「先生のようにはできません」と離れていく研修医。小児科医が語る、医師と母親を両立させる難しさ

(写真:アフロ)

女子や浪人年数の多い男子の合格を抑制する目的で、不利な得点調整を行ったとされる「東京医科大不正入試問題」は記憶に新しい。

いかなる理由があろうとも不正は不正であり、女性差別であると厳しい批判を受けることは免れないが、「女性は結婚や出産で長時間勤務ができない」とその理由が語られたことで、医師と母親を両立する難しさもまた一筋縄ではいかない課題として浮き彫りになった。

育児と仕事を両立することの大変さ、医師という職業の厳しさがどれほどのものか想像に難くはないが、だからといってスーパーウーマンしかできないことと結論付けてよいものだろうか。

女医さんたちは、困難な状況をどう乗り越えてきたのか、いかにして医師であり母親であり続けているのか、もう少し具体的に知るべきではないだろうか。

そう考えたとき、真っ先に頭に浮かんだのは、クリニックの院長として活躍する小児科医・竹中美恵子先生だった。小児科医となり、出産を経て開業し、現在に至るまでのストーリーを紹介しよう。

■ 復帰後に待ち受けていた、母親としての懊悩

「我が子以上に入院患者さんや外来患者さんと過ごす時間が長くなればなるほど、いっそのこと子どもを入院させたい、その方がたくさん会えるのに、たくさん抱っこしてあげられるのにとさえ思いました」

竹中先生は、出産後職場に復帰した当時を振り返り、小児科医ならではの懊悩を交えて医師と母親を両立させることの難しさについて語ってくれた。

「首のすわらない子どもを保育園に預けて仕事にいくことには大いに抵抗がありました。病棟で子どもの泣き声を聞くと、我が子が泣いていないかと、心配でたまりませんでした。

唯一しっかりと母と子のコミュニケーションが取れたのは、授乳する時間だったと思います。朝は寝ている状態で保育園に連れていき、また帰って寝ている姿を見て、私は我が子と何分一緒にいれたのだろうと申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

母親らしいことは何一つできなくなる自分に苛立ちを覚え、母親としての時間を持ちたいと強く思いました。急な子どもの発熱、参観日、他のお母さんはできているのに、女医という職業上、諦めなければいけないことがありましたから」

当然ながら、このように悩んでいたのは彼女だけではなく、同年代の、同じ時期に出産していた女医さんたちは皆同じ悩みを抱えていた。

そこで、1人では一人前の働きができなくても、同じ悩みを持つ女医が集まれば一人前の働きができるのではないかと考え、子どもを含む家族全員を1回の診察で治したいという思いを込めて、「女医によるファミリークリニック」を開業したという。

■ 小児科医の素晴らしさを伝えたい 

同じ悩みを抱える女医だからこそ、子どもと向き合うからこそできることを模索しながら、竹中先生はもう一つ取り組みたいことがあるという。そしてそれは、彼女が小児科を志した理由と密接につながっていた。

「私は、生後間もない頃生死をさまよったことが何度もありましたが、そのたびに小児科医であった祖父が全力で助けてくれました。大病院でのあまりにも過酷な生活に、なぜ小児科を専攻したのか分からなくなる日もありましたが、出産して我が子が熱を出したとき、祖父と同じ小児科医になって良かった、小児科医として大切な時期を一緒に見守りたいと心から思いました。

ただ、小児科医のなり手は少なく、その数は減っています。小児科を志してきてくれた研修医の子が、私が子どもをおんぶしながらカンファレンスに出ている姿を見て、『私は先生のように仕事ができません』と言い小児科を離れていくこともありました。母親になり心から小児科医で良かったと思ったことを伝えきれず本当に残念でした。

だから、私はこんなに素晴らしい職業をもっと多くの女性に小児科医を目指してほしいと声を大にして言いたいです。やはり、子育て中の女性医師だからこそできるアドバイスもあると思いますし、小児科医であってもしっかりと時間を区切って働けるようなシステムができれば、小児科医の先生を増やせるのではないでしょうか」

こう語る竹中先生に悲壮感や諦めのムードは漂っていない。むしろ、「女性は結婚や出産で長時間勤務ができない」と断定することがどれだけ無意味であるかを教えてくれる。

それでも医師であり、母親である女性がいて、この前提で何ができるだろうかと日々奮闘しているからだ。

■ 医師こそ多様な生き方、働き方を

今回は、「女性は半人前」という論調に対してのある種のアンチテーゼとして竹中先生を紹介したが、私は日々の仕事を通して実にさまざまな生き方、働き方をしている女医さんたちと出会ってきた。

産後もバリバリの現役医師として復帰する方もいれば、医師である夫の海外留学についていく形で病院勤めを辞める方もいれば、育児しながら医師資格を活かして別の仕事をする方もいる。

本稿で私が伝えたかったことは、医師の働き方はひとつではないし、病院に勤務して患者を診察していなくても、医師としての責務を果たし、大いに役立つことができるということだ。

例えば、私は医療情報サイトを運営しているが、疾患についての解説、記事監修、オンライン健康相談など、産休育休中の女医さんを中心とする医師の方々の協力なくしては、質の高いコンテンツ、サービスを提供することはできない。もちろん、これは事業者側のみにメリットがあることではなく、医療の専門家による確かな情報を求めるユーザーはもとより、医師にとってもメリットがある。

まず、安定した収入源になり得るだけでなく、臨床を離れることで乏しくなる知識を補充したり、調べ物をする機会になり、診察中は拾いにくい患者の生の声に向き合うことで、医師としてのスキルを維持することにつながるのだという。

妊娠・出産、留学や海外移住により現場を離れざるをえない、これは事実である。だが、医師である前に人間であり、一人の女性である以上当たり前のことで、何よりも大切にすべきライフステージというものがある。

そして、医師としての知識がどんなにあろうとも、初めての育児を前に打ちひしがれることもあるだろうし、場合によっては育児うつなど深刻な状況に陥ってしまうことだってある。それでも、「女性だから」「医師なのに」と言い続けるのだろうか。

働き方改革が叫ばれて久しいが、医師こそ多様な働き方、生き方が必要なことは自明である。道のりは険しくとも、構造的な問題や差別を無くし、研修医が自分には無理だと諦めることなく、あの先生みたいになりたいと憧れ、志すことができる職業にしていかなければならないだろう。