イスラーム国の消滅:ダイル・ザウル争奪戦/シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(9)

(写真:ロイター/アフロ)

「誰がイスラーム国を倒すのか:ラッカ市争奪戦/シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(8)」の続き)

イスラーム国に対する「テロとの戦い」はラッカ市解放戦だけではなかった。同市は、主に欧米諸国のメディアにおいて「イスラーム国の首都」と位置づけられ、その重要性が誇張されていた。だが、イスラーム国の「牙城」は、イラク国境に近いダイル・ザウル県のユーフラテス川流域にあった。なぜなら、この地こそ、彼らがシリアとイラクを股にかけて活動し、勢力を伸長していった場所だったからだ。

ダイル・ザウル市解囲

最初に動いたのはシリア軍、そしてそれを支援するロシア、イラン、そして同盟部隊だった。

米主導の有志連合と西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ)人民防衛隊(YPG)主体のシリア民主軍によってラッカ市制圧を阻止されたシリア軍は、アスタナ4会議(5月3~4日)で反体制派支配地域に緊張緩和地帯を設置することが決まると(拙稿「緊張緩和地帯の成立/シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(2)」「誰がイスラーム国を倒すのか:ラッカ市争奪戦/シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(8)」を参照)、ダイル・ザウル県解放に向けて動き出した。

シリア軍は5月25日、ダイル・ザウル県、ヒムス県、ダマスカス郊外県、スワイダー県でイスラーム国と反体制派の掃討を目的とする「偉大なる暁」作戦の開始を発表した。この作戦は、第1段階でヒムス県東部の砂漠地帯の奪還が、第2段階(7月10日開始)でダマスカス郊外県のスィーン航空基地一帯の奪還が(拙稿「イスラーム国と戦わない反体制派の末路/シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(7)」)、そして最終段階の「暁3号」作戦(9月17日開始)でダイル・ザウル県の第2石油輸送ステーション(T2)、ブーカマール市一帯の奪還が目標とされた。

1 2017年5月下旬のシリアの勢力図(http://isis.liveuamap.com/)
1 2017年5月下旬のシリアの勢力図(http://isis.liveuamap.com/)

ヒムス県東部での作戦(第1段階)は順調に進んだ。それまで同地では一進一退の攻防が続いていた。イスラーム国は2015年5月にUNESCO(国際連合教育科学文化機関)世界文化遺産のパルミラ遺跡群を擁するヒムス県中部のタドムル市を、8月にシリア・カトリックのデイル・マール・エルヤーン修道院で知られるカルヤタイン市を制圧するなどして、同地で勢力を伸長した。ロシアや同盟部隊の支援を受けるシリア軍は2016年3月にタドムル市を、6月にカルヤタイン市を解放することに成功した。だが、シリア軍がアレッポ市東部での戦闘に注力しているさなかの12月、再びタドムル市をイスラーム国に奪われてしまっていた。

2 タドムル市を制圧するシリア軍(Sputnik News, March 2, 2017)
2 タドムル市を制圧するシリア軍(Sputnik News, March 2, 2017)

2017年3月2日にタドムル市を再奪還したシリア軍は「偉大なる暁」作戦でヒムス県東部での攻防戦に決着をつけた。シリア軍は、作戦開始とともにタイフール航空基地(別名ティヤース航空基地、T4基地)、カルヤタイン市周辺地域、油田地帯(マフル油田、シャーイル油田、アーラク油田、ハイル油田、ジャズル油田など)を制圧していった。このうち油田地帯は、ロシア軍特殊部隊がシリア軍第5軍団とともに降下作戦を行うことで奪還された(なお、カルヤタイン市は9月末から10末にかけて再びイスラーム国によって制圧された)。シリア軍はその後も進軍を続け、8月12日にはラサーファ交差点(ラッカ県)とダイル・ザウル市を結ぶ幹線道路が分岐する要衝のスフナ市を制圧した。

3 2017年8月12日のシリアの勢力図(http://isis.liveuamap.com/)
3 2017年8月12日のシリアの勢力図(http://isis.liveuamap.com/)

シリア軍はさらに、ヒムス県の砂漠地帯とラッカ県南部からイスラーム国を挟撃し、その支配地域を分断、孤立化させていった。9月初めまでにこれらの孤立地帯は、ハマー県北東部の一部を除いて消滅し、シリア政府の支配下に復帰した。

