紛糾する制憲委員会、迷走するクルド民族主義勢力:シリア情勢2019(9)

(写真:ロイター/アフロ)

「「イランの民兵」封じ込めと油田防衛:シリア情勢2019(8)」の続き)

「膠着という終わり:シリア情勢2019(1)」で述べた通り、シリア内戦の解決に向けた停戦・和平プロセスは、反体制派を合法的な反体制派とテロリストに峻別したうえで、後者を「テロとの戦い」によって殲滅する一方、前者とシリア政府の対話を通じて紛争を政治解決することをめざしていた。これはロシアの主導のもとに推し進められた。

ロシアは、米国と共同議長を務める国連主催の和平プロセスであるジュネーブ会議と、トルコ、イランとともに保証国を務める停戦プロセスのアスタナ会議を結節させるべく、2018年1月に避暑地ソチでシリア国民対話大会を開催した。そして、この大会で設置が合意されたのが、制憲委員会(あるいは憲法委員会、憲法制定委員会)だった(「シリア――潰えた正義、新たな大義:シリア情勢2018(1)」を参照)。

制憲委員会は、シリア政府と反体制派による紛争解決の起点として位置づけられていた。だが、ロシア、そしてシリア政府にとって、それは、反体制派に対する圧倒的な優位を軍事面だけでなく、政治面でも誇示し、反体制派、そしてその背後にいるトルコから妥協を引き出すための場だった。それゆえ、その開催は、それにふさわしい軍事的な環境が整うまで猶予されてきた。

米国包囲網へと変容する和平・停戦プロセス

この間、アスタナ会議の保証国のロシア、トルコ、イランはシリア情勢への対応を協議するため、アスタナ会議や三者会談を通じて会合を重ねた。

ジュネーブ会議、アスタナ会議、シリア国民対話大会、制憲委員会略年表

2012年6月30日 ジュネーブ1会議(ジュネーブ合意採択)

2014年1月22~31日 ジュネーブ2会議

2015年12月18日 国連安保理決議第2254号採択

2016年1月29日~4月26日 ジュネーブ3会議

2017年1月23~24日 アスタナ1会議

2017年2月15~16日 アスタナ2会議

2017年2月23日~3月3日 ジュネーブ4会議

2017年3月14~15日 アスタナ3会議

2017年3月24~31日 ジュネーブ5会議

2017年5月3~4日 アスタナ4会議(緊張緩和地帯設置合意)

2017年5月16~19日 ジュネーブ6会議

2017年7月4~5日 アスタナ5会議

2017年7月10~14日 ジュネーブ7会議

2017年9月14~15日 アスタナ6会議(緊張緩和地帯第1ゾーン3分割)

2017年10月30~31日 アスタナ7会議

2017年11月28日~12月14日 ジュネーブ8会議

2017年12月21~22日 アスタナ8会議

2018年1月25~26日 ジュネーブ9会議

2018年1月29~30日 シリア国民対話大会

2018年5月14~15日 アスタナ9会議

2018年7月30~31日 アスタナ10会議(ソチ開催)

2018年11月28~29日 アスタナ11会議

2019年4月25~26日 アスタナ12会議

2019年8月2~3日 アスタナ13会議

2019年10月30日~11月1日 制憲委員会全体会合

2019年11月4~8日 制憲委員会小委員会会合第1ラウンド

2019年11月25~29日 制憲委員会小委員会会合第2ラウンド中止

2019年12月10~11日 アスタナ14会議

アスタナ会議は2019年には3回(アスタナ12会議、アスタナ13会議、アスタナ14会議)開催された。

アスタナ12会議は4月25日から26日にかけて、アスタナ13会議は8月2日から3日にかけて、そしてアスタナ14会議は12月10~11日にカザフスタンの首都ヌルスルタン(旧称アスタナ)で開かれた。会議では、これまでと同様、シリア政府と反体制武装集団の代表(シリア革命軍事諸勢力代表団)の直接協議は行われず、ロシアとイランがシリア政府と、トルコが反体制武装集団と折衝し、仲介を行った。

