「体制デモ」と「官制デモ」に生じたねじれ:シリア情勢2019(10)

(写真:ロイター/アフロ)

「紛糾する制憲委員会、迷走するクルド民族主義勢力:シリア情勢2019(9)」の続き)

2019年のアラブ世界では、抗議デモが再び頻発し、「アラブの春ver2」が発生したなどと言われた。

アルジェリアでは、2月末に抗議デモが発生、20年にわたって同国を統治したアブドゥルアズィーズ・ブーティフリーカ大統領が3月11日に次期大統領選挙への立候補を断念、4月2日に辞任した。スーダンでも、2018年12月末から抗議デモが続くなか、2019年4月11日に軍がクーデタを敢行、30年にわたる長期政権を主導してきたウマル・バシール大統領が解任された。

10月に入ると、今度はイラクとレバノンで抗議デモが発生、イラクでは11月30日、アーディル・アブドゥルマフディー首相が辞任を表明、12月1日に国民議会(国会)がこれを承認した。レバノンでは、10月29日にサアド・ハリーリー首相が辞任を発表した。

大統領や首相の退陣、さらには体制打倒へと繋がったこれらの抗議デモは、2011年の「アラブの春」によって混乱を極めた国々にも、ある種のデモンストレーション効果をもたらし、抗議デモを活性化させた。シリアも例外ではなかった。

だが、「今世紀最悪の人道危機」を経験した同国における抗議デモは単純なものではなかった。

「解放区」における「反体制デモ」とは?

シリア国内で行われた抗議デモのなかで、もっとも注目されたのは、言うまでもなく反体制デモだった。そのほとんどはトルコの占領下にあるアレッポ県北部の「ユーフラテスの盾」地域と同県北西部の「オリーブの枝」地域、そしてシリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構が軍事・治安権限を掌握するイドリブ県やアレッポ県西部の「解放区」(緊張緩和地帯第1ゾーン)で発生した。

これらの地域では、9月に入ると抗議デモが高揚した。制憲委員会設置に向けた動きが本格化するなかで(「紛糾する制憲委員会、迷走するクルド民族主義勢力:シリア情勢2019(9)」を参照)、シリア・ロシア軍が緊張緩和地帯第1ゾーンに対する攻撃の手を緩めたこと、イラクやレバノンでのデモがデモンストレーション効果として作用したことが背景にあった。

デモのほとんどは、金曜日の集団礼拝後に発生し、そこでは体制打倒や「シリア革命」が叫ばれた。加えて、シリア軍が拘束したとされる逮捕者の釈放、シリア・ロシア軍による攻撃の停止、「イランの民兵」とロシア軍の排斥、トルコ軍による「平和の泉」作戦支持、さらにはシャーム解放機構支持が表明された。こうした要求はいずれも、シリアに「アラブの春」が波及した当初からの反体制的な主張を踏襲していた。

だが、ここでいう「体制」とは、「解放区」や「ユーフラテスの盾」・「オリーブの枝」地域の「体制」ではない。なぜなら、これらの地域は、シリア政府(つまり体制)の支配を脱却して久しく、そこでの「体制」とは、シャーム解放機構、国民軍、国民解放戦線といった武装集団の権威、これらの組織の暴力のもとで自治を行うシリア救国内閣や地元評議会の自治、そしてトルコの支配のもとで構築されているからだ。

この点を踏まえると、抗議デモで叫ばれている要求は、そのいずれもが「解放区」、「ユーフラテスの盾」・「オリーブの枝」地域の「体制」の意向に沿ったもので、それが「体制」そのものやその支持者によって呼びかけられている限りにおいて、「官制デモ」と何ら変わりがなかった。

10月18日に発生した「反体制」デモ(Eldorar、2019年10月18日)
10月18日に発生した「反体制」デモ(Eldorar、2019年10月18日)

真の「反体制デモ」

だが、真に「反体制的」なデモが発生していたことも看過されるべきではない――反体制派やトルコに対する抗議デモだ。9月以降、シャーム解放機構が軍事・治安権限を掌握するイドリブ県のイドリブ市、サラーキブ市、サルマダー市、マアッラト・ヌウマーン市、カフルタハーリーム町、カッリー町、ダーナー市、ビンニシュ市、タフタナーズ市、マアッラトミスリーン市、バーブ・ハワー国境通行所一帯、トルコの占領下にあるアレッポ県のアアザーズ市、バーブ市、アフリーン市、バーブ・サラーマ国境通行所一帯で、シャーム解放機構の支配やシリア救国内閣の政策に抗議するデモが頻繁に発生したのだ。