4 2017年8月17日のシリアの勢力図(http://isis.liveuamap.com/)
4 2017年8月17日のシリアの勢力図(http://isis.liveuamap.com/)
5 2017年8月25日のシリアの勢力図(http://isis.liveuamap.com/)
5 2017年8月25日のシリアの勢力図(http://isis.liveuamap.com/)

スフナ市に到達したシリア軍部隊は、2014年半ば以降イスラーム国の包囲を受け、孤立していたダイル・ザウル市に向けて進軍、9月5日に解囲に成功した。ダイル・ザウル市解囲に際しては、黒海に展開している黒ロシア海軍のフリゲート艦がカリブル巡航ミサイルを発射したほか、ロシア本土から戦略爆撃機が飛来し爆撃を実施するなどして、シリア軍と同盟部隊を大いに支援した。

6 2017年9月5日のシリアの勢力図(http://isis.liveuamap.com/)
6 2017年9月5日のシリアの勢力図(http://isis.liveuamap.com/)

なお、シリア軍はイスラーム国の支配地域を制圧するにあたって、武力に訴えるだけでなく、戦闘員に退去と投降を求めた。例えば9月下旬には、ハマー県北東部で孤立していたイスラーム国がシリア政府との停戦に合意、同地の農村地帯に留まっていた戦闘員と家族の約2,500人が、ハマー県北東部のシャーム解放委員会支配地域に退去した。また投降を希望した戦闘員らは、シリア政府が設置した仮設収容センターに収容された。

7 ダイル・ザウル市解囲に歓喜するシリア軍将兵(SANA, September 5, 2017)
7 ダイル・ザウル市解囲に歓喜するシリア軍将兵(SANA, September 5, 2017)

シリア民主軍の南進

だが、シリア軍の攻勢に米主導の有志連合は再び対抗した。

2月以降ラッカ県に加えてダイル・ザウル県北部でもイスラーム国に対する戦闘を行うようになっていたシリア民主軍は、9月9日に「ジャズィーラの嵐」作戦の開始を宣言した。この作戦は、ダイル・ザウル県のユーフラテス川東岸からイスラーム国を掃討することを目的とした。だが同時に、ダイル・ザウル市を解囲したシリア軍がユーフラテス川を渡河して、イランの支援を受ける同盟部隊とともにイラク国境地帯に到達するのを阻止すること、さらには同地の油田地帯を掌握することもめざされた。なお、作戦はダイル・ザウル軍事評議会を名乗る武装集団が主導するかたちをとったが、主力部隊はYPGによって編成され、有志連合がこれを積極的に航空支援した。

8 「ジャズィーラの嵐」作戦の開始を宣言するシリア民主軍(Jorfnews, September 9, 2017)
8 「ジャズィーラの嵐」作戦の開始を宣言するシリア民主軍(Jorfnews, September 9, 2017)

シリア軍は、ユーフラテス川を渡河し、ダイル・ザウル市の対岸(東岸)に位置するハトラ村(10月7日)、ムッラート村(10月7日)、フシャーム町(10月22日)、サーリヒーヤト・ジャズィーラ村(12月13日)を掌握することには成功した。だが、そこまでだった。

シリア民主軍は「ジャズィーラの嵐」作戦開始から2日足らずで、ハサカ県南部のシャッダーディー市一帯から一気に50キロ以上も進軍し、ダイル・ザウル市が面するユーフラテス川東岸に迫った。また、シリア軍に先んじて、ユーフラテス川東岸(ダイル・ザウル市の北約15キロ)に位置する工業地区(9月13日)、ダイル・ザウル市東のアズバ油田(9月23日)、CONOCOガス田(9月23日)、ジャフラ油田(9月30日)、タナク油田(11月12日)、ジャイドゥー油田(11月16日)、ムラード油田(12月25日)、そしてシリア最大のウマル油田(10月22日)を次々と制圧していった。なお、シリア民主軍が国内の油田を制圧するなか、シリア軍もティーム油田(9月9日)とアッカーシュ油田(11月5日)を確保していった。

