快適な医療空間を実現し、医療従事者のQOL向上に一役買う「メディアコマース」とは?

(写真:アフロ)

医療現場において欠かすことのできない白衣。医師をはじめとする医療従事者が毎日身にまとう仕事着であり、機能性を重視した作業着でもある。子どもの頃から「お医者さん」を見てきた私たちにとっても、不変のアイコンと言えるだろう。

しかし同時に、そのように当たり前の存在だからこそ、光が当てられないという部分もある。白衣は、消耗品として取り扱われることで、個性やファッション性を剥奪され、安く仕上げられる。それを使う人もまた、そういうものだからと自然と割り切ってしまう。

もちろん、品質の良い白衣もあるし、最も重視されるべきなのは機能面や衛生面であってしかりである。ただ、それをビジネスパーソンにおける新調したスーツやネクタイ、ワンランク上の革靴などと置き換えてみたらどうだろうか。身が引き締まり、どこか誇らしげでポジティブな感情が芽生えるのであれば、白衣だって同様の効果が得られるはずだ。

ここに注目してビジネスを創出した「クラシコ」という会社がある。はじまりは、代表・大和新さんと友人の医師との何気ない会話だったという。

「くたびれた白衣を着て仕事に向かうのはモチベーションが上がらない。なぜ、かっこいい白衣がないのか? あれば買うのに」という要望に応える形で2008年に創業。着ることでモチベーションが上がる白衣とは何かを追求し、テーラードの技術をもとにしたスタイリッシュな白衣を作り上げた。

彼らは、白衣を中心に医療の現場で役立つ商品やサービスを展開をしているが、それを「メディアコマース」と呼んでいる。メディアコマースとは、どんなコンセプトなのだろうか。

■ 医師の不満・要望を吸い上げ、理想の白衣を

クラシコのECサイト
クラシコのECサイト

発想は良いものの、スタイリッシュで高級な白衣がなかったわけではない。だからこそ、クラシコはユーザー目線で理想を追求し、衣服単体としてのクオリティのみならず、医師の日々の仕事へのモチベーションを高められるように、現行品への不満や希望を聞き込んだ。

代表の大和新さん曰く、毎日身にまとうものであるにもかかわらず、消耗品として割り切ってしまうのはおかしいのではないか、作業着や仕事着ではなく、お洒落着を作ることにこだわったという。

その証拠に、デザイン性の高さは国際的に評価され、米国の「インターナショナルデザインアワーズ」の医療部門で最優秀賞を受賞している。また、より利便性の高い「ケーシー」や「スクラブ」のバリエーションも豊かで、そのせいもあってか、医療ドラマ等で度々衣装として採用されている。医師や看護師以外に、薬剤師、研究者、理髪師、時計職人からも注文があるとのことだ。

筆者も東京・表参道にあるクラシコのオフィスにお邪魔した際にドクターコートを試着させてもらったが、お世辞抜きに着心地が良くスタイリッシュで、思わず「これ普通に一着欲しいですね」と感嘆するほどだった。

そして、商品の品質とともに心に響いたのが、「メディアコマース」というコンセプトだった。ひとことで言えば、医療従事者のモチベーションを高め、職場環境の課題を解決し、快適な医療空間を演出する商品を開発、提供するものだが、これには単なる目新しいビジネスという枠に収まらない意義がある。

医師向けのビジネス、サービスは数多あるものの、そのほとんどは医師という特別な存在、価値をハブにして商品化したもの、もしくは医師の負担を軽減するためのツールばかりで、医師が日々のモチベーションを高めるために自ら進んでお金を使う、というものは少ないからだ。

■ 次なる挑戦は、200年の歴史を塗り替える「聴診器」

もうひとつ、クラシコの大きなチャレンジを紹介しよう。スタイリッシュな白衣の次は、スマートな聴診器だ。

「U scope」特設サイト
「U scope」特設サイト

まず、聴診器は200年前に発明されてから、今日までほとんど形を変えていない。それはひとえに、この形が理想的だからかもしれない。だが、クラシコの大和さんは白衣と同様、聴診器の本質的な意義を再構築しようと試みた。

