国際紛争としてのシリア内戦の終わり/シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(4)

(写真:ロイター/アフロ)

「アスタナ会議5場外での米露の歩み寄り/シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(3)」の続き)

2017年5月に設置合意された緊張緩和地帯のなかで、停戦がもっとも困難とされたのが、イドリブ県、ラタキア県北東部、アレッポ県西部、ハマー県北部からなるシリア北部の第1ゾーンだった。

停戦がもっとも困難とされたイドリブ県

第1ゾーンは、ファトフ軍が2015年3月にシリア軍を放逐して獲得した反体制派最大の「解放区」だ。

ファトフ軍は、シリアのアル=カーイダと目されるシャームの民のヌスラ戦線(現シャーム解放委員会)、アル=カーイダの系譜を汲むシャーム自由人イスラーム運動(現シリア解放戦線)、イスラーム国とのつながりがあるとされたジュンド・アクサー機構、中国新疆ウィグル自治区出身者からなるトルキスタン・イスラーム党、シリア・ムスリム同胞団系のシャーム軍団といったイスラーム過激化からなっていた。2017年1月にシャーム・ファトフ戦線(ヌスラ戦線の後身、その後シャーム解放委員会に改称)、ジュンド・アクサー機構、シャーム自由人イスラーム運動が三つ巴の抗争を激化させることで、この武装連合体は解消した。だが、参加組織はその後も第1ゾーンにおける反体制派の主流をなした。この地域の都市や村々は、これらの組織の直接支配を受けたり、その暴力の傘の下で活動する「地元評議会」の自治下に置かれたりした。

1 ファトフ軍の第1号声明(2015年3月24日、出所:https://www.zamanalwsl.net/news/article/59225)
1 ファトフ軍の第1号声明(2015年3月24日、出所:https://www.zamanalwsl.net/news/article/59225)

この地域で停戦が難しいとされたのは、「自由」や「尊厳」の実現をめざすという「革命家」(「自由シリア軍」、あるいは「穏健な反体制派」)とファトフ軍に身を置いた過激派が、シリア政府の打倒、ロシアやイランへの抵抗といったアジェンダを結節点として共闘していたからだ。第1ゾーンは、他のいかなる地域にも増して「反体制派のスペクトラ」(拙稿『シリア情勢:終わらない人道危機(岩波新書新赤版1651)』岩波書店、2017年、pp.82-104を参照)が顕著だった。

イドリブ県はまた、2016年12月にアレッポ市東部がシリア政府の支配下に復帰した際、多くの戦闘員が家族とともに退去した場所で、反体制派にとっての「最後の牙城」と目されていた。

分割された第1ゾーン

ロシアとトルコは、この第1ゾーンをめぐっても停戦に向けた折衝(取引)を重ね、アスタナ6会議でそれを結実させた。9月14日と15日の2日間にわたって開催されたこのラウンドで、両国(そしてイラン)は、第1ゾーンを以下の三つの地区(カテゴリ)に分割することを合意したのだ。

  • 第1地区:アレッポ市、アブー・ズフール町、ハマー市を結ぶ街道以東の地域。ロシア主導のもとでシャーム解放委員会を殲滅するとともに、それ以外の武装集団も同時に排除したうえで、非武装の文民機関(いわゆる「地元評議会」)がシリア政府と停戦し、自治を担う地域。
  • 第2地区:アレッポ市、アブー・ズフール町、ハマー市を結ぶ街道とアレッポ市、サラーキブ市、マアッラト・ヌウマーン市、ハマー市を結ぶ国際幹線街道に挟まれた地域。ロシア、トルコ両国の主導のもとでシャーム解放委員会を殲滅する地域。
  • 第3地区:アレッポ市、サラーキブ市、マアッラト・ヌウマーン市、ハマー市を結ぶ国際幹線街道以西の地域。トルコ軍の監督のもとで反体制派がシャーム解放委員会を殲滅する地域。
2 緊張緩和地帯第1ゾーンの分割(出所:https://www.omrandirasat.org/)
2 緊張緩和地帯第1ゾーンの分割(出所:https://www.omrandirasat.org/)
3 緊張緩和地帯(出所:筆者作成)
3 緊張緩和地帯(出所:筆者作成)

ロシアとトルコ、そしてイランはまた、第1ゾーンでのシャーム解放委員会やイスラーム国に対する「テロとの戦い」の続行を是認しつつ、同地に停戦監視部隊を派遣することを確認した。加えて、シリア政府と反体制派の信頼醸成、拘置者・拉致被害者の釈放・解放、失踪者の消息解明を促すことで、停戦持続と政治プロセスの推進に向けた環境を整備し、迅速且つ安全な人道支援を合わせて実施することにも合意した。

分割の真意

シリア政府と反体制派の停戦プロセスは、反体制派を「テロ組織」と「合法的な反体制派」に峻別することが最大の難関とされた。だが、それは「反体制派のスペクトラ」状態ゆえに、「ミッション・インポシブル」だった。ロシアとトルコはそれゆえ、この峻別とは別の方法で第1ゾーンを分割した。

