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アメリカがシリアの反体制派を制裁対象に追加:テロリストはどのように延命を試みてきたか?

青山弘之東京外国語大学 教授
Almahjar、2021年7月28日

アメリカのジョー・バイデン政権は7月28日、シリアに対する追加制裁を発動した。

制裁対象に追加されたのは17の個人・組織

アントニー・ブリンケン国務長官と財務省がそれぞれ発表した報道声明によると、外国資産管理室(OFAC)が制裁対象に追加したのは以下17の個人・組織。

●サイドナーヤー刑務所(ダマスカス中央刑務所)

●軍事情報局第215課

●軍事情報局第216課

●軍事情報局第227課

●軍事情報局第235課

●軍事情報局第248課

●軍事情報局第290課

●総合情報部第251課

●キファーフ・ムルヒム軍事情報局長(元第248課長)

●ワフィーク・ナースィル軍事情報局第290課長

●アースィフ・ダクル軍事情報局第293課長

●マーリク・アリー・ハビーブ軍事情報局タドムル支部長

●アフマド・ディーブ総合情報部長

●アリーン連隊

●東部自由人連合(アフラール・シャルキーヤ)

●アフマド・イフサーン・ファイヤード・ハーイス(通称アブー・ハーティム・シャクラー)東部自由人連合指導者

●ラーイド・ジャースィム・ハーイス(通称アブー・ジャアファル・シャクラー)東部自由人連合軍事司令官

このうち、サイドナーヤー刑務所、ムルヒム軍事情報局長、アリーン連隊、東部自由人連合、アフマド・イフサーン・ファイヤード・ハーイス東部自由人連合指導者、ラーイド・ジャースィム・ハーイス東部自由人連合軍事司令官は、大統領令第13894号に基づき制裁対象となった。また、総合情報部第251課、軍事情報局第215課、第216課、第227課、第235課、第248課、第290課、ナースィル軍事情報局第290課長、ダクル軍事情報局第293課長、ハビーブ軍事情報局タドムル支部長、ディーブ総合情報部長は、大統領令第13572号に基づいて制裁対象となった。

大統領令第13894号は、2019年10月14日にドナルド・トランプ前大統領によって、トルコによるシリア北部への侵攻(「平和の泉」作戦)に対処するために発出された。一方、大統領令第13572号は、2011年4月29日にバラク・オバマ元大統領によって、シリアでの人権侵害に関与・協力する個人・団体に制裁を科すために施行された。

シリアへの制裁発動は、バイデン政権後初めてで、またバッシャール・アサド大統領が5月の選挙で再選して以降初めてでもある。

政府関連機関や高官への制裁の根拠

政府関連機関や高官に対する制裁はいつものことだ。

ブリンケン国務長官や財務省の報道声明によると、サイドナーヤー刑務所、および総合情報部と軍事情報局の各課と高官への制裁は、シリアでの危機発生以来、拷問をはじめとする残忍で、非人道的で、下劣な処遇や処罰、超法規的な刑の執行などの人権侵害に関与してきたのが理由。

これらの犯罪は、「シーザー」を名乗る離反兵が撮影した、シリア国内の刑務所で11,000人が組織的に処刑されたことを示す写真、国連のシリアに関する独立国際調査委員会の報告によって証明されている。「シーザー」がその名の由来となり、2019年12月20日にトランプ前大統領によって施行されたシーザー・シリア市民保護法は、シリア政府・軍の高官とその協力者、政府を後援するロシア、イランなど諸外国の個人・団体に制裁を科すことを定めていた。また、シリア中央銀行の資金洗浄への関与が認められた場合、追加措置を講じると規定している。

また、アリーン連隊は、2020年のシリア軍によるイドリブ県奪還作戦に参加した民兵の一つで、この作戦で多くの市民が避難を余儀なくされたことが、制裁の根拠となっている。

