日本をW杯に導いた浅野拓磨を突き動かした内田篤人の熱い一言

(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

日本をロシアに導くゴールを決めたのは、22歳の若きストライカー浅野拓磨だった。この値千金のゴールの裏には、彼が尊敬して止まない内田篤人の『ある一言』が大きく影響していた。

FIFAロシアワールドカップ2018アジア最終予選・日本VSオーストラリア。ホーム・埼玉スタジアムで行われたこの一戦は、勝てば日本のロシアW杯が決まるという、重要な一戦だった。

この注目の一戦を一目見ようと埼玉スタジアムに集結したサポーターは59,492人。この超満員に膨れ上がったスタジアムを、歓喜の渦に巻き込んだのが浅野の冷静なゴールだった。

0-0で迎えた41分、CB昌子源から左サイドに流れたMF井手口陽介に縦パスが渡り、井手口が大外をオーバーラップして行ったDF長友佑都に縦パスを送り込んだ瞬間、浅野は右サイドハーフのポジションからスルスルとゴール前に入り込む。そして、長友がゴールとは反対側に切り返してクロスの体勢に入った瞬間、オーストラリアDF陣がボールウオッチャーになったことを見逃さずに、タメを作ってから、長友の右足からクロスが放たれるタイミングで、裏のスペースに抜け出した。オフサイドの網をかい潜り、完全にフリーになった浅野は、足下に届いたピンポイントクロスを、左足で流し込むようにゴール右隅にボールを沈めた。

地響きのような歓声が鳴り響くスタンドに向かって、渾身のジャガーポーズ。

「どの試合よりも緊張しました。前日からドキドキでした(笑)。でも、今まで貢献出来なかったからこそ、『ここで決めたらヒーローになれるんだ』と自分に言い聞かせてプレーしました」。

まさにヒーローとなるに相応しい一撃は、試合を決める決勝弾となった。82分に21歳の井手口が強烈ミドルで追加点を挙げ、2-0の勝利。冒頭で述べたように、若き力でW杯行きを決めた。

◎ゴールから遠ざかっても、決して下を向かないメンタリティー

「今まで貢献出来ていなかった」―。

日本代表や所属するシュツットガルトでも長くゴールから遠ざかっており、ゴールを狙う獰猛なストライカーにとっては、苦しく、かつフラストレーションが溜まる日々であった。

しかし、彼はそのマイナスに一切屈することは無かった。「いつか必ず点が獲れると思っているし、獲れなかったことに反省したり、考えることは良いけど、必要以上に落ち込んではいけない。それに、自分の中ではちゃんとした手応えもある」と、前向きに次のチャンスを狙いながらトライし続けた姿勢が、この決勝ゴールを生み出した。

「もちろんゴールを決めることが一番ですが、その過程で自分が『いかに冷静に判断出来ているか』も重要視している」。

浅野は誰よりもゴールを欲する一方で、『ゴール前での冷静さ』も同時に追い求めて来た。その姿勢に気付かせてくれたのが、内田篤人の『ある一言』だった。

◎落胆の吹田スタジアムに飲み込まれ、我を見失った。

それは2016年6月7日。吹田スタジアムで行われたキリンチャレンジカップ決勝・日本VSボスニア・ヘルツェゴビナに遡る―。

この試合、代表に選ばれて間もない浅野は、1-2で迎えた後半アディショナルタイム。MF清武弘嗣のパスを受けると、GKと1対1に。周りはシュートを期待したが、浅野は中央でフリーになっていたFW小林悠へのパスを選択。この横パスが相手DFに引っかかり、クリアされる。決定的なチャンスをフイにした。

このシーンに対し、メディアやサポーターは「消極的な姿勢だ!」、「なぜシュートを打たない!」と、彼のプレーを辛辣に批判した。パスが引っかかった瞬間の吹田スタジアムの雰囲気もまた、大きな落胆と共に、それをはっきりと示していた。そして、その後の浅野の言動がそれをさらに加熱させた。

試合後、浅野は人目をはばからず号泣。本田圭佑ら周りの選手に慰められるほどだった。さらにメディアのフラッシュインタビューで、そのシーンについて聞かれると「パスを選択したことを後悔しています」と彼自身が答えたことで、あのシーンは『シュートを打たない消極的な姿勢が生み出したシーン』、『自信が無い証拠』と決定的に印象づけられてしまった。

しかし、彼の捉え方は全く違っていた。それからしばらくして、彼に話しを聞くと、こう口を開いたのだ。

「僕の中ではあの経験は凄く大きかった。あの試合で周りから見たらシュートすべきところでシュートを打たなくて、それが失敗に繋がりました。確かにあれは自分の中では『一つのミス』だとは思いますが、あの時、試合が終わって僕はメンタルがやられていて、すぐにメディアの前で『パスを選択したことを後悔をした』って言ってしまった…。僕は『後悔した』という言葉を発してしまった自分に後悔をしたんです。それは今でも強く後悔しています」。

