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説得力のあるリアリティが魅力 木村拓哉主演の『グランメゾン東京』が描く「今」

阿古真理作家・生活史研究家
ミシュランの星を競うレストランが体現する理想を描くドラマ。(筆者撮影)

 木村拓哉主演のTBSの日曜劇場『グランメゾン東京』は、毎週21時台に放送中である。フレンチレストランを舞台に、ライバル心、仲間意識、憧れなどを描く人間ドラマの要素と、料理のプロたちの成長物語の要素がバランスよく組み込まれている。しかも、レストランを巡るエピソードは、ドキュメンタリーのようにリアルで説得力がある。そのリアリティは、私たちが暮らす社会の現実とつながり見ごたえがある。そこで、同作がどのように魅力的なのか考えてみたい。

魅力その1

シングルファーザーなど、現代的な陰影を持つキャラクターたち。

 第一の魅力は、木村拓哉の脇を固める演技派俳優陣が演じる人物ドラマの要素である

 物語は、フランスでミシュラン二ツ星を取った店のシェフだった、木村拓哉演じる尾花夏樹の挫折から始まる。部下にも自分にも厳し過ぎた尾花は、日仏首脳会議の会食で、アレルギー食材を混入させてしまったことで店をつぶし、フランスではもちろん、日本でも仕事を干される存在になっていた。

 しかし、彼の料理にほれ込む早見倫子(鈴木京香)と出会い、東京でレストランを立ち上げ、ミシュランの三ツ星を目指すことになる。早見は食べただけで使われた調味料と作り方を当てる優れた舌を持つが、シェフとしての自身の実力には限界を感じていた。

 尾花の下で働いたことがなかった彼女は、臆することなく彼にダメ出しをする。これまで誰の意見にも耳を貸さなかった彼は、部下も気づかなかった料理の秘訣を食べただけで見抜いた早見には、敬意を払う。得意な煮込み料理に、早見が日本人好みの柚子を加えるよう提案すると、尾花はその意見を取り入れ、2人の間に本物の信頼関係が生まれる。

 尾花は日本で働く元仲間たちに「一緒に働こう」と誘うが、彼の下でさんざん嫌な思いをした誰もが、最初は厳しく断る。そんな彼らが抱える事情も、それぞれ人間臭い。

 経営も受け持つギャルソンの京野陸太郎(沢村一樹)。尾花がパリの店をつぶしたために多額の借金を背負い、尾花のライバル、丹後学(尾上菊之助)がシェフを務める二つ星の「ガク」で働いていた。オーナーの江藤不三男(手塚とおる)が、借金を肩代わりしてくれたからである。

 京野は、店の評価を上げるためミシュランの調査員にだけ上等な食材を使わせるなど、裏工作も辞さない江藤の下で働くことに疑問を抱いていた。尾花を恨んでいた京野は、その借金を立て替えてくれた早見に説得され、最高の料理を出すため妥協しない尾花と働くことを決断する。

 家庭で簡単にできるフレンチを提案する、人気WEB料理研究家になっていた相沢瓶人(及川光博)。パリ時代、尾花からパワハラまがいの指導を受け屈託を抱く彼が料理研究家になったのは、フランス人の妻が失踪したからだ。今は、母親(木野花)と同居してサポートを受けつつ、幼稚園児の娘の世話をしている。

 尾花から助言を乞われ、京野や早見からも切望された相沢。母親にそんなに求められることはありがたいと説得され、早見が出した定時退社の条件で参画することを決める。メニュー開発だけ、という条件で手伝ったとき、尾花が自分の替わりに娘の弁当を作り、父親が構ってくれない寂しさを癒してくれていたと知ったことも、相沢の心を動かした。

魅力その2

料理人たちのリアルな闘いぶり。

 二つ目の魅力は、おそらく入念に取材したと思われる、フレンチレストランのエピソードのリアリティである。

 第3話、尾花たちはジビエ料理コンテストに出場するため、シカ料理を研究する。その際、早見が尾花と相沢の熱気に当てられ、バックヤードに引き下がる場面がある。星を取る料理人は、そこまで貪欲に味を追求するのか。自分は才能以前に努力が足りなかったのではないか、と思い当たるのだ。

 ジビエ料理の開発は苦戦する。なぜなら、ガクオーナーの江藤が、使いやすいシカのロース肉を買い占めてしまったからである。京野がコネを使って手に入れたのは、筋が多いため料理が難しいモモ肉。しかし尾花は、奥の柔らかい部分だけを焼けばおいしくなるはず、とモモ肉料理に挑戦する。

 炭火焼き、油で煮込むコンフィ、真空調理法などいろいろ試した末、オーブンで低温調理するロティにたどり着く。試食した早見は「ロースに負けないくらいおいしい。むしろこっちのほうが、野性味があっておいしいかも」と言う。

