患者は生きるか死ぬかの選択をするのではなく、いかに自分らしく生きていくかを模索していると知ってほしい

「THIS IS ALS IN TOKYO」メインビジュアル(筆者撮影)

6月21日は世界ALSデー、全身が動かなくなってしまう難病「ALS(筋萎縮性側索硬化症)」の啓発活動が行われる日だ。

これまで私は、このタイミングにあわせていくつか記事を書いてきたが、今回はALSデーの前日に参加した二つのイベントを通して、難病を抱える人たちがいかにして自分らしく生きているのか、生きていこうとしているのかフォーカスしたいと思う。

■ “自分の一部”を永久に失うことと、それを取り戻す意味

ひとつめは、分身ロボット「OriHime」の開発者であるオリィ研究所所長の吉藤健太朗さんと、ALS患者であり一般社団法人WITH ALS代表の武藤将胤さんのトークイベント。

先日話題になったクラウドファンディングプロジェクトの支援者向けのもので、開発中の「ALS患者の声を救うサービス」のお披露目会でもあった。

デモを見てそのプロダクトの素晴らしさに圧倒され胸が熱くなったが、本稿のテーマから脱線してしまうので、それについては別の機会で書くとして、彼らが何をしようとしているのかを簡潔に述べたい。

まず、すでに難病や身体障害があって体が動かなくても、目の動きだけで意思の伝達ができるデジタル文字盤「OriHime eye」は商品化されていて、患者は介護者の手を借りずに視線だけで文字を入力し、音声を合成、発話することができる。

これだけでも、体を動かすことができず気管切開をした後の患者や介護者にとって画期的なサービスだが、吉藤さんはそれだけでは不十分、あくまで合成音声だという。

軽妙なトークを繰り広げる吉藤オリィさん(筆者撮影)
軽妙なトークを繰り広げる吉藤オリィさん(筆者撮影)

つまり、声を出せなくなるということは、”自分の一部”を永久的に失うことであり、本人の声で発話できる方がいいということだ。なぜ、そこまでするのか。

それはひとえに、「自分らしく生きる」という意味で重要だからである。武藤さんは気管切開をして生きることを選んだが、スピーチカニューレを付けてもう一度自分の声を出せたときに、家族や仲間が泣いて喜んでくれた光景を見て、声は自分だけのものではないのだと気付いたという。

気管切開をした状態で話すのはかなり大変であろうと想像できるが、イベント中もクラウドファンディングの支援者たちに感謝の気持ちを伝え、自身が代表を務めるWITH ALSの活動についてプレゼンしており、できる限り自分の声でコミュニケーションを取りたいという思いを感じ取ることができた。

武藤将胤さんによる冒頭のプレゼンテーション(筆者撮影)
武藤将胤さんによる冒頭のプレゼンテーション(筆者撮影)

ALSという病気の過酷さを物語るエピソードは数多あるが、最も端的に示す言葉は「患者の7割が人工呼吸器を付けずに死を選ぶ」だろう。

・声を失い、より体が動かなくなることで、コミュニケーションが取れなくなる恐怖

・24時間365日介護が必要になり、そこまでして生きることに前向きになれない

一概にその理由を決めることはできないが、患者の声を聞く限りこの2点が大きい。だが、このプロジェクトが実現することで、気管切開をする決断ができる人が増えるかもしれない。生きるか死ぬかの選択をするだけではなく、自分らしさを取り戻し、未来に向けて希望を見出せるかもしれないのだ。

実用性という点でも、当初「OriHime eye」搭載のデバイスは45万円だったが、厚労省の認定を受け補助制度により患者負担は1割で購入できるようになっており、開発中のサービスは決して夢物語ではない。

一方で、課題もある。現在100名ほどの患者さんに利用してもらっているとのことだが、「もっと早く知りたかった」という声が届くことも少なくない。

つまり、テクノロジーは進化しているのに、まだまだ知られていない、届けられていない、ということだ。だからこそ、彼らはイベントを通して発信し、受け取った私はそれを伝えているのである。

明るく前向きで素敵な笑顔のおふたり(筆者撮影)
明るく前向きで素敵な笑顔のおふたり(筆者撮影)