3回にわたる会議の閉幕時に発表された三カ国声明では、これまでと同じく、シリアの主権、独立、領土の統一と保全を遵守、2018年9月のロシア・トルコ首脳会談で交わされた非武装地帯設置にかかる合意の履行、イスラーム国、シャーム解放機構などのテロリスト根絶に向けた協力の継続、国連安保理決議第2254号に基づくシリア人どうしの対話を通じた紛争解決の推進、制憲委員会設置に向けた努力継続、シリア全土への人道支援、難民帰還支援が確認された。だが、それと同時に、声明では、三つの新たな事項が強調されるようになった。

第1は、「テロとの戦い」を口実とした分離の試みへの拒否の姿勢である。ロシア、トルコ、イランは、シリア北東部において「分離主義的アジェンダ」が適用されることで、シリアの主権と領土保全に抵触されようとしていると警鐘を鳴らすとともに、その処遇について協議を継続し、治安と安定を保証するとの姿勢を示した。「分離主義的アジェンダ」とは、トルコがクルディスタン労働者党(PKK)を非難する際の常套句であり、それは、民主統一党(PYD)、人民防衛隊(YPG)、シリア民主軍(SDF)、シリア民主評議会、西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ)、北・東シリア自治局(NES)を名乗るクルド民族主義勢力、そしてそれを全面支援する米国への非難でもあった。

第2は、イスラエルによるゴラン高原占領とシリア領内への攻撃への拒否の姿勢である。これと合わせて、ゴラン高原に対するイスラエルの主権を承認したドナルド・トランプ米大統領の3月の決定も非難された(「「イランの民兵」封じ込めと油田防衛:シリア情勢2019(8)」を参照 )。

第3は、アスタナ14会議の閉幕声明に限られたものではあったが、石油資源の違法な掌握と搬出への反対の意思表明である。これもトランプ政権がシリア北東部からの部隊撤退に合わせて、ダイル・ザウル県やハサカ県の油田地帯に部隊を再展開させたことを批判するものだった。

なお、同様の姿勢は、2月14日にソチで開催されたロシア・トルコ・イラン三カ国首脳会談、9月16日にアンカラで開催された三カ国首脳会談でも確認された。シリアにおいて和平と停戦が延々として実現しないなか、ロシア、トルコ、そしてイランは、和平・停戦プロセスを、米国排斥をめぐる利害一致を確認する場としていったのである。

制憲委員会発足

制憲委員会は、2018年1月のシリア国民対話大会で設置が合意されて以降、委員150人の人選が進められていた。うち50人はシリア政府代表、50人は反体制派代表、50人は市民社会代表に配分されることが決まっていた。

だが、反体制派代表や市民社会代表の候補者に対するシリア政府からの異義の申し立てなどにより、人選は難航した。シリア問題担当国連特別代表として調整を続けてきたスタファン・デミストゥラは2018年10月17日、「純粋に個人的理由」で辞任を表明し、さじを投げた。後任のシリア問題担当国連特別代表には、ゲイル・ペデルセンが就任し、引き続き委員会発足に向けた努力が続けられた。

ハマー県北部とイドリブ県南部で続けられてきたシリア・ロシア軍の攻勢によって、2019年8月末までに同地がシリア政府の支配下に復帰すると、制憲委員会始動に向けた動きはようやっと本格化した。アントニオ・グテーレス国連事務総長は9月23日、ニューヨークの国連本部での記者会見で、制憲委員会の設置を発表した。そして、これと合わせて委員150人の氏名が政府系および反体制系のメディアによってリークされていった(リークされたメンバーについては青山弘之・木戸皓平「制憲委員会」(CMEPS-J Series No. 50)を参照)。なお、実際のメンバーはこれとは若干異なっていた(詳細については青山弘之・木戸皓平「制憲委員会(憲法委員会):2019年10月30日に国連が発表した代表および同日に選出された小委員会メンバー」(CMEPS-J Series No. 50-2)を参照)。