真の「反体制デモ」に対して、「体制」は寛容を装った。シャーム解放機構のアブー・ムハンマド・ジャウラーニー指導者は9月6日、デモ参加者に次のようなメッセージを発信した。

シャームの民に敬意と謝意を示したい。あなた方は、世界全体に対して、言論と戦闘の場で、あなた方が正しい大義を担い、目的を達成し、誇りと尊厳を獲得するため、尊い努力を行ってきたことを知らしめた…。我々は過去100日あまり、ムジャーヒディーンの犠牲によって支えられる自由を味わうために支援を行ってきた…。金曜日の礼拝後に行われるデモや集会を保護せよ…。革命は続き、解放は近い。

しかし、「体制」の行動は「自由」や「尊厳」とは無縁だった。

例えば、9月1~2日にサラーキブ市で発生したデモでは、シャーム解放機構が参加者を強制排除し、参加者を脅迫した。また同月6日のバーブ・ハワー通行所近くでのデモでは、シャーム解放機構が同通行所に至る街道にコンクリート製のブロックで封鎖するとともに、通行所の旧広場から5キロの地点に検問所を設置、住民らの往来を禁止し、厳戒態勢を敷いた。9月20日、12月20日にバーブ・ハワー国境通行所近くで発生したデモでも、参加者は国境に迫る前にシャーム解放機構によって強制排除された。

さらに11月6日のカフルタハーリーム町で発生した抗議デモに際して、シャーム解放機構は地元の名士に対して、町のすべての検問所の明け渡しと、自治関連機関のシリア救国内閣への移管を強要した。同月8日にイドリブ市で発生したカフルタハーリーム町との連帯デモでも、同町に向けて行進を行おうとした参加者をシャーム解放機構が阻止した。

トルコ、そしてその庇護を受ける国民軍の対応も大差なかった。8月30日、バーブ・ハワー国境通行所とイドリブ県のアティマ国境通行所で、金曜日の集団礼拝後に国際社会やトルコに対してシリア・ロシア軍の攻撃を停止させるために行動するよう求めるデモが発生した。だが、参加者の一部が通行所を突破し、トルコ領内に入り、トルコ軍の装甲車を捕獲するなど暴徒化すると、トルコ軍憲兵隊が介入し、催涙ガスを発射するなどして強制排除した。

トルコ国境に迫るデモ参加者(Eldorar、2019年8月30日)
トルコ国境に迫るデモ参加者(Eldorar、2019年8月30日)
エルドアン大統領の写真を燃やすデモ参加者(Eldorar、2019年9月5日)
エルドアン大統領の写真を燃やすデモ参加者(Eldorar、2019年9月5日)

一方、バーブ市では11月17日、その前日に市内で発生した爆破事件(17人死亡、22人負傷)の犯人の処刑を求めるデモが発生した。だが、参加者の一部が憲兵隊本部を襲撃し、装甲車に放火すると、憲兵隊が介入し、デモ参加者に向けて発砲、1人を射殺したのだ。射殺される直前、男性は「エルドアン打倒」と連呼していたという。

「解放区」で発生した主な「反体制」デモ

9月1~2日 イドリブ県サラーキブ市などで抗議デモが発生、参加者は体制打倒だけでなく、シャーム解放機構の退去を要求、ジャウラーニー指導者やトルコのエルドアン大統領を「カエル」「体制の手先」「米国の手先」と非難。

9月6日 イドリブ県イドリブ市、サルマダー市、マアッラト・ヌウマーン市、カフルタハーリーム町、アレッポ県アアザーズ市、アルシャーフ村、バーブ・サラーマ国境通行所近くで、体制打倒、革命諸派支援、国際社会の介入を通じた戦闘停止、民主連合党(PYD)拒否とともに、シャーム解放機構への反対を訴えるデモが発生。また、イドリブ市でのデモでは、シャーム解放機構の支持者が黒旗を掲げて参加し、アサド政権打倒、ソチ・アスタナ両会議拒否を訴えようとしたが、デモ参加者は彼らを排除。

