シロートIT企業は参入してはいけない? 医療・健康情報を扱うメディアのあるべき姿とは

(写真:アフロ)

グロースハックという言葉が使われるようになって久しいが、成功パターンを見出し急成長を果たしたメディアでも、得られるのは賞賛ばかりではない。モラルを欠いたやり方で検索結果の順位を上げることで、誹りを受けることにもなる。

あるキュレーションメディアが、露骨すぎるコンテンツSEOをもって不確かな医療情報を垂れ流している、パクリを指示した、薬機法違反だと叩かれ、わずか1週間ほどで一時停止するまでに至った。そして、特定のメディア、企業への批判にとどまらず、キュレーションメディアのあり方そのものにまで波及している。

私は、物書きとしてYahoo!ニュース個人に参加しているが、普段は会社員であり、いわゆる「メディアの中の人」をしている。槍玉に挙げられているキュレーションタイプのメディアではないが、ヘルスケアメディア、サービスを運営している、いわゆる競合他社とも言える会社で働く、いちプロデューサーだ。

これまでは、あえて専門領域ではないことをメインに書かせてもらっていたが、この件に関しては思うところがある、というより、メディア運営者や業界通の発言があまり見受けられないので、ヘルスケア事業に携わる者としてこの件を論じたい。

■ 素人とプロを棲み分けるだけでは意味がない

まず、声を大にして言いたいのは、キュレーションメディアで記事を配信することは「IT×ヘルスケア」という観点で見ればごく初歩的でソリューションレベルが低いものであるということ、そして、ほんの一部分にフォーカスして医療・健康を出汁にして稼ぐ悪しきネット企業云々といった批判ばかりになってしまうこと自体がヘルスケア業界への関心の低さを物語っていて、非常に残念であるということだ。

人の命に関わる事態になるリスクがあるのに、どこの誰だか知らない人が書いた信憑性のない記事の検索順位を上げる、確かにこれはモラルに欠ける行為だと断罪されて当然である。信憑性を担保するのであれば、専門家の目を通すべきだ、これも正しいと思う。しかし、ざっくりと規定された専門家というくくりでとりあえず監修したと言えば良いというわけではない。

つい最近、ある獣医師の方とやり取りをしていて、「蛇についての質問が来たが私には答えられない、どうしたら良いですか?」と聞かれ、蛇について特別な勉強をしている獣医師でもない限り、一般人と知識に大差はないことを知ったが、例えば蛇の死因についてのコラムがあったとして、獣医師監修と書かれていたら何となく「へーそうなんだ」と思ってしまうのではないだろうか。そこに書かれたことに間違いがあったとしても、気付けるのは医療・健康に関する専門家ではない、「蛇の生態に詳しい人」ということになるかもしれない。

私自身、特段何の資格も持っていないが、今書いている内容に関しては誰よりも情報通であると自負している。でも、ほとんどの人が私のことを知らないわけで、その意味では本当かどうか分からないという話になる。つまり、記事の信憑性を担保することは難しく、一言で専門家が監修するといっても、それはどんなレベルで監修するのかによってアウトプットの質が変わるわけだ。

「いやいや医療情報における医師は確実でしょ」と思うかもしれない。確かに、そんな気はする。だが、実際に患者や友人としてではなく、ビジネスにおいて医師と向き合ったことがある人はどれくらいいるだろうか。たとえ医師であろうとも、自分の専門外のことは調べなければわからないし、間違った情報を参照してしまう可能性はある。

編集や記者の実務経験のないネットメディアのディレクターがやっているからコンテンツのレベルが低い、著作権その他のルールに関する知識が乏しい。これは事実だし、それはそれで大きな課題である。しかし、それは誰が見ても分かることであり、見えていない部分にも課題はある。

まず、パクるのは邪悪な企業に指示されたクラウドソーシングライターだけではない。他サイトから丸ごとコピーするという意味では、医師だってパクる。もちろん悪気はなく、引用元がしっかりしていると思ったから、という理由がほとんどで、単純に著作権等の知識がないからではあるが、メディア側がしっかりと検閲しないと、どこで問題が起きるかわからない。また、当然ながら忙しい方が多いので、お願いした仕事をすっぽかしたり、適当に扱われたり、締め切りを守らないことも日常茶飯事だ。

