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「ソユーズの抜けた穴をH3が埋める」可能性はあるのか? 欧州アリアンスペースCEOが語る

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
開発中のAriane6。Credit : Arianespace

2022年10月27日、欧州のロケット打ち上げサービス企業アリアンスペースのステファイズラエルCEOが3年ぶりに来日した。アリアンスペースは日本の通信衛星をこれまでたびたび打ち上げてきた日本と関係の深い企業であり、2021年12月には米欧共同のジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を打ち上げた実績を持つ。

欧州は、日本のH3と同時期に新型ロケット「アリアン6」のデビューを目指しながらもまだ実現していない背景には、コロナ禍での開発遅れなど激動の3年間があった。2022年は、ロシアによるウクライナ侵略を受けてロシアが一方的にソユーズロケットの打ち上げを中断。欧露で相互に協力関係にあったソユーズの打ち上げ事業はストップし、アリアン6のバックアップを務める予定だったソユーズはアリアンスペースの事業計画から姿を消した。低軌道通信衛星OneWebの打ち上げ中断にもつながったソユーズの抜けた穴だが、日本の三菱重工業とアリアンスペースは相互に衛星打ち上げのバックアップ契約を結んできた歴史がある。ソユーズの抜けたかわりに、H3が欧州の衛星やアリアンスペースがこれまで担ってきた商業打ち上げに参加するといったことがあるのだろうか?

3年ぶりに来日したステファン・イズラエルCEO 撮影:秋山文野
3年ぶりに来日したステファン・イズラエルCEO 撮影:秋山文野

アリアンスペースは1984年に設立され、フランスを拠点に欧州宇宙機関の開発したロケットの打ち上げを担ってきた。現在はエアバス・ディフェンス&スペースなどの傘下で大型ロケット「アリアン5」と、イタリア企業が開発した小型の「Vega」、改良型の「Vega-C」の3種類のロケットを運用している。エアバスDSはアリアン系を改良し、複数の衛星を同時に打ち上げる機能を強化した新型の「アリアン6」を開発中で、当初は2020年に初打ち上げを予定していたが、先月の発表で2023年第4四半期に延期された。

2022年初打ち上げに成功したVega-C Credit : Arianespace
2022年初打ち上げに成功したVega-C Credit : Arianespace

Credit : ArianespaceCCredit : Arianespaceredit : Arianespace

ロシアがソ連時代から開発運用するソユーズは、大型のアリアンシリーズとVegaの中間に位置する中型のロケットだ。多数の人工衛星から宇宙船まで、改良を重ねながら安定して打ち上げられてきた実績を持ち、欧露の協力関係のもとでアリアンスペースが運用していた。衛星の求める軌道に合わせて高緯度ではカザフスタンのバイコヌール宇宙基地、極東のプレセツク宇宙基地、赤道付近では南米のギアナ宇宙センター(仏領ギアナ)と幅広い運用が可能だ。ソ連崩壊後のロシアの宇宙ビジネスの中核となってきた存在だったが、それはロシアによるウクライナ侵略が始まるまでのことだ。

2021年のアリアンスペースの年間打ち上げ実績は15回。イズラエルCEOによれば「長年のNASAとの協力関係のもとに行われた2021年12月のJWSTの打ち上げでは、NASAの要求水準を超える精度を実現した」という。2020年以来のコロナ禍によりアリアン6開発の遅れや欧露協力の火星探査計画「エクソマーズ」が延期されるなど障害はあったものの、月間1回を越える頻度を実現し、2022年にもその勢いを引き継ぐはずだった。「15回のうち9回はのソユーズの予定だった(イズラエルCEO)」といい、欧州の測位衛星網「ガリレオ」の衛星2機もソユーズで打ち上げる予定だった。

