開するトルコ軍を狙って攻撃を繰り返してきたアンサール・アビー・バクル・スィッディーク連隊の幹部1人を逮捕したと発表、この幹部の顔写真と彼が隠し持っていた武器、装備、爆発物を押収する現場の写真を公開したのだ。

フェイスブック(@ GE.SE.SE1)、2021年10月14日
フェイスブック(@ GE.SE.SE1)、2021年10月14日

フェイスブック(@ GE.SE.SE1)、2021年10月14日
フェイスブック(@ GE.SE.SE1)、2021年10月14日

フェイスブック(@ GE.SE.SE1)、2021年10月14日
フェイスブック(@ GE.SE.SE1)、2021年10月14日

アンサール・アビー・バクル・スィッディーク連隊は、2020年半ばから、ロシア軍との停戦合意に準じるトルコの姿勢に反発し、イドリブ県内でトルコ軍を狙った攻撃を繰り返している組織だ。その正体は謎に包まれている。アル=カーイダの系譜を汲むという見方もあるが、声明文のアラビア語を読む限り、文法的なミスは散見されず、またコーランの引用以外の宗教的な修辞も控え目であることから、外国人ではなく、世俗的なシリア人を主体としていると思われる。

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このアンサール・アビー・バクル・スィッディーク連隊は、シャーム解放機構の粛清に対して報復に出た。だが標的になったのは、シャーム解放機構ではなくトルコ軍だった。

イドリブ県のカファルヤー町とマアッラトミスリーン市を結ぶ街道で10月15日、トルコ軍の車列の通過に合わせて道路に仕掛けた爆弾を爆発させ、装甲車1輌を、トルコ軍兵士2人を殺害、トルコ軍兵士4人と国民解放戦線の戦闘員3人を負傷させたのだ。

なお、シャーム解放機構によるトルコへの同調は続いた。総合治安機関は10月17日にフェイスブックを通じて声明を出し、10月11日にトルコ占領下のアレッポ県アフリーン市で発生した爆破事件に関与したセルのメンバーほとんどを逮捕したと発表、3名の写真を公開した。

フェイスブック(@ GE.SE.SE1)、2021年10月17日
フェイスブック(@ GE.SE.SE1)、2021年10月17日

フェイスブック(@ GE.SE.SE1)、2021年10月17日
フェイスブック(@ GE.SE.SE1)、2021年10月17日

フェイスブック(@ GE.SE.SE1)、2021年10月17日
フェイスブック(@ GE.SE.SE1)、2021年10月17日

フェイスブック(@ GE.SE.SE1)、2021年10月17日
フェイスブック(@ GE.SE.SE1)、2021年10月17日

イドリブ県を中心とする反体制派支配地の処遇をめぐって、ロシア軍とトルコ軍が対峙するなか、前者とシリア軍、後者とシャーム解放機構が連携し、衝突をエスカレートさせるという図式は、2020年2月から3月にかけてのシリア政府によるM5高速道路(アレッポ市・ハマー市を結ぶ幹線道路)の掌握とトルコ軍による「春の盾」作戦の時と同じだ。

両陣営の衝突が激化すれば、2020年3月以降、膠着しているシリア情勢、とりわけ北部の軍事秩序が大きく変動する可能性もある。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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