「安全地帯」設置をめぐるトルコ、米国、ロシアの駆け引き:シリア情勢2019(6)

(写真:ロイター/アフロ)

「イスラーム国に対する勝利宣言:シリア情勢2019(5)」の続き)

「国際社会最大の脅威」と目されたイスラーム国が消滅するなか、もう一つの「脅威」を退けようとする国があった――トルコだ。

トルコにとって、イスラーム国、シャームの解放機構などのアル=カーイダ系の組織は、脅威であると同時に、その活動を黙認したり、支援したりすることで、ロシアや欧米諸国に対峙することを可能にする「便利な道具」でもあった。だが、クルディスタン労働者党(PKK)の系譜を汲む勢力は違った。民主統一党(PYD)、人民防衛隊(YPG)、シリア民主軍(SDF)、シリア民主評議会、西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ)、北・東シリア自治局(NES)――さまざまな組織を擁する彼らがシリア領内で勢力を増長することは、安全保障への直接の脅威と認識された。

「安全地帯」と占領

トルコは、クルド民族主義勢力の脅威を排除するため、「安全地帯」を設置するとの名目で2度の侵攻作戦を敢行した。2016年8月から2017年2月にかけての「ユーフラテスの盾」作戦と2018年1月から3月にかけての「オリーブの枝」作戦である(「シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(1 序説)」「トルコのアフリーン郡侵攻、漁夫の利を得るシリア政府:シリア情勢2018(2)」を参照)。これにより、アレッポ県北部の国境地帯(「ユーフラテスの盾」地域および「オリーブの枝」地域)を占領下に置くことに成功した。だが、ユーフラテス川東岸の国境地帯、そしてユーフラテス川西岸のアレッポ県マンビジュ郡はクルド民族主義勢力によって掌握されたままだった。

厄介なのは、この地域の各所に、米国(および有志連合)が基地を設けていたことだった。トルコにとっての「テロリスト」であるクルド民族主義勢力は、米国にとってはイスラーム国に対する「テロとの戦い」の協力者で、彼らは米国の軍事的後ろ盾を得ることで、トルコ、さらにはロシアやシリア政府の介入を回避していたのである。

2019年1月の勢力図と主な米軍基地(筆者作成)
2019年1月の勢力図と主な米軍基地(筆者作成)

トルコと米国の確執

米国とトルコは不和を解消するため、2018年6月4日、マンビジュ郡の処遇にかかる行程表に合意し、歩み寄りを試みた。この合意は、マンビジュ市一帯からのYPGの撤退、同郡と「ユーフラテスの盾」地域の境界地帯での合同パトロールの実施、米軍監視所設置を骨子としていた。

だが、最重要項目であるYPGの撤退は履行されなかった。トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は2018年末になると、米国が誓約を履行しない場合、武力でPYDを排除するとの強気の姿勢を示す一方、NESとシリア政府の共同統治下にあるアレッポ県タッル・リフアト市一帯に対して散発的な砲撃を行うようになった。

2018年12月19日、ドナルド・トランプ米大統領が政権内の反対意見を押し切るかたちで、駐留米軍の即時完全撤退を決定すると、トルコは侵攻への青信号を得たかに見えた。だが、ジェームズ・マティス国防長官の辞任を招いたこの決定が2019年2月22日に事実上撤回されたことで、トルコの思惑は外れた(「ポスト・イスラーム国段階の混乱、翻弄されるクルド、矛盾する二つの正義:シリア情勢2018(9最終回)」を参照)。以降、トルコはシリア北東部に新たな「安全地帯」を設置するべく米国に働きかけるようになった。

なお、トランプ米大統領による駐留部隊の撤退決定から撤回までの間、奇妙なことに、NES支配地域でテロが頻発し、1月16日には、マンビジュ市で米軍兵士ら4人が爆殺された。テロが発生するたびに、米軍撤退を撤回させようとする見えない力が作用しているかのようであった。

ロシアの提案――アダナ合意

米国とトルコの不和の間隙を縫って動いたのがロシアだった。ロシアのヴラジミール・プーチン大統領は1月23日、トルコのエルドアン大統領とモスクワで会談し、米国に先んじて「安全地帯」設置を支持した。それには裏があった。アダナ合意に基づいて、「安全地帯」を確保するよう主唱したのだ。