彼の中ではあのシーンは、冷静に判断をした上での選択だった。

「あの時、もちろんシュートも考えたのですが、凄く冷静に周りが見えていて、対峙したGKとゴールの位置、中にいた小林選手がはっきり見えたんです。自分が打つよりも、小林選手が打った方が入る確率が上がると考えて、パスを選択した。ただ、そのパスの精度が低かったんです。僕が反省すべきなのは、シュートを打たなかったことではなく、高い精度のパスが出せなかったこと。もし、あそこでシュートを打ったとしても、外れていたら周りは『何で中を使わないんだ』とか、『ドフリーの選手が見えていなかった』と言われる。結局、ミスをしたら言われるんです。あの時、僕がメディア対応で言わなければいけなかったのは、『それ(パス)がチームの勝利に繋がると思って、自信を持ってパスをしました。でも、パスミスをしてしまった。次ああいう場面が来たときに、パスを通せる技術を上げないといけないと思いました』と。パスした選択は僕の中では決して間違いじゃなかった」。

では、なぜそう思っていなかったのにも関わらず、浅野はメディアの前で「シュートを打たなくて後悔している」と言ってしまったのだろうか。それはチャンスを逃した瞬間の吹田スタジアムの雰囲気に、当時まだ経験が浅かった彼が完全に飲み込まれ、我を失ってしまったことにある。冷静かつ正常な判断が出来ないまま、メディアの前に立ち、結果として『後悔』という言葉ありきの質問に乗っかってしまう形となってしまったのだった。

◎帰りのバスの中で届いた一通のメール。止めどなく溢れた涙

取材を終え、我を見失ったまま、バスに乗り込んだ彼の下に、一通のメールが届いた。送り主は内田篤人だった。

「自分が選択をしたことで、ちゃんと見えてパスを出したんだから、嘘でも良いから『後悔した』なんて言うな」―。

この文章を読んだ時、浅野は自分の愚かさを嘆くと共に、内田の偉大さを一瞬にして感じ取ったという。

「吹田スタジアムからホテルに帰るバスの中でメールを見て、僕はさらに後悔したんです。『ああ、俺は言ってはいけない言葉を言ってしまったんだ…』と」。

あれほど試合後に号泣をしたのに、メールを見た瞬間、浅野の目から涙が留まることは無かった。

「そのメールでグッと来たのが、『後悔するな』ではなくて、『嘘でも良いから、後悔したなんて言うな』ということ。自分の中でたとえ後悔をしていたとしても、嘘でも良いからメディアや外に後悔していると口にしないことで、自分が強くなると思う。この一言で篤人さんの愛情や、僕に伝えたかった代表での心構えすべてを感じたんです。『代表でやっていく上でこれくらいの気持ちが大事なんだ』と、このメール1通だけで、自分のメンタルが強くなった気がしました。篤人さんは僕なんか比にならないくらいのプレッシャーを感じながらやっていると思う。本当に言葉では言い表せないくらいの気持ちになりましたし、僕を慰めてもらっている気分ではなくて、目の前に先輩のでっかい背中が見える感じなんです」。

これまで日本代表で数多くの栄光と挫折を積み重ねてきた内田に、『代表とは何か』、『代表選手とは何たるものか』をたった一言で教えてもらった。

「涙が止まらなかったけど、その時、『ああ俺、ここで落ち込んでいる暇はないな』とパッと切り替わったんです」。

内田のメールにはさらに続きがあった。

「俺も早く怪我を治して、一緒にお前とプレー出来るように頑張るから」―。

このメールにも浅野の心は震えた。

「『どれだけこの人、でかい人間なんだ』と思いましたね。一人バスの中で鳥肌立って、さらに涙を流しながら感動していました」。

◎内田の言葉から伝わった偉大さ。そして抱いた尊敬の念と自分の信念

それ以降、浅野のメンタリティーは大きく変化をした。シュツットガルトでも代表でも、例えノーゴールに終わってもミックスゾーンでは気丈に振る舞い、プレー面でもゴール前でのアプローチの幅が広がり、より怖いストライカーとして着実に成長をして行った。

だからこそ、日本代表に選ばれ続け、オーストラリアとの大一番でヒーローとなる一撃を叩き込めたのだった。あのシーン、浅野はゴール前で誰よりも冷静だった。

約1年前、スタジアムを落胆の色に染めた男が、今度はスタジアムを歓喜の色に染め上げた―。

「あの言葉を聞いたからには、どんなミスがあっても、どんなに周りに言われたり、自分が納得しなかったとしても、後ろを向くことは無い。篤人さんの言葉を無駄にしたくないし、そういう人生を歩んで行きたい」。

浅野拓磨の心の中には、内田篤人の言葉が焼き付いている。その言葉が色褪せない限り、浅野はより獰猛なジャガーとして、日本のサッカーを牽引して行く存在になって行くだろう。そして、いつか日本代表のブルーのユニフォームを着て、内田篤人のクロスを豪快にゴールに決めるシーンが見たい。それを願っているのは、何よりも浅野本人であることは間違いない。