「戦争なし、平和なし」の新秩序――懲りないイスラエル、退かない「抵抗枢軸」:シリア情勢2018(8)

(写真:ロイター/アフロ)

「誰も望まなかったイドリブ総攻撃」の続き)

 シリア各地で反体制派の支配地域が縮小を続けるなか、イスラエルは自国の安全保障のため、侵犯行為を続けた。

イスラエルの力学、「抵抗枢軸」の思惑

 イスラエルは、「アラブの春」が発生した2011年以降、領土領空侵犯、越境攻撃を頻繁に行うようになった。2000年から2011年にかけて、イスラエルの侵犯行為は4件だったが、2011年から2016年までの6年間で15回に増加、2017年になると22回に急増した。

 こうした行動は独自の力学に基づいていた。それは、シリア国内の混乱、あるいはその結果として生じる当事者間のパワー・バランスの変化が、自国の安全保障に及ぼす悪影響を最小限に抑えるというものだった。そのためには、シリア政府が圧倒的優位を回復せずに「適度」に劣勢であること、そしてそれによって「抵抗枢軸」を自称する勢力が、反体制派との戦いに注力し続けることが理想だった(拙稿「反体制派を盾としたイスラエル/シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(15 最終回)」を参照)。

 「抵抗枢軸」とは、シリア政府、レバノンのヒズブッラーやイラン・イスラーム革命防衛隊ゴドス軍団に代表されるいわゆる「イランの民兵」、そしてこれらを物心面で支援するイランを指す。

 一方、「抵抗枢軸」にとって、内戦での優位を揺るぎないものとすることは、イスラエルに心理戦を挑むうえでの好材料だった。ヒズブッラーのハサン・ナスルッラー書記長は2017年5月、「東部戦線」、すなわちレバノン・シリア国境地帯での「テロとの戦い」の終了を宣言したうえで、次のように述べ、本来の敵であるイスラエル(シオニスト政体)に対するレジスタンスに専心する意志を示した。

イスラエルは今後の対決を恐れ、懸念している…。彼らはあらゆる対決が占領下のパレスチナ領内で行われることになるであろうことを知っている。レジスタンスのロケット弾、そしてレジスタンスの進軍を免れることができる場所はそこにはない。

 2006年のレバノン紛争でイスラエルの侵攻に持ちこたえ、同国へのロケット弾攻撃を成功させたヒズブッラーだが、政治面(外交面)は言うに及ばず、軍事面でもイスラエルを凌駕することは不可能だ。だからこそ、威嚇を続け、イスラエルに攻撃を躊躇させる必要があった。「抵抗枢軸」が内戦で優位となったシリア国内で存在を誇示することは、この目的に適っていた。

出鼻を挫かれるイスラエル

 内戦のなかで、反体制派がゴラン高原の兵力引き離し地域(AOS)のほぼ全域を掌握し、「抵抗枢軸」に対する「盾」の役割を果たすようになったことは、イスラエルにとって望ましいものだった。イスラエルは、この状態を維持・強化しようと、反体制派を陰に陽に支援してきた。だが、反体制派はシリア軍の攻勢を前に後退を余儀なくされ、2017年12月にはダマスカス郊外県南西部にいたるAOS北端地域を喪失した。

 反体制派が弱体化するなか、イスラエルは、シリア領内の奥深くに攻撃を仕掛けるようになった。2017年9月と11月には中部のハマー県やヒムス県を爆撃したが、そこにはイランやヒズブッラーが関与する化学兵器・ミサイル製造施設があるとされた。イスラエルは同時に、米国とロシアに働きかけ、南西部に「安全ベルト」を設置するよう求めた。2017年7月の米・ロシア首脳会談において設置合意された「安全ベルト」は、停戦ライン以西の約40キロの地域から「イランの民兵」を撤退させ、以降その進駐を認めないとするものだった。こうした動きは、反体制派が「盾」に頼ることなく、自ら「抵抗枢軸」の脅威に対峙しようとするものだった。

