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実燃費記録装置義務化が狙う「本当のところ」。

安藤眞自動車ジャーナリスト(元開発者)
燃費計はすでに、ほとんどのクルマに搭載されている。

 6月上旬、「自動車の実燃費を記録する装置を義務化する方針を国土交通省が固めた」との報道が流れました。実燃費は「走行距離÷使用した燃料」で計算されますが、現在のクルマは、走行距離は車輪の回転数から電気的に取得していますし、使用した燃料の量も、排ガス制御に使用している燃料噴射率データから得ることができますから、特にハードウェアの追加(コストアップ)を伴うことなく実現できるでしょう。すでに平均燃費計を装備しているクルマも少なくありませんから、そのデータを消去不可能なストレージに格納するだけでOKです。

 この装置を義務化する表向きの理由は、カタログに表示される燃費と実燃費の乖離が大きいため、実燃費のデータを車検時や定期点検時に収集して公表することにより、「ユーザーが環境負荷の少ないクルマを選ぶ基準になり、メーカー側にも実燃費のよいクルマの開発が進むことが期待される」というものだそうです。

 確かに、かつてのJC08モード燃費は、0.7を掛けたぐらいが実燃費となることが多かったですが、現在のWLTCモード燃費は、走行パターン別に3つのモードでカタログ記載が行われており、実燃費にもかなり近づいた印象があります。

 しかも、実燃費は運転のしかたや使用環境によって大きな差が出ます。下記は僕がホンダの旧型N-WGNを運転したときのデータですが、同じドライバーが運転しても、走行環境によって数値はこれだけバラつきます。特に短距離走行が多ければ、エンジンの暖機に使われる燃料の割合が増え、燃費は悪くなりますから、日常の足代わりに使われるタイプのクルマほど不利になり、休日の遠出に使われることの多いSUVなどは有利になります。公平性という点では、むしろWLTCモード燃費のほうが適切なのではないでしょうか。

ホンダN-WGN(JH1/2型)の燃費計は、複数回の燃費が表示できる。左が走行距離、右が平均燃費を示しているが、同じドライバーでも走る環境によってこれだけバラツキが出る。
ホンダN-WGN(JH1/2型)の燃費計は、複数回の燃費が表示できる。左が走行距離、右が平均燃費を示しているが、同じドライバーでも走る環境によってこれだけバラツキが出る。

 となれば、「本当の理由は別にあるのではないか?」と邪推したくもなるのですが、僕が考える「本当の理由」とは、ガソリンや軽油に掛けられている税金(以下“燃料関連諸税”とします)を、別の方法で徴収する手段に使うのではないか、ということです。

ガソリン単価のうち、56.6円は税金(しかもこれに消費税がかかる)。税収額は毎年2兆円を超えるため、EV100%時代には、何らかの代替策を考える必要がある。
ガソリン単価のうち、56.6円は税金(しかもこれに消費税がかかる)。税収額は毎年2兆円を超えるため、EV100%時代には、何らかの代替策を考える必要がある。

 政府は「2035年には販売する新車をすべて電気自動車(EV)にする」との方針を打ち出しています。EVは家庭で充電できるのがメリットのひとつですが、家庭で充電されたのでは、燃料関連諸税を徴収することができません。ならば公共の充電ステーションの料金に課税すれば……、不公平で誰も使わなくなりますし、自宅で充電できない賃貸駐車場利用者にのみ負担を強いることになれば、租税公平主義(日本国憲法第14条第1項)に反することになります。

 そこで、実燃費記録装置です。日本には車検制度がありますから、車検時に実燃費(電費)と走行距離のデータを収集することで、実際に使用した電力量を把握することができます。車検は1〜3年に1回ですから、まとめて徴収すると大きな金額になりそうですが、月割りで納められるようにすれば、そのあたりの批判も回避することができるでしょう。しかも、使用した電力に応じて課税するなら、燃料に課税するのと条件は同じですから、文句を付ける人もいないでしょう。

 税金は公共の福祉のために使用されるものですから、仮にこうしたことが実施されたとしても、僕はそれ自体には反対しません。むしろ使用者の住所と紐付けすることによって、生活上、どうしても走行距離が長くなってしまう過疎地在住ユーザーの税率を軽減するなど、新たなアイデアを盛り込むこともできるかもしれません。

 ただしこれを機に、道路整備に充当することを目的に開始された暫定税率や、そもそも道路特定財源に使用されるはずの燃料関連諸税を一般財源に繰り入れていることなどをリセットし、説得力のある税額と税制にしていただくことを強く希望します。

自動車ジャーナリスト(元開発者)

国内自動車メーカー設計部門に約5年間勤務した後、地域タブロイド新聞でジャーナリスト活動を開始。同時に自動車雑誌にも寄稿を始め、難しい技術を分かりやすく解説した記事が好評となる。環境技術には1990年代から取り組み、ディーゼルNOx法改正を審議した第151通常国会では参考人として意見陳述を行ったほか、ドイツ車メーカーの環境報告書日本語版の翻訳査読なども担当。道路行政に関しても、国会に質問主意書を提出するなど、積極的に関わっている。自動車技術会会員。

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