2022年1月21日、JAXAは、新たに開発中の基幹ロケット「H3」 第一段エンジンとして新たに開発中の「 LE-9」技術的課題への対応のため、2021年度中としていたH3試験機1号機の打上げを見合わせると発表した。1号機に搭載予定の地球観測衛星「だいち3号(ALOS-3)」の打ち上げは「調整中」となった。

H3ロケットは1号機の機体がすでに完成し、フライト用のエンジンを搭載した種子島宇宙センターでの試験と打ち上げを控えた段階だったが、いったん足踏みを強いられることになる。新たな打ち上げ時期は未定で、JAXAは今後できるだけ早期に新たなスケジュールを発表したいとしている。

H3ロケット開発のこれまで

H3ロケットは、現在の主力ロケット「H-IIA」に変わってJAXAと三菱重工業が開発中の液体ロケット。全長約63m、コアロケット直径は約 5.2m、固体ロケットブースタ(SRB-3)直径は約 2.5mで、新規開発の第1段エンジン「LE-9」の数とフェアリングの長短、固体ロケットブースタの本数によって数種類の形態を持っている。エンジン+固体ロケットブースタの組み合わせでは、エンジン3式+固体ロケットブースタなし(H3-30S)、エンジン2式+固体ロケットブースタ2本(H3-22L)、エンジン2式+固体ロケットブースタ4本(H3-24L)といったバリエーションがある。「打ち上げコストがH-IIAの半額を目指す」といわれるのは、H3-30Sが定常運用となった場合の目標だ。また、H3-24Lでは静止衛星の打ち上げに利用される静止トランスファ軌道に6.5トン以上の搭載が可能になる。

出典:JAXA 2022年1月21日記者説明会「H3ロケット第1段エンジン(LE-9)の開発状況について」
出典:JAXA 2022年1月21日記者説明会「H3ロケット第1段エンジン(LE-9)の開発状況について」

試験機1号機はダミーではなく「だいち3号」を搭載して2020年度の打上げを目指していたが、第1段エンジン「LE-9」の認定試験でに発生した不具合への対策のため、2021年度の打ち上げとする開発計画に延期されていた。不具合は、第1段エンジンの燃焼室内壁に高熱による穴があいたこと、エンジンに推進剤を送り込む心臓部ともいえる「ターボポンプ」について、液体水素ターボポンプのタービンで強度が低下した問題だった。

H3試験機1号機のコア機体。撮影:秋山文野
H3試験機1号機のコア機体。撮影:秋山文野

一方で、エンジン以外の部分は開発が進み、2021年1月には愛知県の工場から出荷されて種子島宇宙センターへ移動、2021年3月には機体に試験用エンジンとフェアリングを統合した試験が行われていた。2021年後半にはフライト用エンジンを搭載してもう一度試験が行われる予定だったが、実施の情報はないまま2021年度末が迫り、スケジュールが懸念されていた。

開発大詰めでエンジニアを足踏みさせたエンジン内の振動問題

あと一歩、というところでH3開発チームを苦しめている問題について今日の会見で判明したのは、2つの事象のうち片方については解決の目処が見えたももの、もう片方については新たな不安要素が見えてきた、というものだった。「燃焼室内の開口については対応策を確立できた」(JAXA 岡田匡史H3プロジェクトマネージャ)という。しかし、2種類のターボポンプのうち液体水素ターボポンプ(FTP)について一部の振動の問題を解決したところ、別種の問題が発生。もう一方の液体酸素ターボポンプ(OTP)にFTPの改善策を応用して改善を図ったが、別種の不安要素が浮上して対応を迫られることになった。以下、岡田プロジェクトマネージャの解説を要約する。

燃焼室内の開口について

燃焼室内壁の開口について起きた現象とは、燃焼室の内面に約500 本の溝が掘ってあり、その14 箇所に長さ1cm、横幅0.5ミリメートル程度の穴が開いたというものでした。

発見当時は、原因がエンジンの始動・停止中なのかあるいは正常燃焼中のどちらかということが判別がつかないという状況でした。その後、技術データ取得試験を2020年11月から計9回行い、さまざまな燃焼状態で燃焼室の内壁のすぐ近くでは『温度がどうなっているのか』ということを特別な装置で測っています。また、燃焼試験後に燃焼室の内面をくまなく観察し、原因を突き止めてきました。技術データ取得試験で、以前に認定試験で起きた事象が再現できています。

試験データの評価とスーパーコンピューターを持ちいたシュミレーション行い現象の絞り込みをしたところ、これ定常燃焼中に内壁に繰り返して高温の温度サイクルがかかることにより、塑性変形が進んでいくと、最終的に開口するということを突き止めました。試験データでも、またシミュレーションでも同じような温度で起きるということまで突き止めています。