2018年のイスラエル軍による(と思われる)侵犯行為

  • 1月9日 ダマスカス郊外県クタイファ市方面、クナイトラ県ゴラン高原が地対地ミサイルの攻撃を受ける。
  • 2月7日 ダマスカス郊外県ジャルマーナー市近郊の武器弾薬庫などがレバノン領空からの爆撃を受ける。
  • 2月10日 イラン製無人航空機の侵入への報復として、イスラエル軍はT4航空基地などを爆撃するも、シリア軍がイスラエル軍戦闘機1機を撃墜する。
  • 2月14日 クネイトラ県領空が偵察機による領空侵犯を受ける。
  • 4月9日 T4航空基地が爆撃を受ける。
  • 4月29日 ハマー県の第47旅団基地とアレッポ県のナイラブ航空基地が地対地ミサイルの攻撃を受ける。
  • 5月8日 ダマスカス郊外県キスワ市一帯がミサイル攻撃を受け、住民2人が死亡する。
  • 5月10日 イラン・イスラーム革命防衛隊ゴドス軍団が占領下のゴラン高原をロケット攻撃したことへの報復として、イスラエル軍戦闘機がダマスカス郊外県各所を爆撃する。
  • 5月19日 占領下のゴラン高原に展開するイスラエル軍戦車部隊がクナイトラ県ハムル丘にあるヒズブッラーの拠点複数カ所を砲撃、反体制派も同県バアス市一帯を砲撃する。
  • 5月24日 ヒムス県のダブア航空基地がミサイル攻撃を受ける。
  • 5月29日 イスラエル軍戦闘機がヒムス県クサイル市近郊のヒズブッラーの拠点を爆撃する。
  • 6月24日 イスラエル軍はシリア領から飛来した無人航空機をパトリオット・ミサイルで撃破する。
  • 7月8日 イスラエル軍はT4航空基地を爆撃する。
  • 7月11日 イスラエル軍はゴラン高原上空に飛来したシリア軍無人航空機を撃破する。
  • 7月12日 イスラエル軍はシリア軍無人航空機の飛来への報復としてクナイトラ県にあるシリア軍拠点を爆撃。
  • 7月13日 イスラエル軍はゴラン高原上空に飛来したシリア軍無人航空機を再び撃破し、報復としてクナイトラ県を爆撃する。
  • 7月15日 イスラエル軍はアレッポ市東部のナイラブ航空基地近郊にあるイラン・イスラーム革命防衛隊の拠点とされる標的をミサイル攻撃する。
  • 7月22日 イスラエル軍はハマー県ミスヤーフ市近郊のシリア軍施設を爆撃する。
  • 8月11日 イスラエル軍の無人航空機がダマスカス郊外県ダイル・アシャーイル村上空を領空侵犯、シリア軍がこれを撃破する。
  • 9月1~2日 首都ダマスカスのマッザ航空基地などがミサイル攻撃を受ける。
  • 9月15日 ダマスカス国際空港がミサイル攻撃を受ける。
  • 9月17日 イスラエル軍戦闘機がラタキア市をミサイル攻撃し、変電所などを破壊する。応戦したシリア軍防空部隊がロシア空軍IL-20を誤って撃墜する。
  • 11月29日 ダマスカス郊外県キスワ市一帯が爆撃を受ける。
  • 12月25日 ダマスカス郊外県西部一帯が爆撃を受ける。
筆者作成
筆者作成

 だが、イスラエルは、2018年に入って早々に出鼻を挫かれた。

 2月10日、ヒムス県タドムル市近郊のT4(第4石油輸送ステーション)航空基地(別名タイフール航空基地、タイヤース航空基地)から飛来したとされるイラン製の無人航空機がイスラエル領空(占領下のゴラン高原)を「侵入」した(ただし「侵入」と言っても、ゴラン高原はそもそもシリア領で、侵犯行為を行っているのは占領国であるイスラエルの方である)。イスラエル軍はこれを撃墜するとともに、報復としてT4航空基地一帯の「イランの拠点」を爆撃した。しかし、シリア軍がこれに反撃、イスラエル軍のF-16戦闘機1機を撃墜したのである。

 イスラエルが自国の戦闘機を撃墜されたのは1982年以来実に36年ぶりだった。

 シリア政府は、イスラエルとの全面戦争に発展しかねない大胆な軍事行動をとらない「安心できる旧知の敵」のはずだった。そんなシリア政府の背中を押したのはロシアだった。ロシアは「抵抗枢軸」だけでなく、自国の部隊も駐留していたT4航空基地を爆撃したイスラエル軍に対してS-200防空システムで迎撃することをシリア政府に許可したのだ。