言うまでもないが、決して医師を貶めたいわけではない。普段から医師の皆様には大変お世話になっているし、相対的に見て勤勉で人格者が多いと確信している。そこに傲慢な気持ちはないし、謝礼の多寡にかかわらず仕事の質が極めて高い方々は心から尊敬している。ここで論点にしたいのはあくまで、素人を見下し、ネットメディアを訝しみ、プロを絶対視していないか、ということだ。そこには思考停止状態に陥る罠がある。

■ 医師という特殊な存在への思い込み

もう一つ例を挙げよう。信頼性や専門性を担保するために後付けで監修を依頼するというのはメディア側の都合が色濃く反映しており、だからこそ、医師からあまりにも内容が酷くて直しようがない、健康増進という観点でそもそも推奨できないといった言葉が出てきてしまう。ただでさえ忙しい人たちに意義を感じられない仕事を依頼しているのだから、顰蹙を買うのも仕方がないだろう。

ただ一方で、誰が書いたかもわからない記事の監修を1本○○円で受けるなんてボランティアでもない限りやらないかといえば、そうでもない。金額や手間がどうのという話はさておき、事実快く受けてくれる医師は少なくない。むしろ、この流れを受けて、正しい情報を見てほしいからぜひやりたいと申し出てくれる方もいるくらいだ。

私たちは物心がついた頃から、体調を崩すと“お医者さん”に行って診察してもらうことが刷り込まれている。でも、実際は「激務の中で忙殺されている医師」や、「学会や論文執筆でそれどころではない医師」ばかりではないし、当たり前だが医師も家庭を持ち、子どもを産むし、海外に留学することもある。つまり、誰にとっても記事の監修など受けている暇はない、割に合わない仕事だとは限らないのだ。

例えば、ボストンに留学中のある医師曰く、コアな専門知識、豊富な臨床経験を持った優秀な医師であっても現地での仕事はなく、かつ夕方以降は比較的時間が空いているという。そういう境遇の方は、自らの専門分野で記事を監修するといった仕事は喜んで受けてくれるわけである。

医師は、患者と向き合うときだけ活躍する存在ではなく、医療現場にいなくても彼らが持つ知見を活かすことができる。でも、そういうシーンがない。だとしたら、その物理的な距離をゼロに近づけるのが、IT企業ができることだと思うのだ。ユーザー向けサービスで言えば、オンライン上での記事執筆、医療監修、健康相談など、役に立つコンテンツ、サービスに協力してもらうことができる。

海外にいながら、子育ての合間に、非常勤プラスアルファで。医師それぞれのステージ、ニーズに合わせてお仕事をお願いする。医療の素人であるメディア運営者は、専門家の力を借りてコンテンツの質を高める。こういった補完関係は成り立つのだ。自社が儲けることだけを考えていては、専門家からの協力は得られないし、ユーザーにとって役立つものにならないし、メディアとしての価値も向上しない。ネットメディアとひとくくりにして眉をひそめている方には、こういうことが見えているのだろうか。

正直なところ、ビジネスにおける優位性という観点では、こういう情報はあまり出したくない。しかし、キュレーションメディアの悪い部分ばかりがフォーカスされ、当該事業をやっていない人たちからサンドバックにされているのを遠巻きに眺めている感じがなんとも歯痒いので、渋々書いた次第である。

さて、ここらが本題だ。では、医療・健康領域における素人であるIT企業は何をなすべきなのだろうか。

■ いい加減な情報は排除すれば、課題は解決する?

いい加減な情報が出回らないよう、キュレーションメディアを筆頭とするシロートは撤退せよ、で良いのだろうか。正しい情報や役立つコンテンツを届けること、そうあろうとすることはメディア人の基礎であり、人の生死に関わる領域において無闇にでしゃばるべきではない、このことには同意する。

例えば、Yahoo!の検索では「乳がん」に関するキーワードで検索した際、一般社団法人日本乳癌学会による「患者さんのための診療ガイドライン2016」の一部を表示するなど、ユーザーが正しい情報に取得できるよう工夫している。

こういった取り組みは精度を高めながらどんどん広げてほしいし、「go.jp」(官公庁など)、「ac.jp」(大学病院など)、「.org」「or.jp」(非営利法人)などのドメインはそもそも簡単に取得できないので、機械的に表示順を上げても良いと思う。その他製薬、医療機器メーカーの疾患啓発サイトなども上位表示しても良いだろう。営利目的の企業がそれに対し異議を唱えるということもないはずだ。他にも、医学部卒のライター朽木誠一郎さんが提案していた信頼できる医療情報の見つけ方なども非常に良いまとめだと思う。

