膠着という終わり:シリア情勢2019(1)

首都ダマスカス(筆者撮影)

シリア内戦は理想的な終わりを迎えないまま膠着した――2019年のシリア情勢はこう約言できるだろう。

理想的な終わりとは、内戦をゼロサムゲームに見立てた場合に夢想される単純で予定調和的な結末だ。シリア政府、ロシア、イランに共感する者にとって、それは反体制派(テロリスト)に対するシリア政府の完全勝利、全土回復、復興の加速であり、逆の立場をとる者にとっては、反体制派による「革命」の成就ということになる。だが、現実はこうした結末に至らず、混乱再発の火種を抱えたまま膠着してしまった。

「国際問題化」への収斂

拙稿『シリア情勢:終わらない人道危機(岩波新書新赤版1651)』(岩波書店、2017年)で述べた通り、シリア内戦は、当事者と争点を異にする複数の局面が重層的に展開することで悪化した。「民主化」、「政治化」、「軍事化」、「国際問題化」、そして「アル=カーイダ化」という五つの局面がそれだ。膠着という終わりは、これらの諸々の局面が「国際問題化」に収斂したことの結果だった。

体制転換(ないしは改革)の是非をめぐり国家と社会が対立した「民主化」。政治主体どうしが奪権闘争に終始した「政治化」。反体制派と政府が自らの存亡をかけて暴力を応酬した「軍事化」。シリアのアル=カーイダであるシャームの民のヌスラ戦線(現在の呼称はシャーム解放機構)やイスラーム国が跋扈し、これらに対する「テロとの戦い」が行われた「アル=カーイダ化」――これらの局面は今も続いている。だが、それらは「国際問題化」に従属して久しく、シリア内戦は「代理戦争」(proxy war)、あるいは「シリアでのシリア人なき戦争」(non-Syrian war in Syria)として戦う諸外国の思惑のもとで展開しているに過ぎない。

そこには、シャーム解放機構が主導する反体制派にとっての最後の牙城イドリブ県に対するシリア政府の支配回復をモラトリアムし、干渉の口実を温存しようとするロシアとトルコの結託が見え隠れしている。また、クルド民族主義勢力の処遇をめぐって最大限の譲歩を引き出そうとする米国とトルコの軋轢がある。さらに、この二つの国の軋轢に乗じて、北東部へのシリア政府の拡大を虎視眈々と狙うロシアの思惑、そしてイスラーム国に対する「テロの戦い」における勝利者の筆頭としての地位を手に入れたい米国の意志がある。

こうしたなかで、あからさまに国益を追及しようとする姿勢が目につくようになった。「自由」、「尊厳」、「人権」、「主権」、「化学兵器」、「テロとの戦い」など、シリア内戦において主唱されてきた正義は何の意味もなかった。

「今世紀最悪の人道危機」に苛まれていたはずのシリアへの関心は、2019年を通じて著しく低下した。「今世紀最悪の人道危機」、あるいは「世界最悪の人道危機」という言葉は、シリアではなくイエメン情勢を示すようになった(「世界最悪の人道危機」という言葉そのものも、シリア内戦以前にソマリア内戦を指す言葉ではあったが…)。シリア内戦におけるいずれの正義にも立脚していない膠着は、予定調和を期待していた多くの人々の記憶の外へとシリアを追いやった。

シリア情勢2019シリーズ

本シリーズは膠着という終わりに至った2019年のシリア情勢を振り返ることを目的としている。筆者は『シリア情勢』公刊後、「シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後」(全15回)、「シリア情勢2018」(全9回)を通じて2018年末までのシリア情勢を解説してきたが、本シリーズはその続編にあたる。

2019年1月のシリアの勢力図(筆者作成)
2019年1月のシリアの勢力図(筆者作成)
2019年12月の勢力図(筆者作成)
2019年12月の勢力図(筆者作成)

2019年の死者総数

本編に入る前に、2019年の人的被害の状況を概観しておきたい。

英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団によると、「シリア革命」が始まったとされる2011年3月15日から2020年1月1日までに確認された死者総数は380,636人にのぼった。内訳は以下の通りである。

  • 民間人 115,490人(うち18歳未満の子ども21,949人、18歳以上の女性13,612人)
  • 武装諸派およびイスラーム主義諸派などの戦闘員 53,799人
  • 人民防衛隊(YPG)主体のシリア民主軍戦闘員 12,658人
  • シリア軍離反兵 2,625人
  • シリア軍兵士 66,620人
  • シリア人親政権民兵 51,594人
  • ヒズブッラー戦闘員 1,682人
  • 非シリア人親政権民兵(ほとんどがシーア派民兵) 8,245人(うちロシア人傭兵264人)
  • トルコ軍兵士 111人
  • シャーム解放機構などのジハード主義者 26,758人
  • イスラーム国戦闘員 37,707人
  • シリア民主軍の外国人戦闘員 930人
  • 米主導の有志連合の兵士 不明