報復合戦

 イスラエルはこれ以降、しばらく侵犯行為を控えるようになった。だが、4月に入ると、再び「イランの民兵」を狙うようになった。

 4月9日、T4航空基地が爆撃を受け、シリア軍がミサイル5発を撃破したものの、ロシア国防省によると、イラン人など14人が死亡した。また29日には、ハマー県タクスィース村近郊にあるシリア軍第47旅団基地と、アレッポ市東部のナイラブ航空基地がミサイル攻撃を受け、イラン学生通信(ISNA)によると、イラン人戦闘員18人を含む40人が死亡、60人が負傷した。標的となった基地には「イランの民兵」の徴募センター、指令拠点、武器弾薬庫などがあったという。また、この攻撃でM2.6の地震が発生した。

 イスラエルは攻撃への関与を公式に認めなかった。だが、英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団のラーミー・アブドゥッラフマーン所長の言葉を借りるなら、「標的の性格からイスラエル軍の攻撃」であることは明らかだった。F-16戦闘機を撃墜されても、なお怯んでおらず、「抵抗枢軸」をいつでも攻撃し得ることを示す必要があったからだ。

 時を同じくして、ドナルド・トランプ米大統領は、就任以降2度目となるシリアへのミサイル攻撃を敢行し、シリア政府による(とされる)化学兵器使用に毅然とした態度をとり続ける姿勢をアピールした(「効果のない化学兵器攻撃、意味のない報復ミサイル攻撃」を参照)。イスラエルもまた、シリア政府が米英仏のミサイル攻撃に神経を尖らせている時期に乗じるかのように、侵犯行為を再開したのである。

 しかし、「イランの民兵」も引かなかった――ヒズブッラーのナスルッラー書記長が言うところの「ロケットの夜」によって対抗したのである。

 5月10日、ゴドス軍団が、占領下のゴラン高原にあるイスラエル軍前哨地に向けてロケット弾約20発を発射した。イスラエルはただちに応戦、ダマスカス郊外県キスワ市近郊、ダマスカス国際空港内にあるゴドス旅団の拠点、武器弾薬庫数十カ所を爆撃した。また、迎撃するシリア軍の地対空ミサイルに対しても攻撃を加えた。

 報復は続いた。イスラエル軍戦闘機は5月29日、ヒムス県クサイル市に近いガッサーニーヤ村近郊にあるヒズブッラーの武器弾薬庫複数カ所を爆撃、炎上させた。

南西部をめぐるウィンウィンの関係

 6月に入ると、シリア軍はダルアー市を中心とする南西部への攻勢を本格化させた(「世紀の取引、革命発祥の地の陥落」を参照)。反体制派の「盾」が崩壊を始めるなか、イスラエルは「イランの民兵」が南西部を跋扈すること、そしてシリア内戦前には非武装化されていたAOSにシリア軍が進駐することにこれまで以上に警戒を強め、南西部の前線とシリア領内奥深くの双方に執拗な攻撃を繰り返した。

 6月24日、7月11日、そして13日、イスラエル軍はシリア軍の無人航空機が「領空侵犯」したとして、パトリオット・ミサイルでこれを撃破した。イスラエルはまた、7月12日と13日に、対抗措置としてクナイトラ県のシリア軍拠点複数カ所を爆撃した。さらに7月23日には、イスラーム国に忠誠を誓うハーリド・ブン・ワリード軍の支配下にあったダルアー県ヤルムーク川河畔地域への砲撃をシリア軍が激化させるなかで、シリア軍の「侵犯」を抑止するとして、地対地ミサイル防衛システム「ダビデの投石器」を初めて作動させ、ミサイル2発を発射した。

 その一方で、イスラエル軍は7月8日、T4航空基地を再び爆撃、15日にはナイラブ航空基地近郊にあるイラン・イスラーム革命防衛隊の拠点とされる標的をミサイル攻撃した。さらに22日には、ハマー県ミスヤーフ市近郊のシリア軍施設を爆撃した。イスラエルのメディアによると、この施設は、化学兵器の弾頭の開発に関わる科学調査研究センターで、イラン人の監督のもとで地対地ミサイルが製造され、ヒズブッラーをはじめとする「イランの民兵」が駐留していたという。

 こうした攻撃と並行して、イスラエルは、「世紀の取引」の一環として、自国の懸念を払拭する保証をロシアからとりつけた。7月11日にモスクワで行われたヴラジミール・プーチン大統領との会談で、ベンジャミン・ネタニヤフ首相は、シリア領内での「イランの民兵」を主たる標的としたイスラエルの軍事作戦を続けることと、AOSを内戦以前の状態に原状復帰させること(シリア軍を進駐させないこと)の確約を得たのだ。

