小惑星探査機「はやぶさ」帰還記念日に振り返る、10年間の科学的成果

小惑星探査機「はやぶさ」(MUSES-C)クレジット:池下章裕

10年前の2010年6月13日22時51分ごろ、JAXAの小惑星探査機「はやぶさ」が7年の航海を終えて地球に帰還、大気圏に再突入した。未踏の小惑星イトカワへ航行し、フライバイ観測(通り過ぎながら観測)ではなく小惑星の周辺に留まって詳細な観測を行い、表面の物質サンプルを採取して持ち帰る……という一連の目標を、世界で初めて成功させたのが「はやぶさ」だ。

もともと、小天体を探査する技術を磨くという目的で計画されたのが「はやぶさ」。初めての挑戦が続いた探査機は、姿勢制御装置の故障、小型探査ロボットの投下失敗、通信途絶、航行のカギであるイオンエンジンの故障と多くのハードウェアのトラブルを乗り越えなくてはならなかった。中でも、小惑星に弾丸をぶつけて表面の物質を巻き上げるサンプル採取装置から、肝心の弾丸が発射されなかったことは大きかった。このため、サンプル採取が危ぶまれたが、帰還後の2010年7月、小惑星の表面から巻き上げられた物質の微粒子がサンプルコンテナ内に入っていることが確認された。

サンプルコンテナのフタを開封した所 クレジット:JAXA
サンプルコンテナのフタを開封した所 クレジット:JAXA
JAXA 宇宙科学研究所内のイトカワ物質キュレーション施設 クレジット:JAXA
JAXA 宇宙科学研究所内のイトカワ物質キュレーション施設 クレジット:JAXA

小惑星イトカワから回収された物質の微粒子は、およそ1500個あった。日本国内だけでなく世界の研究者へと微粒子が配布され、鉱物の種類や微粒子の構造などの分析、研究が2011年から始まった。研究は今でも続けられ、小惑星という天体の歴史や太陽系の過去の姿が明らかになってきている。この10年で得られた、「はやぶさ」帰還後の科学的成果の一端を紹介する。

小惑星と隕石とのつながり

Science2011年8月26日号表紙(Vol 333, Issue)
Science2011年8月26日号表紙(Vol 333, Issue)

米国の学術団体AAASが発行する科学誌Science(サイエンス)は、2011年8月26日号で表紙に「はやぶさ」微粒子の画像を掲載した特集号となった。6編の論文が掲載され、イトカワ微粒子の物質は、過去に地球に落下してきた「普通コンドライト」と呼ばれる岩石質の隕石と共通していることや、太陽光の影響で表面の物質が変化する「宇宙風化」が起きていたことなどが明らかになった。サイエンス誌の特集を「はやぶさ」の成果が飾るのは、探査機が小惑星イトカワの近傍で観測を行った成果にもとづく2006年6月の特集以来2度目となる。また、2011年末の号で「科学分野における2011年の10大成果」のひとつに「はやぶさ」を選定した。

サイエンス誌2013年11月29日号には、ある有名な隕石と小惑星イトカワとのつながりを示す論文が掲載された。2013年2月13日、ロシアのチェリャビンスク州の街上空に隕石が落下、空中で爆発した。「はやぶさ」チームのJAXA 吉川真准教授がチェリャビンスク隕石の調査に赴き、爆発規模や被害について報告している。隕石落下から9ヶ月後のサイエンス誌報告によれば、小惑星イトカワとチェリャビンスク隕石はどちらも普通コンドライトと呼ばれる岩石質の物質でできており、軌道にも共通点が多いことから、「フローラ族」と呼ばれる過去に同じ天体から発生した小惑星の一団を起源としている説が示された。

小惑星の歴史と「はやぶさ」

「はやぶさ」が持ち帰ったイトカワの微粒子は、サイエンス誌の表紙となった大きなものでも150ミクロン程度、10ミクロン(100分の1ミリメートル)以下という極小のものも多い。こんな小さな粒子の表面にも、小惑星が経てきた過去の衝突や破壊の痕跡が残っていることが明らかになったのが2012年2月27日付けで米国科学アカデミー紀要(PNAS)電子版に掲載された論文だ。岡山大学地球物質科学研究センターの研究チームが5つの微粒子を観察したところ、過去に小惑星表面で起きた高速(秒速数十キロメートル)により破砕されて微粒子ができた痕跡や、微粒子表面の極小のクレーターが見つかった。小惑星イトカワは過去に直径数十キロメートルの大きな天体が衝突で破壊され、その破片が集まってできた天体だと考えられている。破壊と再集積の長い歴史の一端が明らかになった。

宇宙のブラジルナッツ効果

PNASやサイエンス誌といった有名な科学誌だけでなく、宇宙科学の専門誌に掲載された「はやぶさ」成果は数多くある。アメリカ天文学会惑星科学部門の専門誌Icarus(イカロス)は、「はやぶさ」や「はやぶさ2」の成果が現在も次々と登場している。全ては紹介しきれないほどだが、イカロス誌2015年2月号には、「はやぶさ」搭載の「AMICA(可視分光撮像カメラ)」による観測成果から、イトカワ表面のボルダー(岩塊)の分布と重力のマップが明らかになった。また、サイズの異なるボルダーの分布は、小惑星を構成する物質がかき回され、サイズの大きな岩塊が表面に浮いてくる「ブラジルナッツ効果」と関係するとされている。

ISSに取り付けられたStrata-1実験チューブ。Credit: NASA
ISSに取り付けられたStrata-1実験チューブ。Credit: NASA

小惑星イトカワという、宇宙のブラジルナッツ効果の実例を詳細に観測することができた「はやぶさ」。PNAS2016年12月20日付けの記事では、国際宇宙ステーション(ISS)でブラジルナッツ効果を再現しようという実験計画が紹介されている。小惑星の岩石を模した模擬材料を入れたポリカーボネート製のチューブをISSに取り付け、カメラで観察するというものだ。日本のHTV(こうのとり)やロシアのプログレス、スペースXのドラゴンといった補給船がISSにドッキングする際の衝撃で模擬材料は少しずつシャッフルされ、小惑星で起きるブラジルナッツ効果を再現するという。

岩石からできた「イトカワ」にも水の痕跡

2019年5月1日、サイエンス誌の姉妹誌Science Advanceには、「はやぶさ」の微粒子から水の痕跡を示す水素同位体が見つかったという報告掲載された。「はやぶさ2」の目的地である小惑星リュウグウは、水や有機物を含むC型と呼ばれる小惑星だが、岩石質のS型小惑星である「イトカワ」は水が豊富な天体とは考えられていない。ところが微量ではあってもイトカワの微粒子から水の痕跡が見つかったことから、地球上の水がS型小惑星からもたらされた可能性も示された。将来、この報告を裏付ける、または反証する別の論文が発表される可能性もあり、小惑星イトカワが新たな研究課題を今も提供していることをうかがわせる。

2010年6月13日、小惑星探査機「はやぶさ」は小惑星の物質が入ったカプセルを地球に送り届け、探査機本体は地球の大気で燃え尽きた。ミッション終了の日は、小惑星の研究という新たな科学の始まりの日であったことが、この10年間の成果を振り返ることで見えてくる。