その上で私はこう考えている。「正しい情報から見せるべきではあるが、ここを見てください、まずは病院を受診してください、という案内は必ずしも正しいとは言えないし、不十分である」と。

なぜかといえば、私はかれこれ5年ほどQAサイトを運営しており、様々な質問、相談、疑問、悩み、愚痴、暴言等々を目の当たりにして、実にいろんな人がいて、求める答えもまちまちで、もっと言えば、答えを求めてさえいないことや、自分が何を聞いたら良いのかわからないのだということがわかった。

いわゆる匿名同士のQAコミュニティと医療専門家が答える健康相談サービスを運営してきたが、匿名だからいい加減で信頼に値しない、医師のアドバイスであれば問題は解決する、といった紋切り型の構図にはならず、正直に言って一長一短だと感じている。

例えば、匿名のQAコミュニティで妊娠・育児カテゴリを深く見ていくと、30歳前後の母親による、初めての育児に疲れ不意に涙が止まらなくなる、夫が帰ってくると無性にイライラするという投稿がものすごく多いことがわかる。筆者自身思い当たるところがあったため、より一層読み込んでしまったわけだが、彼女らは自分がなぜそうなっているかわからず、自己嫌悪で苦しんでいることが痛いほど伝わってくる。

こういった悩みを持つ新米ママさんにアドバイスをしてあげるのは誰が良いのか、これは簡単には答えられない。先輩ママが私もそうだったよと共感を示してあげることが正解かもしれないし、旦那を一緒にdisってスッキリしてもらうのが良いかもしれないし、育児うつである可能性に気づかせ、心療内科を受診することが解決への近道かもしれない。

何が言いたいかというと、人間は感情的な生き物であり、日々冷静に正しい情報を摂取し、おとなしく専門家の言うことを聞いているわけではなく、筋の通らないものにこそ飛びついてしまう複雑な存在だということだ。そう考えると、情報の確からしさは重要な指標ではあるが、ユーザーのニーズを満たすという意味では、それが全てではない。

理想的には、何が知りたいのか、どこから来たのかによって、見せる情報を変えるべきであって、これが正しい、これは間違っているとジャッジすることではない。むしろ、パーソナライズされた情報にこそ価値があるのではないだろうか。

■ 集客を目的としたコンテンツは“悪”なのか?

メディアであれ、プラットフォームであれ、ツールであれ、多種多様なニーズに対してたった一つの回答を用意することはできないし、その意味では検索結果の順位をジャックしようとする動きは、ユーザーの選択肢を奪うこととイコールと言える。今回、徹底したコンテンツSEOが取り沙汰されたが、医療・健康領域において集客を目的としたコンテンツを配信すること自体が“悪”なのだろうか。コラム記事といったライトなコンテンツは信憑性が低く、読むに値しないのだろうか。

実のところ、疾患啓発という観点ではコラムは効果的なのである。これは「乳がん」をテーマに実例を挙げると分かりやすい。20代、30代の女性からすれば、自分が乳がんになるなどと想像していないわけで、そういう温度感の人に「誰もが乳がんになる可能性があります。毎年乳がん検診を受けましょう!」と語りかけてもなかなか響かないし、「このサイトを参考にしてください」と国立がんセンターのサイトのリンクを送ることが必ずしも正解とは限らない。

むしろ、多くの人は小林麻央さんが30代前半で乳がんになったという事実にこそ驚き、「若い人も乳がんになるのか…」と自分の問題になるわけで、そういうスタートラインにあわせて、コラムという形で噛み砕くのである。健康に関する身近な話題を専門家に解説してもらうことで、信頼性を担保しつつ情報にリーチする際のハードルを下げる、ここにメディアの腕の見せ所があるのではないだろうか。そして、そういった記事がニュースサイトやキュレーションメディア、SNS等に取り上げられれば、より多くの人に読んでもらうことができる。これはネットメディアにしかできないことだ。

