ブラック企業の社名公表について

ブラック企業の被害を減らすために,私たちに何ができるのだろうか。

1,ブラック企業の問題

自民党雇用問題調査会(会長・森英介元法相)が検討している若者の雇用対策に注目が集まっている。「ブラック企業」の社名公表が対策として盛り込まれたためだ。この社名公表という施策にはどのような効果があるのか。

それを考えるためには,まずブラック企業とはどのような企業なのかを理解する必要がある。また,なぜブラック企業が存在するのか,なぜブラック企業に入る労働者がいるのか,そしてなぜ労働者がブラック企業を辞めないのかについても整理しておくことが求められる。

本稿では,ブラック企業とその被害はどうしたら減らせるのか,その際に社名公表がどのような意味を持つのか,そして,この施策に注意すべき点はないのかについて順に検討したい。

2,ブラック企業とはどのような企業か

ブラック企業の定義は,人によって様々である。最近になって特に注目されているのは,労働者の雇用環境が劣悪であるという意味でのブラック企業だ。パワハラがある,退職を強要する,そして賃金を含む労働条件が仕事に見合わない水準であるといった点が指摘されている。これに対して,消費者をだまして利益を上げようとするなど仕事の内容がブラックだという面に注目する考え方もあるが,本稿では前者に絞って話をしたい。

そもそも社名の公表が行われるためには,その基準を定めることが必要となる。つまり,ブラック企業を定義することが不可欠となる。

しかしその定義は難しい。例えば労働者が1人でも不満を持っていたらブラック企業であると言えるのか。仕事がハードであっても,実質的な雇用期間を見たときに,多くの人にとってトータルで待遇とのバランスが取れている場合にはブラックであるとは言えないだろう。

ブラック企業の基準は厳しければ良いわけではない。基準が厳しすぎても緩すぎても使えない指標となってしまう。例えば厳しすぎる基準によって,わが国の企業の過半数が指定されても,それではどこで働けば良いのかという話になるからだ。

労働者は人間であり,人によって求めるものと許容範囲が異なるという点にも注意すべきだ。したがって,これは誰にとってもアウトであるという基準をまず明示し,この基準に抵触する企業をブラック企業と考えるべきだろう。

3,なぜブラック企業が存在するのか

ブラック企業の存在を考える際に,わが国の雇用契約のうちで俗に正規雇用と言われる働き方の問題点が指摘される場合がある。正規雇用とは,無期雇用,直接雇用,そしてフルタイムという条件が満たされている雇用形態であるが,加えて仕事の内容が限定されていないことも多く,広範な人事権が使用者側に認められている。

ここでブラックなのは企業なのかという視点も必要だ。企業というのは箱のようなものであり,実際には人の集まりである。ブラックな企業体質といったあいまいなことではなく,どこに原因があるのかを考える必要がある。

企業がブラックになるのは,経営者に問題があるのか。それとも特定の中間管理職に問題があるのか。これらは分けて考える必要がある。

まず経営者について考えたい。怒鳴るとか横暴だとか様々な問題があるだろう。これらは利益を上げることを目的として故意にやっているケース,また労働者に対して「厳しい指導」をすることが正しいことだと信じてやっているケース,そして自分の行為がパワハラやブラック行為であると認識せずにやっているケースなどが考えられる。

そのうちで特に注目すべきは,正しいと信じて過度な労働を行わせているケースがあることだ。

労働者と経営者は非対称的である。日本では,実質的には経営者のマーケットがないため,多くの場合は起業家が経営者となるか,労働者として企業に入った人が出世して経営者になる。つまり経営者は,起業した企業を運営するだけの能力があるか,または企業内で出世して経営者になるだけの力があったことになる。

本人は相対的には能力が高い。仕事もできるだろうし,努力により結果を出してきたという経験を持つ。そこで自分にできたことがなぜ他の人にはできないのかという不満を持つことになる。

自分はやればできた。しかし一般の労働者は同じ水準では働かない。なぜやろうとしないのか。怠けているからだ。そういう発想になってしまうケースもあるだろう。しかし労働者の多くは普通の人だ。そのことを経営者はよく認識する必要がある。

次に経営者ではなく,一部の労働者に問題がある場合についても考えておく必要がある。パワハラをする上司などはその典型例だろう。怒鳴ったり暴力をふるったりしている上司がいても,周囲は怖くて何も言えないケースも存在すると思われる。

4,なぜブラック企業に入ってしまうのか,またなぜ辞めないのか

なぜ若者はブラック企業に入ってしまうのか。その理由は二つ考えられる。まずは,その企業がブラックであることを知らないことがあるだろう。もう一つは,他に仕事がないから仕方なく入るということだ。

