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NASAが計画中の小惑星衝突実験から2022年に「人工流星」が見られる?

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
Credit: NASA/Johns Hopkins APL

小惑星衝突実験を目指してNASAが計画している「DART(Double Asteroid Redirection Test)」実証機により、衝突で生成された微小流星物質による人工の「流星雨」が起きるかもしれない。カナダの天文学者のシミュレーションによれば、衝突実験は2022年10月初めに行われた場合、条件によっては10月後半に小惑星から放出された物質が流星として地上から観測される可能性があるという。

DARTは、地球に接近し、衝突する危険を持つ小惑星(NEAまたはPHA)から地球を守るための実験として、ジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所(APL)とNASAが計画している小惑星探査機。二重小惑星「ディディモス(65803)」の片割れである小さな天体に探査機本体を衝突させる計画だ。2021年にSpaceXのFalcon 9ロケットで衝突実証機を打ち上げ、2022年9月末に衝突実験を行う。昨年4月には、JAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウに重さ2キログラムの銅板を秒速2キロメートルで衝突させ、クレーターを生成する実験を行った。DARTははやぶさ2の衝突装置よりもさらに大きな500キログラム程度の探査機本体を、秒速6.6キロメートルで衝突させる。

DARTミッションのイメージ。Credit: NASA/Johns Hopkins APL
DARTミッションのイメージ。Credit: NASA/Johns Hopkins APL

2022年秋には小惑星ディディモスと地球の距離が近づき、地上から望遠鏡で小惑星を観測しやすい条件となる。探査機を衝突させた場合の小惑星の軌道を観測し、将来に地球へ衝突する可能性を持った天体が見つかった場合にその軌道をそらすなど防護策の土台とする。2024年にESA(欧州宇宙機関)の小惑星探査機HERAが打ち上げられ、衝突から4年後の小惑星を観測する計画となっている。

小惑星ディディモス。右は直径約780のディディモスA、左は直径約160メートルのディディモスB(ディディムーン)。 Credits: Naidu et al., AIDA Workshop, 2016
小惑星ディディモス。右は直径約780のディディモスA、左は直径約160メートルのディディモスB(ディディムーン)。 Credits: Naidu et al., AIDA Workshop, 2016

小惑星ディディモスは、2つの小惑星が対になった二重小惑星。大きい方のディディモスAは直径780メートルほどで、小惑星探査機「はやぶさ」が接近した小惑星イトカワと、「はやぶさ2」が赴いた小惑星リュウグウの中間程度の大きさだ。小さい方のディディモスBは、直径160メートルほどで「ディディムーン」という愛称で呼ばれている。

カナダのウェスタン・オンタリオ大学の天文学者ポール・ウィガート教授は、DART実証機が2022年10月1日午前0時(UTC)にディディムーンに衝突実験を行った場合、放出される物質がディディモス圏内を離れて地球に接近する可能性についてシミュレーションを行った。

DARTによるディディムーンへの衝突のイメージ。Credit: NASA/Johns Hopkins APL
DARTによるディディムーンへの衝突のイメージ。Credit: NASA/Johns Hopkins APL

ウィガート教授の論文によれば、DART衝突実証では、探査機の衝突によりディディムーンの表面に直径10メートル程度のクレーターを生成し、10~100トンほどの物質が飛び散ると予想されるという。小惑星ディディモスを構成する岩石にどの程度の大きさのものが多いかは不明だが、推測の手がかりとなったのはJAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」による小惑星リュウグウの観測だった。ディディモスAはリュウグウと同様に“コマ型”と言われる中央が膨らんだそろばん球のような形をしており、リュウグウに多いセンチメートル級の砂礫が多いのではないかと考えられている。ディディムーンはディディモスAから遠心力で弾き飛ばされてきた細かな砂礫で構成されていると考えられ、最大1センチメートル程度の粒子を想定して計算された。

シミュレーション結果によれば、ほとんどの物質は小惑星ディディモスの圏内にそのまま留まるものの、ごく一部が高速で放出されるとディディモス圏内を離れる可能性があるという。2022年10月1日に衝突実験が行われ、ディディムーンから放出された物質が秒速6キロメートルを超えた場合、10月後半に地球上の流星観測カメラで10日間に1個~数十個の流星が観測される可能性があるとされる。また、数千年後には地球近傍に衝突の破片群が到達する可能性があるとされている。

DARTの衝突実験により引き起こされる流星はごく小規模なものにとどまるとみられるが、日本では株式会社ALEが「人工流れ星」に実現を目指して実証衛星を運用中だ。2019年1月に打ち上げられたALEの初号機衛星は2019年12月から1年程度で高度400キロメートルの軌道に到達する計画で、予定通りならば2021年ごろに人工流れ星の放出を開始するとみられる。

ウィガート教授は、DART衝突実験の影響に関する論文の中で、人為的に破壊された小惑星の破片が地球近傍の人工衛星にとって脅威となる可能性を指摘した。DART実験はごく小規模でリスクは小さいとされるが、将来は小惑星を資源として利用する目的でより大規模な破砕が行われれば、数百年から数千年後に破片群が地球近傍に到達する可能性があるという。特に、NASAが計画中のジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の6.5メートル主鏡ように大きな構造を持つ衛星や、L2ラグランジュ点で観測を行う欧州の位置天文衛星ガイアのような衛星は破片群の影響受けるリスクが大きいという。DARTは、もともとは小惑星衝突の脅威から地球上の生命を守るために計画されたものだ。その結果が人工衛星の脅威という新たなリスクを招かないよう、小惑星破壊はより長期的視点に立って計画されるべきとウィガート教授は指摘している。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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