生き残りを賭けるロジャヴァ/シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(10)

(写真:ロイター/アフロ)

「イスラーム国の消滅:ダイル・ザウル争奪戦/シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(9)」の続き)

2017年は「ロジャヴァ」の存在がシリア内戦において新たな争点として浮上し始めた年だった。「新たな」争点と言ったが、彼らがシリア内戦の「新たな」当事者として現れた訳ではない。周知の通り、ロジャヴァはシリア内戦において終始一貫して重要な当時者だったからだ。

ロジャヴァが新たな争点となったのは、シリア内戦の主要な当時者たちとの関係が変化することで、彼らの処遇をめぐる立場の違いが露呈したことの結果だった。

バッファーとしての存在価値

「ロジャヴァ」(rojava)とはクルド語で「西」を意味する。この言葉は「西クルディスタン移行期民政局」、あるいは「北シリア民主連邦」と呼称される自治政体を指す俗称で、民主統一党(PYD)がこれを主導する。PYDは2003年9月にトルコの反体制組織クルディスタン労働者党(PKK)の元メンバーが中心となって設立されたクルド民族主義組織だ。このPYDが2011年7月に結成した民兵組織が人民防衛部隊(YPG)で、同部隊は2014年2月にロジャヴァが発足すると、その武装部隊となった。またイスラーム国に対する「テロとの戦い」における有志連合の協力部隊として、米国の肝煎りで2015年8月に結成されたシリア民主軍は、このYPGを主体とした。なお、PYDは民主連合運動(TEV-DEM)という社会運動体を傘下組織として持っている。

1 2017年9月にルマイラーン市(ハサカ県)開催されたPYD党大会(ANHA, September 27, 2017)
1 2017年9月にルマイラーン市(ハサカ県)開催されたPYD党大会(ANHA, September 27, 2017)

PYDは、結党以来、シリア政府の統治に異議を唱える反体制派として活動してきた。だが、シリア内戦のなかで欧米諸国やトルコの支援を受けるそれ以外の反体制派とは一線を画し、紛争当事者間の「バッファー」(緩衝材)として立ち振る舞うことで、存在感、そして存在価値を増していった。

多くの反体制派が力による政権打倒に固執するなか、ロジャヴァは政治的手段を通じた体制転換を主唱し、彼らと反目した。また、彼らがシャーム解放委員会(旧シャームの民のヌスラ戦線)、シリア解放戦線(旧シャーム自由人イスラーム運動)といったアル=カーイダ系組織と表裏一体の関係をなしていたのとは対象的に、イスラーム国やシャーム解放委員会に対する「テロとの戦い」に注力、その限りにおいてシリア政府、そしてそれを支援するロシア、イランと戦略的に共闘した。

だが、このことは欧米諸国との敵対を意味しなかった。有志連合はYPGを支援し、シリア民主軍がラッカ市解放作戦を主導したことは拙稿「誰がイスラーム国を倒すのか:ラッカ市争奪戦/シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(8)」で述べた通りだ。

疎外されるロジャヴァ

しかし、バッファーとしての存在価値にもかかわらず、ロジャヴァは、シリア内戦をめぐる政治プロセスにおいて常に疎外されてきた。

彼らは、シリア政府と反体制派の和平に向けて、米国とロシアが共同議長国となって国連で推し進められたジュネーブ会議の蚊帳の外に置かれた。トルコとサウジアラビアがその参加を頑なに拒んだためだ。

トルコにとって、ロジャヴァはPKKと同じ「テロ組織」で、その存在を認めることなどできなかった。シリア革命反体制勢力国民連立(シリア国民連合)やイスラーム軍などからなる最高交渉委員会を担ぎ、ジュネーブ会議に陰に陽に干渉してきたサウジアラビアにとっても、シリア政府に次いで有力なロジャヴァは目のコブだった。

PYDは、ジュネーブ2会議開幕の前日にあたる2014年1月21日、「移行期」における支配地域の自治を担うとして「西クルディスタン移行期民政局」を発足した。そのタイミングは、和平プロセスから排除されたことへの「当てつけ」にも見えた。

2 記者会見を行う西クルディスタン移行期民政局アフリーン地区首脳(ANHA, February 9, 2018)
2 記者会見を行う西クルディスタン移行期民政局アフリーン地区首脳(ANHA, February 9, 2018)

同様の「当てつけ」はジュネーブ3会議でも行われた。会議開催中の2016年3月16日、ロジャヴァは「北シリア民主連邦樹立評議会」(当初の呼称は「ロジャヴァ北シリア民主連邦樹立評議会」)を設置し、支配地域の暫定自治を恒久化する意思を表明したのだ。

ロシア、トルコ、イランを保証国として2017年1月に開始されたアスタナ会議でもロジャヴァは排除された。ロシアは彼らを会議に参加させようと奔走したが、トルコと反体制派がこれを頑なに拒み続けた。

