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イラン・ネタにすり寄るイスラーム国の処世術とは?

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

 イスラーム国のアブー・バクル・バグダーディー指導者によると思われる音声声明が16日、同組織の広報部門の一つフルカーン広報制作機構を通じて配信された。これに関して、CNN(アラビア語版、9月17日付)は、米国防総省高官の話として、声明が本人の肉声によるものだと伝えた。バグダーディー氏がメディアに登場するのは、2019年4月30日のビデオ映像配信以来4ヶ月半ぶりだ。

音声声明の概要

 コーランの第9章(改悛の章)第105節の一節を引用して「言ってやるがいい、“行え”と」と題された約30分の音声声明で、バグダーディー氏はこう述べた。

イスラーム国が建設した国家は、まだ存在し続けており、結成から5年を経てもなおその目的を実現しようとしている。

イスラーム国は今この瞬間も、隊列に加わりたいという者たち、そしてバイア(忠誠)を誓う者たちを受け入れている。彼らは敵と戦い続けるだろう。

マリ、ニジェール、イエメン、チュニジア、リビア、アジア諸地域に駐留する米軍部隊とその同盟者どもは、イラク、アフガニスタン、シリアで辿ったのと同じ運命を辿るだろう。

イスラーム教徒たちを暴君の牢獄から解放しよう…。牢獄、牢獄なのだ、カリフ制の兵士たちよ。

汝らの兄弟姉妹は、自らを閉じ込めている壁を真剣に打ち破り、抜け出そうとしてきた…。だが、彼らは、捜査官や捜査判事を称する殺戮者ども、そして危害を与える者たちに自由を奪われてきた。

強制収容所と屈辱に満ちた牢獄に繋がれたイスラーム教徒、そしてその女たちは、いったいどのように良い暮らしができるというのだ。

アッラーは汝ら同胞を忘れなかったし、これからも忘れない。復讐するがよい。

行動に訴えよ…。重荷はより重いものとなろう。

無関心と弱体化を打破しようとする悲痛な叫び

 中東情勢は現在、イエメンのアンサール・アッラー(いわゆるフーシー派)によるサウジアラビア(主導の有志連合)への反転攻勢、イランと米国・サウジアラビアの対立激化、そしてイスラエルでのクネセト(議会)選挙に世間の耳目が集中している。それもあって、イスラーム国がメディアでとりあげられることはほとんどなくなった。今回のバグダーディー氏の声明も然りだ。

 「イスラーム国が建設した国家は、まだ存在し続けている」という言葉はそれゆえ、弱体化し、世間から見向きもされなくなった組織を憂い、そうした事態を打開したいという悲痛な叫びにも聞こえる。

 イスラーム国は2019年3月に、シリア国内における最後の支配地だったダイル・ザウル県南東部のバーグーズ村一帯を喪失し、地図上から姿を消した。その際、メンバーとその家族(女性と子供)約1万人が、米主導の有志連合と共闘するシリア民主軍(クルド民族主義勢力の武装組織である人民防衛隊(YPG)が主体)に投降し、ハサカ県南東部のフール町近郊に設置されているフール・キャンプに移送された。収容されている難民・国内避難民(IPDs)は5万人とも6万人とも言われているが、キャンプ人口の実に20%あまりがイスラーム国と繋がりがあるということになる。

 イスラーム国がイラクとシリアで勢力を回復するため、「牢獄からの解放」が必要だと主唱し、そのために行動する(ないしは行動を促す)ことは、その意味で自然なことだ。『ワシントン・ポスト』紙(2019年8月15日付)が「イスラーム国はシリアのキャンプでカリフ国ヴァージョン2を建設しようとしている」といった衝撃的な見出しの解説記事を掲載したもの、おそらくはこうした危険を捉えてのことだ。

注目すべきイスラーム国の特性

 その一方で、アフリカ、中東、アジアに駐留する米軍を標的せよとの呼びかけが、これまでと同様に、イスラーム国に共鳴するこれらの地域の犯罪予備軍(テロ予備軍)が犯行(テロ)に及ぶ格好の口実、ないしはきっかけを与える可能性も高い(本稿執筆時においてそうした事件は発生していないが…)。だが、バグダーディー氏の声明に対する最初の反応が「予期せぬかたち」で起きたことは注目しておくべきだろう。

 シリア南東部情勢に関する情報を発信している反体制系サイトのジスル・プレス(9月17日付)は、現地特派員からの情報として、イスラーム国が、シリア政府の支配下にあるダイル・ザウル県南東部(ユーフラテス川西岸)のアシャーラ市郊外の砂漠地帯に配置されたイラン・イスラーム革命防衛隊の拠点複数カ所に潜入し3人を捕捉したと伝えたのだ。3人のうち1人は、ムーハサン市出身のシリア人でアブドゥッラフマーン・スワイニーを名乗る人物だという。また同サイトによると、同様の事件は、9月15日にもユーフラテス川西岸のブーカマール市で起こり、イラン・イスラーム革命防衛隊の支援を受けるパキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団のメンバー3人が拉致されたという。

 シリア(そしてイラク、レバノン)では、8月に入って以降、レバノンのヒズブッラーやイラクの人民動員隊など、いわゆる「イランの民兵」の拠点に対するイスラエル軍の爆撃、無人航空機(ドローン)による攻撃が頻発している。ダイル・ザウル県のイラク国境地帯でも所属不明の航空機による爆撃が相次いでおり、それらはいずれもイスラエル軍によるものだとされている。また、これらの攻撃をめぐっては、9月17日に投票が実施され、メディアでも大きく注目されているクネセト選挙で議席増を狙ったベンジャミン・ネタニヤフ首相の政治的思惑が見え隠れしている。

 アラビア半島でも、「イランの民兵」、そしてその背後にいるとされるイランの脅威がにわかに注目を集めていることは周知の通りだ。9月14日にはサウジアラビアのアブカイクおよびクライスにある国営石油会社アラムコの施設が、イランの支援を受けるイエメンのアンサール・アッラーのドローンの攻撃を受け、油価の高騰を招いた。これにより、ドナルド・トランプ米政権のイラン核合意からの離脱以降高まりを見せていた両国の緊張関係にさらなる不安材料を投げかけられた。

 こうした状況下で、バグダーディー氏の音声声明に呼応するかたちでイスラーム国がシリアでイランを標的とすることは、実は「国際社会最悪の脅威」としての名をほしいままにしていた彼らの「処世術」に忠実に従っている。

 イスラーム国は、多くのテロ組織、過激派がそうであるように、自らの言動が(メディアであれ、口伝であれ)大きく取り上られることを狙って行動し、そうすることで存在感を示し、恐怖心を煽ったり、知名度を高めたりすることで、ヒト・モノ・カネを獲得してきた。シリア内戦の文脈のなかで、こうした効果が期待できないなか、西側メディアで注目の的となっている「イラン・ネタ」に自らの行動を絡ませようとするのは、こうした行動様式に沿ったものなのだ。「結成から5年を経てもなお…実現しようとしている」という「目的」とは、世間の注目を浴び続けることだと言ってもいいのかもしれない。

 ただし、それはイスラーム国に限ったことではない。中東への介入を正当化するために、民主化、人権、化学兵器、テロとの戦い、イランの脅威、とパラダイム転換を繰り返してきた西側諸国、そしてこうした動きのなかで自らの関心を「メディア受け」する題材へと乗り換える自称研究者、自称ジャーナリストも似たり寄ったりで、そうした言動こそがイスラーム国にとっての糧になってきたのである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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