緊張緩和地帯の成立/シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(2)

(写真:ロイター/アフロ)

「シリア情勢2017:「終わらない人道危機」のその後(1 序説)」の続き)

話をアスタナ会議に戻そう。

アスタナ会議は、シリア政府によるアレッポ市東部の回復と同地からの反体制派退去に向けたロシアとトルコの仲介(拙稿『シリア情勢:終わらない人道危機(岩波新書新赤版1651)』岩波書店、2017年、pp.154-161を参照)を起点とした。両国は、アレッポ市東部での戦闘終結直後の2016年12月20日、アレッポ市以外でもシリア政府と反体制派を停戦させ、和平協議の開催をめざすことで合意した。

この合意に基づき、30日にシリア全土で発効した停戦は、程なく瓦解した。サウジアラビアの支援を受けるイスラーム軍、ダマスカス郊外県東グータ地方で活動するラフマーン軍団、バラク・オバマ米政権の支援を受ける自由イドリブ軍、ナスル軍、イッザ軍といった「穏健な反体制派」(moderate opposition)、そしてシリア・ムスリム同胞団系のシャーム戦線など11組織が、シャーム・ファトフ戦線(旧シャームの民のヌスラ戦線、のちにシャーム解放委員会に改称)とイスラーム国を停戦の対象から除外したことに異議を唱え、戦闘を継続したためだ。だが、ロシアとトルコのイニシアチブは、12月31日に国連安保理決議第2336号(S/RES/2336 (2016))で国際承認を得て、アスタナ会議として具体化した。

アスタナ会議始動(アスタナ1~3会議)

アスタナ会議は2017年1月23日に発足、カザフスタンの首都アスタナで同年末までに8回のラウンドが行われ、各ラウンドは「アスタナ1会議」、「アスタナ2会議」、「アスタナ3会議」などと呼ばれた。

参加したのは、保証国であるロシア、トルコ、イランの代表団、シリア政府の代表団、そして「シリア軍事革命諸勢力代表団」を名乗る武装集団の代表。シリア軍事革命諸勢力代表団は、イスラーム軍、シャーム軍団、欧米諸国から「シリア国民の正統な代表」と評されてきたシリア国民連合(シリア革命反体制勢力国民連立)傘下の暫定内閣国防省が所轄する自由シリア軍参謀委員会、アレッポ市東部での戦闘を主導したスルターン・ムラード師団やシャームの鷹大隊、ヒムス県で活動する祖国解放運動、ダルアー県で活動する南部戦線などからなっていた。シャーム・ファトフ戦線とイスラーム国は排除され、アル=カーイダの系譜を汲むシャーム自由人イスラーム運動は参加を拒否した。

アスタナ1会議は1月23日と24日の2日間にわたって開催された。このラウンドでは、(1)停戦維持、停戦監視のための「共同のしくみ」の確立、挑発の自制、(2)反体制派とテロ組織(イスラーム国、シャーム解放委員会)の峻別、(3)国連安保理決議第2254号(S/RES/2254 (2015))に依拠した交渉、ジュネーブ会議の支援、(4)軍事的解決の拒否、(5)「宗教・エスニック的に多様で、非宗派的な統一シリア」の建設、など停戦協議の原則や議題が確認された。

アスタナ2会議は2月15日と16日の2日間にわたって開催された。だが、シリア軍事革命諸勢力代表団に参加するシャーム軍団、シャームの鷹大隊が出席に消極的な姿勢をとり、アスタナ入りを16日に遅らせたため、実質的な協議がなされずに閉幕した。

アスタナ3会議は、3月14日と15日の2日間にわたって開催された。だが、シリア軍事革命諸勢力代表団が参加をボイコットし、ロシア、イラン、トルコ、シリア政府による個別協議のみをもって閉幕した。

「緊張緩和地帯設置にかかる覚書」の合意(アスタナ4会議)

アスタナ4会議は5月3日と4日の2日間にわたって開催された。このラウンドは、アスタナ会議における最大の成果を実現した。保証国であるロシア、トルコ、イランが、「緊張緩和地帯(de-escalation zones)設置にかかる覚書」と呼ばれる停戦規定に合意したのだ。

この覚書は、反体制派の支配地域(いわゆる「解放区」)を緊張緩和地帯と呼ばれる停戦地域に指定し、イスラーム国とシャーム解放委員会(1月末にシャーム・ファトフ戦線から改称)に対しては(シリア軍が)「テロとの戦い」を継続しつつ、それ以外の反体制派とシリア軍を停戦させ、そのうえで医療物資や食料物資などの自由な支援、インフラ復興、難民および国内避難民の帰宅、内戦終結と紛争の政治的解決を保障するというものだった。

