Yahoo!ニュース

米軍の軍事教練を受けたシリアの「穏健な反体制派」が再活性化か?

青山弘之東京外国語大学 教授

「新シリア軍」を名乗る武装集団は3月4日、声明を発表し、ダーイシュ(イスラーム国)との戦闘の末にヒムス県南東部の対イラク国境に位置するタンフ国境通過所を制圧したと発表し、その映像を公開した。

タンフ国境通過所は、ヒムス県タドムル市一帯からシリア軍が撤退した直後の2015年5月22日にダーイシュが制圧した地域で、声明によると、「新シリア軍」は、米軍主導の有志連合の空爆支援を受けて進軍し、「殉教者アフマド・アブドゥー軍」なる武装集団とともに同地を制圧したという。

画像

「新シリア軍」とは?

ヒムス県南東部に突如現れたこの「新シリア軍」とはどのような組織だろう?

「新シリア軍」は、ダーイシュとの戦闘でダイル・ザウル県から敗走していた武装集団の一つ「アサーラ・ワ・タンミヤ戦線」が2015年11月に結成した武装集団で、同戦線のハズアル・スィルハーン氏が司令官を務めている。

結成時に公開された宣伝ビデオでは、シリア国外で米軍から米国製の武器の使用訓練を受けたとされる軍服姿の戦闘員の訓練の様子が映し出され、スィルハーン氏が「ダーイシュ以外のジハード主義武装集団との共闘」の意思を表明していた。

「殉教者アフマド・アブドゥー軍」もダイル・ザウル県から敗走していた武装集団が結成した組織で、ダマスカス郊外県カラムーン地方東部などで活動していた。

なお、ダイル・ザウル県から敗走した武装集団は、「新シリア軍」、「殉教者アフマド・アイドゥー軍」のほかにも、2014年8月に結成された「東部の獅子軍」を名乗る連合組織がある。この組織は、「新シリア軍」結成を主導した「アサーラ・ワ・タンミヤ戦線」のほか、「ファトフ旅団」、「アフワーズ旅団」、「シュアイタートの旗」、「イブン・カイイム旅団」、「ウンマの盾旅団」、「ウマル・ムフタール旅団」、「カーディスィーヤ旅団」、「ハムザ大隊」、「アーイシャ末裔大隊」、「アブドゥッラー・ブン・ズバイル連合」、「アブー・ウバイダ・ブン・ジャッラーフ大隊」から構成されている。

スィルハーン氏によると、「東部の獅子軍」は「新シリア軍」と表裏一体をなす組織だというが、2014年12月、この「東部の獅子軍」は、アル=カーイダ系組織のシャームの民のヌスラ戦線、サウジアラビアが支援するイスラーム軍とともに「東部カラムーン統一司令部」を結成した。

米国が後援する「穏健な反体制派」は、イドリブ県においても例えば山地の鷹旅団(米国防総省ではなくCIAが支援)が、ヌスラ戦線、シャーム自由人イスラーム運動が主導するファトフ軍と共闘しているが、ダイル・ザウル県の敗走者たちも生き残りのため、アル=カーイダ系組織と共闘したのである。

錯綜する情報

タンフ国境通過所制圧をめぐっては、さまざまな情報が流れた。

「新シリア軍」の進路については、シリア人権監視団がヨルダンからシリア領内に進入したと発表する一方、クッルナー・シュラカーは、有志連合の航空機がパラシュートで降下させたとの情報もあると伝えた。

また、作戦に参加した組織について、トルコのイスタンブールで活動するシリア革命反体制勢力国民連立(シリア国民連合)は、ダイル・ザウル県で活動する「生活のための正義監視団」のジャラール・ハマド代表の話として、「自由シリア軍」に所属する「殉教者アフマド・アブドゥー軍、東部の獅子軍、新シリア軍、そして地元の若者からなる複数の小集団」が戦闘に参加していたと発表した。

