「穏健な反体制派」を切り捨てた米国/シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(5)

(写真:ロイター/アフロ)

「国際紛争としてのシリア内戦の終わり/シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(4)」の続き)

アスタナ会議を主導したロシアとトルコとともに、国際紛争としてのシリア内戦を終息させるのに大きな役割を果たしたのが米国だった。同国では2016年11月の大統領選挙で、共和党候補のドナルド・トランプが民主党候補のヒラリー・クリントンを破り、2017年1月に大統領に就任した。この政権交代に伴う干渉政策の変化が、シリア情勢にも影響を及ぼしたのだ。

だが、ロシアとトルコが、シリア内戦における停戦や政治プロセスの進展において積極的、そして首尾一貫した取り組みを行ったのとは対象的に、米国は、シリア内戦への関与を弱め、迷走を深めることで「貢献」した。

オバマ前政権の多重基準

トランプ大統領の前任者であるバラク・オバマ前大統領のシリア政策は、「人権」、「化学兵器再使用阻止」、「テロとの戦い」といった介入の根拠となるパラダイムを混淆させた多重基準を最大の特徴とした。同政権は「アラブの春」のシリアへの波及を受けて、「人権」に基づいて介入を開始し、シリア政府の非道性を非難、退陣を迫った。だが、体制転換が容易でないと認識するや、今度は化学兵器使用疑惑を政局として、シリア政府への追及を強めた。

一方、反体制派への支援は「マッチポンプ」と言えるもので、目的も曖昧だった。オバマ前政権は、「人権」というパラダイムのもと、体制打倒をめざす反体制派を「民主化勢力」、「フリーダム・ファイター」とみなして後援した。だが、彼らがアル=カーイダ系の組織を含むイスラーム過激派と共闘していたため、「テロとの戦い」の文脈において対応に腐心した。

そこでオバマ前政権が案出したのが「穏健な反体制派」(moderate opposition)という奇妙な概念だった。この言葉は、イスラーム過激派以外の反体制派を指し、「民主化」と「テロとの戦い」という二つのパラダイムを両立させようとするものだった。

オバマ前政権は、「フリーダム・ファイター」と「テロ組織」を峻別し、前者への物心面での支援を続けると主張したのだ。しかし「反体制派のスペクトラ」(拙稿『シリア情勢:終わらない人道危機(岩波新書新赤版1651)』岩波書店、2017年、pp.82-104を参照)状況のなかで、両者を分けることなど不可能だった。

それだけではなかった。オバマ前政権は「フリーダム・ファイター」であるはずの「穏健な反体制派」がシリア政府に対して武装闘争を行うことを期待しなかった。なぜなら「穏健な反体制派」への支援は、イスラーム国に対する「テロとの戦い」で有志連合が連携できる地上部隊を創出するためのものとされたからだ。「穏健な反体制派」は、米国が主導する有志連合の「協力部隊」(partner forces)になることを求められ、体制打倒は二義的な目標に格下げすることを余儀なくされた。

1 「穏健な反体制派」を揶揄したジャラール・ハージルの風刺画(https://www.cartoonmovement.com/cartoon/19826)
1 「穏健な反体制派」を揶揄したジャラール・ハージルの風刺画(https://www.cartoonmovement.com/cartoon/19826)

「テロとの戦い」への取り組みも、こうした奇々怪々なシリア政策ゆえに中途半端なものにとどまった。シリアでの「テロとの戦い」は、イスラーム国だけでなく、アル=カーイダの系譜を汲む組織、具体的にはシャームの民のヌスラ戦線(現シャーム解放委員会)に対しても行われるべきものだった。だが、オバマ前政権が、シリア政府に対する武装闘争の中核を担うヌスラ戦線に対して爆撃に踏み切ることは稀だった。

「国際社会最大の脅威」であるはずのイスラーム国に対する爆撃も限定的だった。2000年のアフガニスタンでのターリバーン政権やアル=カーイダに対する攻撃や2003年のイラク戦争での米国(そして有志連合)の爆撃は、1日平均80回程度に及ぶ大規模なものだった。これに対して、オバマ前政権下の有志連合の爆撃回数は、1日3回から10回程度だった。これは、2015年9月に「テロとの戦い」と称してシリア領内での爆撃を開始したロシアの爆撃と比較しても、桁違いの少なさだった。