 ソースの替わりにコンソメに浮かべたい、と尾花は言い出す。そして、コンソメを試作。皆が苦戦する様子に、フレンチの経験ゼロから店に入った見習いの芹田公一(寛一郎)は、そんなに難しいのかと驚く。京野の解説はこうだ。

「手順はシンプルだけど、火加減が難しいからつきっきりで見てなきゃいけないし、そのときに使う野菜や肉によって味が全然変わってくるから、技術とか知識が必要な奥の深ーい料理なんだ」

 試行錯誤の末、通常食材から出るアクを取り除くために使う卵白の替わりに、シカの血液を使おうと決める尾花。どちらも、アクを吸着させるたんぱく質を含む。シカ肉を卸すことを一度断られた、山奥のジビエ料理専門店のシェフに、皆は再度交渉しに行く。

 難しい火入れ法を早見に教え込んだ尾花は、コンテストの当日、一人ジビエ料理店へ向かい、完成した料理をシェフに食べさせる。命をいただくありがたさを、あなたの料理から知ったと言い、改めて今後食材を卸してもらう約束を取り付けるのだ。

 尾花は、言葉は悪く礼儀を知らない男に見えるが、仕事への真摯さは誰にも負けていない。そしてその料理は人を感動させる。第2話では、料理に興味ない銀行員を味で説得し、融資を取り付けている。それはもちろん、京野の交渉が土台にあったからである。こうしてドラマは、プロフェッショナルのチームワークの妙を見せつける。

魅力その3

自然派シェフと技巧派シェフの対決。

 尾花は、初回から生け垣の葉や花瓶の花など、そこにある植物をしょっちゅうむしって口に入れ、ときに料理に取り入れる。そして、ジビエ料理と出合う第3話で、いただいた食材の命を生かす料理人となることが確定する。彼が完成させた「シカのモモ肉のロティとコンソメ」は、ジビエならではの野性味を引き出した料理になっている。

 また第2話でグランメゾン東京は、国産食材を使う店とすることも決まっている。その中心は、ジビエ料理専門店シェフから届く、ジビエやキノコ、山菜になるだろう。地元の食材を使い自然を生かす料理。それは2010年代、世界の料理界に旋風を巻き起こしたコペンハーゲンのレストラン、「ノーマ」から発信されたトレンドとも合致している。

 ノーマは、野生のものを含む地元の食材を生かした料理を使う。自然との共生を大切にし、今、世界が課題としている持続可能性など環境への意識が高い。もしかすると、グランメゾン東京は、ミシュランの三ツ星だけではなく、SDGs(持続可能な開発目標)の実現を目指す店でもあるのかもしれない。SDGsは、環境への配慮はもちろん、ジェンダーの平等や、働き甲斐と経済成長の両立をも目指している。

 スキャンダルを持つ尾花は、自分は表に出ないで早見を看板に据え、自分は二番手のシェフに納まっている。それは女性が厨房のトップに立つ店にすることでもある。定時退社を条件に育児中の相沢を雇うのも、男性の育児に焦点を当てると同時に、その育児を本来拘束時間が長いレストラン業と、どのように両立させるかを伝えるだろう。

 グランメゾン東京の環境意識の高さを際立たせるのは、尾花のライバル、丹後が働くガクである。丹後の料理は加工度が高く、尾花に言わせれば「化学実験」のようである。それは、液体窒素を使い食材を泡状にするなど、機械を駆使して見た目からは想像がつかない複雑な料理を作るトレンドと合致している。これは2000年前後に世界を席巻した、スペインの「エル・ブジ」の料理をイメージしたものと言える。

 そのようなドラマが作られるのは、『プロフェッショナル 仕事の流儀』(NHK)や、『情熱大陸』(TBS系)などのドキュメンタリーで、料理人の現場がくり返し放送される時代を背景にしている。今は、仕事を描くドラマに、リアリティがなければ納得しない視聴者が増えているのだ。

 理想的な店を描くことには、社会が課題とする問題を浮き彫りにし、視聴者を啓発する作用もある。ドラマもマスメディアから発信されるものである以上、報道の役割を果たすことを、改めて気づかせる作品である。

作家・生活史研究家

1968年兵庫県生まれ。広告制作会社を経て、1999年より東京に拠点を移し取材・執筆を中心に活動。食を中心にした暮らしの歴史・ジェンダー、写真などをテーマに執筆。主な著書に『家事は大変って気づきましたか?』・『日本外食全史』(共に亜紀書房)、『ラクしておいしい令和のごはん革命』(主婦の友社)、『平成・令和食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)、『料理は女の義務ですか』・『小林カツ代と栗原はるみ』(共に新潮新書)、『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』(NHK出版新書)、『昭和の洋食 平成のカフェ飯』(ちくま文庫)、『母と娘はなぜ対立するのか』(筑摩書房)など。

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