覚書では、以下4カ所を緊張緩和地帯に指定、必要に応じて増設すると規定した。

  • 第1ゾーン:イドリブ県、ラタキア県北東部、アレッポ県西部、ハマー県北部からなるシリア北部。1万4,500人の反体制派戦闘員が支配し、約100万人が居住。
  • 第2ゾーン:ヒムス県北部のラスタン市、タルビーサ市一帯。約3,000人の反体制派戦闘員が支配し、約18万人が居住。
  • 第3ゾーン:ダマスカス郊外県の東グータ地方。約9,000人の反体制派戦闘員が支配し、約69万人が居住。
  • 第4ゾーン:ダルアー県、クナイトラ県からなるシリア南部。南部戦線(1万5,000人の戦闘員を擁する)が支配し、約80万人が居住。
1 ロシア国防省が2017年5月に公開した緊張緩和地帯地図(出所:http://eng.mil.ru/)
1 ロシア国防省が2017年5月に公開した緊張緩和地帯地図(出所:http://eng.mil.ru/)
2 緊張緩和地帯(出所:筆者作成)
2 緊張緩和地帯(出所:筆者作成)

緊張緩和地帯では、シリア軍と反体制派は停戦に応じ、戦闘を中止することが求められ、すべての兵器の使用が禁止された。また、停戦維持のために、安全通路を確保し、検問所を設け、武器を持たない民間人の往来、人道支援物資の搬入、経済活動の支援が行われ、その監視にはロシア、イラン、トルコが合同作業グループを発足させ、人員を派遣することが定められた。

シリア政府の代表団は「緊張緩和地帯設置にかかる覚書」を受諾した。だが、シリア軍事革命諸勢力代表団は、団長を務めるイスラーム軍の幹部ムハンマド・アッルーシュ以下全員が怒号をあげて、会場をあとにした。そして、イスラーム軍、自由イドリブ軍、ナスル軍、シャーム戦線は4日、シャーム自由人イスラーム運動、ラフマーン軍団、ヤルムーク軍とともに、共同声明を出して覚書を拒否した。

それまでの停戦との違い

反体制派の抵抗も空しく、「緊張緩和地帯設置にかかる覚書」は2017年5月6日0時0分に発効した。そして同日からロシア・トルコ停戦監視委員会が監視活動を開始し、ロシア国防省が、両国によって確認された違反を発表するとともに、シリア政府との停戦に応じた自治体や武装集団の件数を開示した。またラタキア県フマイミーム航空基地のシリア駐留ロシア軍司令部に設置された当事者和解調整センターが、ロシア軍による人道支援状況を発表した。

ロシア国防省によると、2017年12月31日までにシリア政府との停戦に応じた緊張緩和地帯内の自治体は2,319市町村、武装組織は234組織に達した。

3 ロシア国防省による停戦違反発表(出所:http://eng.mil.ru/en/news_page/country/more.htm?id=12156920@egNews)
3 ロシア国防省による停戦違反発表(出所:http://eng.mil.ru/en/news_page/country/more.htm?id=12156920@egNews)

停戦に向けた動きは、これまでにも度々行われ、幾度となく停戦発効が宣言されてきた。アスタナ会議以前では、ジュネーブ会議の共同議長国である米国とロシアが、2016年2月27日にシリア全土で発効した停戦があった。シリア政府と反体制派はこれを受諾、米国とロシアはそれぞれ当事者和解調整センターを開設し、停戦監視と停戦対象地域の拡大が推し進められるはずだった。だが、この合意はなし崩しとなり、双方による暴力の応酬、そしてそれに対する非難の応酬が再燃した(拙稿『シリア情勢』pp. 147-148を参照)。

「緊張緩和地帯設置にかかる覚書」発効後も戦闘は続いた。だが、停戦違反が連日確認・報告されたにもかかわらず、それが激しい非難の応酬に発展することはなかった。シリア政府、反体制派は互いの暴力を非難し合ったが、停戦監視にあたるロシアとトルコは、違反を淡々と発表するだけで、いかなる追加措置を講じようともしなかったのだ。

それまでは、暴力の悪循環が混乱を助長していた。だが、今や暴力は、アスタナ会議の保証国、とりわけロシアとトルコの連携に不利益を及ぼさない限りは、黙殺されるようになった。

言うまでもなく、この黙殺で劣勢を強いられたのは、アスタナ会議に終始一貫して消極的な参加を余儀なくされた反体制派だった。

続く