困難の始まり

シリア民主軍は10月17日、イスラーム国の「首都」と目されてきたラッカ市を完全制圧した。ロジャヴァはこれを「イスラーム国に対する戦いの最終章」と位置づけ、戦果を鼓舞した。だが、勝利は困難の始まりだった。なぜなら、それはイスラーム国に対するロジャヴァの「テロとの戦い」の事実上の終わりを意味したからだ。

むろん、拙稿「イスラーム国の消滅:ダイル・ザウル争奪戦/シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(9)」で述べた通り、ロジャヴァはその後もシリア民主軍をダイル・ザウル県南東部での戦闘に投入した。だが、クルド人が居住せず、共闘・懐柔すべき反体制派や住民がほとんどいない砂漠地帯での進軍は、彼ら自身のためというよりは、この地域の油田地帯の掌握と、イランの勢力伸長阻止をめざす米国のための戦いだった。

起死回生に向けた決断

シリア内戦の政治的解決に向けた停戦・和平プロセス(ジュネーブ会議とアスタナ会議)から排除される一方、有志連合の「テロとの戦い」における役割を終えたロジャヴァは、その存在を既成事実として内外の当事者に認めさせる必要に迫られた。そのためにロジャヴァが行ったのが民意の発揚だった。

これは「国家内国家」とでも言うべき恒久的自治政体の北シリア民主連邦を、選挙を通じて樹立する試みを通じて推し進められた。北シリア民主連邦樹立評議会は7月28日、行政区画法(全文は「シリア・アラブの春顛末期:最新シリア情勢」2017年8月1日を参照)を制定し「領土」を主張、9月から2018年1月にかけて領内で議会選挙を実施すると発表した。

行政区画法は、四つの「地区」から構成されていたロジャヴァ支配地域を、「地域」>「地区」>「郡」>「市」>「区」>「町」>「村」>「農場」>「コミューン」という上意下達の行政単位に再編することで、ロジャヴァの支配地域を恒久化しようとするものだった。一方、議会選挙実施決定は、9月22日にコミューン首長、11月3日に村、町、区、市、郡、地区といった自治体の議会、そして2018年1月19日に地域の議会、および連邦全体の議会に相当する「北シリア民主人民大会」を、行政区画法に基づいて下意上達的に選出していくという内容だった。

3 ロジャヴァ行政区画の変遷(出所:拙稿「シリアで「国家内国家」の樹立を目指すクルド、見捨てようとするアメリカ」Newsweek日本版、2017月8月19日)
3 ロジャヴァ行政区画の変遷(出所:拙稿「シリアで「国家内国家」の樹立を目指すクルド、見捨てようとするアメリカ」Newsweek日本版、2017月8月19日)
4 2018年8月半ばのシリア北東部のロジャヴァ支配地域(出所:拙稿「シリアで「国家内国家」の樹立を目指すクルド、見捨てようとするアメリカ」Newsweek日本版、2017月8月19日)
4 2018年8月半ばのシリア北東部のロジャヴァ支配地域(出所:拙稿「シリアで「国家内国家」の樹立を目指すクルド、見捨てようとするアメリカ」Newsweek日本版、2017月8月19日)
5 2018年8月半ばのシリア北西部のロジャヴァ支配地域(出所:拙稿「シリアで「国家内国家」の樹立を目指すクルド、見捨てようとするアメリカ」Newsweek日本版、2017月8月19日)
5 2018年8月半ばのシリア北西部のロジャヴァ支配地域(出所:拙稿「シリアで「国家内国家」の樹立を目指すクルド、見捨てようとするアメリカ」Newsweek日本版、2017月8月19日)

民意発揚の第1段階であるコミューンの首長選挙は、予定通り9月22日に実施され、3,732人の首長が選出された。

第2段階の自治体議会選挙は、選挙管理委員会、立候補者、そして有権者の「準備不足」を理由に、11月3日に予定されていた投票日が12月1日に延期されたものの、大きな混乱もなく実施された。選挙には、民主民族リスト、クルド愛国同盟リスト、シリア・クルド民主統一党(イェキーティー)、そして無所属の5,947人が立候補した。

6 自治体選挙で投票する住民(ANHA, December 1, 2017)
6 自治体選挙で投票する住民(ANHA, December 1, 2017)
7 自治体選挙で投票する住民(ANHA, December 1, 2017)
7 自治体選挙で投票する住民(ANHA, December 1, 2017)

民主民族リストは、PYDが主導する選挙同盟で、シリア近代民主党、アラブ国民委員会、クルディスタン民主パールティー(アブドゥルカリーム・サックー派)、クルディスタン緑の党、クルディスタン・リベラル連合、シリア正教連合党、シリア・クルド左派党(ムハンマド・ムーサー派)、クルディスタン民主変革党、クルディスタン刷新運動、クルド・シリア民主党、クルディスタン民主和平党、アッシリア民主党、クルディスタン国民連合党(ムハンマド・アッバース派)、シリア国民自由連合党、民主保守主義者党、クルディスタン・ルージュ党、クルディスタン友愛党が参加した。

