バグダーディー暗殺の真相~米国の「テロとの戦い」のその後:シリア情勢2019(7)

(提供:U.S. Department of Defense/ロイター/アフロ)

「「安全地帯」設置をめぐるトルコ、米国、ロシアの駆け引き:シリア情勢2019(6)」の続き)

「平和の泉」作戦によって、トルコがクルド民族主義勢力をシリア北東部から排除し、シリア政府、ロシアが国境地帯に部隊を展開することに成功する一方、同地から部隊を撤退された米国は独り負けしたように見えた。だがその損失を埋め合わせるような「サプライズ」が起きた―――イスラーム国のアブー・バクル・バグダーディー指導者の暗殺である。

アル=カーイダ系組織への細々とした「テロとの戦い」

ドナルド・トランプ米大統領によるイスラーム国への勝利宣言(2019年3月22日、「イスラーム国に対する勝利宣言:シリア情勢2019(5)」を参照)は「テロとの戦い」の終結を意味しなかった。米国は、ダイル・ザウル県南東部でイスラーム国の支配地を完全消滅させた後も、人民防衛隊(YPG)主体のシリア民主軍(SDF)とともに残党の追跡と摘発を続けた。

それだけではなかった。米国は、イスラーム国以外のアル=カーイダ系組織への攻撃も強化した(シリアのアル=カーイダ系組織については「ガラパゴス化するシリアのアル=カーイダ系組織」を参照)。シリア内戦の文脈において「テロとの戦い」というと、イスラーム国のみの殲滅がめざされていたと錯覚されがちだ。だが、米国も、ロシア、イラン、シリア政府に比べると細々とではあるが、アル=カーイダ系組織に対する攻撃を行ってきた。例えば、2014年11月と2015年9月には、イドリブ県でホラサーンなる組織(実在していたかどうかは不明だが)に対する攻撃を行った。

米国主導の有志連合は6月30日、アレッポ市郊外を爆撃し、新興のアル=カーイダ系組織であるフッラース・ディーン機構(米国の発表では「シリアのアル=カーイダ」(AQ-S))の外国人司令官ら8人を殺害した。8月31日には、イドリブ県カファルヤー町近郊にある、同じく新興のアル=カーイダ系組織のアンサール・タウヒードの施設を爆撃、民間人1人を含む2人を殺害した。また12月3日には、イドリブ県アティマ村近郊を移動中の車を爆撃し、シャーム解放機構の司令官の1人でアルジェリア人のアブー・アフマド・ムハージルと随行者(身元不明)の2人を殺害した(有志連合報道官は関与を否定している)。さらに12月7日にも、所属不明の無人航空機(有志連合と思われる)がアレッポ県北部のキーバール村を爆撃し、国民解放戦線に所属するシャーム自由人イスラーム運動のメンバー3人を殺害した。うち1人は、イスラーム国、シャーム解放機構を経てシャーム自由人イスラーム運動に加入したメンバーだった。このほか、米国務省は9月12日、フッラース・ディーン機構の幹部3人、ファーリス・スーリー、アブー・アブドゥルカリーム・ミスリー、サーミー・ウライディーについての情報提供者に1人につき最高で500万ドルの懸賞金を与えると告知した。

フッラース・ディーン機構(Eldorar、2019年6月30日)
フッラース・ディーン機構(Eldorar、2019年6月30日)

緊張緩和地帯第1ゾーンに対するこれらの攻撃の実施に関して、ロシアは米国からの事前の通告を受けていなかったと不快感を示した。だが、偶発的な衝突を回避するために連絡を取り合っていた両国の間には、何らかの暗黙の了解があったと見るのが妥当だろう。なお、攻撃に晒されたアル=カーイダ系組織は「シャームの民の革命を根絶しようとするもの」などとこぞって非難、報復を誓い、生来持っていたはずの反米姿勢を堅持した。だが、それを行動に移すことはなかった。

暗殺作戦をめぐる謎

米国がイスラーム国以外のアル=カーイダ系組織への「テロとの戦い」を細々と続けるなか、『ニューズウィーク』は10月26日、米軍によってイスラーム国のバグダーディー指導者が暗殺されたと伝え、トランプ大統領も翌27日にこれを正式に認めた。トルコが「平和の泉」作戦の終結を発表(10月23日)してから4日後のことだった。

