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トルコの「占領色」が強まるシリア・イドリブ県の「解放区」で謎の武装集団がトルコ軍を襲撃

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

シリア北西部のイドリブ県――小康状態にあるこの地で5月10日、トルコ軍を狙った襲撃事件が発生した。

「占領色」を帯びる「解放区」

事件が発生したのは、ロシア、トルコ、そしてイランを保証国とする停戦プロセスのアスタナ会議において「緊張緩和地帯第1ゾーン」に指定された地域。緊張緩和地帯は「合法的な反体制派」とシリア政府の停戦と、これを拒否する「テロとの戦い」の撲滅を目的として、2017年にイドリブ県を中心とする第1ゾーンのほか、ヒムス県中部(第2ゾーン)、ダマスカス郊外県(第3ゾーン)、ダルアー県・クナイトラ県(第4ゾーン)に設置された。現在残っているのは第1ゾーンだけで、それ以外の三つのゾーンはシリア政府の支配下に復帰している。

第1ゾーンは、三つに細分され、第1地区がロシアの主導のもと、第2地区がロシアとトルコの連携のもと、そして第3地区がトルコの主導のもとで、停戦と「テロとの戦い」がめざされてきた。

うち、ハマー市とアレッポ市を結ぶ鉄道線路の東側に位置する第1地区は、2017年1月にシリア政府の支配下に復帰した。

ハマー市とアレッポ市を結ぶM5高速道路の東側に位置する第2地区は、2019年末から2020年3月にかけて、シリア・ロシア軍と、「決戦」作戦司令室・トルコ軍の戦闘の末に前者によって制圧された。「決戦」作戦司令室は、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構、トルコの庇護を受ける国民解放戦線(シリア国民軍所属)、バラク・オバマ政権時代に米国の支援を受けていたイッザ軍などからなる反体制派の武装連合体である。

M5高速道路以西の第3地区は、南半分が2020年3月までの戦闘でシリア・ロシア軍によって制圧され、北半分は「決戦」作戦司令室の支配が続いている。より厳密に言うと、シャーム解放機構がそのほとんどの地域において軍事・治安権限を掌握し、シリア救国内閣が同機構の委託を受けて自治を担っている。

筆者作成
筆者作成

「シリア革命」を支持する勢力が「解放区」と呼ぶこの地域は、「決戦」作戦司令室への加勢を目的とするトルコ軍の「春の盾」侵攻作戦(2020年2月27日開始)の停止と停戦を定めた2020年3月5日のロシアとトルコの合意に基づいて、トルコ軍が基地や拠点を温存(増設)し、治安維持活動にあたっている。また、最近では、トルコの電力会社グリーン・エネルギー社がトルコ本国から同地への電力供給を開始するなど、「占領色」を強めている。

なお、トルコは、アレッポ県北部を「ユーフラテスの盾」地域、同県北西部を「オリーブの枝」地域、ラッカ県北部とハサカ県北部を「平和の泉」地域と称して、占領下に置いている。

反発を強める反体制派

イドリブ県で活動する反体制派は、アル=カーイダの系譜を汲むか否かにかかわらずトルコの直接、間接の支援を受けてきた。だが、トルコが、シリア・ロシア軍の軍事攻勢を回避するためにロシアとの停戦に応じ、反体制派の活動を規制したことに、シャーム解放機構、新興のアル=カーイダ系組織であるフッラース・ディーン機構、中国新疆ウィグル自治区出身者を中心に構成されるトルキスタン・イスラーム党が反発を強めた。

これに対して、トルコは「解放区」における最大勢力のシャーム解放機構を力で抑え込んだうえで、彼らにフッラース・ディーン機構やトルキスタン・イスラーム党の不満分子の取り締まりを担わせた。しかし、2020年7月頃から正体不明の武装集団によるトルコ軍(そしてロシア軍)への襲撃事件が散発するようになっていた。

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事件の詳細

英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団によると、5月10日のトルコ軍の車列襲撃事件は「決戦」作戦司令室の支配下にあるバーブ・ハワー国境通行所とカフルルースィーン村を結ぶ街道で発生した。

装甲車など7輌からなる車列が街道を通過するのに合わせて、仕掛けられていた爆弾が爆発、正体不明の武装集団がRPG弾で攻撃を加え、トルコ軍兵士1人が死亡、8人以上が負傷した。

トルコ国防省も5月11日、ツイッターの公式アカウントなどを通じて次のような声明を出し、兵士1人が死亡、4人が負傷したことを認めた。

春の盾作戦地域(イドリブ県)の補給部隊が2021年5月10日にロケット攻撃を受け、兵士1人が殉教し、4人が負傷し直ちに病院に移送された。

犯行声明

事件の翌日、アンサール・アブー・バクル・スィッディーク連隊を名乗る組織が、「「NATOトルコ」軍所属の軍用車列がイドリブ県北部のバーブ・ハワー国境通行所を通過するのを狙う」と題した声明を出し、犯行を認めた。その内容は以下の通りである。

アンサール・アブー・バクル・スィッディーク連隊の分隊が月曜日(5月10日)晩、カフルルースィーン村・バーブ・ハワー国境通行所間の街道に仕掛けた爆弾で、NATOトルコ軍の車列を狙った。これは、ナイラブ村で彼らが女児を殺害したことへの報復であり、装甲車1輌が破壊され、乗っていた兵士多数が死傷した。

Soukukkaz、2021年5月11日
Soukukkaz、2021年5月11日

5月10日には、ナイラブ村近郊でトルコ軍装甲車が女児をはねて死亡させていた。

シリア人権監視団は、アンサール・アブー・バクル・スィッディーク連隊は「ジハード主義組織」と断じているが、正体は謎である。この組織が、2020年8月8日にイドリブ県サッラト・ズフール村にあるトルコ軍の拠点を襲撃したアンサール・アビー・バクル・スィッディーク中隊と同一組織かどうかも不明である。だが、拙稿(「シリアのイドリブ県でロシア・トルコ両軍を狙う新たな武装グループとは何者なのか?」)で分析した通り、声明文のアラビア語を読む限り、文法的なミスは散見されず、またコーランの引用以外の宗教的な修辞も控え目であることから、比較的世俗的なシリア人を主体としているものと思われる。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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