また、今はSEOならぬSXO(Search Experience Optimization)が主流になってきていて、とにかくコンテンツを拡充して集客するという手法は過去のものになっている。特定のページの流入数を増やすことありきではなく、例えば「googleサジェスト」を用いて、そもそもの検索ニーズを探り、そのニーズに検索者のステータス(興味レベルなのか、予防したいのか、治療方法を知りたいのか、病院に行くべきなのかなど)という概念を加え、必要なコンテンツを追加していく。

さらに言えば、これだけスマホが普及しているのだから、メディア運営者はほとんどの人がスマホでコンテンツを「上から順に読んでいる」ことに対して対策しなければならない。どこまで読まれているのか、どのコンテンツが熟読されているのか、どのページに遷移・離脱しているのか等を検証し、ユーザーが求めているであろうものへとチューニングしていくわけだ。iPhoneの新作の画面サイズやスペック、キャリア各社の通信速度制限の改善、地下鉄での無料Wi-Fiサービス開始、そういったUI/UXに関わるトレンドや外部要因もウォッチしている必要もあるだろう。

こんな当たり前のことを書くのは気がひけるが、メディアやサービスは、どのようにユーザーを集めて、何を見てもらい、どうなってほしいのかといったコンセプトやストーリーが根底にあることはもちろん、ただ運営するだけでなく、常日頃改修し続けなければならないのだ。ただ大量のトラフィックを集めるだけで、何らかの形で“その後”が用意されていないなら、ユーザーは広告を踏むか、検索ページに戻るしかない。果たしてそれは誰のためのものだろうか。

それぞれのコンテンツには役割がある。SEOやコラムは外せない。しかし、決して手段であるはずの集客が目的になってはならない。それが原則だ。

■ そもそもメディアは儲からないし、儲けるためにヘルスケアはやらない

そうは言っても、あるメディアがこれでもかと徹底的にgoogle対策をした結果、尋常じゃない伸びを見せていたら、つい真似したくなるのが人情というもので、特にメディアの中の人は赤字路線の状況に一石を投じたい、数値目標に届かせたいという必死な思いで無茶をしたり、当初思い描いていた世界観を見失ってしまうことがある。私自身、その怖さは嫌というほど知っているつもりだ。

「お前が成功してないだけだろw」と揶揄されるかもしれないが、基本的にメディアは儲からない。少なくとも、儲かるからと何億円も投資できるほどラクチンなビジネスではなく、SEOで獲得したセッションをそのままお金に変えることは簡単ではないから、いつ回収フェーズに入り、収益化するのかという絵を描きにくい。

キュレーションメディアにベタ付きの担当を立て、煩雑極まりないネットワーク広告の運用をしたところで、PV単価は0.3円まで持っていければ御の字というレベルだし、記事広告にしてもimpあたり50円程度で、制作コストを鑑みるとやはり安価な商品である。しかも、顧客が満足な結果が得られなければリピートはもらえない。健康、ダイエットというテーマはアフィリエイトとの相性が良いからと飛びつく手にあるが、そもそものメディア価値を下げるリスクもある。

いずれにせよ、サイトのボリュームが大きくなればその分インフラ周りの整備が必要だし、記事を量産し続けるのには社内外のライター、ディレクターも増強する必要がある。そこに医師による監修が加わるとなれば、なおさらだ。とにかく運用コストがかかるのがメディアの宿命である。要するに、メディア事業単体で儲けている会社があったら教えて欲しいくらいシンドイわけで、それでもやるのはなぜなのか、という話になる。

ネット企業がメディアをやる理由はいくつかあるが、まず一つは「参入障壁が低い」からである。いきなり薬や医療機器を作ったり、生活習慣病予防アプリを開発したりはできないが、医療知識がなくてもキュレーションメディアならば立ち上げ時のノウハウもあるし、限られたリソースでも運用していくことができると思って参入するパターン。もう一つは、「インターネット広告事業の延長線上で始める」からだ。いわゆるネット系企業や代理店出身者は、広告でマネタイズする方法を熟知しているため、その道の素人であっても事業として収益化できる可能性がある。

そして、これが最も重要なのだが、「解決したい課題」や「どうしても伝えたいこと」があるからだ。ここから先は、私自身の話になる。なぜ、ヘルスケアの道を選んだのか。このようにうんざりするほどの長文を書くモチベーションはどこから出てくるのか。最後にその点について触れたい。