トランプ大統領の発表などをもとに極秘作戦の経緯をまとめると以下の通りだ。

暗殺作戦は1週間ほど前にトランプ大統領によって承認された。作戦を実行したのは米軍特殊部隊とSDF対テロ部隊。

米軍ヘリコプター8機(3機はSDFの対テロ部隊を移送)が26日、アレッポ県スィッリーン町にある航空基地を発進し、トルコ占領下の「ユーフラテスの盾」地域、「オリーブの枝」地域上空を通過し、シャーム解放機構が軍事・治安権限を掌握するイドリブ県北部のバーリーシャー村にあったバグダーディー指導者の潜伏場所に対して、空挺作戦を敢行した。追い詰められたバグダーディー指導者は、子ども3人を道連れにして、自爆用のベストを爆発させて自殺した。戦闘で民間人7人が巻き添えとなって死亡した。一方、米軍は兵士2人が負傷した。

バグダーディー指導者の遺体の残骸は、海に投棄され、また潜伏していた施設は、過激派の「聖地」になるのを阻止するため、爆破された。

バグダーディー指導者暗殺の現場(CNN、2019年10月27日)
バグダーディー指導者暗殺の現場(CNN、2019年10月27日)

トランプ大統領は、作戦の成果を明らかにした10月27日の会見で、ロシア、トルコ、シリア(政府)、イラク、シリアのクルド人に謝意を示した。だが、これらの国が果たした役割については謎が多かった。

トルコ国防省は同日の声明で、作戦実施に先だって、米軍当局と情報交換と連携を行ったと発表した。緊張緩和地帯第1ゾーンに設置されたトルコ軍監視所の内側で行われたことを踏まえると、バグダーディー指導者の居場所の特定にトルコが少なからず貢献していたのだろう。トルコ匿名消息筋は10月29日には、バグダーディー指導者がシリア難民に紛れて家族をトルコに密入国させようとしていたとの独自情報を開示している。

しかし、米軍当局との情報交換と連携の具体的な内容は、当然のことながら明らかにされなかった。とりわけ、米国がシリア北東部の部隊を撤退させることで、トルコによる「平和の泉」作戦に事実上の青信号を出し、同地での権益を放棄したことの見返りとして、トルコ側から具体的に何を得たのかは判然としなかった。この謎は、バグダーディー指導者暗殺作戦へのSDFの対テロ部隊が、トルコ側には伏せられていたという事実によってさらに強められた。

なお、バグダーディー指導者の暗殺が発表された10月27日、米軍とSDFの対テロ部隊はアレッポ県ジャラーブルス市に近いアイン・バイダー村でも合同作戦を実施、イスラーム国のアブー・ハサン・ムハージル報道官を爆撃により殺害した。このアイン・バイダー村もトルコの占領地(「ユーフラテスの盾」地域)内にあった。

一方、ロシア国防省は10月27日に声明を出し、バグダーディー指導者暗殺作戦を事前に承知していなかったと発表し、協力の事実を否定した。だが、作戦を実行した米軍ヘリコプターが発進したのは、10月20日に米軍が撤退を開始し、11月半ばにロシア軍が進駐することになるスィッリーン町の航空基地だった。ロシア大統領府報道官も10月28日、作戦が実行された地域で米軍機の動きを捕捉・監視していたこと、すなわち黙認していたことを明らかにしている。

トルコとロシアの動き以外にも謎はあった。例えば、バグダーディー指導者の身元特定である。バグダーディー指導者の遺体の破片は、イラクのアイン・アサド基地に移送され、DNA鑑定が行われたが、結果が出るまでにたった1日しかかからなかった。しかも、遺体の破片は公開されず、潜伏していた施設も爆破された。

また、シャーム解放機構が作戦の実行に合わせて、バーリーシャー村一帯を封鎖、住民らの往来を禁じたことも不可解だった。シャーム解放機構はこの間、いわゆる反体制派の「解放区」の各所でイスラーム国の細胞の摘発を続けていた。だが、バーリーシャー村の封鎖は、同地での治安活動を伴うものではなかった。

イスラーム国の反応

バグダーディー指導者を失ったイスラーム国の対応も、迅速且つ「素直」だった。

イスラーム国は10月31日に音声声明で、バグダーディー指導者とアブー・ハサン報道官の死亡を早々に認め、アブー・イブラーヒーム・クラシーなる人物を新カリフに、アブー・ハムザ・ムハージルを新報道官に任命したと発表した。

『ガーディアン』(2020年1月21日付)によると、アブー・イブラーヒームは本名をアミール・ムハンマド・アブドゥッラフマーン・マウラー・サルビーといい、トルコマン系イラク人で、バグダーディー前指導者とともにイスラーム国を創設したイデオローグの1人だが、その人となりは謎に包まれたままだった。