このうち反体制派代表が、シリアの反体制派を網羅していなかったことは言うまでもない。代表50人は、サウジアラビアの首都リヤドに拠点を置く交渉委員会(旧最高交渉委員会)によって選ばれ、そのなかには、シリア革命反体制勢力国民連立(シリア国民連合)、シリア革命軍事諸勢力代表団に参加する武装組織、民主的変革諸勢力国民調整委員会、シリア・クルド国民評議会、カイロ・プラットフォームやモスクワ・プラットフォームに参加する政治組織の幹部や活動家が名を連ねていた。だが、反体制派の峻別においてテロリストとみなされ、和平・停戦プロセスから排除されてきたシャーム解放機構、同組織と完全共闘するイッザ軍、そしてトルコの庇護を受けながらもシリア軍との停戦に応じない国民解放戦線は参加を拒否した。

シャーム解放機構の軍事部門報道官を務めるアブー・ハーリド・シャーミーは10月25日の声明で「シリア革命の目的や利益に反する国際社会の相互理解には一切従わない」と豪語した。また、シリア・ムスリム同胞団など一部の政治組織や活動家も参加を拒んだ。

初会合と紛糾する議事

制憲委員会は10月30日から11月1日にかけて、スイスのジュネーブにある国連本部で初会合(全体会合)を開いた。

制憲委員会全体会合(SANA、2019年10月30日)
制憲委員会全体会合(SANA、2019年10月30日)

議場には、仲介人であるペデルセン・シリア問題担当国連特別代表と委員150人が一堂に会し、シリア政府代表の団長を務めるアフマド・クズバリー人民議会と、反体制派代表の団長を務めるシリア革命反体制勢力国民連立元代表のハーディー・バフラが共同議長となった。

3日間にわたる全体会合では、今後の会合の審議方法にかかる行動規範と、現行憲法の再検討と新憲法起草の是非について事務協議を行う小委員会の人選が行われた。小委員会は、当初の方針に従い、シリア政府代表15人、反体制派代表15人、市民社会代表15人から構成された(メンバーは青山・木戸「制憲委員会(憲法委員会):2019年10月30日に国連が発表した代表および同日に選出された小委員会メンバー」を参照)。

だが、全体会合に続いて11月4日に開始された小委員会会合(第1ラウンド)は紛糾した。

小委員会会合では、まず、1日の審議時間をめぐって、2時間に限定するよう求めるシリア政府代表と、8時間にすべきだとする反体制派代表との間で意見が割れた。ペデルセン・シリア問題担当国連特別代表は、両者の間をとって1日の審議時間を4時間(2時間の審議を2回)とすることで決着を見た。

しかし、今度は議題をめぐって対立が露呈した。シリア政府代表は11月7日、「テロとの戦い」にかかる「非公式」(non paper)資料を示し、承認を求めた。この資料は(1)テロリスト非難、(2)国家による全土支配実現、(3)憲法改革案・改正条項案における過激主義拒否と「テロとの戦い」の必要性の明記、(4)諸外国へのテロ支援停止要請を骨子としていた。だが、憲法をめぐる議論と直接関わりのない内容を含む「非公式」資料を反体制派は拒否した。

これに対して、反体制派代表も同日、移行期統治機構設置にかかる追加審議案を提出した。これは、国連安保理決議第2254号が定める移行期統治機関の設置、選挙実施、そしてテロ・治安対策を、憲法に関する審議と合わせて協議することを求めるものだった。だが、今度はシリア政府代表がこれを拒否した。

対立は反体制派代表のなかでも発生した。反体制派代表は、小委員会会合において、イスラーム法を主要な法源とする必要はないとし、その根拠の一つとして、女性に離婚の権利が与えられることがイスラーム法に基づいていないためと説明した。だが、一部メンバーが、イスラーム法をシリアの立法の法源とするべきだと反論、これを拒否した。

小委員会会合は11月8日、具体的な結論にいたらないまま閉幕した。

小委員会会合の第2ラウンドは11月25日に開始されるはずだった。しかし、シリア政府、反体制派それぞれの代表が、相手の議事案を拒否し続けたため、開催されることはなかった。シリア政府代表は「愛国的共通項」を反体制派が受け入れようとしないと批判し、国連本部に用意された控え室から動こうとはしなかった。反体制派代表も、シリア政府が別の明確な議題を示さない限り、会合には応じないと主張、ロシアが自分の好きなように政治プロセスを作り出そうとしていると批判した。