 ネタニヤフ首相は、これに応えるかたちで南西部でのシリア軍の攻勢に青信号を出し、シリア軍は7月12日までにダルアー市やヨルダン国境地帯を制圧した。また、クナイトラ県を含むAOSや「死の三角地帯」(ダマスカス郊外県、ダルアー県、クナイトラ県の県境一帯)は、7月22日のイスラエル軍によるホワイト・ヘルメット救出作戦を経て、26日までにシリア政府の支配下に復帰した。

 一方、「イランの民兵」は南西部から撤退(ないしは規模縮小、あるいは潜伏)したと報じられ、イランも目に見える見返りとして、イドリブ県フーア市、カファルヤー町の住民の脱出を成功させた。だが、「世紀の取引、革命発祥の地の陥落」でも述べた通り、「イランの民兵」とは捉えどころのない曖昧な存在で、その撤退の有無を確認することなどそもそもできなかった。言い換えると、「抵抗枢軸」は、「イランの民兵」の撤退の有無にかかわらず、その存在をちらつかせて、イスラエルに心理戦を挑み続けることができた。

 いずれにせよ、イスラエルと「抵抗枢軸」は、ウィンウィンの関係のもと、それぞれが得たかったものを得たのである。

ハーリド・ブン・ワリード軍との戦いでの協調

 しかし、こうしたなかでも、イスラエルの侵犯行為は続いた。7月24日、イスラエル軍はゴラン高原南部の領空を侵犯したシリア軍戦闘機1機をパトリオット・ミサイルで撃墜したのだ。

 イスラエル軍は、声明でT4航空基地を離陸した直後からこの戦闘機を捕捉し、「領空」に2キロ侵入したために、ミサイル2発を発射したと発表した(ただし、ここでも「領空」はイスラエルが占領するゴラン高原の上空、つまりは、シリアの領空であり、厳密に言うのであれば、停戦ライン(A-Line)のイスラエル側である)。

 一方、シリア軍はこれを否定、イスラエルの攻撃を厳しく非難した。軍消息筋は「戦闘機はシリア領であるゴラン高原上空にすら進入しておらず、シリア領空(ヤルムーク川河畔地帯)で狙われた」と反論した。撃墜された戦闘機の墜落地点やパイロットの消息について、イスラエル軍報道官は「承知していない」と述べたが、シリア側は1人が死亡したと発表した。

 だが、イスラエル・メディアにおいて「不意の出来事」と報じられたこの事件を機に、AOS南端を含むヤルムーク川河畔地域の事態は一気に収束へと向かった。ロシア・シリア両軍は攻勢を続け、6月24日には21カ村を、25日には14カ村を、そして26日には9町村を順調に制圧していった。

 イスラエルもこの動きに同調した。ロシア国防省の発表によると、ハーリド・ブン・ワリード軍の戦闘員は25日晩、イスラエル軍を挑発し、シリア軍部隊を攻撃させようと試みた。だが、イスラエル軍はハーリド・ブン・ワリード軍に対して空爆と砲撃で応じ、戦闘員複数人を殲滅、砲台陣地複数カ所を破壊した。

 これに対して、シリア政府は、イスラエル軍が領空侵犯し、ハーリド・ブン・ワリード軍を越境攻撃したことを非難せず、これを完全に黙認した。ロシアがとった対応はより大胆だった。ロシア軍戦闘機は7月25日、イスラエルが占領するゴラン高原上空に進入し、爆撃を実施したのだ。シリア軍による「侵犯」とは対象的に、イスラエルはこの行為を黙認した。

 こうして、ハーリド・ブン・ワリード軍は8月1日までにヤルムーク川河畔地域から退去し、南西部全域はシリア政府の支配下に復帰した。ロシア軍憲兵隊の護衛を受けたUNDOF(国際連合兵力引き離し監視軍)は8月2日、AOSでの停戦監視活動を再開し、停戦秩序は「アラブの春」以前の状態へと現状復帰された。

ロシアを巻き込んだ挑発

 イスラエルによる「抵抗枢軸」への挑発はその後、再びエスカレートしていった。

 9月1日深夜から2日未明にかけて、首都ダマスカスに位置するマッザ航空基地、ダマスカス郊外県クドスィーヤー市郊外がイスラエル軍によると思われるミサイル攻撃を受けた。イスラエルのメディアによると、この攻撃でマッザ航空基地内の弾薬庫複数棟が完全に破壊され、シリア軍とイラン・イスラーム革命防衛隊の兵士35人が死亡したという。また、バッシャール・アサド大統領の弟で第4師団の実質的な司令官であるマーヒル・アサド准将も負傷したとの情報が流れた。