クルド愛国同盟リストは、シリア・クルド民主統一党(イェキーティー)、シリア・クルド左派党、シリア・クルド民主党、シリア・クルド改革運動、シリア・クルド民主合意党が2016年2月に結成した政治同盟のクルド愛国同盟(Hevbendi)が結成した選挙同盟で、4党のほかに無所属活動家が参加した。

12月1日の投票の結果、5,032人が当選した。このうち民主民族リストは、4,621議席を獲得、PYDが予想通り大勝した。

8 ロジャヴァ自治体選挙結果(出所:ANHA, December 5, 2017をもとに筆者作成)
8 ロジャヴァ自治体選挙結果(出所:ANHA, December 5, 2017をもとに筆者作成)

複数の顔を持つ一つのPYD、泡沫化するそのほかの組織

ところで、自治体選挙に参加した組織を見ると、異なるリストに同一名の組織があることに気づくだろう。シリア・クルド民主統一党(イェキーティー)やシリア・クルド左派党などである。これは、同一組織が複数のリストをかけ持ちしていることを意味しない。実際には、同じ名称を名乗る複数の組織(派閥)が活動しているのだ。

筆者はこれまで既発表論文・論考(「シリアにおけるクルド民族主義政党・政治組織(1)」『現代の中東』第39号、2005年7月、pp. 58-84、「シリアにおけるクルド民族主義政党・政治組織(2)」『現代の中東』第40号、2006年1月、pp. 20-31など)で、シリアのクルド民族主義組織の系譜の把握を試み、こうした派閥化の経緯を解明しようとしてきた。だが、クルド民族主義組織・活動家の離合集散は、とどまることなく続いており、現在どの呼称を名乗る組織(派閥)がいくつ併存しているのかも判然としない。PYDが、ロジャヴァ、YPG、TEV-DEM(、そしてPKK)といった様々な「顔」を持ちつつ、統合的な活動をしているのとは対象的に、それ以外のクルド民族主義組織は、このような派閥化と泡沫化を特徴としているのだ。

9 シリアにおけるクルド民族主義政党・政治組織の分裂(出所:拙稿「シリアにおけるクルド民族主義政党・政治組織(1)」『現代の中東』第39号、2005年7月、pp. 62-63)
9 シリアにおけるクルド民族主義政党・政治組織の分裂(出所:拙稿「シリアにおけるクルド民族主義政党・政治組織(1)」『現代の中東』第39号、2005年7月、pp. 62-63)

他力本願とトルコの反発

選挙を通じた民意の発揚は順調だった。選出された各自治体議会では、正副議長が任命されるとともに、議会内で正副知事の選挙も粛々と行われ、ジャズィーラ地域、ユーフラテス地域、アフリーン地域の議会選挙と、連邦議会に相当する北シリア民主人民大会の選挙を待つばかりだった。

だが、これにトルコが反抗した。

拙稿「国際紛争としてのシリア内戦の終わり/シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(4)」で述べた通り、トルコは9月下旬から10月半ばにかけて停戦監視部隊を派遣し、アレッポ県西部のサルワ村近郊の丘陵地帯のほか、アキール山、スィムアーン山に監視所を設営していた。この部隊派遣は、シリア政府と反体制派の停戦監視ではなく、ロジャヴァが支配するアフリーン郡を監視することを真の目的としていた。

そのトルコは、年末が近づくにつれ、アフリーン郡の国境地帯への越境砲撃を頻発化させ、同地への圧力を強めていったのだ。

10 シリア領内に展開するトルコ軍(al-Durar al-Shamiya, January 1, 2018)
10 シリア領内に展開するトルコ軍(al-Durar al-Shamiya, January 1, 2018)

ロジャヴァがダイル・ザウル県東部への支配地域拡大に邁進したのは、こうした事態に対処しようとしたためだった。すなわち、米国に対して従順に振る舞うことで、トルコの脅威を回避しようとしたのだ。

米国も、ロジャヴァへの軍事支援を強化することで応えようとした。ドナルド・トランプ米政権は12月頃から2018年1月にかけて、イスラーム国の勢力回復を阻止するとの名目で、シリア民主軍の戦闘員を主体とする「国境治安部隊」(border security force)の創設に向けて動き出した。国境治安部隊は、3万人の兵員を擁し、ロジャヴァの支配地域を囲い込むかたちで、トルコ、イラクとの国境地帯、そしてユーフラテス川流域に配備されるとされた。

だが、トルコは怒りを爆発させていくことになる。トルコ軍は2018年1月20日、「オリーブの枝」作戦の開始を宣言し、アフリーン郡への爆撃・砲撃、地上部隊の進攻を本格化させていったのだ(拙稿「米国はシリア情勢をめぐって自らをテロ支援国家に指定?!」を参照)。

トルコのアフリーン郡への圧力が増すなか、2018年1月19日に予定されていたジャズィーラ地域、ユーフラテス地域、アフリーン地域の議会選挙と、北シリア民主人民大会の投票の無期延期が決定され、以降、ロジャヴァ支配地域で総選挙が実施されることはなかった。

ロジャヴァは、北シリア民主連邦樹立の夢を実現させることのないまま、自らが囲い込んだ「領土」を徐々に喪失していくことになるのである。

続く