なお、イスラーム国に近いアアマーク通信は8月7日、トルコマン系イラク人のアブドゥッラー・カルダーシュをバグダーディー指導者のカリフとして推挙したと発表していた。しかし、この人物とサルビーの関係は不明である。

アサド大統領とアル=カーイダの奇妙なシンクロ

ところで、トランプ大統領から作戦成功の謝意を送られていたバッシャール・アサド大統領は、バグダーディー指導者の暗殺について懐疑的、そして批判的な発言を続けた。10月末からシリア、ロシアのメディアのインタビューに頻繁に応じるようになった彼は、ロシアのRT-UK TVチャンネルが11月11日に放映したインタビューのなかでこう述べた。

バグダーディー指導者は米国の監視下で投獄されていた。米国がバグダーディーを釈放した張本人だ。何の役割も与えずに釈放することはないだろう。

バグダーディーは突如として世界のイスラーム教徒のカリフを名乗ったのだ。米国が彼にこうした役割を与えるために準備したのだ。

我々は彼が殺害されたという話を信じていない。おそらく殺されはしたろうが、言われている通りではないだろう。

過去数年間、いや過去数十年間、テロリストとともに手を入れていた手袋から米国の手を抜くような話だ。記憶を消すためのフィクション映画のようだ。

米国は、アル=カーイダ、イスラーム国、そしてヌスラ戦線といったテロリストと直接繋がっているという記憶を世論から消し去りたいのだ。サッダーム・フセインが捕らえられた時、米国は彼を見せた。彼が処刑されたとき、処刑が行われたことを見せた。彼の子供たちが殺されたときも、遺体を見せた。カッザーフィーのときもだ。

なぜ、ビン・ラーディンを我々に見せなかったのか。なぜ、バグダーディーの遺体を見せなかったのか。

テロリストと戦っているという作り話に過ぎない。

おそらく彼は賞味期限が切れたから殺されたのだ。米国は別の誰かが必要となったのだ。

米国はおそらくイスラーム国という名前を別の名前に変えて、ダーイシュを穏健な組織にすることで、シリア政府に対抗させるため市場で利用するのだろう…。

我々は(暗殺作戦)に参加していない…。シリアのいかなる機関も米国のいかなる機関と関係を持っていない。

こうした反応はロシアと共通していた。セルゲイ・ラヴロフ外務大臣は11月1日にロシア24のインタビューに応じ、こう述べた。

ロシアはバグダーディーが抹殺されたことを確認していない。だが、殺害されたのであれば…米国は自らが生み出した人物を抹殺したということになる。

奇妙なのは、シリア政府、ロシアと対決を続けてきたアル=カーイダも同じような見方をしたことだ。サウジアラビア人説教師で、シャーム解放機構の元幹部アブドゥッラー・ムハイスィニー師は10月29日、テレグラムのアカウントを通じて次のようなビデオ・メッセージを配信した。

我々は、米国の手によってバグダーディーが殺害されないことをどれほど願ってきたか。なぜなら、米国がそもそもバグダーディーの思想を育んだからだ…。

我々はバグダーディー個人の話をしているわけではない…。この邪悪で行き過ぎた思想、イスラーム教徒に対するタクフィール(背教宣告)のことだ。これらはバグダーディーが死んだからといって終わらない…。ハワーリジュ派の思想は続く。バグダーディーの後に、さまざまな名前、色を持つ幾多のバグダーディーたちが現れ、イスラーム教徒に背教宣告を下し、彼らに血を流させ、隊列を分断し、イスラームの若者たちを欺くだろう…。

彼の死に関する報道の信憑性をめぐっては大いに曖昧な点が残る。彼は大きな被害をもたらした作戦のなかで殺されたのか、それ以前に殺されたのか。作戦はトランプが国内の問題を隠蔽するために行われたのではないか。しかし、こうした疑問は大きな影響をもたらすことはない。たとえ、彼が殺されていなかったとしても、結果は同じだ。西側が1,000人のバグダーディーを今後も創り出すということだ。そうすることがムスリム人民を破滅させる唯一の好機だからだ。

ムハイスィニー師(Eldorar、2019年10月29日)
ムハイスィニー師(Eldorar、2019年10月29日)

