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シリア:クルド民族主義勢力がトルコ国境に近いハサカ県カーミシュリー市の政府支配地を奪取

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

大統領選挙の投票を5月26日に控えるシリアで、政府に痛手となる事件が発生した。4月20日から26日にかけて、トルコとの国境に面するハサカ県カーミシュリー市で、政府が支援する民兵組織の国防隊と「アサーイシュ」と呼ばれる治安部隊の間に激しい戦闘が発生したのである。

共同統治(分割統治)下のカーミシュリー市

カーミシュリー市を擁するハサカ県は、米国の支援を受け、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)がほぼ全域を支配下に置き、民兵組織の人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍が各所に展開、北・東シリア自治局を名乗る自治政体が統治を行っている。

そのなかで、カーミシュリー市は、県庁所在地であるハサカ市とともにシリア政府が支配を維持してきた数少ない場所だった。

政府は、2019年10月のトルコによる北部への「平和の泉」侵攻作戦に端を発するトルコ軍とシリア民主軍の戦闘停止を定めたロシアとトルコの合意に従い、国境地帯、アレッポ市とヤアルビーヤ国境通行所(ハサカ県)を結ぶM4高速道路沿線、ラッカ県ラッカ市やタブカ市に部隊を駐留させるなど勢力回復を狙ってきた。だが、これによって、PYDのプレゼンスが低下することはなかった。

しかも、カーミシュリー市とハサカ市に対する政府の支配は排他的なものではなく、北・東シリア自治局との共同統治、ないしは分割統治というかたちをとった。カーミシュリー市において、シリア政府は、ロシア軍が駐留するカーミシュリー国際空港一帯の東側に隣接するハルクー地区とタイ地区、そしてタイ地区から市の中心街にいたるいわゆる治安厳戒地区、さらに市の南側の農村地帯を支配下に置いていた。だが、それ以外の地域は北・東シリア自治局によって掌握されていた。

Liveuamap、2021年4月20日
Liveuamap、2021年4月20日

国防隊、アサーイシュとは?

こうしたカーミシュリー市では、国防隊とアサーイシュの対立が頻発していた。国防隊は軍の人員不足に対応するため、2012年末から2013年初めにかけて結成された民兵の総称。軍の監督下で都市・町・村の政府関連施設の防衛や治安維持を担っている。結成当初の兵員は約1万人だったが、2013年半ばには10万人に拡大したと推計される。隊員はすべて志願者で、女性も参加し、階級に応じて1ヶ月で150米ドルから300米ドルの給与が支給されている。

Twitter (@ndhoms1)
Twitter (@ndhoms1)

一方、アサーイシュは、正式名称を内務治安部隊と言う。北・東シリア自治局の内務委員会(内務省に相当)が所轄する警察・治安組織。アサーイシュはクルド語で「治安」を意味する。2012年頃にPYDによって結成され、結成当初の隊員は約4,000人だったが、2016年頃までには約15,000人に達した。

ANHA、2021年4月28日
ANHA、2021年4月28日

カーミシュリー市においては、国防隊は政府支配地域をアサーイシュは北・東シリア自治局支配地域の治安を担っていた。だが、双方の支配地域の接触線一帯では、検問所の設置やその管理をめぐって両者の間ではしばしば小競り合いが生じていた。

なお、シリア軍、シリア民主軍(そしてYPG)の部隊は、カーミシュリー市の市街地には展開していない。シリア軍はカーミシュリー国際空港、カーミシュリー市南のタルタブ村の第154中隊基地に駐留していたが、シリア民主軍は2019年10月のロシア・トルコの停戦合意が国境地帯での駐留を禁じていたため、目に見えるかたちでの活動は控えていた。

発端はアサーイシュの発砲

戦闘は4月20日に始まった。

PYDに近いハーワール・ニュース(ANHA)によると、政府支配下の治安厳戒地区を貫き、タイ地区に至るワフダ通りにアサーイシュが設置していた検問所複数カ所に国防隊が攻撃を加え、アサーイシュ隊員複数人が負傷したのがきっかけだった。

一方、英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、戦闘は、アサーイシュが検問所での停車を拒否した国防隊の車輌に向けて発砲したことに端を発していた。撃ち合いによってアサーイシュ隊員1人が死亡すると、アサーイシュがタイ地区にある国防隊の検問所を襲撃し、戦闘に発展したという。

政府系メディアの報道はなかったが、最初に撃ったのはアサーイシュだったようである。

ANHA、2021年4月20日
ANHA、2021年4月20日

ロシアの仲介失敗に

戦闘は4月21日に一旦小康状態に入ったが、22日未明に再び激化した。ANHAによると、最初に発砲したのは国防隊で、アサーイシュはこれに応戦、タイ地区北部にある国防隊の拠点(通称「マフラザト・ライルー」)を制圧したという。