9月20日 イドリブ県イドリブ市、サラーキブ市、カフルタハーリーム町、マアッラト・ヌウマーン市、バーブ・ハワー国境通行所近くで、体制打倒、シリア・ロシア軍の攻撃停止、国内避難民(IDPs)の帰還とともに、シャーム解放機構の退去を求めるデモが発生。

10月11日 イドリブ県ダーナー市でシャーム解放機構が拘束したアブー・アブド・アシッダー(シャーム解放機構内の腐敗を告発し、離反した幹部の1人)の釈放を求めるデモが発生。

11月1日 イドリブ県イドリブ市、マアッラト・ヌウマーン市で体制打倒、ラタキア県での抵抗支持とともに、シリア救国内閣の政策反対を訴えるデモが発生。

11月6日 イドリブ県カフルタハーリーム町でシャーム解放機構による強制捜査に抗議するデモが発生、シリア救国内閣の職員らを町から追放。イドリブ市、マアッラト・ヌウマーン市でも、カフルタハーリーム町のデモに連帯するデモが発生。

11月7日 イドリブ県イドリブ市、マアッラト・ヌウマーン市、ハザーヌー町、サルマダー市、アリーハー市、サルキーン市、イスカート村、カッリー町、アルマナーズ市、タフタナーズ市、アレッポ県アターリブ市で抗議デモが行われ、シャーム解放機構に抵抗するカフルタハーリーム町との連帯が表明。

11月8日 イドリブ県イドリブ市、カフルキーラー村、マアッラトミスリーン市、サラーキブ市、タフタナーズ市、ビンニシュ市、ハルブヌーシュ村、マアッラト・ヌウマーン市で、シャーム解放機構に抵抗するカフルタハーリーム町との連帯を訴えるデモが発生。

11月11日 イドリブ県カフルタハーリーム町で、シャーム解放機構の弾圧で死亡した住民の葬儀の直後にデモが発生し、体制打倒とともにシャーム解放機構拒否が訴えられる。イドリブ県タフタナーズ市でもシリア救国内閣に教育環境改善を求めるデモが発生。

11月15日 イドリブ県サラーキブ市、マアッラト・ヌウマーン市、マアーッラト・ナアサーン村、ビンニシュ市などで、体制打倒、逮捕者釈放、「シリア革命」支持とともに、シリア救国戦線による燃料価格値上げに抗議するデモが発生。

11月17日 アレッポ県バーブ市にある国民軍憲兵隊本部前で、前日に市内で発生した爆破事件の犯人の処刑を求めるデモが発生。

11月29日 イドリブ県サラーキブ市、マアッラト・ヌウマーン市、イドリブ市で、シリア救国内閣による食料品、燃料の値上げに抗議するデモが発生。

12月6日 イドリブ県マアッラト・ヌウマーン市でシリア救国内閣の打倒、シャーム解放機構の退去を訴えるデモが発生。

NES支配地域でのアンヴィバレントなデモ

北・東シリア自治局(NES)の支配地域でも抗議デモは発生した。だが、そのほとんどが「体制」の意向に沿った「官制デモ」だった。

同地では、NESを主導する民主統一党(YPG)に近いANHAなどのメディアが、トルコの占領支配や、トルコの獄中にいるクルディスタン労働者党(PKK)のアブドゥッラ・オジャラン指導者との連帯を訴えるデモが各地で行われていると報じ、その写真や映像を公開していた。また、10月にトルコが「平和の泉」作戦を開始し、シリア北東部に侵攻すると、これに抗議するデモも頻繁に行われた。

だが、それだけではなかった。この作戦でNESが、ラッカ県タッル・アブヤド市一帯とハサカ県ラアス・アイン市一帯をトルコに占領されるだけでなく、ラッカ県ラッカ市、タブカ市、アレッポ県マンビジュ市、アイン・アラブ市、そして国境地帯全域へのシリア軍の駐留を許すと(「「安全地帯」設置をめぐるトルコ、米国、ロシアの駆け引き」、「紛糾する制憲委員会、迷走するクルド民族主義勢力:シリア情勢2019(9)」を参照)、これに対する抗議デモも行われるようになった。

