Yahoo!ニュース

バイデン米政権初の爆撃に便乗して、ロシア、シリア政府、トルコ、イランがシリアで「暴力の国際協調」

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

バイデン政権発足後初となる軍事攻撃

米国のジョン・カービー国防総省報道官は2月25日(日本時間26日)に声明を発表し、シリア領内でイランが支援する武装グループに対して爆撃を実施したと発表した。

声明の内容は以下の通り:

バイデン大統領の指示により、米軍は今晩早く、シリア東部でイランが支援する武装グループが利用していたインフラに対して爆撃を実施した。これらの爆撃は、イラク国内での米国および有志連合の人員に対する最近の攻撃と、これらの人員に対する継続的な脅威への対抗措置として承認された。具体的には、爆撃により、ヒズブッラー大隊、サイイド・シュハダー大隊など、イランが支援する武装グループ多数が使用する国境管理地点にある複数の施設が破壊された。

こうした相応の軍事的対応は、有志連合のパートナーとの協議を含む外交措置と合わせて実施された。この作戦は次のような明確なメッセージを送るものだ。バイデン大統領は米国と有志連合の要員を保護するために行動する。同時に、我々は、シリア東部とイラク双方の全般的状況の緊張を緩和するため慎重に行動してきた。

米国が外国に対する軍事攻撃を行ったと公式に認めるのジョー・バイデン政権が発足後は初めて。

声明における「最近の攻撃」とは、2月15日にイラク北部のクルドディスタン地域の中心都市アルビール市の国際空港や隣接する駐留米軍の施設の付近に複数のロケット弾が打ち込まれ、少なくとも駐留米軍の請負業者1人が死亡し、米軍兵士1人を含む9人が負傷した事件を指す。

ドナルド・トランプ政権も発足後最初の軍事作戦の場所としてシリアを選んだ。シリア軍が化学兵器を使用したと断じて、2017年4月に行ったミサイル攻撃である。攻撃の口実は異なれ、バイデン政権も、トランプ政権と同じ場所を最初の武力行使の場所として選んだのは皮肉なことである。

狙われた「イランの民兵」は合法的な部隊

『ニューヨーク・タイムズ』が2月26日に伝えたところによると、爆撃はダイル・ザウル県南東部のイラク国境に面する砂漠地帯に「イランの民兵」が建設したいわゆる「イマーム・アリー基地」(イマーム・アリー・コンパウンド)の近くの軍用通行所を標的とし、建物群に8発の爆弾が投下した。

これらの施設は、イランがイラク・シリア間の武器や戦闘員の移動に利用していたもので、爆撃によって少なくとも「イランの民兵」17人が死亡したという。

一方、英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、この爆撃でイラク人民防衛隊の隊員22人が死亡した。

攻撃は、武器を積んだ車輌3輌が、イラクのアンバール県のカーイム国境通行所(シリア側はダイル・ザウル県ブーカマール国境通行所)近くの軍用通行所を通過して、シリア領内に入ったところを狙ったもので、この車輌とイラク人民防衛隊の拠点複数カ所が標的となったという。

「イランの民兵」とは、紛争下のシリアで、同国軍やロシア軍と共闘する民兵の総称である。イラン・イスラーム革命防衛隊、その精鋭部隊であるゴドス軍団、同部隊が支援するレバノンのヒズブッラー、イラク人民動員隊、アフガン人民兵組織のファーティミーユーン旅団、パキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団などを指す。「シーア派民兵」と称されることもあるが、「イランの民兵」という呼称とともに、反体制派、欧米諸国、アラブ湾岸諸国、トルコによる蔑称で、シリア政府側は「同盟部隊」と呼ぶ。

爆撃で標的となったヒズブッラー大隊とサイイド・シュハダー大隊は、イラク人民動員隊に所属する部隊である。イラク人民動員隊は、イスラーム国が2014年以降にイラク領内で勢力を伸張したことを受け、2015年に結成されたシーア派民兵を母体とする。ナジャフ市のマルジャイーヤが発出したファトワーに基づき、ヒズブッラー大隊、アサーイブ・アフル・ハック、バドル機構、殉教者サドル軍団といった既存の民兵が各地で動員をかけて、部隊を編成、2016年11月26日にイラク国民議会が「人民動員評議会法」を可決し、イラク軍武装部隊総司令官(首相)の指揮下で正式な部隊となった。約70の組織が人民動員隊に参加している(なお、イマーム・アリー基地については「「イランの民兵」封じ込めと油田防衛:シリア情勢2019(8)」を参照されたい)。

