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レーダー衛星画像でモーリシャス重油流出 被害の範囲を知る

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
Credit: EU, Copernicus Sentinel data

2020年7月25日、インド洋のモーリシャス共和国で日本のばら積み貨物船「WAKASHIO(わかしお)」が座礁し、重油流出事故が発生した。被害範囲の観測には、レーダーで海面の油膜を捉える衛星データが役立つ。今回、欧州のレーダー衛星が公開している画像を元に、衛星データ解析企業の協力を得て重油の広がりを推定した。

「わかしお」は、日本の長鋪(ながしき)汽船が所有し商船三井が運航するばら積み貨物船。現地時間の7月25日にモーリシャス島南東部のサンゴ礁で座礁し、8月6日以降に約4000トン搭載していた燃料の重油が流出しはじめた。重油はモーリシャス島の海岸に漂着し、マングローブ林に入り込んでいるほか、サンゴに付着するなど長期にわたる環境被害の発生が懸念されている。

国際協力機構(JICA)が国際緊急援助隊・専門家チームを派遣し、第二次隊の7名は8月19日に日本を出発する予定だ。8月15日報道の第一次隊のコメントによれば、「貨物船から北に10キロ先でも油が流れ着いているのを確認した」という。

こうした海上事故による油の流出被害は、流出規模が大きくなると油の回収に時間がかかり、環境、漁業などへの被害が拡大し長期化するおそれがある。まずは重油の広がりを「面」で把握することが必要だが、海岸で人力による確認は多大な労力が必要な上に、情報にばらつきもある。航空機ならば広範囲の確認が可能だが、コストや天候の問題も考慮しなければならない。

衛星データによる油流出の範囲計測は、広域を低コストで把握できること、また事故発生前の状態との比較、事故後の時系列的な変化のモニタリングが可能だ。特にレーダー波の反射で地表の形状を捉える「合成開口レーダー(SAR)」衛星は、雲を通して観測できる特徴があり、天候の制約を受けない定期モニタリングが可能だ。

海上に油の膜が広がるとレーダー波の反射が弱まることから、画像上は暗く見える。この特徴を活かして油の流出を検出する手法が知られている。レーダー衛星は日本の「だいち2号(ALOS-2)」や「情報収集衛星」をはじめ各国が運用しているが、定期的に観測したデータを無償公開している衛星には、欧州が運用する「Sentinel-1(センチネル1)」衛星がある。

センチネル1衛星の画像は、事故前の7月17日、座礁から4日後の7月29日、16日後の8月10日のものが公開されている。画像を比較すると、サンゴ礁のすぐそばには「わかしお」の船体と、重油抜き取りなどの作業をしていた作業船らしき小さな船体が白く見え、そこから海岸に向かって黒く伸びる重油の帯が見えるようになる。

レーダー衛星画像が捉えたモーリシャス島の重油流出の広がり

2020年7月17日(座礁事故前)

センチネル1衛星による座礁事故前の現地の画像。撮影時刻は01:37:53 UTC(現地時間午前5時37分ごろ)。

Credit: European Union, contains modified Copernicus Sentinel data 2020
Credit: European Union, contains modified Copernicus Sentinel data 2020

2020年7月29日(座礁事故後4日)

座礁から4日、サンゴ礁のそばに「わかしお」船体が白く見える。撮影時刻は01:37:54 UTC(現地時間午前5時37分ごろ)。

Credit: European Union, contains modified Copernicus Sentinel data 2020
Credit: European Union, contains modified Copernicus Sentinel data 2020

2020年8月10日(座礁事故後16日)

座礁から16日、わかしお船体から流出した重油とみられる帯がモーリシャス島の海岸に向かって黒く伸び、広範囲に確認されるようになる。撮影時刻は01:37:55 UTC(現地時間午前5時37分ごろ)。

Credit: European Union, contains modified Copernicus Sentinel data 2020
Credit: European Union, contains modified Copernicus Sentinel data 2020

8月10日画像の拡大図

Credit: European Union, contains modified Copernicus Sentinel data 2020
Credit: European Union, contains modified Copernicus Sentinel data 2020

重油はどこまで広がったと考えられるか

AI(深層学習または機械学習)による衛星画像の解析を行い、レーダー衛星を使った海上のオイルスリック検出や、JAXAの委託による北海道胆振東部地震の土砂災害解析などで実績を持つRidge-i(リッジアイ)の協力を得てセンチネル1画像を確認してもらった。

2020年8月10日のレーダー衛星画像を元にした油膜のヒートマップ画像。赤い部分は重油の可能性が高い。

Credit: European Union, contains modified Copernicus Sentinel data 2020 画像作成: Ridge-i
Credit: European Union, contains modified Copernicus Sentinel data 2020 画像作成: Ridge-i

リッジアイ作成による、流出した重油とみられる部分のヒートマップ画像では、船体から北西方向に伸びる主要な油膜の帯のほかに、船体の北東にもう1本の帯が見える。これが油膜の帯かどうかについては、「形状および差が大きい点から、 可能性が高いです」(リッジアイ 柳原尚史氏)という。さらに北にも重油が海岸に漂着していることがうかがえる。「画面北端の沿岸部も気になります」(同 柳原氏)とのコメントの通り、画面上端の近く、岬を越えた地域にも重油が漂着している可能性もある。このことから、海岸に沿って10キロメートル以上の範囲で重油の除去が必要になる可能性も出てきた。

※公開された衛星画像を元に蓋然性を示した図となります。現地情報による検証を行ったものではありません。

2020年8月16日、現地時間午前10時30分ごろの光学衛星画像。「わかしお」の船体が2つに分断された様子がうかがえる。

Credit: European Union, contains modified Copernicus Sentinel data 2020
Credit: European Union, contains modified Copernicus Sentinel data 2020

センチネル1衛星は、12日おきに同一地点を観測することができる。データ公開ペースが観測頻度と一致していることから、次回の観測は8月22日、公開はその翌日以降と考えられる。8月15日に「わかしお」船体が2つに割れ、船体に残っていた機械油など100トン近い油がさらに流出することが懸念されている。流出の拡大や回収作業の進行状況を知るため、継続的なモニタリングが必要だろう。また、今後の環境への被害状況を知るためには、例えばサンゴの白化を光学衛星(可視光や赤外線で観測する衛星)データから解析するといった手法の活用も考えられる。長期にわたり、衛星からの情報も活用した支援を続けることが必要だ。

取材協力:株式会社Ridge-i

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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