例えば、10月15日にはマンビジュ市で、16日にはダイル・ザウル県のブサイラ市、シュハイル村、スブハ村、ジュダイダト・バカーラ村で、18日にはダイル・ザウル県のアズバ村(ダイル・ザウル市東)、ハジーン市、シュハイル村、上バーグーズ村、ラッカ県のタブカ市で、25日には、ダイル・ザウル県のシュハイル村、アブー・ハマーム市、アズバ村で、11月15日にはマンビジュ市とラッカ県マンスール町で、シリア軍の展開に抗議するデモが行われた。

ただし、これらのデモを「官制デモ」ととるか、「反体制デモ」ととるかは微妙だった。なぜなら、シリア軍の進駐は、ロシアの仲介によるYPGを主体とするシリア民主軍(SDF)とシリア政府の合意に基づくものだったからだ。実際、シリア軍の展開に抗議するデモでは、この合意そのものを批判するものもあった。

なお、こうしたデモと合わせて、例えば10月15日には、ラッカ市でシリア軍の展開を歓迎する集会や行進が行われたが、これもまたアンヴィバレントなデモだった。

治安紊乱(びんらん)というレッドライン

もちろん、NESの支配地域においても、明確な「反体制デモ」はあった。

9月24日、ハサカ県シャッダーディー市でオートバイ使用・持ち込み禁止令に抗議するデモが行われた。この禁止令は、治安上の理由でNESが10月5日からの施行を決定していたもので、29日にも、ハサカ市アズィーズィーヤ地区の内務治安部隊(アサーイシュ)本部前やタッル・ハジャル地区(いずれもNES支配地域)で同様のデモが行われた。

9月24日にはまた、NESがダイル・ザウル県アブー・ハシャブ村近郊の砂漠地帯で耕作禁止令を出したことを受けて、同村に近いハルムーシーヤ村の住民らが抗議デモを行った。12月6日にもダイル・ザウル市東のアズバ村で福祉衛生の改善を求める抗議デモが、7日にはハワーイジュ・ズィヤーブ村で燃料価格の上昇に抗議するデモが、14日にはブサイラ市で逮捕者釈放や生活状況改善を訴える抗議デモが発生した。

9月29日のハサカ市でのデモ(Zamanalwsl、2019年9月29日)
9月29日のハサカ市でのデモ(Zamanalwsl、2019年9月29日)

生活改善を求めるこうした抗議デモは、「解放区」における同様のデモとは対象的に、多くの場合穏便に対処された。9月24日のシャッダーディー市でのデモでは、デモ参加者が市の南側の入り口でタイヤを燃やすなどして、道路を封鎖、SDFの退去、同軍による徴兵の拒否、有志連合の車列の通行阻止を行ったが、SDFは武力ではなく参加者との交渉を通じて事態を収拾した。

だが、治安当局によって強制排除の目に合うこともあった。

9月20日、シリア政府支配地域とNES支配地域との境界に位置するユーフラテス川東岸のサーリヒーヤ村でデモが発生し、数百人が参加するという事件が発生した。デモには、主にNES支配地域に身を寄せていたシリア政府支配地域側からの国内避難民(IDPs)が参加、シリア軍と「イランの民兵」の撤退、帰還を要求した。デモ参加者は、これにとどまらずシリア軍の検問所を制圧し、士官を拘束した。

これに対して、シリア軍は増援部隊を派遣して、事態収拾を試み、デモ参加者に発砲し2人が死亡、11人が負傷した。SDFも境界地帯に部隊を派遣し、事態収拾に乗り出した。

サーリヒーヤ村でのデモに対処しようとするシリア軍(Eldorar、2019年9月20日)
サーリヒーヤ村でのデモに対処しようとするシリア軍(Eldorar、2019年9月20日)

サーリヒーヤ村でのデモへの対応は、シリア政府に対して制御不能な暴力が及ぶことで、長らく維持されてきた戦略的な協力関係に亀裂が生じることを回避しようとする動きとして捉えることができた。

なお、シリア政府とNESの双方にとって問題と判断された場合、同様の強硬手段がとられた。11月15日にマンビジュ市でシリア軍の駐留拒否とSDFの退去を求めるデモが発生すると、同地のSDFはこれを強制排除した。