つまり、米国は同盟国であるイラクの合法的な武装部隊に爆撃を加えたことになる。

イラクとの微妙な関係

ロイター通信は2月26日、米高官2人の話として、バイデン大統領がイラク政府の反発を避けるため、イラク領内ではなくシリア領内に対する爆撃を行うことに同意、実施を指示したと伝えた。

だが、ロイド・オースティン国防長官は記者らに対して以下の通り述べ、イラク政府が爆撃に協力していたと主張した。

我々は、あなたたちが期待しているように、非常に慎重なアプローチをとった。

我々は、イラク人が我々に諜報関連の情報を調査し、その内容を発展させることを認め、奨励した。それは標的を絞り出すうえで大いに役立った。

この主張に従うなら、イラク政府は自国の部隊に対する同盟国の爆撃に荷担したことになる。だが、オースティン国防長官の発言に対しては、イラク国防省が、次のような声明を出して直ちに否定した。

シリア領内の複数カ所を標的とするのに先立って、イラクと諜報関連の情報の交換が行われたとする米国務長官の発言内容に驚いている。

我々はそうしたことが行われたことを否定する一方、有志連合との協力関係が、同連合発足時のダーイシュ(イスラーム国)との戦いに関する目的に限定される。

便乗する諸外国

バイデン政権による初の軍事攻撃は、シリア内戦の当事者たちによる「便乗攻撃」とでも言うべき反応を招いた。シリアでは2020年3月以降、大規模な戦闘は発生せず、小康状態が続いていたが、ロシア、トルコ、「イランの民兵」、シリア政府、クルド民族主義勢力が攻撃の手を強めたのである。

筆者作成
筆者作成

シリア北部ラタキア県のフマイミーム航空基地に駐留するロシア軍は2月26日、「決戦」作戦司令室の支配下にあるカッバーナ村一帯に対して爆撃を実施した。

「決戦」作戦司令室とは、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構とトルコの庇護を受ける国民解放戦線(国民軍)などからなる武装連合体で、トルコの支援を受けている。

シリア軍もトルコ軍に狙いを定めた。2月26日、トルコの占領下にあるアレッポ県北西部のアフリーン市に対して砲撃を加えたのである。

シリア軍はまた、「決戦」作戦司令室の支配下にあり、トルコ軍が各所に拠点を設置しているザーウィヤ山に対しても砲撃を行った。同地への砲撃は連日続けられているが、26日の砲撃は、バーラ村近郊のトルコ軍拠点一帯に及んだ。

これに対して、トルコ軍も応戦、政府支配下のカフルナブル市およびその一帯を砲撃した。

なお、これに合わせて、「決戦」作戦司令室もイドリブ県南部とハマー県北西部の政府支配地各所を砲撃した。

ダイル・ザウル県でも衝突が発生した。県南東部に位置するタヤーナ村のユーフラテス川東岸に設置されているシリア民主軍の検問所と、シリア政府支配下のクーリーヤ市にあるイラン・イスラーム革命防衛隊の検問所の間で銃撃戦が発生したのだ。

シリア民主軍は、ダイル・ザウル県の油田地帯などに違法に駐留を受ける米国がイスラーム国に対する「テロとの戦い」の協力部隊として全面支援を続ける武装勢力。クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する民兵組織の人民防衛隊(YPG)を主体としている。

戦闘は短時間で収束し、死傷者はなかったが、ユーフラテス川を挟んで戦闘が行われるのは異例。

暴力の国際協調

いずれの「便乗攻撃」もシリア情勢大きな変化を与えるものではなく、今回のバイデン政権による爆撃と同様、限定的な攻撃ではある。だが、トランプ大統領が掲げた米国至上主義に代えて、国際協調を掲げるバイデン大統領による初の軍事行動は、暴力行使という国際協調を招いたかのようだ。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

青山弘之の最近の記事