対応策として、壁面の変形は温度が高い状態で繰り返しサイクルがかかることでで進展していきますので、その状態を作らないということが最も重要です。

したがって壁の上限である約1100 ケルビン(※)以下で作動させるという対応策を確立しました。試験機1号機では十分に余裕があり、また試験機2号機以降は、部品を機械加工から3Dプリンターに切り替えて検証していきたいと考えています。燃焼室内壁の開口につきましては、およそめどがあったと言えると思います。※筆者注:摂氏約830度

液体酸素/液体水素ターボポンプについて

次にターボポンプにつきまして。ターボポンプには水素と酸素の2つがあり、うち水素のターボポンプの第2段動翼(タービンの一部)に疲労破面が見つかりました。これは共振によって疲労が蓄積進行したというところまで突き止めていました。対応策として、タービン動翼の構造固有値を調整して共振が起きないような状態にする、運転領域から除外するということを行いました。

新たな手法「翼振動試験」を用いて、これは非常にチャレンジングで振動試験そのものが本当にできるのか、というところから始まりましたが、何とか試験の手法は確立できました。回転する翼のところに歪みセンサーを貼り、非接触の形で電源を供給してデータを受信するという形をとっています。これによって翼の振動がどうなってるかということをダイレクトに測ることができるようになってきました。

その共振がどんな原因で、またモードだったのかということを特定しています。結果として、水素と酸素のターボポンプそれぞれに対してケアしないといけない事情が見つかってきています。まず水素ターボポンプ(FTP)の方では、2020年5月のFTPタービン疲労破面の主原因である翼列に由来するの共振を回避して、翼振動計測試験にて改善効果を認めたところです。その後、第1段のタービンのディスク(土台部分)にフラッタという現象が生じました。

共振といいますのは、物体が外からの振動と同期してさらに大きく振れる現象です。物体にはそれぞれその個性がありまして、ある周波数で振れると、非常に大きく振れることがあります。振動の仕方によってさまざまなモードがありまして、翼が前後にお辞儀をするような格好になったり、ねじれたりします。フラッタとというのは、ある構造に対してその周りの流れと構造自体が連成して、自分自身が振れていく自励振動です。

そして酸素ターボポンプ(OTP)につきましては、翼振動試験をすることにより、以前から生じていた振動応答を掴み、措置をするべきであるということがわかりました。酸素ターボポンプで以前から生じていた振動応答と言いますのは、タービン入り口の流れの不均一が原因であろうというところまで推定しています。

こうした現象への対応策として、加振源の調整ということをします。加振される力を減らすということですね。ちょっと翼の形を変える、あるいは土台をしっかりさせる、または減衰力の強化ということでダンパーによって、振動を緩めるような力を働かせる仕組みをバランスよく設計変更の中には織り込んでいく必要があります。2020年の5月に課題が発生してからいろいろ取り組んできました。実際に設計変更をして、2021年6~7月あたりで改善効果も確認できましたが、一方でフラッターが見て取れました。

短時間でなんとか手が打てないかということで、設計修正の追加と、改めて10月に試験をし、その効果を11 月、12 月をかけてしっかりと検討してきたという状態です。まとめますと、2020年5月の認定試験で認められた2つの事象のうち、燃焼室内の開口については対応策を確立できました。ターボポンプにつきましては、一定のメドは得たものの、確実な打ち上げを行うことに関してさらなる対応が必要です。ステップバイステップで段階的に対応し、認定試験を行って試験機一号機の打ち明けに臨みたいと思い、当面はLE-9 エンジンの開発に集中していきたいと思っています。

出典:JAXA 2022年1月21日記者説明会「H3ロケット第1段エンジン(LE-9)の開発状況について」
出典:JAXA 2022年1月21日記者説明会「H3ロケット第1段エンジン(LE-9)の開発状況について」

出典:JAXA 2022年1月21日記者説明会「H3ロケット第1段エンジン(LE-9)の開発状況について」
出典:JAXA 2022年1月21日記者説明会「H3ロケット第1段エンジン(LE-9)の開発状況について」

出典:JAXA 2022年1月21日記者説明会「H3ロケット第1段エンジン(LE-9)の開発状況について」
出典:JAXA 2022年1月21日記者説明会「H3ロケット第1段エンジン(LE-9)の開発状況について」

会見の印象ではあるが、岡田PMの説明は全体に対応に手間のかかる、エンジン内の不安要素をひとつひとつ潰していくことに時間がかかっている、と感じられた。一例では、「タービンの設計では、解析ひとつ取ってみても1ケースを流すのにスーパーコンピューターでおよそ2日かかります。1カ所の設計で20ケース必要となると、40日かかるわけです。またタービンの製造に関しても、タービンというのは非常に硬い材料でできていて、1枚の翼を削るのに大体数時間ほどかかります。翼が200枚だとすると、およそ1ヶ月かかってしまいます」(岡田プロジェクトマネージャ)といい、時間短縮には限界がある。振動という、高速で回転する機構では避けられない問題に確実さを求める中で、スケジュールに厳しい局面に入っている。打ち上げを待っている「だいち3号」は、国土全体を観測するという重要なミッションを控えていて遅延が歓迎されるわけではないが、ここは待つしかない正念場のようだ。