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米軍ドローンがシリア北西部でアル=カーイダ系組織を爆撃、民間人の犠牲者はなかったと真っ先に発表

青山弘之東京外国語大学 教授
Syria TV、2021年9月20日

米軍は、アフガニスタンの首都カーブルにある住宅街で、イスラーム国ホラサン州による攻撃の脅威を排除するためだとして8月29日に行った無人航空機(ドローン)による攻撃が誤爆で、市民10人を殺害したことを認めた。

米中央軍(CENTCOM)のケネス・マッケンジー司令官は9月17日の記者会見で、車輌を標的として行われた爆撃の状況を調査した結果、7人の子供を含む市民10人が死亡したと明らかにしたうえで、爆撃が「悲劇的な誤り」だったと認め、謝罪した。

誤爆の事実を認めるまで(あるいは誤爆であることが判明するまで)、19日という時間を要した。

CENTOMの声明

一方、シリアで9月20日に米国が新たに実施したドローンによる爆撃において、CEMTCOMは民間人の犠牲がなかったことをいち早く発表した。

CENTOMの声明の内容はこうだ。

米空軍は今日、シリアのイドリブ市近くで、アル=カーイダの幹部リーダーに対する機動的な対テロ攻撃を実施した。初期情報は、標的としていた個人を攻撃したことを示している。また、攻撃の結果市民に犠牲者が出たとの兆候はない。

チュニジア人司令官ら2人が死亡

英国を拠点に活動を続ける反体制系NGO組織のシリア人権監視団や、トルコのイスタンブールを拠点とする反体制系サイトのシリア・テレビによると、米軍のドローン攻撃は、イドリブ市とビンニシュ市を結ぶ街道を移動していた車1台を狙って行われた。

この地域は、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構が軍事・治安権限を握り、同組織やトルコの国民解放戦線が活動し、シリア救国内閣や地元評議会といった組織が自治を担っている。

だが、狙われたのはこれらの組織ではなく、フッラース・ディーン機構を名乗る新興のアル=カーイダ組織だった。この攻撃で、車に乗っていたアブー・バラー・トゥーニスィーを名乗るチュニジア人司令官とイエメン人と思われるアブー・ハムザ・ヤマニーの2人が死亡したのである。

Syria TV、2021年9月20日
Syria TV、2021年9月20日

Syria TV、2021年9月20日
Syria TV、2021年9月20日

フッラース・ディーン機構

フッラース・ディーン機構は2018年2月、アブー・ハマーム・シャーミーなる人物の指導のもとで結成された組織である。この人物は、アル=カーイダのメンバーとしてアフガニスタンやイラクでの戦歴を持ち、シリアのアル=カーイダであるシャームの民のヌスラ戦線(現シャーム解放機構)のメンバーでもあった。だが、同組織がシャーム・ファトフ戦線に改称への改称時に、アイマン・ザワーヒリーを指導者とするアル=カーイダ総司令部との関係を断ったことを不服として離反し、シリアでアル=カーイダを再興すべく結成したのがフッラース・ディーン機構だった。

殺害された2人のうち、アブー・バラーは、チュニジアのアンサール・シャリーアの元メンバーで、トルコを経由してシリアに不法入国、当初はヌスラ戦線のメンバーとして活動した。だが、アブー・ハマームと同じく、ヌスラ戦線の改称時に離反し、フッラース・ディーン機構の結成に参加した。当初は一般のメンバーだったが、3年間の活動を経て昇進して司令官になるとともに、組織内きってのイスラーム法学者・イデオローグとなったという。

一方、アブー・ハムザの経歴は明らかではない。

爆撃も迎撃も行わなかったロシア軍

シャーム解放機構を主体とする反体制派の支配下にあるイドリブ県およびその周辺地域では、ロシア軍が8月19日から爆撃を再開し、シャーム解放機構、国民解放戦線、そして中国新疆ウイグル自治区出身者からなるトルキスタン・イスラーム党の拠点などを連日狙っていた(「ロシア軍がシリアで中国新疆ウイグル自治区出身者からなるトルキスタン・イスラーム党の拠点を爆撃」を参照)。

だが、奇妙なことに、9月20日には、ロシア軍は爆撃を実施しなかった。また、ロシアが制空権を握るイドリブ県に侵犯した有志連合のドローンを迎撃することもなかった。

ロシアが有志連合による爆撃実施を事前に知らされていたかは定かでない。だが、ロシアと米国は2015年末、シリア領空での両軍の偶発的な衝突を回避するとしてホットラインを設置している。

2019年10月26日に有志連合が、イドリブ県内でイスラーム国のアブー・バクル・バグダーディー指導者に対する暗殺作戦を敢行した際も、ロシアは作戦地域上空での米軍機の動きを捕捉・監視していたが、これを迎撃することはなかった。

シリアにおける米国の「テロとの戦い」

米国は2014年9月に有志連合を率いて、シリア領内でイスラーム国に対する軍事作戦を開始した。その一方で、イスラーム国以外のアル=カーイダ組織に対してもしばしば爆撃を実施してきた。

バラク・オバマ政権は2014年11月13日と2015年9月23日、イスラーム国ホラサン州がシリア北部(アレッポ県とされる)に潜伏していると主張して、爆撃を実施した。また、2016年10月3日、17日、11月2日、18日には、シャーム・ファトフ戦線を狙って爆撃を実施した。

ドナルド・トランプ政権も、2017年1月から3月にかけて、イドリブ県への10回の爆撃を実施し(1月4日、9日、17日、22日、26日、2月3日、20日、26日、3月21日、27日)、シャーム・ファトフ戦線/シャーム解放機構の外国人司令官、国民解放戦線に属するアル=カーイダ系組織のシャーム自由人イスラーム運動のメンバー、イスラーム国に近いアル=カーイダ系組織のジュンド・アクサー機構の元メンバーを殺害した。また、2019年半ば以降にもドローンなどを投入し、10回(2019年6月30日、8月31日、12月3日、4日、2020年6月14日、24日、8月13日、9月14日、10月15日、22日)のミサイル攻撃を実施し、フッラース・ディーン機構、シャーム解放機構の外国人司令官、シャーム自由人イスラーム運動に所属していたイスラーム国やシャーム解放機構の元メンバーを殺害した。

ジョー・バイデン政権下では、2021年4月15日に有志連合所属と思われるドローンがイドリブ市郊外をミサイル攻撃した。だが、標的なった武装集団の正体は判然せず、また米軍も爆撃実施を正式には発表していない。

今回のドローンによるミサイル攻撃は、米軍がバイデン政権下になって初めて正式に認めた攻撃となった。だが、CEMTOMの発表は、アフガニスタンでの誤爆を払拭しようとして、戦果ではなく「コラテラル・ダメージ」がなかったことを強調する奇妙なものとなった。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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