9 2017年9月8日のシリアの勢力図(http://isis.liveuamap.com/)
9 2017年9月8日のシリアの勢力図(http://isis.liveuamap.com/)
10 2017年9月10日のシリアの勢力図(http://isis.liveuamap.com/)
10 2017年9月10日のシリアの勢力図(http://isis.liveuamap.com/)

米国への嫌疑

シリア民主軍の破竹の勢いは、米国がイスラーム国と結託し、シリア民主軍の支配地域拡大を企図しているという嫌疑を招いた。米国批判の急先鋒となったのはトルコだった。

ビンアリ・ユルドゥルム首相は11月14日、首都アンカラでの公正発展党(AKP)の国会議員会合で、米国を次のように批判した。

米国は、ラッカ市でイスラーム国を浄化するのではなく、その戦闘員が、重火器を運ぶ10台の車輌を含む大型車輌50台の車列を連ねて退去するのを支援した…。彼らは今どこにいるのか? いつ再び現れ、民間人に武器を向けるのか? おそらく、トルコ、欧州、米国、あるいは世界中でだ…。イスラーム国は去ったが、その代わり、クルド人武装部隊からなる別のテロリストがやって来た。これが賢い政策と言えるのか?。

こうした批判を裏付けるかのようにBBCは11月15日、イスラーム国の戦闘員数百人を乗せたとする旅客バスのドライバー複数人の証言を紹介した。

シリア政府やロシアも米国に疑惑の目を向けた。その背景には、ダイル・ザウル県南東部で米軍が繰り返していた空挺作戦があった。SANA(シリア・アラブ国営通信)や反体制派系のユーフラテス通信などによると、米国は1月9日、4月6日、17日、5月17日、8月26日、30日、11月7日、17日、12月28日にシリア領内で空挺作戦を実施し、イスラーム国の拠点を攻撃し、戦闘員を殲滅するとともに、戦闘員を捕捉・連行した。これらの作戦は、戦闘員からイスラーム国の情報を聞き出すため、有志連合が潜入させていた諜報員・工作員を救出するためなどと報じられた。だが同時に、米国が自らを利するように戦闘員を転戦させたといった憶測も呼び、そのことがシリア政府やロシアの非難を招くことになった。

落日

シリア軍とシリア民主軍に挟撃されるかたちとなったイスラーム国は急激に勢力を失っていった。

9月17日に「暁3号」作戦開始を宣言したシリア軍は、ダイル・ザウル市を解囲した部隊がユーフラテス川に沿って南下する一方、タドムル市東部のタリーラ保護区一帯に展開していた部隊が砂漠地帯を東進した。そして10月14日にはイスラーム国の「治安部門の首都」、ないしは「武器庫」と称されていたダイル・ザウル県のマヤーディーン市を、同月26日にはT2を解放した。

続いてシリア軍は11月8日、イラク国境に面するユーフラテス川西岸のフワイジャート・バーグーズ村に進攻、3日にアンバール県カーイム郡を制圧して国境地帯に到達していたイラク軍およびイラク人民動員隊と対面した。そして11月19日、シリア軍はイスラーム国最後の拠点都市ブーカマール市を完全制圧した。

11 2017年10月14日のシリアの勢力図(http://isis.liveuamap.com/)
11 2017年10月14日のシリアの勢力図(http://isis.liveuamap.com/)
12 2017年12月7日のシリアの勢力図(http://isis.liveuamap.com/)
12 2017年12月7日のシリアの勢力図(http://isis.liveuamap.com/)

一方、シリア民主軍も、9月28日にハーブール川西岸のスワル町を、11月12日にはユーフラテス川とハーブール川が交わる戦略的要衝のブサイラ市を順当に制圧していった。

かくして「国際社会最大の脅威」と目されてきたイスラーム国は、12月末までにシリア(そしてイラク)国内における支配地域のほとんどを失った。彼らは、ダイル・ザウル県東部、ヒムス県東部、ハマー県北東部、ダマスカス県ヤルムーク・パレスチナ難民キャンプやダマスカス郊外県ハジャル・アスワド市、ダルアー県南西部で、辛うじて活動する辺境の犯罪武装集団になりさがり、シリアの治安に及ぼす脅威も大幅に減少した。指導者であるアブー・バクル・バグダーディーの消息は依然として不明だったが、彼らは多くの司令官、戦闘員を失い、米有志連合の報道官を務めるライアン・ディロン大佐が12月27日に明らかにしたところによると、シリアとイラクで活動を続ける戦闘員の数は1,000人程度にまで減少した。