米国は2015年12月に採択された国連安保理決議第2254号(S/RES/2254 (2015))に従って、ロシアとともに、シリア内戦の政治的解決を推し進める国連主導のジュネーブ会議の共同議長国となってはいた。だが、オバマ前政権のシリア政策は、2016年半ばまでに修復不能なまでに破綻し、そのことがロシアやイランの優位、トルコのロシアへの接近を誘発した。オバマ前政権は、大統領選挙での民主党の敗北と前後して、ジュネーブ会議に対してさえも消極的になり、シリア内戦への関与を低下させていった(拙稿『シリア情勢』pp. 115-121, 157-158などを参照)。

トランプ政権のシリア政策の基本方針

トランプ政権のシリア政策は、バラク・オバマ前政権と比べるときわめて単純だった。

それは、(1)イスラーム国に対する「テロとの戦い」に注力し、そのためにロシアと積極的に協力する、(2)シリアにおけるイランの影響力拡大を阻止する、(3)シリア政府に退陣を迫る、という三つの目標を、この優先順位で実現しようとするものだった。とりわけ、(3)について、トランプ大統領は就任以前から「関与すべきでない外国政権の打倒に奔走することはやめる」(2016年12月6日)と述べるなど、当初からその関与に消極的(ないしは無関心)だった。

トランプ政権の新たなシリア政策は、イスラーム国に対する爆撃の頻度増加というかたちですぐさま現れた。米国が主導する有志連合は、2017年に入ると、シリア国内で1日20回以上爆撃を行うようになった。その数は、ときにはロシア軍と同程度、ないしはそれ以上の数に及んだ。

2 CENTCOMホームページ(出所:http://www.centcom.mil/)
2 CENTCOMホームページ(出所:http://www.centcom.mil/)

イスラーム国に対する爆撃の激化と並行して、「協力部隊」への支援のありようも変化していった。

このとき「協力部隊」は、西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ)の武装部隊である人民防衛部隊(YPG)を主体とするシリア民主軍と「穏健な反体制派」からなっていた。トランプ政権は、このうち「穏健な反体制派」への支援を続ける条件として、シリア政府に対する武装闘争でのイスラーム過激派(とりわけヌスラ戦線)との共闘の停止を求めた。

これにより、ハック旅団、第13師団、山地の鷹旅団、ヌールッディーン・ザンキー運動、ナスル軍、イッザ軍(旧イッザ連合)といった「穏健な反体制派」は、アル=カーイダとの絶縁を迫られた。だが、「穏健な反体制派」がシリア政府に対する武装闘争を継続するには、シャーム・ファトフ戦線との連携が不可欠で、共闘停止は、彼らの存亡に関わるものだった。

結局、これらの組織は、オバマ政権の求めに応じず、ヌスラ戦線との共闘を続けた。ヌールッディーン・ザンキー運動は2017年1月、ヌスラ戦線の後身組織であるシャーム・ファトフ戦線(シャーム征服戦線)と完全合併し、シャーム解放委員会となった(その後、7月に関係を解消したが、連携を続けた)。また、ハック旅団、第13師団、山地の鷹旅団、ナスル軍、イッザ軍は、アスタナ会議において設置合意された緊張緩和地帯での停戦を拒み、ハマー県北東部、アレッポ県南西部、そしてイドリブ県で、シャーム解放委員会と共闘を続けた。

3 ヌールッディーン・ザンキー運動(出所:https://www.elnashra.com/)
3 ヌールッディーン・ザンキー運動(出所:https://www.elnashra.com/)

かくして、トランプ政権は「穏健な反体制派」への支援を取りやめ、オバマ前政権の「マッチポンプ」は解消した。米国のシリア政策は、イスラーム国に対する「テロとの戦い」への積極関与と、シャーム解放委員会に対する「テロとの戦い」への不関与(つまりはシリア政府に対する反体制武装闘争への不関与)を軸に展開することになったのである。

続く