それではなぜブラック企業を辞めないのか。まず,転職する先が見つかりにくい場合には離職を思いとどまってしまうだろう。また定年までの長期雇用であっても,労働者側からの離職は可能だということが知られていない場合にも辞めないことが考えられる。

5,どうすればブラック企業を減らせるのか

ブラック企業の問題を無くすためには,様々なアプローチが考えられる。まず経営者や中間管理職の意識を変えることができれば有益だ。しかしそれは簡単なことではない。

それでは今回注目されている社名公表はどうか。社名が公表された企業は,労働者により避けられてしまうため,待遇の改善が不可欠となるだろう。

ただし社名の公表だけでは不十分である可能性も指摘しておきたい。景気がよく労働市場における企業間競争が活発であることも必要だ。そうでなければ,不本意ながらブラック企業に就職する労働者も現れるだろうし,そのような企業に入ってしまった労働者が離職しにくくなってしまうからだ。

環境が劣悪な場合に離職を促すためには,最低限の労働法の知識が欠かせない。また職業訓練を通じて稼得能力を向上させること,そして訓練を受ける際のハードルを下げるためにも,求職者支援制度のように生活費の支給をすることも重要と言える。

6,さらに取り組むべき課題とは

6-1,労働条件の公表

社名の公表をする際には,先述の通り基準が必要となる。人によって求めるものと許容範囲が異なるため,これは誰にとってもアウトであるという基準を設定し,その基準に抵触する企業をまずブラック企業として公表する必要がある。

加えて,その他の企業の実質的な労働条件と待遇も一般に公開されていることが望ましい。労働者が企業を選択する際には,労働条件を総合判断することになるからだ。少なくとも就業規則の内容,年代別の平均賃金,そして就職後三年以内の離職率については,すべての企業について公表されている必要があるだろう。

それではデータの公表を義務付けたとして,どうすればその正確性が担保されるのか。これには罰則を科すことも含めて実効性を確保することが必要となる。

6-2,使用者となるための資格

企業経営者が人を雇う場合に,使用者として十分な知識を得ることと適切な行動を取らせることを目的として,資格試験に合格していることを条件としてはどうか。

自動車を運転する際には免許が必要だ。しかし適切な運転ができないとドライバー自身が怪我をするだけだから,放っておいても適切な訓練を行うはずであり,免許などいらないという考え方もあるかもしれない。しかしそれは間違いである。なぜなら負の外部性があるからだ。

人を雇う場合もこれと似たことが考えられる。確かに,せっかく雇って訓練した労働者を使い潰したら企業が損するため,財サービス市場と労働市場において企業間競争が完全であれば,労働者は適切な扱いを受けるはずだと考えることもできる。しかしこの場合も,負の外部性があるのだ。

経営者には,普通の人を雇って,それなりに上手く企業を経営することが求められる。自由な経済活動は大事だが,それはルールを守った上で行われることが大前提だ。そのためにも労働法と社会の仕組み,そして普通の労働者の扱い方についてきちんと理解することが重要となる。

6-3,労働者側の知識

労働者側も最低限の情報を知っていることが必要だ。会社が辞めさせてくれないとか,仕事に失敗した際に損害賠償を請求されるといった事態に直面した際には,労働法の最低限の知識と,どこの誰に相談すれば良いのかという窓口を知っていることは有益と言えよう。

6-4,守れるルールにしてきちんと守らせる

わが国のこれまでの労働法は,一見すると厳しいが,実際には守られていないことも多い。特に中小企業では,使用者側も守ろうとしないし,労働者側も諦めているという実態がある。

厳しくても守られないルールでは意味がない。そこで守れるルールにして守らせることが重要だ。

これまで違法行為が認知されても,そのすべてをルール通りに摘発したら,企業経営が行き詰まるという恐れがあった。このとき雇用の維持を考えて,ルールをそのまま適用するのではなく,柔軟な対応が行われる可能性がある。このような不明確な状態は望ましくない。その面からも守れるルールをすべての企業にきちんと守らせるというのがゴールになるはずだ。

6-5,故意と過失を分ける

労働災害をゼロにするのは難しいかもしれない。例えば,人によってうつ病などを発症する状況には違いがあるし,本人は大丈夫だと考えていても結果として発症する可能性があるからだ。

ブラック企業の公表をする際にも,故意と過失,そして予見不可能な健康被害については分けて考えることが求められる。

7,おわりに

ブラック企業問題に注目が集まっているが,そもそもの政策目標は何か。それはブラック企業を潰すことではない。それは手段であって,本当の目的は,労働者が生活できる収入を安定的に得ること,そして労働条件が向上することだ。この目的のために必要な手段を冷静に検討することが私たちには求められている。