事態の悪化を懸念したロシア軍憲兵隊はシリア政府の代理として、北・東シリア自治局の渉外関係局(外務省に相当)職員とともにタイ地区を訪れ、アサーイシュと停戦交渉を行った。これにより、戦闘は一旦は収束したが、夜が明けると再燃した。

ANHA、2021年4月22日
ANHA、2021年4月22日

ロシア軍憲兵隊とシリア軍士官3人(少将、准将、大佐)からなる合同使節団が、タイ地区北西のワフダ通りの終点に位置するワフダ交差点を訪れ、アサーイシュの司令官と会談、戦闘停止に向けた協議を行った。だが、交渉は決裂し、戦闘は激化、ANHAによると、二度目の戦闘再開も国防隊の発砲に端を発し、その無差別発砲により、10才の子供が死亡、14才と12才の子供が負傷した。国防隊はまた、ハルクー地区内にあるアサーイシュの検問所を攻撃したほか、民家に砲撃を加えるなどし、これによって住民3人が負傷した。

ANHA、2021年4月22日
ANHA、2021年4月22日

対するアサーイシュは、タイ地区、ハルクー学校(ハルクー地区)一帯で国防隊と交戦し、隊員2人を拘束した。

シリア人権監視団によると、戦闘での死者は、住民2人(子供、部族長)に加えて、国防隊隊員6人、アサーイシュ隊員2人、合計10人に達した。

地元名士の暗殺

4月23日になると、地元のバニー・サブア部族の名士で停戦を仲介しようとしていたハーイス・ジャルヤーンが、政府支配下の国立病院の北東にある自宅前で何者かによって銃で撃たれて死亡した。ANHAは、ジャルヤーンは停戦を説得するために国防隊幹部と面談し、帰宅した直後に殺害されたと伝え、国防隊によって暗殺されたと断じた。

Rudaw、2021年4月23日
Rudaw、2021年4月23日

戦闘も、国防隊が拠点として転用するタイ地区のアッバース・アッラーウィー学校、イブン・スィーナー学校、ファーディル・ハサン学校、給水塔施設一帯、ハルクー学校一帯で続いた。国防隊は同地の建物の屋上などに狙撃手を配置し、アサーイシュに対峙した。これに対して、アサーイシュも激しい攻撃を加え、イブン・スィーナー学校、ファーディル・ハサン学校を制圧した。

ANHA、2021年4月23日
ANHA、2021年4月23日

報道関係者への弾圧

これを受けて、ロシア軍憲兵隊とシリア民主軍の代表は市内で会合を開き、4月24日午後6時から25日午前10時まで、人道目的で停戦させることを合意した。両者はまた、4月24日にも会合を開き、この人道停戦を25日午前10時まで延長することを合意した。

だが、国防隊は拠点を奪還すべく、ハルクー交差点(タイ地区西)に設置されたアサーイシュの拠点などに対して攻撃を続けた。

対するアサーイシュは、国防隊だけでなく、報道関係者に対しても弾圧を加えた。4月24日、国営のシリア・テレビの記者でハサカ県放送テレビ・センター局長のハーディル・ハンマードをカーミシュリー市のハサカ通り(政府支配地域内)近くにある自宅で一時拘束したのである(その後、ロシア軍憲兵隊と地元名士の仲介によって、数時間後に釈放)。

シリア人権監視団、2021年4月24日
シリア人権監視団、2021年4月24日

難航する停戦

戦闘が収束しない理由に関して、反体制系サイトのSY24は、アサーイシュ、そして停戦の仲介者として振る舞うシリア民主軍が、4月20日以降の戦闘で掌握した街区の支配維持に固執、政府側がこれを拒否しているためだと発表した。また、反体制系サイトのドゥラル・シャーミーヤは、PYDが、治安厳戒地区やカーミシュリー国際空港さえも狙っていると伝えた。

4月25日午前、ロシア軍憲兵隊はアサーイシュとともに、政府と北・東シリア自治局の支配地の接触線一帯でパトロールを実施し、停戦維持を試みた。だが、人道停戦が失効すると、戦闘は再開した。国防隊とアサーイシュは、ハルクー交差点、ハルクー地区、タイ地区(アッバース・アッラーウィー学校一帯、貯水場一帯)で戦火を交えた。

ANHA、2021年4月25日
ANHA、2021年4月25日

国防隊の攻撃は、ロシア軍ヘリコプターが上空を旋回するなかで行われた。そのため、ロシアが国防隊の反転攻勢に青信号を出したかに思えた。だが、形勢が逆転することはなく、アサーイシュは4月26日未明までに、アッバース・アッラーウィー学校と給水塔周辺の街路を除くタイ地区のほぼ全域から国防隊を排除することに成功した。