異彩を放つ反体制派への制裁

一方、今回の制裁では、シリアの反体制派が初めて対象となった。東部自由人連合である。

東部自由人連合は、トルコの支援を受けるシリア国民軍(Turkish-backed Free Syrian Army、TFSA)に所属する武装集団の一つ。ダイル・ザウル県がイスラーム国の支配下に入ったことを受けて、同地からアレッポ県北部に逃れた戦闘員が2016年に結成した組織で、その多くがシリアのアル=カーイダであるシャームの民のヌスラ戦線(現在の呼称はシャーム解放機構)、アル=カーイダ系組織の一つであるシャーム自由人イスラーム運動のメンバーだった。ヌスラ戦線元幹部でイラクのモースル市出身のアブー・マーリヤー・カフターニー(本名マイサル・アリー・ムーサー・アブドゥッラー・ジャブーリー)が結成に深く関与し、トルコと強い関係を持っているとされる。

アレッポ県北部で活動する反体制派は、トルコの庇護のもと、ハワール・キッリス作戦司令室、「ユーフラテスの盾」作戦司令室、「オリーブの枝」作戦司令室などの名のもとに離合集散を繰り返したのち、2017年12月30日、トルコ占領下のアアザーズ市でシリア国民連合が主導する暫定内閣国防省傘下の統合的な武装連合体として糾合された。自由シリア軍を自称するハムザ師団、スルターン・ムラード師団、シャーム戦線、ナスル軍といった武装集団とともに、東部自由人連合はその主力部隊を構成した。

シリア国民軍は、自由や尊厳の実現、体制転換といった「シリア革命」の理念を掲げていたが、その内実は、トルコのシリア侵攻に奉仕するための傭兵だった。また所属する武装集団の間では、略奪品の分配や支配地をめぐる争いが絶えず、強盗、拉致、殺人、身代金要求、略奪に手を染める戦闘員が後を絶たなかった。東部自由人連合も例外ではなかった。

東部自由人連合はまた、イスラーム国が弱体化し、その牙城とされていたダイル・ザウル県の支配地を失っていくなかで、同地から逃走した多くのメンバーを加入させていった。

ブリンケン国務長官や財務省の報道声明によると、シリアのクルド人などに対して行った拉致、拷問などの人権侵害、略奪といった犯罪行為を繰り返し、イスラーム国の元メンバーを取り込んできたことが、東部自由人連合が制裁対象に加えられた理由として挙げられている。

また、アフマド・イフサーン・ファイヤード・ハーイスについては、アレッポ県内の東部自由人連合の刑務所の管理、ヤズィーディー教徒の女性や子供の人身売買、ダーイシュ元メンバーの統合に関与したこと、ラーイド・ジャースィム・ハーイスについては、略奪、略奪品の転売に関与、イスラーム国の元司令官だったことが制裁の理由とされている。

シリア国民軍の対応

所属組織が制裁対象となったシリア国民軍は、ブリンケン国務長官の報道声明発表の数時間後に行動に出た。アズム統合司令室がシリア国民軍所属組織多数を統合したとする声明を発表したのである。

アズム統合司令室は、7月15日にシリア国民軍を主導する二つの武装集団、シャーム戦線とスルターン・ムラード師団が数週間にわたる集中協議の末に結成した組織。トルコ占領下のアレッポ県北部、ラッカ県北部、ハサカ県北部で、麻薬密売業者や犯罪者の摘発を主要な目的としている。「アズム」とはアラビア語で「決意」を意味する。

アズム統合司令室がツイッターで発表したところによると、糾合された武装集団は以下の通り。

●ハムザ師団

●スルターン・マリク・シャー師団

●北部の鷹旅団

●スルターン・スライマーン・シャー師団

●北部戦線

●スルターン・ムラード師団

●東部自由人師団

●東部軍

●イスラーム軍

Twitter(@unileadership)、2021年7月28日
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Twitter(@unileadership)、2021年7月28日
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Twitter(@unileadership)、2021年7月28日
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このなかの東部自由人師団が東部自由人連合であることは、ツイッターの公式アカウントを見れば一目瞭然である。

かつてシリアのアル=カーイダであった武装グループは、トルコの支援を受ける自由シリア軍となることで活動を続けてきた。だが今度はアメリカに犯罪テロ集団のレッテルを貼られた。「東部自由人連合」、「東部自由人師団」という名前を使い分けてきた彼らは、アズム統合司令室に合流することでその身を隠し、生き残りを賭けようとしている。こうした「看板のかけかえ」、あるいは「フランチャイズ」こそがテロリストの延命術なのである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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