シリア人権監視団によると、この数値には、シリア政府支配下の刑務所・拘置所で拷問を受けるなどして死亡したとされる約88,000人、ダーイシュの刑務所・拘置所で死亡した3,200人強、シリア軍が拘束した捕虜や失踪者4,100人強、武装諸派、イスラーム主義諸派、イスラーム国、シャーム解放機構が拉致した約1,800人は含まれておらず、これらを含めると、死者総数は推計で585,000人に達するという。ただし、同監視団による死者の分類は恣意的で、例えば「民間人」と「武装諸派」、「イスラーム主義諸派の戦闘員」と「ジハード主義者」の峻別の基準が示されていない。

死亡が確認された380,636人のうち、2018年12月31日から2019年12月31日までの1年間に確認できた死者総数は11,215人だった。この数は2011年以降では2011年に次いで少なく、武力紛争そのものが終息に向かっていることを示している。

死者数の推移(シリア人権監視団のデータより筆者作成)
死者数の推移(シリア人権監視団のデータより筆者作成)
月平均の死者数の推移(シリア人権監視団のデータより筆者作成)
月平均の死者数の推移(シリア人権監視団のデータより筆者作成)

2019年の難民・国内避難民

2011年以降にシリア国外に逃れた難民は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、5,671,049人(2019年12月)で、前年に比べて190,508人減少した。また、国内避難民(IDPs)は、国際連合人道問題調整事務所(OCHA)によると、推計590万人(2019年末)で、前年よりも20万人減少した。

一方、ロシア国防省合同調整センター所轄の難民受入移送居住センターの2020年1月1日付日報によると、ロシアがシリア領内で航空作戦を開始した2015年9月30日から2019年12月31日までに帰国した難民の数は741,952人で、2018年12月31日より428,167人増加した。また、同じ期間に帰宅したIDPsの数は1,306,261人で、2018年12月31日より37,665人増加した。

難民・国内避難民の推移(UNHCR、OCHAのデータより筆者作成)
難民・国内避難民の推移(UNHCR、OCHAのデータより筆者作成)
月平均の難民登録者数の推移(UNHCRデータより筆者作成)
月平均の難民登録者数の推移(UNHCRデータより筆者作成)

反体制派のスペクトラの変化

シリア内戦が膠着状態という終わりを迎えたとはいえ、2019年のシリアでは特筆すべき幾つかの変化が生じた。

最初に起きた変化は、反体制派のスペクトラに関係していた。舞台となったのは、ロシア、トルコ、そしてイランが、アスタナ4会議(2018年5月3~4日)で緊張緩和地帯第1ゾーンに指定したイドリブ県およびその周辺からなる反体制派の支配地域、いわゆる「解放区」だった(詳細は「緊張緩和地帯の成立/シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(2)」を参照)。

シャーム解放機構と国民解放戦線の不和

シリアのアル=カーイダと目されるシャーム解放機構は1月1日、国民解放戦線(自由シリア軍)所属のヌールッディーン・ザンキー運動の支配下にあったアレッポ県ダーラ・イッザ市に侵攻し、交戦の末に同市およびその一帯(シャイフ・バラカート山)を制圧した。

国民解放戦線は2018年5月にトルコの肝入りで結成された武装連合体で、シリア・ムスリム同胞団系のシャーム軍団、アル=カーイダ系のシャーム自由人イスラーム運動、アル=カーイダの系譜を汲まないジハード主義組織のシャームの鷹大隊、バラク・オバマ前米政権の支援を受けていた「穏健な反体制派」の一つでシャーム解放機構に参加したこともあったヌールッディーン・ザンキー運動などからなっていた。

ヌールッディーン・ザンキー運動がシャーム解放機構メンバーを拘束したというのが侵攻の理由だった。こうしたいざこざはこれまでにも頻繁に起きており、多くの場合、捕虜交換や検問所の設置場所の調整、支配地域の(再)画定をもって収束していた。

だが、不和はエスカレートし、ヌールッディーン・ザンキー運動には国民解放戦線に所属する諸派が、シャーム解放機構には、中国の新疆ウィグル自治区出身者を中心とするトルキスタン・イスラーム党やアル=カーイダ系のフッラース・ディーン機構がそれぞれ加勢、戦闘はアレッポ県の他の地域、そしてイドリブ県、ハマー県に拡大した。

戦闘を有利に進めたのは、シャーム解放機構側だった。1月4日にアレッポ県西部のヌールッディーン・ザンキー運動最大の拠点アンジャーラ村を、5日にはイドリブ県のM5高速道路上の要衝であるマアッラト・ヌウマーン市一帯の村々を、8日にはアレッポ県カブダーン・ジャバル村、ハマー県アンカーウィー村を制圧していった

シャーム解放機構の覇権確立

両者の対立は、1月9日にシャーム解放機構が国民解放戦線を主導するシャーム自由人イスラーム運動、シャームの鷹大隊と停戦合意を交わすことで決着した。合意は以下7点を骨子とした。

