2021年9月、中国の3人の宇宙飛行士が宇宙ステーション滞在を終え、地球に帰還した。独自の有人宇宙ステーション構築、測位衛星網「北斗」の完成、月・火星の着陸探査など中国は高速に、大規模に宇宙開発を進めている。鍵になる宇宙輸送システムについて、2045年までの構想がアメリカの学術出版社のオンラインジャーナルに掲載された。

「中国の宇宙輸送システムの包括的なパフォーマンスを2035年までに世界を凌駕するレベルに」という目標を持つ構想には、再使用ロケットや高出力電気推進、原子力推進などの開発が含まれている。また宇宙輸送の利用には、月基地の建設や宇宙太陽光発電などの構想も含まれている。2021年6月29日付けで米国科学振興協会(AAAS)の『Space:Science & Technology』誌に掲載された文献から紹介する。

Prospects for the Future Development of China’s Space Transportation System

中国の宇宙技術広報戦略

「中国の宇宙輸送システム発展の将来展望」と題されたこの総説論文紹介に先立って、掲載された文献の背景に触れる必要がある。「宇宙:科学と技術」(以下:SST誌)というジャーナルは、科学誌『Science(サイエンス)』の発行元である米国科学振興協会から発行され、北京理工大学(BIT)と中国空間技術研究院(CAST)が運営している。

アメリカの学術出版社で中国の研究組織がオンライン科学技術ジャーナルを運営するという仕組みはややわかりにくいが、これは2017年11月に開始された「サイエンス・パートナー・ジャーナル(SPJ)」という制度による。SPJは、AAASと中国科学技術協会が協力して発行する高品質のオンライン、オープンアクセスジャーナルという枠組みで、宇宙に限らずライフサイエンス分野なども扱っている。

SST誌は2021年2月ごろから論文の掲載が始まり、宇宙輸送戦略のほかに、2020年12月に月の物質を採取して帰還した探査機「嫦娥5号」の再突入システムに関する論文や、太陽系探査ミッションに応用する原子力推進に関する論文などが掲載されている。宇宙探査を支える宇宙工学に関するジャーナルと考えられる。

今回紹介する総説論文は、宇宙輸送戦略とはいってもロケットのコア技術に関する機微な情報が載っているようなものではない。どちらかといえば、再使用ロケットエンジンの開発目標や宇宙での推進剤の蒸発防止技術、輸送規模の目標など、2045年までに獲得すべき宇宙輸送技術を列挙したというようなものだ。「中国はこれから宇宙でこの技術を手にする」という意思表明に近い。

とはいえ、中国国内向けに表明するのではなく、アメリカの(そして世界的な)学術出版社から英語で発表するというところに意味がある。小惑星探査機「はやぶさ」プロジェクトに参加した惑星科学者の寺薗淳也さんによれば、「中国の学術コミュニティを国際化するという目的が考えられます。以前から中国が国際学会を開催する際には、私も含めて海外の研究者に招待状が届くということがありました。中国国内で学会を開催しつつ、若手の研究者に国際学会での経験を積ませることができるわけです。英語でジャーナルを発行するという手法そのものは正統的ですし、中国の科学者が国際的な学術出版で経験を積むことができます」という。

また、「科学誌『サイエンス』のブランドを借りることで英語圏のメディアに認知される可能性も高く、もし中国に対して好意的な内容で取り上げられれば、『中国は国際的にこのように評価されている』と中国国内向けに発信されるソースにもなり得ます。また中国は、先進国から途上国まで、中国について言及されたメディアをたんねんに収集しています」(寺薗淳也さん)と、科学技術広報戦略としても意味を持っていることがうかがえる。

英語の科学ジャーナルを創設、運営して科学分野での人材の育成、認知向上、発信を行うという手法は中国だけに限った手法というわけではない。宇宙科学の分野では、「日本地球科学連合が学術出版社シュプリンガー・ネイチャーから『Progress in Earth and Planetary Science』というオープンアクセスジャーナルを発行しています。ただ、一学会の努力によって運営される日本と、国有企業が支援する中国の方法ではバックアップの規模感が違いますね」(寺薗淳也さん)という。

総合科学誌『Nature』を発行する学術出版社からジャーナルを発行するというところでは日本も同じ手法をとっているが、資金面の支援には中国と違いがあるようだ。オープンアクセスジャーナルは論文著者が掲載料を支払うという運営手法だが、SST誌ではこの掲載料が2023年6月まで無料なのだ。2023年7月以降も途上国の著者には掲載料の全額免除を表明している。サイエンス誌のブランドのもとで、豊富な資金を投入してジャーナルの魅力と存在感を高める戦略に見える。

今後は、論文評価の指標となる引用の伸びが注目点だと寺薗さんは指摘する。「宇宙輸送戦略の論文掲載は今年の6月末ですが、プレスリリースで告知されたのが9月後半ということなので、年末にかけて今後3カ月くらいでどの程度まで引用されるか注視したいところです」といい、ジャーナルの存在感が数字で現れてくる部分だ。

2045年までに中国は宇宙輸送分野で何を獲得しようとしているのか

出典:「Prospects for the Future Development of China’s Space Transportation System」より
出典:「Prospects for the Future Development of China’s Space Transportation System」より

それでは、中国が宇宙輸送の分野で何を獲得しようとしているのか論文からまとめてみる。

現在までの成果

まず、これまでの宇宙輸送システムの成果を中国はどのように評価しているのか。中国は1970年2月に衛星打ち上げロケット「長征1号」に搭載した人工衛星「東方紅1号」の打ち上げ以来、「長征」ロケットをシリーズを開発、運用している。現在でも衛星打ち上げの主力を担っていた液体ロケットの長征2号、長征3号、長征4号に加え、固体ロケットの長征11号、液体・大型の長征5号、長征6号、有人打ち上げを担う液体ロケット長征7号など新世代ロケットが投入されつつあり、使い捨てロケットの面では「宇宙輸送のほぼ完全なシステムが構築されている」段階だという。

