誰がイスラーム国を倒すのか:ラッカ市争奪戦/シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(8)

(写真:ロイター/アフロ)

「イスラーム国との戦わない反体制派の末路/シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(7)」の続き)

イスラーム国は、イラク・シャーム・イスラーム国(ISIS、ISIL、ダーイシュ)からの改称とカリフ制樹立を宣言した2014年半ば以降、シリア内戦における最大の懸案、そして争点とみなされてきた。2017年は「国際社会最大の脅威」と目されてきたこのイスラーム国がシリア(そしてイラク)で事実上壊滅した年となった。

1 イスラーム国の最大版図(2015年10月、http://isis.liveuamap.com/)
1 イスラーム国の最大版図(2015年10月、http://isis.liveuamap.com/)

イスラーム国に対する「テロとの戦い」は、シリア内戦の当事者である三つの陣営によって推し進められていた。米主導の有志連合と西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ)からなる陣営、ロシア、イラン、シリア政府、「同盟部隊」(イラン・イスラーム革命防衛隊が支援するイラク人民動員隊、アフガン人からなるファーティミーユーン旅団、レバノンのヒズブッラーの武装部隊など)からなる陣営、そしてトルコとその支援を受ける反体制派である。だが、これらの陣営は、共通の敵に対して一致団結することはなかった。「テロとの戦い」における主導権を握ろうとする当事者たちは、イスラーム国の支配地域を制圧する過程で、ライバルの進軍や勢力拡大を阻止しようと試みた。

2 2017年1月のイスラーム国の版図(http://isis.liveuamap.com/)
2 2017年1月のイスラーム国の版図(http://isis.liveuamap.com/)

トルコの排除

イスラーム国に対する「テロとの戦い」の主導権争いにおいて、最初に排除された(あるいは離脱した)のはトルコだった。

トルコは2016年8月に開始した「ユーフラテスの盾」作戦で、ハワール・キッリス作戦司令室とともにトルコ国境に接するシリア領内のイスラーム国の支配地域(「安全地帯」)を掌握し、イスラーム国最大の兵站路を遮断した功労者だ。拙稿「シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(1 序説)」で述べた通り、この作戦は、イスラーム国掃討というよりは、ロジャヴァの支配地域の分断に力点を置いていた。

トルコは、この路線に沿って、イスラーム国との戦いを継続する姿勢をとった。すなわち、ロジャヴァのユーフラテス川西岸一帯(アレッポ県マンビジュ市一帯)の放棄と、人民防衛部隊(YPG)を主体とするシリア民主軍のラッカ市解放作戦への不参加を支援国である米国に迫り、この二つが受け入れられることを条件に、有志連合に協力する意思を示したのだ。

3 2017年2月初めのシリア北部の勢力図(http://isis.liveuamap.com/)
3 2017年2月初めのシリア北部の勢力図(http://isis.liveuamap.com/)

だが、トルコ軍の南進は実現しなかった。それは、米国がこの要求に応じなかったからではない。ロシア軍や同盟部隊の支援を受けるシリア軍がユーフラテス川西岸に迫ったからだった。

トルコは2017年2月、アレッポ市東部での停戦(反体制派退去)でロシアに協力したことへの見返りとして、ハワール・キッリス作戦司令室を従えて「安全地帯」の南端に位置するバーブ市(アレッポ県)でイスラーム国に対する攻撃を激化させ、同市を制圧した。だが、トルコ軍が苦戦するなか、シリア軍は、ヒズブッラーの精鋭部隊やロシア軍砲兵大隊とともに、バーブ市南部の回廊地帯に進軍、2月末までにマンビジュ市南西部郊外のロジャヴァ支配地域に到達した。

4 2017年2月末のシリア北部勢力図(http://isis.liveuamap.com/)
4 2017年2月末のシリア北部勢力図(http://isis.liveuamap.com/)

これにより、トルコ軍の展開地域とイスラーム国の支配地域は物理的に切り離され、ラッカ市へのトルコ軍の進路は閉ざされ、トルコのイスラーム国に対する「テロとの戦い」は終わった。イスラーム国との関係がとりざたされていたトルコは、これ以降「テロとの戦い」の標的をロジャヴァのみに定め、トルコ版「テロとの戦い」を強化していったのである。

挫かれるシリア政府の野望

トルコ軍の動きが封じられたことで増長したのはシリア政府だった。シリア軍はバーブ市南東部で支配地域を拡大し、アサド湖西岸に到達、マスカナ市(アレッポ県)、タブカ市(ラッカ県)、ラッカ市を結ぶ幹線道路に沿って進軍していった。バッシャール・アサド大統領は3月11日、中国の民間衛星テレビ局「鳳凰衛視」(フェニックス・テレビ)のインタビューに応じ、そのなかで「ラッカ市は我々にとっての最優先事項だ」と明言し、ラッカ市解放への意欲を示した。

5 鳳凰衛視のインタビューに応じるアサド大統領(SANA, March 11, 2017)
5 鳳凰衛視のインタビューに応じるアサド大統領(SANA, March 11, 2017)