ペデルセン・シリア問題担当国連特別代表は11月29日、第2ラウンドを開催しないまま終了すると発表した。

シリア政府への接近を模索するクルド民族主義勢力

ところで、制憲委員会設置を含む和平・停戦プロセスから排除されたのは、テロリストに峻別されるイスラーム国、シャーム解放機構、新興のアル=カーイダ系組織、そしてこれらと共闘するイッザ軍や国民解放戦線だけではなかった。PKKの系譜を汲むクルド民族主義勢力も、トルコがそれをテロリストとみなしているために、参加を認められなかった。

クルド民族主義勢力は、和平・停戦プロセスが進展を見せる度に、自治体制を強化することで対抗し、その存在を既成事実として認知させようとした。ロジャヴァ設立(2014年1月)、北シリア民主連邦構想(2017年7月)、NES設立(2018年9月)がそれだ(「シリアにおける分権制・連邦制の行方:アサド政権vs.クルド民族主義組織PYD」(CMEPS-J Report No. 49)を参照)。

しかし、制憲委員会の始動という新たな状況に対して、クルド民族主義勢力は、これまでのような姿勢を示すことができなかった。トランプ政権が10月6日にシリア北東部から部隊を撤退させたことを受けて、トルコが同月9日に「平和の泉」作戦を開始、国境地帯の自治を脅かしたためだ。

制憲委員会全体会合開催を2日後に控えた10月28日に、NESが「トルコの侵攻を無視し、自治局住民を阻害する」と非難したのはそのためだった。矛先は、トルコの侵攻に青信号を出した米国にも向けられた。PYD幹部のムヒーッディーン・シャイフ・アーリーは、アラビーヤ(9月29日付)とのインタビューで、制憲委員会設置に歓迎の意を示した米国を批判した。

米国から梯子を外され、トルコの軍事的脅威に晒されるなかで、クルド民族主義勢力に残された唯一の選択肢は、シリア政府とロシアへの接近だった。

この試みは、シリアからの部隊撤退をほのめかしてきたトランプ政権を引き留めるためにたびたび行われていた。クルド民族主義勢力は2018年7月にシリア政府代表と会合を行い、NESの支配地域内にあるルマイラーン油田(ハサカ県)やタブカ・ダム(ラッカ県)の共同管理、ハサカ県産原油のシリア政府支配地域での精製、ハサカ市とカーミシュリー市(ハサカ県)での合同検問所の設置など、経済、治安面で関係を強めることで米国を牽制した(「ポスト・イスラーム国段階の混乱、翻弄されるクルド、矛盾する二つの正義:シリア情勢2018(9最終回)」を参照)。

また、2018年12月19日にトランプ大統領がシリアからの1度目の部隊撤退を決定すると、SDFは同月21日、「米国がいなくなればシリア国旗を掲げる」と表明、アレッポ県マンビジュ市近郊のアリーマ町などへのシリア軍の進駐を認めた。さらに2019年1月には、同地へのロシア軍憲兵隊を認めることで、トルコ軍の侵攻を抑えようとした。

トランプ大統領のこの決定は2月22日に撤回されたが、クルド民族主義勢力は、米国や西欧諸国が「クルド人に対する責任」を果たさなければ、シリア政府に保護を求めるとの姿勢をとり続け、経済、治安面で協力関係を維持した。

「平和の泉」作戦が開始されてから4日後の10月13日、SDFは声明を出し、トルコ軍の攻撃に対抗するため、NES支配下の国境地帯へのシリア軍の展開を認めることをシリア政府と合意したと発表した。

ロシアの仲介によるこの合意を受けて、SDFはユーフラテス川西岸に位置するアレッポ県マンビジュ市、アイン・アラブ市、ユーフラテス川に架かるM4高速道路のジャウラーン橋(カラ・クーザーク村)、ユーフラテス川東岸に位置するアレッポ県スィーリーン村、ラッカ県ラッカ市、タブカ市、タブカ航空基地、アイン・イーサー市、第91師団基地(アイン・イーサー市近郊)、ハサカ県ダルバースィーヤ市、マーリキーヤ市、タッル・タムル町、アブー・ラースィーン町などから撤退を開始、代わってシリア軍が同地に展開した。シリア軍はまた、ラッカ県内のサウラ油田を含むラッカ県内のすべての油田、ガス田も合わせて掌握した。