ここまで獲得した技術として、「4800 kNの高圧二段燃焼サイクル 液体酸素/ケロシンを推進剤とするエンジン」「2200 kN高圧二段燃焼サイクル 液体酸素/液体水素を推進剤とするエンジン」「極低温上段エンジン」などが列挙されている。また米国の大型ロケット「デルタ4」に匹敵する直径5メートルのロケット本体、再使用ロケットエンジンの基礎、24時間以内に打ち上げ準備が可能な即応性、打上数の大幅増加、Ka帯による打ち上げ管制などを実現してきた。

出典:「Prospects for the Future Development of China’s Space Transportation System」より
出典:「Prospects for the Future Development of China’s Space Transportation System」より

新世代ロケットの輸送能力目標とヒドラジン燃料からの脱却

現状の上に中国が目指す方向の第一は、有人および大型ロケットの世代交代の完成だ。人体に有害な燃料のヒドラジンを使用していた長征2、3、4号から、長征5号以降のケロシン、液体水素といった安全な燃料を使用するロケットへの転換をさらに進める。アルミリチウム合金や複合材料といった新素材も取り入れる。

2025年まで:GTO(静止トランスファ軌道)へ7トン以上の輸送能力を持ち、有人月探査ミッションを可能にする、次世代型有人ロケットの初飛行を達成。現状のエンジン性能を改善し、比推力、推力重量比、推力調整機能といった主要な性能指標を増強する。

2030年まで:有人月面基地の建設を可能にする大型ロケットの初飛行達成。

2035年まで:新型の高推力(約500トン)の再使用可能エンジンを実現する。高推力の液体酸素/ケロシン、液体酸素/液体水素エンジン、および高推力の固体モーターの開発を実現する。

再使用ロケットの開発

論文では、米欧などの宇宙輸送の方向性を分析しており、スペースXなどが持つ再使用ロケットの技術を「宇宙輸送システムにとって重要な方向性」と位置づけている。欧州で検討されている有翼再使用ロケットなども視野に入れ、2030年代にロケット全体の完全再使用を実現するとしている。

2025年まで:ロケット第1段回収の実現。2021年中に水平着陸の主要技術の実証を行い、水平および垂直着陸技術の実証を開始する。エンジンの複数回点火や圧力などの重要な課題を解決する

2035年まで:使用回数10~50回程度のロケットの完全再使用の実現。高推力(約500トン)の再使用可能なエンジンの実現。

2045年まで:再使用宇宙輸送システムの能力の確立。

軌道上輸送能力の拡大

地上から宇宙へ移動するロケットだけでなく、軌道上での応用分野の拡大も宇宙輸送の方向性として示されている。最初に挙げられているのが「宇宙太陽光発電(SSPS)」だ。宇宙では太陽光を24時間利用できることから、軌道上の発電衛星の巨大な太陽電池パネルで生み出した電力をマイクロ波などで地上に送るという構想だ。ただし、静止軌道上に数キロメートルにも及ぶ発電衛星システムを構築する必要があり、質量約340トンの国際宇宙ステーション以上の質量を輸送可能にする必要がある。軌道上で大規模構造物を実現するには、軌道上で作業するロボット衛星などが資材を運んだり組み立てや修理を行ったりといった、宇宙での長期間の作業が求められる。月を拠点にした火星有人探査といった場合にも、宇宙の拠点から別の目標へ移動する軌道間輸送技術が必要だ。

2025年まで:軌道上でのマルチトン往復輸送能力を実現する。軌道上での極低温推進剤の蒸発制御などの主要技術にブレークスルーを達成し、1週間以上の長期の軌道上飛行実証を実現する。

2035年まで:大規模な高軌道および低軌道の再使用可能な輸送能力を備える。低温推進剤の軌道上補給などの主要技術にブレークスルーを達成し、推進剤補給、保守、モジュール交換といった軌道上サービスを実現する。

2045年まで:宇宙資源の開発と利用、および深宇宙での有人探査を実現する高出力の電気推進、デトネーション推進、原子力推進などの新技術の研究を継続する。信頼性と安全性の高い小型原子力エンジン技術に画期的な成果を達成し、原子力推進やその他の新エネルギー宇宙輸送システムの軌道上飛行実証を実現する。

商用・低コストロケットの実現

ここまでは、中国の政府系衛星の打ち上げや宇宙ステーション構築、月面探査、火星探査などに関係する主要なロケットに関する記述が中心だった。論文の末尾では、通信衛星コンステレーションやリモートセンシング、サブオービタル宇宙旅行といった商用宇宙利用向けの宇宙輸送システムについても簡単にだが触れられている。

宇宙分野での市場の需要に応えるよう小型固体ロケット「捷竜(Smart Dragon)」や長征11号、長征8号といった商用ロケットの開発を進め、費用対効果の向上や短期間での打ち上げなどを実現するというのがその方向性だ。

中国は高速に宇宙開発を続け、多用なラインナップの宇宙輸送システムを実現しつつある。失敗もまだあり、9月27日には1日に2回衛星を打ち上げたものの、長征3号Bで打ち上げた試験10号衛星は、ロケットからの分離後に何らかの異常が生じていると報道された。情報公開という点では姿をつかみにくい中国の宇宙開発だが、アメリカの学術出版という方法を通して英語での認知を広げようとしている姿勢がうかがえる。中国側が見せたい情報が掲載されていると考えるべきではあるものの、知る手がかりとして注視したい。