2021年5月24日、米国の非営利学術団体「米国科学アカデミー(National Academy of Science:NAS)」は、設立以来158年の歴史で初めて、会員で系外惑星の発見で知られる天文学者、ジェフリー・マーシー氏を過去のセクシャルハラスメントにより除名処分としたことがわかった。5月27日付の米科学誌サイエンスが報じた。

NASは、1863年にリンカーン大統領の根拠法署名により設立された自然科学分野の非営利学術団体で機関誌「PNAS(米国科学アカデミー紀要)」を発行する。優れた業績を挙げた科学者を毎年選出し、2400名以上の米国人会員と外国人会員を合わせ、約3000名が所属する。約190名のノーベル賞受賞者が含まれるNASは、科学分野で政府への助言機能を持ち、研究者にとっては世界でもトップクラスの栄誉の一つとされている。

NAS会員の任期は終身で、設立から150年以上に渡って除名処分の規定はなかった。2019年に「NAS運営評議会が、セクハラの証明された事例を含む、新たな行動規範への最も悪質な違反についてメンバーシップの取り消しを許可する」と規定を修正した。サイエンス誌の報道によれば、マーシー氏の除名処分は新規定導入後最初の例であり、NASの歴史でも初の例だという。

ジェフリー・マーシー氏は、米国出身の天文学者。1995年にミシェル・マイヨール博士とディディエ・ケロー博士が太陽系外の恒星系が持つ惑星、「系外惑星」を発見した後、独立した観測でその存在を裏付けた。トランジット観測法と呼ばれる手法で多数の系外惑星を発見し、NASAのケプラー宇宙望遠鏡のプロジェクトにも参加した米国でも著名な天文学者の1人だった。今回の除名処分で、マーシー氏は業績ではなく不名誉な意味で科学史に名前を残すこととなった。

2015年、BuzzFeedは、マーシー氏が所属していたカリフォルニア大学バークレー校で、10年以上にわたり女性研究者や学生に対してキスや体を触るなどのセクハラを繰り返していたと報道した。同校の調査でセクハラの行為があったことが認定された後、マーシー氏はカリフォルニア大学バークレー校を辞職している。マーシー氏は、サイエンス誌に対し「私の愛想よく、感情豊かな人との接し方は間違いなく誤解を与え、不適切なコミュニケーションは自分の落ち度だ」とした上で、「故意に誰かを傷つけたり、苦痛を与えようとしたことは決してない」とセクハラの意図を否定するコメントをしている。

2019年にマイヨール、ケロー両博士が系外惑星発見の功績でノーベル物理学賞を受賞した際、同分野で受賞候補と見られていたマーシー氏が受賞しなかったのは、長年にわたる継続的なセクハラの発覚が影響しているとの見方もある。マーシー氏はまた、「5年以上に渡って、学会組織からは完全に離れている」ともコメントし、学術機関で研究していないことを示唆した。しかしサイエンス誌と英科学誌ネイチャーの報道によれば、カリフォルニア州の非営利天文団体に所属し、2021年5月26日付でプレプリントサーバ「arXiv」に投稿された論文の共同執筆者としてマーシー氏の名前があり、研究活動を継続していると見られる。

NASに対して、マーシー氏以外にも所属機関からセクハラでの処分を受けた科学者に対する調査要求の申し立てが提出されているという。しかし、NASには正式な調査のためのリソースがなく、他の組織の調査報告に依存しているといった事情もある。申し立てを行った科学者は、マーシー氏の除名処分は第1歩と評価しながらも、セクハラを許容してきた風土に対して是正の力が弱いのではないかとの批判も展開している。

一方で、NASAの場合は、その研究資金を利用するPI(研究責任者)とCo-I(共同研究者)に対し、セクハラ発覚の際の報告を義務付けている。報告は発覚から10営業日以内の期限が設けられ、報告の評価によって研究資金の停止または削減があり得る。適切に制度が運用されているか、という評価は必要だが、制度上は研究資金の供給によって研究活動を制限し、セクハラとセクハラの隠蔽を防ぐ仕組みが存在する。

マーシー氏のセクハラ問題を最初に報じたBuzzFeedの記事にも、またNAS除名を報じたサイエンス記事にも、「著名で多くの研究資金を獲得してきたスター研究者は、長年セクハラの問題から庇われてきたのではないか」との批判が含まれている。研究活動の制限と名誉の剥奪は、根深い問題の是正には両方揃ってこそ機能するのではないかとも思われる。