加えて、制圧作戦の成否についても情報は錯綜した。

シリア人権監視団のラーミー・アブドゥッラフマーン代表は、AFPに対して、「新シリア軍」が同地を一時制圧したものの、ほどなくダーイシュが反撃に転じ、「新シリア軍」を放逐した後、通過所の施設を爆破・破壊したと述べた。

一方、「新シリア軍」の司令官の一人だというムハンマド・タラーア中佐は7日に次のように述べ、ヒムス県の対イラク国境に位置するタンフ国境通過所一帯での作戦の成功を強調した。

「「新シリア軍」はヨルダン・シリア国境での訓練を経て、8ヶ月前に有志連合の空爆支援を受けて、タンフ国境通過所を迫撃砲で砲撃したが、通過所一帯に地雷が敷設されており、進軍できなかった…。だが、有志連合の航空偵察、新シリア軍偵察部隊による地上での偵察活動を行った後、有志連合との連携のもとに砲撃を開始、地雷原を突破し…、ダーイシュとの交戦の末、タンフ国境通過所のイラク側、シリア側の双方を制圧した…。この戦闘でダーイシュ戦闘員10人を捕捉した…。我々の目標はダイル・ザウル県の解放であり、そこにとどまることはなく、我々の前にはラッカ、ハサカ、ヒムス砂漠、そして独裁者が支配するシリア各地がある」。

ダーイシュはタンフ国境通過所制圧を「真っ赤なウソ」と否定

画像

しかし、最終的には、ダーイシュの広報部門アアマーク通信が7日にビデオ声明を発信し、「新シリア軍」によるタンフ国境通過所制圧を「真っ赤なウソ」と否定した。

ビデオ声明には、タンフ国境通過所の前にダーイシュの戦闘員複数人が立ち並び、「新シリア軍に代表される反体制派武装集団が(タンフ国境通過所を)制圧したというのは真っ赤なウソだ…。サイクス・ピコの国境は掌握されており、決して手渡さない…。我々はここにとどまって抵抗し、戦い、要撃し、爆破し、破壊を続ける。我々の体を誰も乗り越えることなしには入ってくることはできない」と述べた。

依然として困難な米軍の「穏健な反体制派」支援

ダイル・ザウル県出身の武装集団はその後、「東部の獅子軍」が、ダーイシュとの戦闘の末にタンフ国境通過所に近いワアル中隊基地を制圧したと発表し、ヒムス県南東部で活動を継続していると主張した。

「新シリア軍」による作戦の成否はともあれ、タンフ国境通過所をめぐる攻防戦は、米国防総省が2015年半ばに中止していた「穏健な反体制派」への軍事教練を再開しようとしている(再開した)ことを示す兆しと解釈することができる。

米国は、トルコ領内での「穏健な反体制派」への軍事教練プログラムを修了した第30歩兵師団がヌスラ戦線に事実上投降したことを受け、同プログラムを中止し、西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ)人民防衛部隊(YPG)が主導するシリア民主軍に支援の軸足を移していた。

だが、米中央軍のロイド・オースティン司令官(陸軍大将)は8日、米上院の公聴会で、バラク・オバマ政権に「穏健な反体制派」への軍事教練の再開許可を求めたと証言した。

一方、米特殊作戦軍司令官のジョゼフ・ヴォーテル大将(次期中央軍司令官)は10日、有志連合によるシリア領内でのダーイシュとの戦いに関して「シリアには現時点で地上に我々の同盟者はいない」と述べた。

「穏健な反体制派」への軍事教練の再開は確定してないが、「新シリア軍」の実態や作戦失敗を見る限り、有志連合の空爆作戦と連携し得るような信頼できる有力な武装勢力を創り出すことは、依然として困難に思える。

**

本稿は2016年3月上旬のシリア情勢を踏まえて執筆したものです。 主な記事は「旬刊シリア情勢」を参照ください。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

青山弘之の最近の記事