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今が見頃の「森のキャビア」は栄養豊富なクヌギカメムシの卵

天野和利時事通信社・昆虫記者
12月に入りクリスマス色になったクヌギカメムシ(左)とその卵

 昆虫記者が勝手に「森のキャビア」と呼んでいるある生物の卵塊(らんかい)は、極めて栄養豊富だという。しかし、これを食べた人は絶対いないと思う。

 今頃の季節、クヌギの大木で見つかる森のキャビアは、栄養たっぷりのゼリーで包まれたクヌギカメムシの卵塊だ。

 森のキャビアと言えば、フィンガーライムという柑橘系の果物が有名なようだが、流通量が少なく、非常に高価なので、昆虫記者には縁がない。しかもフィンガーライムは果物であって、卵ではない。それに対しクヌギカメムシの卵塊は、キャビアと同じ、れっきとした卵である。ただし、人間の食用になるという話は、聞いたことがない。

 先日クヌギの樹皮の深い割れ目で、産卵中のクヌギカメムシを見つけた。クヌギカメムシのお母さんは、11月ごろに大量の卵を樹皮の割れ目の奥に産み付ける。ゼリー状の膜に包まれた生みたての卵は、卵巣膜でつながったイクラ、いわゆるスジコのようにも見える。イクラとキャビアは親戚のようなものなので、このクヌギカメムシの卵塊を、森のキャビアと呼んでもさしつかえないだろう。

産卵中のクヌギカメムシ
産卵中のクヌギカメムシ

生みたての新鮮なクヌギカメムシの卵
生みたての新鮮なクヌギカメムシの卵

 この森のキャビアを包んでいるゼリーの主成分は、ラクトースとかいう多糖類。このラクトースは何と、人の母乳にも含まれていて赤ちゃんの成長に重要な役割を果たすらしい。

 当然このゼリーは、クヌギカメムシの幼虫が育つ際に、大いに役立つ。幼虫はこのゼリーだけを食べて、3齢(孵化後2回脱皮した幼虫が3齢)まで育つというから、ゼリーはまさにカメムシのお母さんが用意してくれた母乳だ。

 しかし、卵がゼリーにすっぽり覆われてしまったら、窒息するのではないかと心配になる。もちろんそこにはちゃんと、窒息防止の仕組みがある。卵塊をよく見ると、卵1つずつから極小の白い虫ピンのようなものが3本出ている。これは、卵が息をするための呼吸管なのだという。森のキャビアの構造は、実に見事だ。

産卵後時間がたった卵はキャビア風の色合いに。3本の呼吸管がはっきり見える。
産卵後時間がたった卵はキャビア風の色合いに。3本の呼吸管がはっきり見える。

樹木名表示板の裏に大量に産み付けられたクヌギカメムシの卵
樹木名表示板の裏に大量に産み付けられたクヌギカメムシの卵

卵を包んでいたゼリーを食べて育つクヌギカメムシの幼虫(たぶん2齢)
卵を包んでいたゼリーを食べて育つクヌギカメムシの幼虫(たぶん2齢)

ゼリーを食べて大きく育った幼虫(たぶん3齢)。卵はゼリーが取れて半透明の殻だけに。
ゼリーを食べて大きく育った幼虫(たぶん3齢)。卵はゼリーが取れて半透明の殻だけに。

その後の幼虫は緑色に変身
その後の幼虫は緑色に変身

 大きくなった幼虫と、成虫はほぼ全身が緑色だが、冬が近づくと成虫の脚と触角は赤くクリスマス色に染まる。

脚と触角が赤いクリスマス色に変わった12月のクヌギカメムシ
脚と触角が赤いクリスマス色に変わった12月のクヌギカメムシ

(写真は過去記事を含め、特記しない限りすべて筆者撮影)

時事通信社・昆虫記者

天野和利(あまのかずとし)。時事通信社ロンドン特派員、シンガポール特派員、外国経済部部長を経て現在は国際メディアサービス班シニアエディター、昆虫記者。加盟紙向けの昆虫関連記事を執筆するとともに、時事ドットコムで「昆虫記者のなるほど探訪」を連載中。著書に「昆虫記者のなるほど探訪」(時事通信社)。ブログ、ツイッターでも昆虫情報を発信。

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