シリア政府支配地域でのデモ

シリア政府支配地域では、2011年秋に欧米諸国、アラブ湾岸諸国、そしてトルコが経済制裁を発動するなか、大規模な「官制デモ」の回数は著しく減った。だが、それでも政府の方針に合致するようなデモは幾度となく行われた。

3月から4月にかけては、ドナルド・トランプ米大統領がゴラン高原におけるイスラエルの主権を認めたことに抗議するデモが各地で繰り返された。また、10月には、トルコによる「平和の泉」作戦に抗議するデモが広く行われた。

これらのデモは場所を選んで実施されていた。トランプ大統領の決定に対する抗議デモは、ゴラン高原に面するクナイトラ県各所で行われ、「平和の泉」作戦に反対するデモは、NES支配地域に隣接するダイル・ザウル県のダイル・ザウル市、ジャフラ村、シュマイティーヤ市、サーリヒーヤ村、ハサカ県のハサカ市、カーミシュリー市で行われた。占領下ゴラン高原の住民、そしてNES支配者の住民に連帯の意思を示す狙いがあった。

ただし、これらの「官制デモ」以外にも、反体制デモは発生した。

反体制デモがもっとも頻繁に発生したのは、ダルアー県だった。ダルアー県は2018年半ばにその全域がシリア政府の支配下に復帰していた(「世紀の取引、革命発祥の地の陥落:シリア情勢2018(6)」を参照)。だが、シリア政府との和解に(消極的に)応じていた反体制派の元戦闘員、そして家族や親戚が当局によって拘束され続けている住民が少なからずいたため、反体制的な動きが後を絶たなかった。そして、それは、同地に駐留する軍や治安・諜報機関の将兵や検問所を狙った襲撃、爆破に限られず、抗議デモ、さらには体制批判の落書きというかたちで表出した。

デモはジャースィム市、フラーク市、ナワー市、タファス市、ムザイリーブ町、タッル・シハーブ町、マアルバ町など、いずれも2018年にシリア政府の支配下に復帰した市町村で発生し、体制打倒、逮捕者釈放、「イランの民兵」の退去、そしてイドリブ県に対するシリア・ロシア軍の攻撃停止が求められるとともに、一部では「シリア革命」の継続が訴えられた。10月23日には、ヨルダン国境に面するナスィーブ国境通行所が住民の襲撃を受け、アサド大統領の写真が破られ、ヨルダンからの産品が焼かれた。

ナスィーブ国境通行所で破られたアサド大統領の写真(Zamanalwsl、2019年10月23日)
ナスィーブ国境通行所で破られたアサド大統領の写真(Zamanalwsl、2019年10月23日)

なお、このほかにも、11月3日には、「平和の泉」作戦を受けてシリア軍が駐留したラッカ市で、体制打倒を求めるデモが発生した。

これらのデモに対して、治安当局が厳しく対処したとの情報はなかった。むろん、これらのデモの多くは、当局の目を盗んで行われ、その映像がインターネットを通じて拡散されただけであるがゆえ、そうした措置を講じることができなかったのであろう。

分断されたシリア国内でのデモ、そしてそれへの対応には一定の共通性を見出すことができる。それは、デモを黙認するか否かは、当局の意向に沿っているかどうかだけでなく、それぞれの支配地域の治安を紊乱(びんらん)するか否かにも関係しているということだ。

いずれの支配地域においても、8年におよぶ紛争において暴力装置は疲弊した。統治の手段としてそれを有効に活用させるため、物理的暴力を効率的に行使していくことが不可欠だ。そうしたなか、治安維持能力の欠如を印象づけるような対応は回避されねばならず、そのために治安紊乱というレッドラインに抵触する動きに対してのみ一罰百戒的に実力を行使し、それ以外は自らの寛容(ないしは民主的な)様相をアピールするために黙認する傾向があると解釈できるのである。

「反体制」デモが発生した主な場所(筆者作成)
「反体制」デモが発生した主な場所(筆者作成)

「アサド政権は傀儡なのか?~ロシア・イランの主導権争いの是非:シリア情勢2019(11 最終回)」に続く)