アダナ合意は、PKKに対するシリア(ハーフィズ・アサド前政権)の支援を阻止するため、トルコが国境地帯に部隊を展開して圧力をかけたのを受けて、1998年にエジプト(ムハンマド・フスニー・ムバーラーク政権)の仲介で交わされた合意だ。その骨子は以下の通りである。

  • アブドゥッラ・オジャランPKK党首およびPKKメンバーのシリア入国を認めないこと。
  • シリア国内でのPKKの活動を認めないこと。
  • PKKメンバーをトルコに引き渡すこと。

トルコはロシアの提案に前向きな姿勢を示し、米国とロシアを天秤にかけながらシリア北東部に介入する機会をうかがうようになった。一方、シリア政府もロシアの提案に乗った。かくして、トルコとシリア政府は、ロシアの仲介のもとに間接的折衝、低級レベルの連絡を活発化させ、米国の影響力を削ごうとした。クルド民族主義勢力は、トルコの軍事的脅威と、ロシアおよびシリア政府の懐柔の誘いに晒されるようになった。

米国とトルコによる「安全地帯」の動き再開

対する米国も「安全地帯」設置に向けたイニシアチブを維持しようとした。8月7日、トルコ国防省での高官どうしの折衝で設置に関する合意に達したと発表したのである。

その内容は以下3点からなっていた。

  • トルコの安全保障上の関心に対処するための初期対策を早急に講じること。
  • 「安全地帯」を共同で設置するため、トルコ領内に早急に合同作戦センターを立ち上げること。
  • 安全地帯は平和の回廊とし、避難を余儀なくされているシリア人が帰国できるようあらゆる努力を行うこと。
8月7日に在トルコ米国大使館が発表した声明(Uwidata、2019年8月8日)
8月7日に在トルコ米国大使館が発表した声明(Uwidata、2019年8月8日)

これを受け、米軍使節団は8月12日、合同作戦センター開設のためトルコのシャンルウルファ市に入った。また、米中央軍とNESは8月末に、ラッカ県タッル・アブヤド市一帯とハサカ県ラアス・アイン市一帯で、SDFが拠点や重火器を撤去したと発表、9月に入ると米・トルコ両軍による合同パトロールも開始された。

だが、「安全地帯」の内容をめぐってトルコと米国の認識には実は大きな隔たりがあった。

アル・モニター(8月22日付)によると、米国がめざした「安全地帯」は、幅5キロの「安全地帯」と幅13キロの「安全保障ベルト」(security belt)の二層からなっていた。SDFは「安全地帯」からの撤退を求められていたが、「安全保障ベルト」においては重火器配備を禁じられていただけだった。トルコは「安全地帯」で米軍との合同パトロールを認められていたが、「安全保障ベルト」への進入・展開は認められなかった。

米国が想定していた「安全地帯」「安全保障ベルト」(筆者作成)
米国が想定していた「安全地帯」「安全保障ベルト」(筆者作成)

一方、トルコは幅32キロの「安全地帯」を設置し、そこからSDFを完全に排除するとともに、同地で開発プロジェクトを推し進め、シリア難民を帰還させることをめざした。帰還させようとした難民の数は100万人に達するとされた。

トルコが想定していた「安全地帯」(筆者作成)
トルコが想定していた「安全地帯」(筆者作成)

YPGの撤退は依然として部分的で、米軍による彼らへの兵站支援も続いたからである。懸念と不満が解消されないトルコは再び軍事侵攻を行うとの強気の姿勢を示すようになった。

トランプ大統領の「英断」

トルコと米国の駆け引きが暗礁に乗り上げたなか、「英断」を下したのはトランプ大統領だった。トランプ大統領は10月6日、エルドアン大統領の電話会談で、シリア北東部へのトルコの侵攻に異義を唱えつつも、国境地帯――ホワイト・ハウスの発表が言うところの「隣接地域(immediate area)」――から部隊を撤退させることに同意したのである。

2018年12月の撤退決定とは異なり、米軍は撤退を開始した。10月末までにアレッポ県マンビジュ市、ハッラーブ・ウシュク村、ラッカ県タブカ市に設置していた基地、アレッポ県スィッリーン町やハサカ県タッル・バイダル村の航空基地を放棄し、M4高速道路を通ってイラク領内に部隊を撤退させた。撤退した兵士の数は不明だが、マーク・エスパー米国防長官は10月13日、1,000人を可能な限り早急に撤退させると述べた。