シリア軍とSDFはさらに11月16日、M4高速道路沿線全域からのSDFの撤退と同地へのシリア・ロシア軍の展開を合意し、ただちにこれを履行した。

2019年末の勢力図(筆者作成)
2019年末の勢力図(筆者作成)

SDFはさらに10月24日、ムスタファー・バーリー報道官が「政治的関係が正常化した後にシリア軍に加わる用意がある」と述べ、さらなる接近の意思を表明した。また、シリア民主評議会も11月2日、「真の反体制派のプラットフォーム」を結成する意思を表明し、反体制派に制憲委員会を退け、シリア政府と前提条件なしの交渉を行うよう呼びかけた。

歯止めをかけた米国

こうしたなか、シリア国防省は10月30日、次のような声明を出し、SDFの戦闘員にシリア軍への参加・従軍を呼びかけた。

シリア軍武装部隊総司令部は、ジャズィーラ地方の広範囲を制圧したことを踏まえ、いわゆるSDFメンバーに対して、軍の部隊に加わり、シリアの国土を脅かすトルコの攻撃に対抗するよう呼びかける…。軍武装部隊総司令部は、従軍を希望する個人、部隊を受け入れ、徴兵制違反者、指名手配者を免罪する用意がある。

内務省も同じ日に声明を出し、北・東シリア自治局の内務治安部隊(アサーイシュ)のメンバーに対して、同省所轄の内部治安部隊に加わるよう呼びかけた。

だが、この動きに歯止めをかけた国があった――米国だ。

トランプ大統領が10月21日、油田地帯防衛のため、NES支配下のハサカ県東部やダイル・ザウル県ユーフラテス川東岸に部隊を残留させると発表したことで、クルド民族主義勢力は再び「存在意義」を与えられたのである。マズルーム・アブディーSDF総司令官は11月6日、「有志連合との一連の会合を経て、我々は有志連合との合同プログラムの再開を宣言する」と正式に発表、SDFは油田地帯に展開する米軍部隊を支援することで、米国の軍事的な後ろ盾を得ていった。

そして、これと前後してクルド民族主義勢力はシリア政府やロシアへの態度を硬化させていった。SDF総司令部は、シリアの国防省と内務省が合流の呼びかけを行った10月30日、「政治的関係正常化と、SDFの特性と組織構造の維持が起点とならねばならない」と表明し、合流を拒否した。また11月7日には、アブディーSDF総司令官が「シリア政府との合意の条件は二つ――憲法の枠内での自治とシリア民主軍の特殊性の承認」と改めて強調した。

とはいえ、シリア政府とクルド民族主義勢力の接触は、その後も続いた。NESは11月15日に声明を出し、シリア政府との間で、軍事・治安面に限って折衝を続けていることを認めつつ、「しかし、このプロセスの成否は二つの基本的な側面、すなわちバッシャール・アサド政権側に「欠いている真剣さ」、そしてシリアで活動するロシアを筆頭とする勢力の役割にかかっている」と表明した。12月半ば、シリアの諜報部門のトップであるアリー・マムルーク国民安全保障会議議長がカーミシュリー市を訪問し、ロシアを仲介者としてアブディーSDF総司令官と会談した。その際、アブディー総司令官は「SDFを「未来のシリア軍」として維持するよう求めた」ことを明らかにした。

ユーフラテス川以東地域はそのほとんどがクルド民族主義勢力の支配下に置かれている。だが、彼らはそこでの自治を保証する物理的暴力を備えていなかった。シリア政府の脅威に対する物理的暴力の担い手は米国であり、トルコの脅威に対する物理的暴力の担い手はロシアとシリア政府だった。こうした弱さこそが、クルド民族主義勢力を迷走させ続けた。

「「体制デモ」と「官制デモ」に生じたねじれ:シリア情勢2019(10)」に続く)