私は現在37歳だが、これといって大きな病気にかかったこともなければ、幸いなことに両親は健在で、小さな子どもたちも元気いっぱいだ。つまり、ヘルスケアの道を選ぶことになった必然的な理由はない。では、なぜヘルスケア事業に携わり、思うようにいかない毎日の中で奮闘しているのかといえば、「病気を治すことだけが解決法ではない」という確信があるからだ。

例えば、ある疾患の患者が第三者からの誤解や差別により苦しんでいるとする。そして彼は、その病気を隠し、目立たないように生きようとしたり、人生におけるあらゆる可能性をあきらめてしまう。さらには、たまたま通院を怠って、1日だけ服薬しなかったがために、発作が起きてしまう。しかも、そのとき彼は自動車を運転していてーー

「てんかん患者が運転中に発作を起こし重大事故」といったニュースが出ると、何が起こるか知っているだろうか。ネットには人殺しだ、免許を取得させるなといった罵詈雑言の類が噴出する。ほとんどの人が知らないことだが、てんかんの患者が自動車免許を取得するには医師の診断書が必要であるし、道路交通法が定めた細かな条件があり、発作があることを隠して取得しようとすれば法律で罰せられる。

特定の疾患の患者全体にレッテルを貼ったり、病気を持つものは車を運転してはいけないと主張するのは、当たり前に守られるべき人権を無視しているわけで、そういった心ない中傷や無知が、より一層患者やその家族に肩身の狭い思いをさせることになる。先に述べたように、どうせ自分は病気だからと消極的になったり、治療に対しても後ろ向きになったりと、悪循環にはまってしまう。

私は、ある製薬会社のマーケティング担当者から、てんかんという病気の難しさ、病状も人それぞれであることを教えてもらったが、そのとき初めてDTCやアドヒアランスという言葉と、その活動の意味を知った。そして、てんかんの専門医の方の言葉に感銘を受けたことが大きなきっかけとなった。

「患者さんの人生を変えたい」

病気は薬を飲んだり手術をすることで治すものだと思い込んでいたが、治らない病気とどう付き合っていくのか、どうやって少しでも前向きに人生を歩んでいけるのかといった観点でもサポートができる、自分にも何かできるかもしれない、そう思い立ち、ネットだからこそできるヘルスケアサービスとは何かを追求することに軸足を置いたのである。

■ 選択肢を広げ、QOLを向上させることができるサービスを

その後も、様々な病気やそれにまつわる課題や悩みがあることを学んだ。例えば、「血友病」という病気は、わかりやすく言うと出血が止まりにくくなってしまうものだが、血液凝固因子製剤を的確に使用すれば、健常者と何ら変わりがない。しかも、公的負担制度により治療費はかからない。

ただやはり、治療以外の部分で悩ましいことが多数存在する。幼少期には、もしものことを考えて、みんなと同じように校庭を走り回ることができず、寂しい思いをするかもしれないし、青年期には遺伝することを恐れて恋愛や結婚に消極的になってしまうかもしれないし、高額な医療費を国に負担してもらっているということに対してずっと負い目を感じ続けることになるかもしれない。

生まれつきある病気、障がいを持っているだけなのに人生の幅が縮まってしまう、いろんな可能性をあきらめてしまう、このことに対して、私は選択肢を用意したいと考えている。治療ではなく、QOLを向上させることならできると思うし、そこに関しては諦めたくはない。

これまでは、疾患に関するQAデータをテキストマイニングし、仮説を立て、インサイトとして製薬企業向けにレポーティングするということもやったし、患者同士のコミュニティも立ち上げたし、今は専門家による健康相談サービスやコラムメディアを運営し、そこから派生したソリューションビジネスを手がけている。

未だ理想は程遠いところにあるし、どうすれば特定の疾患の患者や、心身の健康で悩む人たちのQOLを向上させ、人生を前向きなものへと変えられるのか、答えは出ていない。だが、患者や消費者のためになり、それでいて医療従事者の負担を軽減することができ、医療費の増大を多少なりと食い止め、製薬企業にとってもプラスに働くような、そんなスキームがあるとしたら、その一助となりたいと思う。

甘ったるい夢物語のようだが、果たしてそのくらいのことを考えずに、ヘルスケア事業をやっていると言えるだろうか。軽いノリで参入していないか、我々は何を思い、何を為すのか、今一度問い直す必要があるだろう。