その方法とは、それぞれの論理に基づいて「テロとの戦い」を敢行できる地域を画定するというものだ。そこでは、シャーム解放委員会やイスラーム国であるか否か、これらの組織とつながりがあるか否かは問題ではなかった。第1地区では(そして事実上第2地区も)ロシアやシリア政府にとって好ましくない武装集団が、第3地区ではトルコの思惑に沿わない者たちが(当面は)「テロ組織」とみなされ、攻撃と排除の対象となったのである。

それまでシリア内戦の当事者たちは、誰が「テロリスト」かの解釈をめぐって鋭く対立し、そのことが際限のない非難の応酬や混乱をもたらしてきた。だが、アスタナ6会議は、互いの解釈を黙認し合うことで、各々の権益を極大化するしくみを確立した。国際紛争としてのシリア内戦が決着した瞬間だった。

停戦監視を口実としたトルコ軍の進駐

アスタナ6会議の合意に基づき、トルコは9月下旬から10月半ばにかけて停戦監視部隊を派遣し、アレッポ県西部のサルワ村近郊の丘陵地帯のほか、アキール山、スィムアーン山に監視所を設営していった(トルコ軍はさらに、2018年2月半ばまでにアレッポ県のアイス丘、トゥーカーン丘、サルマーン村近郊にも監視所を設置した)。

4 トルコ軍の監視所(出所:http://syria.liveuamap.com/)
4 トルコ軍の監視所(出所:http://syria.liveuamap.com/)

だが、この部隊派遣が、シリア政府と反体制派の停戦監視を任務としていないことは明白だった。トルコ軍が監視したのは、第1ゾーンの北方の西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ、北シリア民主連邦)の支配地域だった。

この部隊はまた、シャーム解放委員会やイスラーム国に対する「テロとの戦い」とも無関係だった。トルコ軍は進駐に際して、シャーム解放委員会とヌールッディーン・ザンキー運動(現シリア解放戦線)の車列や戦闘員のエスコートを受けたからだ。トルコはさらに、10月半ばにシャーム解放委員会の一大拠点であるタフタナーズ航空基地にも部隊を進駐させたとさえ言われている。

トルコ軍を監視するためのロシア軍進駐

一方、ロシアは8月からアレッポ県のタッル・リフアト市およびその一帯に憲兵隊を進駐させていた。だが、その目的は、トルコ軍やその支援を受ける「家の者たち」作戦司令室(拙稿「シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(1 序説)」を参照)とロジャヴァの武装部隊である人民防衛隊(YPG)の衝突を回避することにあった。ロシアはアスタナ6会議後の10月下旬に、アレッポ県西部のマンナグ航空基地にも部隊を進駐させたが、同地もロジャヴァの戦略的要衝だった。ロシアは、シリア政府と反体制派の停戦監視ではなく、トルコ軍を監視するために部隊を派遣したようなものだった。

シリア国民対話大会に向けて(アスタナ7~8会議)

アスタナ会議は続いた。

10月30日から31日にかけて開催されたアスタナ7会議では、緊張緩和地帯の第1、3、4ゾーンの停戦監視態勢や停戦地域の拡大の是非について協議がなされた。

第1ゾーンに関して、ロシア、トルコ、イランは、それぞれが12カ所、合計で36カ所に監視所を設置し、部隊を進駐させることを合意した。

ダマスカス郊外県東グータ地方からなる第3ゾーンについては、同地に隣接するダマスカス県ジャウバル区を緊張緩和地帯に含めることが合意された。だが、シリア軍と、イスラーム軍、ラフマーン軍団、シャーム自由人イスラーム運動、シャーム解放委員会が主導する反体制派(「彼らが不正を働いた」作戦司令室)との戦闘が続き、停戦が実現することはなかった。

ダルアー県とクナイトラ県からなる第4ゾーンは、7月にロシアと米国の歩み寄りによって停戦が成立していた。だが、その北東に位置するダマスカス郊外県南西部およびクナイトラ県北部では、シリア軍と、シャーム解放委員会などからなる反体制派(「ムハンマド軍作戦司令室」、「シャイフ山(ヘルモン山)作戦司令室」)が戦闘を激化させ、イスラエルも越境攻撃を繰り返していた。アスタナ7会議では、ダマスカス郊外県南西のバイト・ジン村一帯を緊張緩和地帯に含めることで合意されたが、これも停戦に結びつくことはなかった(なお、ダマスカス郊外県での戦闘については稿を改めて詳述したい)。

「死に体」と化したジュネーブ会議

アスタナ7会議での協議は具体的な成果をもたらさなかった。だが、このラウンドでは、その後の政治プロセスを規定する重要な決定がなされた。シリア国民対話大会の開催への原則合意だ。

