徘徊事故、認認介護…暗いニュースばかりだが、認知症の人たちと一緒に笑顔になれる場がここにある

「注文をまちがえる料理店」実行委員会提供

超高齢化と核家族化が進む中、日本は深刻な状況にある。2025年には、第一次ベビーブームの時期に生まれた世代が後期高齢者(75歳以上)になり、介護・医療費等の社会保障費が急増すると懸念され、高齢者は約3,500万人(人口比約30%)、さらに認知症の患者数は約700万人、つまり5人に1人になると見込まれている。

これは遠い未来の話ではなく、認知症患者が徘徊中に電車にはねられ死亡、介護疲れによる心中事件や殺人事件、認知症同士で介護する認認介護問題など、毎日のように暗澹たる思いにかられるニュースを見るにつけ、否が応でも現実味を帯びたものとして感じられる事態だ。

いずれにせよ、認知症の最大の危険因子は加齢である限り、高齢化社会においては必然的に認知症患者が増え、多くの人にとって特別なことではなくなっていくことは間違いない。

このようなタッチで書くと重苦しくなってしまうが、本稿では暗い未来予想図でもって危機感を煽りたいわけではなく、むしろ逆で、避けられないことだからこそ、より身近な存在として受け入れるヒントになるトピックスを紹介したいと思う。

認知症の人も、周囲の人も笑顔になれる空間、その名も「注文をまちがえる料理店」だ。

■ 認知症の人が働く、「注文をまちがえるレストラン」とは

「注文をまちがえる料理店」実行委員会提供
「注文をまちがえる料理店」実行委員会提供

「注文をまちがえる料理店っていうのをやろうと思ってるんだよね」

彼は、こともなげにこう言った。宮沢賢治の『注文の多い料理店』をもじった何かなんだということはすぐにわかったが、私は内容を聞いて、それは面白い、ぜひ実現させたいな、でも大丈夫なの?と聞き返した。

「注文をまちがえる料理店」の発起人である小国士朗さんは、テレビ局のディレクターであり、飲食店経営の経験はない。きっかけはグループホームを取材中に体験したある「間違い」だった。

認知症の方々が作る料理を食べたときに、聞いていたメニューと全く違うものが出てきて一瞬戸惑ったが、「注文したものと違うものがきたけど、ま、いっか」そう言えるだけで、自分をとりまく世界は少し変わるのかもしれないと思い至ったという。

つまり、治療や法律、制度を変えることは大切だけれど、周囲がほんの少し寛容であるだけで解決する問題もたくさんあるんじゃないかなということだ。

間違えること、うまくできないことを受け入れる、一緒に楽しむ。そんな新しい価値観を、認知症の方々が働く不思議なレストランから発信したい、その思いに突き動かされ、先日ついにプレオープンまでこぎつけた。

■ プレオープンから見えた可能性と課題

プレオープンは、都内某所で2日間、ランチタイムのみ限定80名で行われた。私は営業時間ぎりぎりに5歳の息子と駆け込んだが、大盛況でお腹を空かせながら待つことになった。

席に通されると、にこにこと笑いながらおばあさんがお水を運びつつ、注文をとりにきてくれた。私はハンバーグとアイスコーヒー、息子はピザとオレンジジュースをオーダー。客が自分で希望するメニューにチェックを入れて渡す方式だったこともあり、「まちがえる」ことなく正しいものが運ばれてきた。

筆者が食べたハンバーグ
筆者が食べたハンバーグ

「メゾンカイザー」「吉野家」「中国料理新橋亭」プロデュースは伊達ではなく、どのメニューも美味しい。もちろん、間違えたとしても大丈夫なように、アレルギーには配慮してくれる。

息子はコーンが好きではないのではじめは積極的に食べようとしなかったが、美味しかったからかお腹が減っていたからか、私が実行委員会の方々と話している間にほぼ完食していた。

試しに、これを書きながら息子にプレオープン時の写真を見せて覚えてるかと聞いたら、「うん、ピザを食べたよ」とだけ返ってきた。他には?と聞くと「美味しかった」と。

私は、あることに気づいた。大人たちは「注文をまちがえる料理店」というネーミングと、認知症の方が働くということが何を意味するかわかるし、どうしてもそこで起こることに期待してしまう。

だが、息子にとって特別な点は、普段行かないところでご飯を食べた、かなり歩いた、待たされた、ということであり、認知症のおじいちゃん、おばあちゃんがいたことではない。5歳の子どもは何も知らなかったから、特に違和感を覚えなかったわけで、むしろその状況こそが望ましいのではないかということだ。

もちろん、このプロジェクトを批判したいわけではない。「注文をまちがえる料理店」のプレオープンは、介護や飲食のプロだけでなく、ロゴや空間デザイン含め、さまざまな領域のプロフェッショナルによって綿密に準備されたイベントであり、奇跡的とも言えるレベルでバランスが保たれていた。だからこそ、そこにいる人たちが笑顔で、心地よい時間を過ごすことができたのである。

事実、参加した客はもちろんのこと、ニュースとなった後のSNSにおける反応を見ても、認知症患者を見世物にするなといった批判もほぼなく好意的に受け入れられており、海外からも絶賛され多数のメディアから取材が殺到している。

その上で私は、「何も知らないでこのお店に来たらどうなるのか知りたい」と思ったのである。プレオープンは2日間で80人、かつ実行委員会のメンバーが招待した客だったため、「たまたまふらっと来た」わけではなく、プロジェクトに対して好意的で、認知症の方々を優しく受け入れる余裕があったとも言える。

果たして、『注文の多い料理店』のように「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」とだけ書いてあったとしても、同じような空間になるだろうか。

■ どうすれば、“てへぺろ”の輪を広げていけるのか

「注文をまちがえる料理店」実行委員会提供
「注文をまちがえる料理店」実行委員会提供

そのような筆者の懸念は織り込み済みで、ハイレベルな運営ありきの「注文をまちがえる料理店」をサステイナブルなものにするために、実行委員会はまずクラウドファンディングを用いた。

より本格的なイベントとフランチャイズする際に貸出し可能な公式グッズの制作、レギュレーションの整備などに必要な費用を募り、見事達成している。

認知症の方と作る「注文をまちがえる料理店」広がれてへぺろの輪

9月にプロジェクトが実行されることが決まり、どんな空間になるか楽しみだが、その後の展開についてもすでに飲食チェーンや市区町村とのタイアップが決まっているという。これからさまざまな形で“てへぺろも輪”が広がっていく様に注目したい。

最後に、小国さんから聞いた後日談に重要な示唆を与えるエピソードがあったので、紹介して終わろうと思う。

「注文をまちがえる料理店」で働いてくれた方々に謝礼を渡した際に、そのことを忘れていて「このお金は何?」と聞かれてしまった、でも、一生懸命働いてくれたじゃないですかと説明したら、「よくわからないけど、何か楽しかったのは覚えてるよ」と笑顔で答えてくれたという。

当たり前のことだが、すぐ忘れてしまうとしても、その時々で楽しいとか、充実しているとか感じられるのに越したことはない。

「注文をまちがえる料理店」に、認知症の治療・予防、雇用の創出といったことを過度に期待するのではなく、QOL(生活の質)という観点で、認知症の人が社会に参加し、たとえ一瞬でも、充実した時間を過ごしていると感じられることを大切にすれば良いのではないだろうか。

なぜなら、それは人間の尊厳が確立している状態であり、弱者として囲い込むことなく、共にあるということだからだ。

参考:

内閣府 平成28年版高齢社会白書(概要版)

内閣府 平成23年版高齢社会白書