アサド大統領の写真の前を通過して撤退する米軍(AFP、2019年10月26日)
アサド大統領の写真の前を通過して撤退する米軍(AFP、2019年10月26日)
国旗を掲げて撤退する米軍に対峙するシリア軍兵士(SANA、2019年11月4日)
国旗を掲げて撤退する米軍に対峙するシリア軍兵士(SANA、2019年11月4日)

そして、トランプ大統領による2度目の撤退決定からたった3日後の10月9日、トルコは北東部への侵攻作戦を開始した。

「平和の泉」作戦

「平和の泉」と名づけられた作戦で、トルコ軍は、ラアス・アイン市一帯とタッル・アブヤド市一帯に対して激しい爆撃・砲撃を行い、地上部隊を侵攻させた。作戦開始から5日も経ずして、トルコ軍はタッル・アブヤド市とラアス・アイン市を完全制圧した。作戦には、国民軍(「イドリブ進攻:シリア情勢2019(2)」を参照)の戦闘員も動員され、トルコ軍を支援した。SDFは応戦したが、戦力の差は圧倒的で、トルコ軍は「安全地帯」の南端を走るM4高速道路に向かって、制圧地を拡大していった。なお、シリア政府とNESが共同統治(分割統治)するハサカ県のハサカ市やカーミシュリー市にも爆撃・砲撃は及んだが、標的はNES支配地域に限定された。

トルコ軍の侵攻に対して、西欧諸国、アラブ湾岸諸国はこぞって批判した(支持したのはカタールとパキスタンのみ)。内容は、SDFの粉砕はイスラーム国の脅威の再生をもたらす、NESがイスラーム国のメンバーやその家族を収容する能力を失う、難民の帰還が阻害されるといったものだ。

むろん、作戦開始当初、NES支配地域でテロが頻発、トルコ軍の爆撃を受けた刑務所からイスラーム国メンバー5人が脱走したとの報道もあった。だが、批判はイスラーム国が「国際社会最大の脅威」ではなくなったなかで、説得力を欠いており、エルドアン大統領は10月10日、「EUがトルコの作戦に反対すれば、難民を送り込んでやる!」と凄んで、これを退けた。

侵攻のきっかけを作った米国も、同様の批判を繰り返し、トルコの国防省、エネルギー天然資源省、内務大臣、国防大臣、エネルギー天然資源大臣に対する経済制裁を発動した。だが、それらはかたちばかりで、トルコを静止しようとしているようには到底見えなかった。このことは、10月10日の「クルド人は好きだが、彼らは第二次大戦で米国を助けてはくれなかった」というトランプ大統領の発言からも感じ取れた。

これに対して、ロシアはトルコに親和的な姿勢を示した。プーチン大統領は10月9日、エルドアン大統領との電話会談で、シリアの主権、領土統一、地域の平和を尊重し、シリア危機の解決の取り組みを阻害しないよう強調しつつも、トルコの「安全保障措置」に理解を示した。

米国とトルコの停戦合意、ロシア、シリア政府の介入

作戦開始から1週間後の10月17日、マイク・ペンス米副大統領は、トルコの首都アンカラを訪問し、エルドアン大統領と会談、SDFをタッル・アブヤド市一帯とラアス・アイン市一帯から撤退させるための120時間(10月22日まで)の停戦を実施することで合意した。SDFも米国の要請を受けて、戦闘停止を発表、撤退を開始した。だが、トルコ軍とSDFの戦闘が収まることはなかった。

こうしたなか、ロシアも介入に加わった。プーチン大統領は米国とトルコの停戦合意が失効する10月22日、エルドアン大統領とソチで会談し、10項目からなる新たな合意を交わした。10項目とは以下の通りである。