 また9月15日には、ダマスカス国際空港がミサイル攻撃を受け、シリア軍防空部隊が応戦した。

 さらに9月17日、イスラエル軍戦闘機が地中海沖からラタキア市に対してミサイル攻撃を行い、同市近郊のサクービーン村にある変電所が被弾、ラタキア市への電力供給が一時停止し、同市の一部が停電となった。

 しかし、この攻撃に際して事件は起きた。同日晩、シリア軍防空部隊が、偵察任務を終えてラタキア県のフマイミーム航空基地に帰還しようとしていたロシア空軍のIL-20を地中海上で誤って撃破し、乗っていたロシア軍将兵15人が死亡したのだ。

 ロシア国防省のイゴール・コナシェンコフ報道官は、IL-20が消息を絶つ直前、イスラエル軍戦闘機がロシア軍機を装ってラタキア市に接近して爆撃を行ったことが、事件の原因だったと指摘、イスラエル軍の偽装行為を厳しく非難するとともに、「相応の報復措置を行う権利を持つ」と表明した。

 イスラエルは9月18日、ネタニヤフ首相がプーチン大統領との電話会談で、事件に遺憾の意を示した。だが、「イスラエルはシリアにおけるイランの軍事拠点化を阻止することを決意している。イランはイスラエルの破壊を主唱しており、ヒズブッラーに最終兵器を供与しようとしている」と述べ、侵犯行為を正当化した。イスラエル軍のアヴィハイ・アドライ報道官も、ロシア側の非難に対して「この残念な事件の責任は、イランとレバノンのヒズブッラーの民兵にもある」と反論した。

 ロシアは強硬な姿勢で応じた。プーチン大統領は9月24日のアサド大統領との電話会談で、誤射事件の責任がイスラエルにあるとしたうえで、シリア軍にS-300防空システムを供与し、その防空能力を向上させると伝えたのである。

 この言葉の通り、ロシアは9月28日から10月2日にかけてシリアにS-300防空システムを供与、それはT4航空基地、ミスヤーフ市近郊などに配備された。

Haaretz, October 24, 2018
Haaretz, October 24, 2018
Haaretz, October 24, 2018
Haaretz, October 24, 2018
Haaretz, October 24, 2018
Haaretz, October 24, 2018

 これによって、イスラエルの侵犯行為は再び影を潜めた。だが、懲りるイスラエルではなかった。

 11月29日、キスワ市一帯が爆撃を受けた。攻撃は、その数時間前にレバノンのベイルート国際空港に「イランの貨物機」が着陸したことへの対抗措置で、「イランの民兵」の拠点複数カ所が標的となったと報じられた。シリア軍は領空侵犯した標的を撃破したと発表したが、イスラエル側はこれを否定した。

 12月25日、イスラエル軍戦闘機がレバノン領空を侵犯し、ダマスカス郊外県西部一帯に向かってミサイル複数発を発射した。シリア軍はミサイルのほとんどを撃破したが、1発がサブーラ町近郊に着弾した。

「戦争なし、平和なし」の主戦場となったシリア

 シリアとイスラエルの関係は、1990年代以降、「戦争なし、平和なし」と称される秩序を特徴としてきた。そこでは、シリアは、ヒズブッラーやハマースをはじめとするパレスチナ諸派を後援し、イスラエルに対する軍事面での劣勢打開を試みる一方、これらの組織への支援を適度に制御することで、体制の存亡にかかわるような全面衝突を回避してきた。

 その主戦場は、シリア内戦以前はレバノンやパレスチナに置かれており、それによってシリア国内の安全は確保されてきた。だが、シリア内戦が終わりを迎えようとしているなか、「戦争なし、平和なし」は、シリア国内にその主戦場を移すことになった。

 イスラエルの度重なる侵犯行為によって、「イランの民兵」との間に高まった緊張は、シリア内戦への介入を経て中東地域の「キング・メーカー」となったロシアの硬軟織り交ぜた対応によって、事なきを得ている。だが、シリアは、イスラエルに対する抵抗を「イランの民兵」にアウトソーシングしているにもかかわらず、物理的な被害を直接受けるようになってしまったのである。

「ポスト・イスラーム国段階の混乱、翻弄されるクルド、矛盾する二つの正義」に続く)