13 2017年12月末のシリアの勢力図(http://isis.liveuamap.com/)
13 2017年12月末のシリアの勢力図(http://isis.liveuamap.com/)

相次ぐ勝利宣言と控えめ米国

イラクのハイダル・アバーディー首相が「イスラーム国に対する戦争の終結」を宣言(12月9日)するのに先立ち、シリア民主軍を主導するYPGの総司令部は12月3日、アラブ人部族、ロシア軍、そして有志連合とともに、ダイル・ザウル県東部からイスラーム国を掃討し、同地全土を解放したと発表した。シリア軍もまた7日に「偉大なる暁作戦」の終了を宣言、ダイル・ザウル県での主要な戦闘を終了したと宣言、今後はイドリブ県などで活動を続けるシャーム解放委員会などの反体制派に対する「テロとの戦い」に注力すると表明した。

14 ユーフラテス川東岸の完全解放を宣言しロシア軍将校と懇談するシリア民主軍幹部(ANHA, December 3, 2017)
14 ユーフラテス川東岸の完全解放を宣言しロシア軍将校と懇談するシリア民主軍幹部(ANHA, December 3, 2017)

最後にロシアのプーチン大統領が12月11日、駐留ロシア軍司令部が設置されているラタキア県のフマイミーム航空基地を電撃訪問し、出迎えたバッシャール・アサド大統領を従えて演説を行い、「シリア国内でのダーイシュ(イスラーム国)に対するシリア・ロシア両軍の「テロとの戦い」において決定的勝利を収めた」と述べ、駐留ロシア軍部隊を部分撤退させると発表した。

15 イスラーム国との戦いで勝利宣言するプーチン大統領(SANA, December 11, 2017)
15 イスラーム国との戦いで勝利宣言するプーチン大統領(SANA, December 11, 2017)

一方、米国は12月12日、ドナルド・トランプ大統領が、2018年度の防衛予算案の署名に際して「我々はシリアで勝利した。また我々はイラクで勝利した」と表明した。だが同時に「彼らはほかの地域に散らばっている。我々は彼らが散らばるのと同じ速度で彼らを追跡している」と述べ、「テロとの戦い」が継続していることを強調した。米国家安全保障会議(NSC)報道官も13日、「イスラーム国を敗北させたとするロシアの発表は時期尚早だ」と強調した。

この控えめな勝利宣言は、シリア内戦への介入を通じて米国が得た権益を維持するための「正当な根拠」、つまり「口実」が、イスラーム国に対する「テロとの戦い」の継続以外にないことを示していた。その権益とは、シリア民主軍、シリア・エリート部隊、新シリア軍の系譜を汲む反体制派などといった協力部隊への支援を口実として各地に設営した基地だ。

米国はイスラーム国との戦いの過程で、タンフ国境通行所(ヒムス県)一帯に加えて、ロジャヴァ支配地域各所に基地を建設し、その数は10カ所(うち2カ所が航空基地)に及んだ。エリック・ペイホン米国防総省報道官が12月7日に明らかにしたところによると、シリアとイラク領内でイスラーム国との戦闘に参加している米軍兵士の数は約7,000人に達し、うち2,000人がシリア領内に展開しているという。

16 シリア地図と米軍基地(筆者作成)
16 シリア地図と米軍基地(筆者作成)

米国は、イスラーム国との「テロとの戦い」が続いていると主張することでこれらの基地を維持し、シリア国内におけるロシアやイランの影響力の拡大を抑止、ないしは遅らせようとした。12月13日、米軍のF-22戦闘機2機が、ユーフラテス川東岸領空に進入したロシア軍戦闘機複数機に実弾警告射撃を敢行した。こうした米国の「不可解な行動」は、2018年以降、ロシア、シリア政府だけでなく、トルコの反発を招き、2018年のシリア情勢における最大の不安定要因となった(拙稿「イスラーム国との戦いが終わったシリアで目につく米国の不可解な行動」「シリアでイスラーム国に代わる最大の脅威となったアメリカ」を参照)。

続く