  • 両国は、シリアの地理的・政治的統合の保持とトルコの国家安全保障の防衛を遵守する。
  • 両国は、シリア領内であらゆるテロと戦い、分離主義計画を阻止する。
  • 「平和の泉」作戦が実施されているタッル・アブヤド市からラアス・アイン市にいたる幅32キロの地域の現状(トルコの占領)を維持する。
  • 両国は、アダナ合意の重要性を確認し、ロシアは現状を踏まえたかたちでの同合意の実施をめざす。
  • 10月23日12時00分から、ロシア軍憲兵隊とシリア軍国境警備隊がシリア・トルコ国境のシリア領側に展開し、トルコ国境から30キロ以内の地域からのSDFの撤退を促す。展開地域からは「平和の泉」作戦が実施されている上記地域は除く。SDFの撤退は150時間以内に完了する。合わせて、「平和の泉」作戦が実施されている上記地域の東西地域のうち、カーミシュリー市を除く幅10キロの地域で、トルコとロシアが合同パトロールを開始する。
  • SDFは部隊と武器をマンビジュ市、タッル・リフアト市から完全に撤退させる。
  • 両国は、テロリスト潜入を阻止するために必要な措置を講じる。
  • 難民の自発的且つ安全な帰還を促すための合同の努力を行う。
  • この文書の実施を監視・検証するための合同の仕組みを構築する。
  • 両国は、アスタナ会議の枠組みのなかで、シリア紛争の持続的な政治解決に向けて協業し、制憲委員会の設置を指示する。
10月22日のロシア・トルコ首脳会談に基づいて確定した勢力図(筆者作成)
10月22日のロシア・トルコ首脳会談に基づいて確定した勢力図(筆者作成)

米国は何を得たのか?

これを受け、トルコ国防省は10月23日、ロシア、さらには米国との合意に基づき「平和の泉」作戦を終了したと発表した。また、シリア軍も同日から国境地帯への展開を開始し、11月末までに展開を完了した。その展開地域は国境地帯に限定されなかった。シリア軍は、米軍が撤退したラッカ県のラッカ市やタブカ市などにも及んだ(「空回りする政治プロセス~制憲委員会、PYDの処遇:シリア情勢2019(9)」を参照) 。

一方、SDFの撤退については、トルコのエルドアン大統領が10月29日、ロシア側から退去の通知を受けたと発表、ロシアも30日、シリア駐留ロシア軍司令部の当事者和解調整センターを通じて撤退が完了したと発表した。両国は11月に入ると、国境地帯での合同パトロールを開始した。

かくして、北東部をめぐるトルコの懸念はひとまず払拭された。だが、それは当初トルコが意図していた「安全地帯」設置を通じてではなかった。トルコの占領地はタッル・アブヤド市一帯とラアス・アイン市一帯に限定され、それ以外の地域には、ロシア、シリア政府が勢力を伸長した。

トルコにとっては「消化不良」の決着であり、そのゆえ、シリア軍が展開したハサカ県タッル・タムル町やラッカ県アイン・イーサー市などではその後も散発的な戦闘が続いた。11月10日、国民軍は「平和の泉」作戦を再開・継続すると一方的に宣言、12日には、エルドアン大統領が「米国とロシアはシリア北部からシリア民主軍を浄化できてきない」と同調した。また、11月26日、トルコ国家安全保障会議はタッル・リフアト市とマンビジュ市から「テロリスト」が排除されるまで「平和の泉」作戦を継続すると表明した。

だが、トルコ、ロシア、シリア政府によって戦闘激化は回避された。シリア軍内部はトルコ軍に対して応戦しないよう命令が下され、違反者は厳正に処分された。トルコ側も、例えば、10月29日に国民軍が捕捉したシリア軍兵士の身柄を31日にロシアを介して引き渡すなど、事態悪化を回避しようとした。

その一方で、トルコは新たな占領地へのシリア難民の移住を推進、エルドアン大統領は、「オリーブの枝」地域、「ユーフラテスの盾」地域、に加えて「平和の泉」地域に帰国したシリア難民が365,000人に達していると発表した。

トランプ米大統領は10月23日、「平和の泉」作戦が終了したのを受けて、「停戦は米国によって生み出された結果だ」と自賛、トルコへの制裁を解除すると付言した。だが、トルコ、ロシア、シリア政府とは対象的に、シリア北東部における米国の権益は低下したように見えた。

話はそれでは終わらなかった。米国の権益喪失の帳尻を合わせるような「サプライズ」が発生したのである。

「バグダーディー暗殺の真相~米国の「テロとの戦い」のその後:シリア情勢2019(7)」に続く)