Yahoo!ニュース

トランプ米大統領の任期終了が近づく中、シリアで「イランの民兵」への「駆け込み爆撃」を強めるイスラエル

青山弘之東京外国語大学 教授
al-Mudun、2020年11月26日

ドナルド・トランプ米大統領の任期終了が近づくなか、イスラエルがシリア領内の「イランの民兵」に対する「駆け込み爆撃」を強めているようである。

「イランの民兵」とは、シリア政府側が「同盟部隊」(あるいは「同盟者部隊」)と呼ぶ民兵の総称である。イラン・イスラーム革命防衛隊(そしてその精鋭部隊であるゴドス軍団)、同部隊が支援するレバノンのヒズブッラー、イラクの人民動員隊、アフガン人民兵組織のファーティミーユーン旅団、パキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団などを指す。「シーア派民兵」と称されることもあるが、「イランの民兵」という呼称とともに、反体制派、欧米諸国、アラブ湾岸諸国、トルコによる蔑称である。

2020年だけでも30回以上の越境攻撃を行うイスラエル

イスラエルは2020年だけでも、シリア領内、とりわけゴラン高原に近いダマスカス郊外県西部やクナイトラ県、イラク領に面するダイル・ザウル県南東部のユーフラテス川西岸に対して、確認できるだけでも30回以上の越境爆撃、ミサイル攻撃を実施してきた。

ところが、米大統領選挙の投票日が近づくなか、10月13日のダイル・ザウル県南東部に対する爆撃を最後に目立った動きを見せていなかった。

攻撃を再開したイスラエル

イスラエルはしかし、民主党候補のジョー・バイデン前副大統領の勝利が確実となると、シリアに対して挑発的な行動をとるようになった。

「イスラエルがシリアをミサイル攻撃する中、ポンペオ米国務長官は歴代長官として占領下ゴラン高原を初訪問」で述べた通り、イスラエル軍戦闘機は11月18日未明、占領下のゴラン高原からシリア南部に対してミサイルを発射、イラン・イスラーム革命防衛隊ゴドス軍団やシリア軍の倉庫、司令本部、地対空ミサイル発射施設などを破壊したのだ。

止まらない爆撃

爆撃はこれに止まらなかった。

シリア国営通信(SANA)は、シリア軍筋の話として、イスラエル軍戦闘機は11月24日午後11時50分、占領下のゴラン高原上空から首都ダマスカスの南方一帯に向けてミサイル複数発を発射、展開するシリア軍防空部隊がこれを迎撃、ミサイル多数を撃破したと伝えた。

これに関して、英国を拠点に活動する反体制系NGOのシリア人権監視団は、攻撃がダマスカス郊外県南部のマーニア山に展開する拠点やミサイル倉庫、クナイトラ県ルワイヒーナ村近郊のシリア軍第90旅団基地内にある民兵組織「ゴラン解放シリア抵抗」の本部、ミサイル倉庫などに対して行われ、外国籍の「イランの民兵」とレバノンのヒズブッラーのメンバー8人が死亡、多数が負傷、ミサイル倉庫1棟が被害を受けたと発表した。

攻撃は続いた。

シリア人権監視団によると、イスラエル軍と思われる所属不明の戦闘機複数機が11月26日、イラク国境に面するユーフラテス川西岸のブーカマール市近郊に展開する「イランの民兵」の拠点複数カ所に対して爆撃を行った。

狙われたのは、ジャラー町近郊およびハムダーン近郊の砂漠地帯に配置されているパキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団の拠点で、司令官2人を含む19人が死亡、多数が負傷したという。

トランプ大統領退任に乗じた「駆け込み爆撃」

一連の攻撃に関して、イスラエル公共放送協会(KAN)は11月26日、イスラエルの複数の情報筋の話として、イスラエル軍が、トランプ米大統領退任までの期間に乗じて「イランの民兵」への爆撃を激化させている、と伝えた。

KANの報道によると、イランは、『ニューヨーク・タイムズ』(11月16日付)などが伝えているように、2021年1月20日に任期を終えるトランプ大統領が、退任前にイラン領内の核関連施設への攻撃に踏み切ることを恐れ、その口実を与えないよう警戒しており、イスラエルはこうした状況に乗じて、シリアへの爆撃を強めているのだという。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

青山弘之の最近の記事