  • ハマー県北部のガーブ平原およびシャフシャブー山で活動するシャーム自由人イスラーム運動、シャームの鷹大隊を解体する。
  • 同地の行政と福祉はシリア救国内閣が担う。
  • 同地の軍事活動はシャーム解放機構が調整する。
  • 同地に配備されているシャーム自由人イスラーム運動の重火器、中火器をシャーム解放機構に引き渡し、軽火器についてはシャーム自由人イスラーム運動が保持する。
  • シャーム解放機構の調整のもとに、同地に残留したい者はとどまり、「オリーブの枝」地域に退去したい者は去る。
  • 同地北部のシャーム自由人イスラーム運動の拠点は、戦闘を継続する同組織が維持する。
  • シャーム解放機構の傘下で戦闘を継続するシャーム自由人イスラーム運動メンバーは追及を免れる。
停戦合意(Eldorar、2019年1月9日)
停戦合意(Eldorar、2019年1月9日)
2019年1月の勢力図(その2、筆者作成)
2019年1月の勢力図(その2、筆者作成)

これを受けて、ハマー県北部で活動してきたシャーム自由人イスラーム運動やシャームの鷹大隊は、トルコの占領下にあるアレッポ県北西部のいわゆる「オリーブの怒り」地域(アフリーン市一帯)に撤退した。また、ヌールッディーン・ザンキー運動もアレッポ県西部の支配地域全域から「オリーブの怒り」地域に撤退した。なお、ヌールッディーン・ザンキー運動は、「オリーブの怒り」地域に入るための条件としてトルコから司令部メンバー全員の解任を求められた。これに応じた彼らは、3月末までに国民軍マジド軍団第3旅団として再編され、これまで以上にトルコに従順な組織となった。

かくして、シャーム解放機構は緊張緩和地帯第1ゾーンほぼ全域の軍事・治安権限を掌握し、同地の覇権を確立した。だが、その支配は、国家を模した統治をめざしたイスラーム国とは形式を異にしていた。同組織は支配地域の統治を直接行うことを避け、活動を軍事・治安活動に限定し、シリア救国内閣に自治を委託したのである。

割れる地元の文民組織

シリア救国内閣は2017年11月にイドリブ市で活動する学者や活動家が発足させた自治政体で、その名が示す通り、内閣の組織形態を模していた。すなわち、それは、最高職である「首班」(ないしは首相)と11人の「大臣」から構成され、各大臣は11の「省」を統括した。11の省とは内務省、法務省、宗教関係(ワクフ)省、高等教育省、教育省、農業省、経済省、社会問題避難民省、住宅建設省、地方自治省、保健省である。

シリア救国内閣の旗(Enabbaladi、2018年11月12日)
シリア救国内閣の旗(Enabbaladi、2018年11月12日)

国民解放戦線の傘下で自治、治安、福祉を担ってきた地元の文民組織の対応は割れた。イドリブ自由警察は1月10日、シャーム解放機構によるイドリブ県全域掌握を受けて活動停止を宣言したが、マアッラト・ヌウマーン市の自由警察は、イドリブ自由警察の決定に反し、活動継続を宣言した。一方、ホワイト・ヘルメットは1月21日、シャーム解放機構が軍事・治安権限を掌握したイドリブ県での活動継続を宣言した。

ホワイト・ヘルメットの声明(Eldorar、2019年1月21日)
ホワイト・ヘルメットの声明(Eldorar、2019年1月21日)

形ばかりの棲み分け

シャーム解放機構による覇権確立は、同地をめぐって綱引きを続けてきたロシアとトルコの双方の意に適っているかのように見えた。なぜなら、これによって合法的な反体制派とテロリストの峻別がなされたからだ。

この峻別は、シリア内戦の政治的解決に向けた取り組みのありようを定めた国連安保理決議第2254号(2015年12月18日採択)において国際的な総意として確認されており、シリア政府と反体制派の停戦や和平に向けたジュネーブ会議とアスタナ会議の前提になっていた。ロシアは峻別された反体制派のうち、テロリストをシリア軍とともに軍事的に追い詰め、シリア政府によるイドリブ県の支配回復をめざしていた。これに対して、トルコは、合法的な反体制派を飼い慣らし、占領下にあるアレッポ県北部の「オリーブの枝」地域と「ユーフラテスの盾」地域の自治を彼らにアウトソーシングする一方、クルド民族主義勢力の支配下にある北東部の国境地帯への侵攻のための兵力としようとした。つまり、シャーム解放機構による覇権確立によって、ロシアは「テロとの戦い」の継続が、トルコは排除された反体制派の温存が可能となった。

ただし、合法的な反体制派とテロリストの対立はシリア軍を前にして意味をなさなかった。後述する通り、シャーム解放機構と国民解放戦線はイドリブ県での戦闘で共闘を続けたからだ。そして、このことは何よりもトルコを利することになった。なぜなら、イドリブ県は、ロシアから譲歩を引き出すうえでもっとも強力なカードであり、トルコはこれをちらつかせることで、クルド民族主義勢力を支援する米国の影響力を北東部から排除し、同地の安全保障を確保するという難題へのロシアの支援をとりつけることができたからである。

「イドリブ進攻:シリア情勢2019(2)」に続く)