医師へのヒアリングを通して様々な課題と改善点を抽出し、新しい聴診器の形を追求。国内トップクラスの聴診器メーカーであるケンツメディコ社とプロダクトデザイナー・吉冨寛基さんと試行錯誤を繰り返しながら、3年以上かけて革新的な聴診器「U scope」を開発した。

聴診器は白衣とは違い、診療において重要なパートを担っている。いくらスタイリッシュでフィット感が良くても、聞こえ方に難があれば手を出すことはできない。実際に、筆者の友人の医師はこの商品を見て、興味はあるが試聴してみないと不安だと言っていた。しかし、3年以上の開発期間は伊達ではなく、クラシコは音質にも自信を持っている。

ダイヤフラム(集音するため皮膚にあてる部分に張られた膜)からイヤーピース(耳に挿入する部分)まで空気を逃さない設計を行うことで、音の減少を最小限におさえることに成功している。また、人間工学に基づき設計されたチェストピース(皮膚に直接あてる部分)も特徴的で、自然に指先に馴染んで手首の可動域が確保されることにより、患者の体のラインにあわせた聴診が可能だという。

そんな「U scope」は、2016年2月にKickstarterと並ぶ世界最大クラスのクラウドファンディングサイト「Indiegogo」のプロジェクトを通して発表された。目標金額の15,000ドルを大幅に達成し、47,576ドルの獲得に成功。6月に販売を開始する予定だが、国内でどの程度受け入れられ、シェアを取ることができるのか非常に楽しみである。

■ 患者のQOLだけでなく、医療従事者のQOLを

ここまで、クラシコを例にメディアコマースという考え方を紹介してきたが、医療・健康系サービスを運営する身として常々感じていることがある。

それは、患者やその家族のQOL(生活の質)については再三議論され、医療従事者はもちろん、官公庁や製薬・医療機器メーカー、患者会、NPO、当該領域においてビジネスを展開する事業会社までが、治療前後のあらゆるシーンで充実したサポートを実現すべく働きかけている。しかし一方で、日々患者に向き合う人々へのケアについてはなおざりになっているのではないか、ということだ。

すべては、患者のためにーー

言うは易しとはまさにこのことで、難病患者や終末期の患者、障がい者、被介護者などは、薬を飲む、手術をするといった「治療」では救われないケースが多い。公的支援は痒いところまで手が届いているとは言えないし、Web上で提供できるソリューションにも限界がある。

◯◯さえあれば解決というほど簡単ではないからこそ、日々における様々な不自由や苦痛、不安を緩和するための細やかな支援が必要になる、これ自体は至極真っ当な話だ。

ただ、それを支える医療従事者が疲弊する構図なのはおかしい。医療に携わる人は他の仕事に就く人々とは違う、特別な職業だ、というだろうか。一般に「お医者さん」は特別な存在ではあるが、いくら志が高いとはいっても、私たちと同じ普通の人であり、日々の生活があり、当たり前のことだが感情もある。そのように考えず医者なんだから当然、という見方をしてしまうと、彼らに過剰に期待し要求することになる。

「職業に貴賎はない」などといっても、やはり医療従事者は別。このイメージ自体は悪いものではないかもしれない。実際に多くの人が彼らに助けられ、感謝し、頼っているからこそだとも思う。

とはいえ、それを当たり前のこととして、そういう役割を担わせる仕組みになってしまってはいけない。どこまでいってもハードワークありきなのであれば、心身ともにどのような癒しが必要か、いかにしてモチベーションを保つかという観点でサポートを考える必要がある。

その際に必要なのは、休暇や給与ではなく、もしかしたらオシャレな白衣かもしれないし、最高のフィット感を有した聴診器なのかもしれない。そういう話も積極的にしていくべきなのではないか、これが本稿の論点である。

医療従事者のQOLが向上することで、結果的に医療現場で提供されるものの質が高まり、患者のQOLの向上につながる。一見すると牧歌的な話のようで、その実的を射ているのではないだろうか。

ある人を救うために誰かが損なわれる構図ではなく、犠牲を払う人がいても、その他の人々がそれぞの領域で補填していく、そんな循環が必要なのだから。その好例であるメディアコマースに今後も注目していきたい。