「可能性を拡張するテクノロジーをセレクトする時代」と吉藤さんが言うように、今や個々人の望むQOLに応える医療やテクノロジーの提供が求められている。そして、そこに全力で向き合う人たちがいる。

ALSのように今はまだ予防も治療もできない難病であっても、できることはある、そう強く感じさせてくれる空間だった。

■ 患者からのメッセージを受け取ってほしい

原因不明の難病ALS

平均寿命3~5年

不動の体、クリアな意識

過酷な状況で

人は何を見つめて

生きるのだろう

これは、東京・六本木ミッドタウン地下1階の50mウォールで開催中の、写真家・武本花奈さんによるフォトエキシビジョン「THIS IS ALS IN TOKYO~難病ALS患者からのメッセージ~」にある言葉だ。

私は写真を見にいく目的で足を運んだが、たまたま通りかかって思わず足を止める人々の姿が印象的だった。写された人たちは誰なのか、この展示のテーマは何なのだろうか、そういった興味、関心を惹起させる演出が奏功したのだろうと思う。

ALS患者であり、NPO法人 境を越えての代表を務める岡部宏生さんは、武本さんの写真をこう評価する。

私たちとのコミュニケーションを通して、私たちの気持ちを深く切り取ってくれています。(中略)私たちの日常と、深いところにしまってある非日常を見事に引き出しています。

出典:「THIS IS ALS IN TOKYO」フライヤーより
「今日を 笑っていきたい」心の声が聞こえる(筆者撮影)
「今日を 笑っていきたい」心の声が聞こえる(筆者撮影)

日本のALS患者は約1万人と言われる。写真展に登場しているのは、ほんの一部である25人だが、武本さんはただ被写体として撮影するだけでなく、インタビューを通してそれぞれの思いを切り取り、患者の生き様を写し出そうとしている。

そしてそれは、1万という数字によりひとくくりにされてしまった人々に光を与えているとも言えるだろう。私は、疾患を啓発する目的を超えた、他者を想像するという、より根源的かつ重要なアプローチであると感じた。

武本さん自身が写真展に向けて寄せた言葉を紹介しよう。

少しずつ動けなくなっていくALSの患者さんたちからの言葉は、自分たちはこうして欲しかった、こうしたかったという後悔ではなく、今から「自分の道を生きていこう」という、決意が聞こえます。

出典:「THIS IS ALS IN TOKYO」フライヤーより

どうであれ、生きていくという決意、意思。そういった患者さん一人ひとりの伝えたいことを写真から受け取る、これも一つの理解の形であると実感するエキシビジョンだった。

■ 疾患や患者の存在を知ったうえで、私たちができることは何か

最後に、では私たちは何ができるだろうか、ということについて触れたい。

まず、私は一応物書きなので、多くの人に読んでもらえる場所で伝えたいことを発信し、共感、拡散してもらおうと考える。

記事を通してALSを知る人もいれば、吉藤さんや武藤さんの活動に興味を持ち支援したいと思う人もいれば、買い物ついでに武本さんの写真を見にいく人もいるだろう。

武藤さんが、「4年ほど前にALSの症状が出始めたとき、インターネットで検索するとネガティブな情報ばかりだった、でも今はいろいろと明るいニュースが飛び込んでくるようになった」と言っていたが、確かに世界ALSデー前後では様々なイベントや記事を目にすることができる。

今私は、まったく別のテーマの取材で北に向かう道すがら書いているが、昨日のイベント後に購入したWITH ALSのチャリティリストバンドを付けている。

「NO LIMIT,YOUR LIFE.」(筆者撮影)
「NO LIMIT,YOUR LIFE.」(筆者撮影)

もしかしたら、これから会う人に「それは何ですか?」と聞かれ、ALSについて、問題解決に向けて日々活動している人たちについて、話すきっかけになるかもしれない。

まずは、知る。次に、何をする? 誰かに伝えたい。そんな風に思う人が、ひとりでも増えることを願う。

【参考】 

オリィ研究所

WITH ALS

Project THIS IS ALS