アリアン6はAmazonが計画する全3300機の低軌道通信衛星「プロジェクト・カイパー」と18回の打ち上げの契約を結んでいる。同じく低軌道の通信衛星OneWebは6回の打ち上げを計画。初号機の打ち上げ成功前から契約を受注しビジネスを前に進めるやり方は、アリアンスペースが設立されアリアン1が米国の通信衛星インテルサットの打ち上げを獲得したときからだ。ソユーズというバックアップがあることで、裏付けも得られる。

このバックアップから計画が崩れてしまったのは大きな痛手だった。2022年3月には、OneWebの通信衛星36機を搭載したソユーズがバイコヌール宇宙基地でまさに打ち上げられようとする直前にロケットはロゴを取り去られ、衛星は行方不明になり400億円近い損失を出した。アリアンスペースは急遽、OneWebのために代替打ち上げ手段をアレンジする作業に追われた。その一部はインドの大型ロケットGSLVに移され、複数の衛星を搭載する機構などをアリアン側から支援して10月に無事に打ち上げられた。

2023年、2024年に入っていたアリアンスペースのバックオーダーは急遽、他のロケットに振替を強いられる。日本に関係の深い衛星でいえば、日欧共同の地球観測衛星EarthCARE(アースケア)はなんとか欧州のロケット搭載を維持してVega-Cに移動。9月にNASAの小惑星衝突ミッション「DART」が軌道を変更した小惑星ディディモスとディモーフォスを観測する探査機で、日本の「はやぶさ2」チームがカメラを提供する探査機「Hera」はなんとライバルともいうべきスペースXのFalcon9に移動となった。2024年のアリアンスペースはすでにフルブッキングの状態だといい、欧州のロケット利用を理想としながらも実現しなかったのだ。

こんなときにはどうしても、ここで日本のロケットが協力できれば実績を積めるのに、と思ってしまう。現にインドのGSLVはアリアンとの協力のもとで、これまでの超小型衛星とは異なる、より大型のOneWeb衛星36機を同時に軌道投入した実績を手にした。同じことが日本のH3でもできればと、その可能性があるのかイズラエルCEOに疑問をぶつけてみた。

「H3のバックアップも十分に有り得ることだと考えている。1990年代から日本とは協力関係があり、三菱重工は競争相手というだけでなく協力できる相手だ。ただし、現実にはH3もかなりいっぱいいっぱいという事情があり、協力が実現するには調整がかなり必要だ。衛星のユーザーと日本政府、アリアンスペースが協議する必要がある」(イズラエルCEO)との回答だった。アリアン側には十分に可能性のある選択肢でも、日本側に受け入れるキャパシティがないのでは? とやや突き放されているようにも思える。

アリアンスペース東京事務所代表の高松聖司氏は、「(ガリレオなど)政府系衛星の打ち上げについては、欧州ロケットの使用が最優先事項だが、商業衛星コンステレーションの場合はMHIとの協力はありうると考えている。アリアン側は気持ちの上では歓迎だ」と補足。常に打ち上げ機会を求めている衛星コンステレーション、たとえばAmazonのカイパー衛星をH3で打ち上げるといったことならば考えられる上に商業受注にはずみがつくともいえそうだ。

仏領ギアナの射場では、Ariane6の射点近くにロケット機体を保管する施設を新設する。Credit : Arianespace
仏領ギアナの射場では、Ariane6の射点近くにロケット機体を保管する施設を新設する。Credit : Arianespace

11月7日、JAXAと三菱重工のチームは種子島でH3ロケットの1段実機型タンクステージ燃焼試験(CFT)を実施した。試験の評価は現在進められているところだが、実際のフライト用エンジンを搭載した燃焼試験は予定の燃焼時間をクリアし、11月中には地球観測衛星「だいち3号」を搭載した1号機の打ち上げ予定が決定される見通しで、H3は市場へのデビューが見えてきた。しかし最終的には日本側がチャンスを掴みにいくという意志がなければ難しい。ソユーズ運用の中断という奇禍をチャンスに変えられるのか。それを判断するのは、複数衛星の搭載機構や製造したロケット機体の保管設備など、高頻度打ち上げに備える要素が見えてくるかによって判断されるだろう。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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