シリア国民対話大会は、10月19日にロシアのヴラジミール・プーチン大統領が「シリア諸国民大会」の名で提唱した和平協議である。和平協議と言えば、国連が主催するジュネーブ会議が広く知られている。だが、ジュネーブでの和平協議は、共同議長国である米国が、バラク・オバマ前政権末期に議長国としての役割を放棄したことで、「死に体」と化していた。

ジュネーブ会議は、2017年の1年間で5回のラウンドが開催された。ジュネーブ4会議(2月23日~3月3日)、ジュネーブ5会議(3月24日~31日)、ジュネーブ6会議(5月16日~19日)、ジュネーブ7会議(7月10日~14日)、そしてジュネーブ8会議(11月28日~12月14日)である。

このうち、ジュネーブ8会議は、サウジアラビアの仲介により、反体制派が初めて統一代表団としての参加を果たした(拙稿「シリアでも混乱を助長するだけだったサウジアラビアの中東政策」Newsweek日本版、2017年11月28日を参照)。だが、移行期や紛争解決に向けた協議には何の進展もなかった。

シリア国民対話大会への布石

ロシアは、ジュネーブ会議にとって代わる新たな政治プロセスの場を作り出そうし、それをアスタナ会議で結託を深めるトルコ、イランの了承のもとに推し進めようとした。

11月22日にロシアの保養地ソチで開かれたプーチン大統領、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領、イランのハサン・ロウハーニー大統領の首脳会談で、三カ国はシリア国民対話大会を開催することを改めて確認し、シリア政府と「国土統一を遵守する反体制派」に参加を呼びかけた。これに先だって21日には、バッシャール・アサド大統領がソチを電撃訪問し、プーチン大統領と大会をめぐって協議した。シリア政府は22日、外務在外居住者省が三カ国首脳会談に歓迎の意を表明した。一方、ドナルド・トランプ米大統領も21日、プーチン大統領との電話会談で、大会に向けた取り組みを了承した。

かくして、2017年最後のラウンドであるアスタナ8会議が12月21日と22日の2日間にかけて開催された。このラウンドでは、停戦プロセスの一環として、逮捕者・失踪者消息調査と遺体・捕虜返還にかかる作業グループと、史跡地域での地雷・爆発物撤去にかかる作業グループを設置することが確認される一方、シリア国民対話大会を2018年1月29日と30日の2日間、ソチで開催することが決定された(シリア国民対話大会については、拙稿「ロシア主導の和平協議「シリア国民対話大会」は失敗に終わったのか?:アサド政権を存続させる反体制派」を参照されたい)。

アスタナ会議はシリア内戦に何をもたらしたのか?

アスタナ会議は、シリア政府と反体制派の交渉というかたちをとっていたが、決定権は保証国のロシア、トルコ、イランが握っていた。シリア内戦は諸外国の「代理戦争」としての性格を有するようになって久しかった。アスタナ会議は、この「代理戦争」の延長線上にあって、その保証国が、シリア政府、反体制派、そして市井のシリア人の主体性を奪ったまま、「代理停戦」とでも言うべき営為を推し進める場だった。

ここにおいて、各国は、国益を剥き出しにして振る舞い、「人権」、「主権」、「テロとの戦い」といったシリア内戦の主要なパラダイムはもはや意味をなさなかった。「国際紛争としてのシリア内戦が終わった」と筆者が述べたのは、こうした悲劇的状況を指してのことである。

むろん、シリア国内で得をした主体がいないわけではなかった。シリア政府がそれだ。シリア政府は、ロシアが「代理停戦」を主導する限りにおいて、自らの論理に基づいて「テロとの戦い」を継続し、反体制派への優位を確固たるものにすることができた。

これに対して、「解放区」を緊張緩和地帯とされた反体制派に残された選択肢は、アル=カーイダ系のイスラーム過激派と共闘して徹底抗戦を続けるか、「地元和解」プロセスの名のもとシリア政府に屈服するか、トルコの後ろ盾を得るためにロジャヴァに対する「テロとの戦い」を敢行するかだった。シリア軍事革命諸勢力代表団が終始一貫してアスタナ会議に消極的、拒否的な姿勢を示したのはそのためだった。

なお、シリア政府に次ぐ有力な政治主体であるロジャヴァは、それを主導するクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)がトルコから「テロ組織」とみなされたため、アスタナ会議から排除され続けた。その支配地域は緊張緩和地帯の外に置かれ、そこでの停戦と「テロとの戦い」の行方は、アスタナ会議の水面下でのロシアとトルコ(そしてシリア政府、米国)による「取引」に委ねられた。

アスタナ会議の「代理停戦」において、阻害された外国の当事者もいた。米国とイスラエルだ。むろん、こうした状況に甘んじる両国ではなく、米国は、イスラーム国との戦いに注力することで、シリア国内でのプレゼンスの維持を図った。一方、イスラエルはシリア内戦の「独立変数」として行動し続けることで、自国の安全を守ろうとした。これらの動きについては、次回以降の論考で深く掘り下げていきたい。

続く