トルコの思惑

バグダーディー指導者の殺害と併わせて、幹部とその家族も次々と殺害・逮捕されていった。それを主導・支援したのはトルコだった。時系列的に見ると以下の通りである。

トルコ領内および占領下のアレッポ県でのイスラーム国への攻撃・メンバー摘発

10月28日 トルコ占領下のアレッポ県ジャラーブルス市で、所属不明のヘリコプターがイスラーム国メンバーとされるイラク人一家を拘束。

11月1日 トルコのチャンクル県で警察当局がバグダーディー前指導者の世話係1人、アミール(司令官)2人を含むイスラーム国メンバー11人を逮捕。

11月3日 トルコ警察当局がトルコ国内の5都市で、軍事教練責任者を含むイスラーム国メンバー7人を新たに逮捕。

11月5日 トルコ占領下のアレッポ県アアザーズ市近郊で、トルコの国家諜報機構(MIT)がバグダーディー前指導者の妹のラスミーヤ・イブラーヒーム・アウワード・バドリー、その夫と娘婿を逮捕。

11月9日 アアザーズ市近郊のカフラ村で、所属不明の航空機がイスラーム国に忠誠を誓うムハンマド軍の拠点を攻撃。

11月17日 トルコ占領下のアレッポ県カフルジャンナ村で国民軍がイスラーム国メンバーの妻4人を拘束。

11月25日 シリア軍戦闘機がトルコ占領下のアレッポ県タルヒーン村を爆撃、東部自由人連合(国民軍所属)の拠点などを破壊。

11月26日 MITはバグダーディー前指導者の妹3人を潜伏先で拘束(場所は不明)。

11月26日 所属不明の戦闘機複数機がトルコ占領下のアレッポ県バーブ市北のタッル・バッタール村を爆撃。

12月28日 有志連合と思われる無人航空機がトルコ占領下のアアザーズ市近郊のサーマ村にあるシャーム軍団(国民軍所属)の刑務所を爆撃し、完全に破壊。刑務所にはイスラーム国メンバーが収監されているとされた。

トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が11月7日に発表したところによると、バグダーディー前指導者暗殺と前後して、トルコ軍は占領下のアレッポ県バーブ市一帯でイスラーム国メンバー3,000人以上を無力化することに成功、トルコ領内の刑務所に1,150人以上のメンバーを拘留したという。また151カ国からトルコへの潜入を試みた76,000人の入国を阻止したと付言した。

ラスミーヤ・イブラーヒーム・アウワード・バドリー(Reuters、2019年11月5日)
ラスミーヤ・イブラーヒーム・アウワード・バドリー(Reuters、2019年11月5日)

こうした発表の真偽はともかく、トルコの行動は、バグダーディー指導者暗殺というトランプ政権の成果に花を添えるものに見える一方、クルド民族主義勢力に攻勢をかけるたびに、欧米諸国が声高に繰り返した「イスラーム国が勢力を盛り返す」との批判を封じるための策だと捉えることもできた。

地図(筆者作成)
地図(筆者作成)

大胆な行動に出るシリア軍

イスラーム国に対して追い打ちを加えたのは、米国やトルコだけではなかった。

11月25日、トルコ占領下の「ユーフラテスの盾」地域内のタルヒーン村が所属不明の戦闘機複数機の爆撃を受け、住民複数人が負傷、燃料倉庫、石油精製のために利用されている施設複数カ所、国民軍東部自由人連合の拠点複数カ所が破壊されるという事件が発生した。

爆撃は当初、イスラーム国のスリーパー・セルを狙った米軍によるものと見られた。東部自由人連合は、国民軍としてトルコの庇護を受けてはいたが、ダイル・ザウル県出身のイスラーム国の元メンバー多数が参加していることで知られていたからだ。英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団が11月28日に発表したところによると、イスラーム国の元メンバー64人が国民軍に参加しているという。

トルコ占領地に駐車されているイスラーム国の車輌(ANHA、2019年7月23日)
トルコ占領地に駐車されているイスラーム国の車輌(ANHA、2019年7月23日)

だが、米中央軍は爆撃への関与を否定した。ロシアが関与したとの見方も出たが、その後、実際に爆撃を行ったのがシリア軍であることが判明した。

シリア軍の爆撃をトルコ、米国、ロシアが事前に承知していたのか、あるいはロシア軍が連携していたのか否かは定かではない。とはいえ、イスラーム国を影で支援していると批判し合うことで、足を引っ張り合ってきたシリア内戦の当事者たちは、今やその抹殺を妨害し合うことはなくなったのである。

「「イランの民兵」封じ込めと油田防衛:シリア情勢2019(8)」に続く)