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シリア:コロナ禍の中で医薬品不足に直面する「解放区」、「統制された規制緩和」を宣言するアサド大統領

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

「解放区」が通行所閉鎖で医薬品不足に

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団は5月4日、シリア北西部および北部に拡がるいわゆる「解放区」が、医薬品不足に見舞われていると発表した。

「解放区」は、イドリブ県を中心とする北西部がシリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構によって軍事・治安権限を掌握されている一方、アレッポ県北西部や北部は「オリーブの枝」地域、「ユーフラテスの盾」地域と呼称され、トルコの占領下に置かれている。

医薬品不足は、トルコのガジアンテップに拠点を構える暫定内閣(シリア革命反体制勢力国民連立の傘下組織)が、新型コロナウイルス感染症対策の一環で政府支配地域との境界に設置されているすべての通行所を閉鎖しているためだという。

これによって、降圧薬、アスピリン、子供用のサプリメント、肺炎治療用の薬などシリア製の医薬品の供給が停止しており、新型コロナウイルス感染症対策が充分に行えなくなっているという。

なお、シャーム解放機構は、4月30日にイドリブ県のマアーッラト・ナアサーン村とアレッポ県のミズナーズ村を結ぶ街道に通行所を設置し、シリア政府支配地域との通商を試みたが(「シリアのアル=カーイダが政府支配地域との境界に通商用通行路を開設、抗議デモに実弾を放ち強制排除」を参照)、トルコや住民の反対を受け、5月1日にこれを閉鎖している。

「解放区」でトルコ軍兵士の感染が確認される

シリア人権監視団によると、トルコの占領下にある「オリーブの枝」地域の中心都市アフリーン市(アレッポ県)で5月5日、トルコ軍兵士7人の新型コロナウイルスへの感染が確認された。

感染は、アフリーン市内のトルコ軍基地で兵士らに対して行われたPCR検査によって確認され、基地は封鎖されたという。

なお、トルコ占領地では、4月12日、ラッカ県タッル・アブヤド市でいわゆる「自由警察」の隊員1人の感染が確認され、所属する部署の隊員全員が隔離されている(「トルコが占領するシリア北部のラッカ県で初の新型コロナウィルス感染者か?!」を参照)。

アサド大統領は「統制された規制緩和」の開始を宣言

アサド大統領は5月4日、イマード・ハミース内閣の新型コロナウイルス感染症対策チームと会合を開き、感染症対策の進捗、市民生活への影響とその対策について検討した。

会合のなかで、アサド大統領は、対策チームによる「部分的な禁止措置」の迅速な実施と市民の協力によって、感染の拡大を抑え込むことに成功したとしつつ、経済に悪影響が及び、「予防と経済をバランス」させ、「市民が飢え、貧困、不足と病気の板挟みなる」のを最小限に食い止めるという困難な課題に対処してきた政府の苦労を明かした。

そのうえで、「感染症対策が長丁場になることが明らかになった今、市民に対する前例のない圧力を緩和し、日常生活に徐々に戻ることを始めるべきだ」と強調、次のように述べ、禁止措置の「統制された規制緩和」に踏み切る意思を表明した。

人々には必要なものがある。労働、生活の糧を得ること…。取引を行い、必需品を確保すること…。教育…。もちろん、物的な必要だけであない。心理的、精神的な必要もある…。人々は行事を行ったり、礼拝所に行ったりしたいと感じている…。我々は今、こうしたさまざまな分野で規制緩和に移行する段階にある。

しかし、こうした規制緩和の本質は統制された規制緩和だ。まずは優先事項に基づいて統制され、優先事項から始める。我々は何がもっとも必要かを確定した。今はそれ以外の分野へと次第に移行している。

我々は規制を緩和したいと考えているが、統制された規制緩和というのは、市民が責任の一部を担うことを意味している。これまでの段階においては、国家が市民を守る責任を負ってきた…。我々が規制緩和を始める場合、最大の責任は、個人の日々の行動に対して市民が負うことになる…。我々はすべての市民が国家とともに責任を担うべく、啓発を続けねばならない。

アサド大統領はさらに、感染症対策と並行して経済再活性化をめざすと表明、日々の生活必需品、とりわけ食料品の確保、物価対策、汚職や法律違反の監視にあたると強調した。

なお、5月6日現在のシリア国内での新型コロナウイルス感染者数は計44人、うち死亡したのは3人、回復したのは27人。

SANA、2020年5月1日
SANA、2020年5月1日

また保健省が5月4日に発表したところによると、2月5日から5月4日までの期間に、各県の隔離センターに収容された人の数は3,325人で、うち2,554人がPCR検査の結果陰性と診断され帰宅、771人がセンターにとどまり経過観察を受けているという。

(「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」をもとに作成)

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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