ANHA、2021年4月25日
ANHA、2021年4月25日

PYDの一方的勝利

戦闘収束を受けて、ロシア軍憲兵隊と内務治安部隊が合同パトロールを実施、一時避難していた住民が帰宅を開始した。

ANHA、2021年4月26日
ANHA、2021年4月26日

シリア人権監視団、2021年4月26日
シリア人権監視団、2021年4月26日

これに合わせて、シリア民主軍とアサーイシュの代表がカーミシュリー国際空港を訪問し、ロシア軍と会談し、改めて停戦を合意した。

シリア人権監視団や反体制系サイトのノース・プレスなどによると、合意は、国防隊とアサーイシュの戦闘停止に加えて、タイ地区へのアサーイシュの駐留継続と国防隊の完全退去、避難住民の帰宅、ロシア軍憲兵隊とアサーイシュの合同パトロール継続が定められた。また、政府側の面目を保つとともに、PYDを指示しない住民の身の安全を担保することを目的として、タイ地区内のアサーイシュの分隊本部に隣接するかたちでシリア軍憲兵隊の分隊本部を併設するとの文言が盛り込まれた。

これにより、アサーイシュの展開地域は、環状道路南部に到達し、政府の支配地域は、治安限界地区、タイ地区交差点南のズヌード地区一帯、ハルクー地区とカーミシュリー国際空港に三分割された。

Liveuamap、2021年4月27日
Liveuamap、2021年4月27日

報道規制への抗議

今回の事件は、その情報のほとんどがPYDに近いメディア(ANHA)から発信された。政府系のメディアが報じたのは、政府支配地域内の部族長や名士らのアサーイシュやシリア民主軍の暴力に対する抗議声明くらいで、現地の動きを伝えることはなかった。ハーディル・ハンマード・ハサカ県放送テレビ・センター局長がアサーイシュによって一時身柄を拘束されたことからも明らかな通り、PYD側が報道規制を敷いたためだ。

これについては、北・東シリア自治局支配地で活動する記者・報道関係者からも抗議の声が上げられた。21の記者・組織が4月26日、「北・東シリア自治局支配地における報道活動への嫌がらせに関する声明」を出したのである。

内容は以下の通りである。

(北・東シリア)自治局の内務治安部隊、現地での通称「アサーイシュ」は、北・東シリア各所で許可を受けた報道機関のほとんどに対して、報道の自由に反するかたちで、カーミシュリー市南部のタイ地区での体制側の国防隊との戦闘を報じることを禁じた。

2021年4月21日の戦闘開始以降、報道は自治局の一部チャンネルや通信社、そして地元指導部に近い一部活動かによって独占された。

事件発生から6日が経ち、責任を回避し、報道関係者に対する権利侵害を正そうとして、一部メディアがタイ地区に入ることを許された。

こうした行為は、1948年の世界人権宣言第19条が定める情報を得る権利、さらには1962年の市民的及び政治的権利に関する国際規約の第19条に反している。

自治局に近い一部メディアによる報道の独占、治安要員による報道関係者への脅迫は、内務治安部隊のような法人に相応しくない行為である。

我々は記者・報道関係者は、こうした行為が報道の自由に反し、非難に値し、受け入れられず、報道の自由と情報を得る権利を保障する自治局の法に反するものとして拒否する。

先月末にフール・キャンプで行われた治安措置に際しての報道活動に対する嫌がらせ、キャンプ内での報道前と報道中に記者らに課せられたルーティーンや手続き、地元の記者や報道機関の排除は、北・東シリア各地の報道活動を後退させていることは明らかである。

我々は、報道関係者に対するこうした対応が、我々の地域の報道活動の未来に悪影響を及ぼすものと考える。我々は、自治局と関係機関が、報道関係者が安全に活動できる環境を整えるとともに、機会均等を保障し、報道機関の自由と多元性を保障するために取捨選択を止めることで、過ちを正さなければならないと見ている。そうすることが社会の発展に寄与し、責任をもって監督者としての役割を果たすことに繋がる。

北・東シリア各地での新情報法をめぐって、国内外のさまざまなメディア関係の当事者が議論を終えてから2ヶ月以上経ったが、今もなお自治局の評議会によって承認はなされないままである。

我々は、法の承認、北・東シリアでの記者や報道関係者の権利に対する行き過ぎた行為を助長する法律上の空白状態に対処することを要請する。

著名者:

ヒーバール・ウスマーン

マスウード・ハーミド

ジャーヌー・シャーキル

イーファーン・ハスィーブ

ラーマーン・イーサー

スーリーン・アミーン

カマール・シャイフー

シールザード・サイドゥー

ダーダー・バラカート

アーフティーン・アスアド

アドナーン・ハサン

アフマド・バルフー

ラドワーン・ビーザール

ハサン・フサイン

ヒジャール・サイイド

ハリール・ハリール

フーザーン・ハッシュー

ヌーバール・イスマーイール

ヤーズィル・ウスマーン

イサーム・アミーン

エズディナ機構

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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