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混乱が続くシリアのダイル・ザウル県でアラブ人部族、シリア民主軍、米主導の有志連合が三者会合を開催

青山弘之東京外国語大学 教授
アラブ人部族、シリア民主軍、有志連合の三者会合(ANHA、2020年8月8日)

混乱と鎮圧が続くダイル・ザウル県

ダイル・ザウル県のユーフラテス川東岸に位置するズィーバーン町、ハワーイジュ村、シュハイル村などで、住民(アラブ人)による抗議デモと蜂起が発生してから1週間が経とうとしている。

(これまでの経緯については「シリア:クルド民族主義勢力の支配地域でアラブ人部族が蜂起、米軍が鎮圧に加勢」「シリアのアラブ人部族はクルド民族主義勢力に最後通告を突きつける一方、米軍へのロビイングを開始」「シリアのダイル・ザウル県でのアラブ人部族の蜂起はクルド民族主義勢力側と政府側の非難の応酬に発展」を参照)

ズィーバーン町一帯(Liveuamap News、2020年8月9日)
ズィーバーン町一帯(Liveuamap News、2020年8月9日)

クルド民族主義勢力の民主統一党(PYD)が主導する自治政体の北・東シリア自治局の統治下にあり、人民防衛隊(YPG)主体のシリア民主軍によって封鎖された現地で何が起きているか、詳細は明らかではない。

国営のシリア・アラブ通信(SANA)によると、8月8日になっても、住民は、シュハイル村、タヤーナ村、ズィーバーン町、ハワーイジュ村で、シリア民主軍と米軍の撤退を求める抗議行動を継続している。シリア人権監視団によると、ズィーバーン町にあるシリア民主軍の本部が何者かの砲撃を受けたという。

対するシリア民主軍は、これらの町村、さらにはシュハイル村に近いカッサール村の国内避難民(IDPs)キャンプで多数の住民を逮捕、金曜日午後のモスクでの礼拝を禁じた他、検問所の増設、北・東シリア自治局の支配地域とシリア政府支配下のユーフラテス西岸を結ぶ水上通行所での強制捜査や船舶の没収を進めているという。

シリア人権監視団によると、シリア民主軍は8月8日、シュハイル村への車輌の往来の規制を解除したというが、依然として混乱と鎮圧は続いているようだ。

蜂起は政府、イスラーム国、トルコの陰謀

シリア民主軍側は、蜂起が、政府、イスラーム国、さらにはトルコの陰謀によるものだとの喧伝を続けている。

反体制系サイトのユーフラテス通信(FHA)は8月7日、シリア民主軍の治安機関が、アカイダート部族の族長の一人のおじにあたるマトシャル・ハンムード・ジャドアーン・ハフル氏らの暗殺事件の容疑者として男性1人を逮捕したと伝えた。

逮捕されたのはアブドゥッラッザーク・ナウワーフ・クタイなる男性。

FHAによると、クタイ氏は1981年生まれ、ハサカ県シャッダーディー郡の出身。シリア民主軍によって7月29日に同郡内で逮捕されていた。

クタイ容疑者は、シリアの諜報機関(ムハーバラート)、とりわけ政治治安局ハサカ県支部がアラブ人部族の族長や名士を標的とする「暗殺セル」を組織していたことを認めたという。

取り調べに対して、クタイ容疑者は、シリアの諜報機関(ムハーバラート)によって結成された「アラブ武装抵抗」を名乗る組織の創設時からのメンバーで、この組織が、アラブ人部族の族長、北・東シリア自治局の傘下にある地元評議会の議長、裁判所の判事らの暗殺を任務としていたことを認めたという。

また、面会したFHAの記者に対して「ダイル・ザウル市での部族長2人暗殺はダイル・ザウル県の暗殺細胞が実行した。だが、ハサカ県の暗殺細胞はまだ活動していない」などと証言したという。

クタイ容疑者(ANHA、2020年8月7日)
クタイ容疑者(ANHA、2020年8月7日)

また、PYDに近いハーワール・ニュース(ANHA)は、ダイル・ザウル県のジャウワール部族、ウライユ部族、ブライジュ部族、シュアイタート部族、ラッカ県のスフバ部族、ムアーディラ部族、ハサカ県のハワーティナ部族などの族長が、政府、イスラーム国、トルコの陰謀に対して一致団結するよう呼びかけ、シリア民主軍に指示を表明したと連日報じた。

シリア民主軍への支持を表明するアラブ人部族(ANHA、2020年8月7日)
シリア民主軍への支持を表明するアラブ人部族(ANHA、2020年8月7日)

アラブ人部族長は諜報部門でシリア民主軍を支援するよう有志連合に要請

こうしたなか、ダイル・ザウル県のムーハサン市で、ブーカマール郡のアラブ人部族評議会、シリア民主軍、米主導の有志連合の各代表による三者会合が開催され、アラブ人部族長を狙った暗殺事件、ズィーバーン町などでのアラブ人部族の蜂起などへの対応について協議された。

ANHAやシリア人権監視団によると、会合には、ブーカマール郡のシュアイタート部族のナースィル・タッラーフ・ハルフ族長を代表とする族長と名士の代表20人あまり、シリア民主軍ダイル・ザウル地区のルーニー・ムハンマド司令官およびダイル・ザウル軍事評議会メンバー、有志連合の民生担当チームが出席した。

会合のなかで、ムハンマド司令官は、アラブ人部族長らの暗殺事件に関して、シリア政府、イスラーム国、トルコが背後にいると釈明、検問所の増設やパトロールの強化、武装集団の潜入阻止と掃討を通じて対応すると述べた。

これに対して、族長や名士からは、シリア民主軍の措置への支持が表明されるとともに、有志連合に対して、諜報部門でのシリア民主軍の支援を要請した。

しかし、この会合もシリア民主軍による動員の域を脱するものではなく、蜂起を指導するアカイダート部族が態度を軟化させたとの情報は入っていない。

(「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」をもとに作成)

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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