だが、米国がシリア政府の「野望」を許すはずもなかった。米軍は3月22日、アサド湖東端に位置するタブカ市近郊のユーフラテス川西岸地帯で空挺作戦を実施、シリア軍が制圧をめざしていたラッカ市に至る幹線道路一帯とタブカ航空基地を制圧した。

6 2017年3月末のラッカ市一帯の勢力図(http://isis.liveuamap.com/)
6 2017年3月末のラッカ市一帯の勢力図(http://isis.liveuamap.com/)

続いて、有志連合の支援を受けるシリア民主軍も進軍を加速させた。2016年11月にラッカ市孤立化を目的とする「ユーフラテスの怒り」作戦を開始し、2017年1月にアサド湖東岸に到達していたシリア民主軍は、5月10日にタブカ市、6月3日にマンスーラ市(ラッカ県)を制圧した。そして6月6日、「ラッカ市解放作戦」の開始を宣言した。米国は、シリア・ガド潮流代表のアフマド・ウワイヤーン・ジャルバーが率いるシリア・エリート部隊を派遣し、シリア民主軍と連携させるだけでなく、海兵隊第11遠征部隊約400人をシリア領内某所に派遣し、ラッカ市攻略に備えた。

7 2017年6月初めのラッカ市一帯の勢力図(http://isis.liveuamap.com/)
7 2017年6月初めのラッカ市一帯の勢力図(http://isis.liveuamap.com/)

米国やシリア民主軍によってタブカ市以東への進路を絶たれたシリア軍は、アレッポ県東部を南下、6月4日に同県におけるイスラーム国最後の拠点マスカナ市を陥落させた。そして、6月8日、タブカ市やマンスーラ市を迂回するかたちでラッカ県南部に進攻し、イスラーム国の支配下にあった村・農場、油田地帯(サフヤーン油田、サフヤーン村、ラサーファ油田、サウラ油田、ワッハーブ油田、ファフド油田、ドゥバイサーン油田、カビール油田、クサイル石油採掘所、アブー・クタト石油採掘所、アブー・カッターシュ石油採掘所、サブハーウィー油田、ダイラア油田、ファフド油田)を次々と制圧、ラッカ市南部への接近を試みた。

だが、またもや米国が立ちはだかった。シリア軍が、ラッカ市とスフナ市(ヒムス県)を結ぶ街道とラッカ市とイスリヤー村(アレッポ県)を結ぶ街道が結節する要衝のラサーファ交差点の制圧に向けて攻撃を強めた6月18日、米軍戦闘機が、同地での航空作戦に参加していた軍戦闘機を撃墜したのだ。ラサーファ交差点はシリア軍によって掌握されたものの、この爆撃は、米国がラッカ市掌握に並々ならぬ意欲を有していたことを示すものだった。

8 2017年6月末のラッカ市一帯の勢力図(http://isis.liveuamap.com/)
8 2017年6月末のラッカ市一帯の勢力図(http://isis.liveuamap.com/)

以降、シリア軍、そしてロシア軍、同盟部隊は、ラッカ市への進攻を断念し、ユーフラテス川に沿って南下した。シリア軍は9月23日、ダイル・ザウル県との県境に位置するマアダーン市(ラッカ県)に到達、またこれと並行してダイル・ザウル県、ヒムス県、ハマー県でイスラーム国支配地域奪還に専念した。

ラッカ市解放

6月6日に「ラッカ市解放作戦」の開始を宣言したシリア民主軍は、27日にラッカ市を完全に包囲した。だが、「イスラーム国の首都」と目されてきた同市での戦闘は困難を極めた。シリア民主軍はイスラーム国と過酷な市街戦を繰り広げる一方、これを航空支援する有志連合は連日、市街地への爆撃を行った。有志連合は、これまでにもシリア国内で劣化ウラン弾を使用するなどしてきたが、ラッカ市では白リン弾を投下し、街の90%を破壊し尽くした。こうした攻撃が、ロシア・シリア軍によるものであったら大きな非難を浴びていたろうが、日本や欧米諸国で問題視されることはほとんどなかった。

9 有志連合がラッカ市に投下した白リン弾(Youtube, June 6, 2017)
9 有志連合がラッカ市に投下した白リン弾(Youtube, June 6, 2017)

ラッカ市中心街で籠城を続けてきたイスラーム国は、最終的には10月15日、シリア人戦闘員275人が家族とともにシリア民主軍に投降、また外国人戦闘員も住民を「人間の盾」にして市外に退去した。かくして、シリア民主軍は10月17日にラッカ市を完全解放した。

10 ラッカ市でシリア民主軍に投降したイスラーム国のシリア人戦闘員(ANHA, October 15, 2017)
10 ラッカ市でシリア民主軍に投降したイスラーム国のシリア人戦闘員(ANHA, October 15, 2017)

10月20日にラッカ市の中心に位置する県立競技場(アスワド競技場)で行われた解放祝典で、シリア民主軍は「ラッカ市解放は、我々がコバネ(アイン・アラブ)市で開始したイスラーム国に対する戦いの最終章だ」と宣言した。だが、シリア民主軍、そしてそれを後援する米国には、次の争奪戦が待っていた。ダイル・ザウル県での戦いである。

続く