「打ち上げを見に来る人がいるかもしれない」ロケット企業が迫られた決断

インターステラテクノロジズ4月28日会見中継映像より

2020年4月28日、民間ロケット開発企業インターステラテクノロジズ(IST)は、5月2日~5月6日に予定されていた観測ロケット「MOMO」5号機の打ち上げを延期すると発表した。ISTの本拠でもあり、打ち上げ射場の所在地でもある北海道の大樹町より新型コロナウイルス感染症対策のためとして延期の要請を受けたことによる。延期後の新たな日程は未定だ。

ISTは、2017年から観測ロケットと呼ばれる弾道飛行を行うロケットの打ち上げ・運用を開始している。観測ロケットは高度100キロメートル以上の宇宙空間には到達するが人工衛星の軌道投入能力は持たず、搭載した機器による高層大気の観測などのミッションを実施する。

MOMO5号機は、冬季の打ち上げ技術獲得を目指し2019年末の打ち上げを目標としていた。しかし搭載された電子機器で不具合が発生したことから打ち上げを延期。新たな日程は4月に入って発表され、5月2日目標(予備日は5月3日~5月6日)となった。新型コロナウイルス感染症予防のため、これまで大樹町に開設されていた打ち上げ見学場やパブリックビューイング会場は設けず、メディアの現地取材も許可制とするなど、人が参集してしまう状況を作らないように対策した上で実施されることとなっていた。

ところが、週末に新たな打ち上げ日を控えた4月28日に大樹町から打ち上げ延期要請が発表された。「来町の自粛や警備巡回の強化などの対策を行ってもなお観覧等のために多くの方が来町することを懸念する町民からの声もあり、5月6日までの期間における打上げの延期を要請しました」(プレスリリース『インターステラテクノロジズ(株)観測ロケット「MOMO5 号機」の打上げ延期要請について』より)というのがその理由だ。

ISTは同日オンライン記者発表を行い、大樹町側の要請を受け入れて打ち上げ延期を発表した。酒森 正人町長と共に会見に登壇した稲川貴大社長は、万全の準備を進めてきたにもかかわらずコア事業を遂行できない苦しさを滲ませた。

もとよりIST側の打ち上げ準備に不備があったわけではなく、ロケット打ち上げ事業は新型コロナウイルス特別措置法に基づく緊急事態宣言の状況下であっても、北海道の自粛要請事業の対象とはなっていない。また、稲川社長のツイートによれば、今回はこれまでの打ち上げよりも立ち入り制限区域をさらに拡張して臨んでいたという。

延期を要請した大樹町側の不安はどこにあったのだろうか。2017年、MOMO初号機打ち上げの際の記録には、多くのメディアが現地に集まった様子が残っている。従来から宇宙開発を応援してきたファン層は「打ち上げ応援は中継で」との呼びかけに応じると思われるが、実際に誰もが来町を控え、何事もなく終わるかどうかは後からでしかわからない、というもどかしさが延期要請という形をとったのだと思われる。

2017年、MOMO初号機の打ち上げ報道で現地に集まった取材陣。撮影:秋山文野
2017年、MOMO初号機の打ち上げ報道で現地に集まった取材陣。撮影:秋山文野

同様の懸念は、新型有人宇宙船の飛行試験を控えたアメリカでもある。民間企業スペースXが開発したクルー・ドラゴン宇宙船による、国際宇宙ステーション(ISS)への初有人飛行が5月27日に予定されている。スペースシャトル退役以来、9年ぶりの米国土からの有人宇宙船打ち上げに対する注目度は高い。だが、NASAのブライデンスタイン長官は4月24日に「今回の打ち上げに、皆さんはぜひ家から参加してください」と述べている。フロリダ州のケネディ宇宙センター取材するメディアを最小限にするほか、周辺のビーチや公道での見学にも何らかの制限を課す可能性が報じられている。

こうした場合に、どうしても取り沙汰されてしまうのが関係者の態度だ。ISTを設立した堀江貴文氏は、打ち上げ延期要請と同じタイミングで感情的な反発とも受け取れる大樹町からの住民票移動を示唆する発言が報じられている。スペースXのイーロン・マスクCEOは、「新型コロナウイルス感染症の影響はインフルエンザよりも小さく、感染防止のためのソーシャル・ディスタンシングをただちに解除すべき」という米国の医師の主張動画をシェアするなど、行動制限に反対する立場をとりつづけて批判にさらされている

宇宙開発を推進する人々に、できれば「苦境に立たされても奮闘を続ける高潔な姿」を見せてほしいという気持ちは筆者にもある。だが、シンプルな事実だけ見ればISTは町の要請通りに打ち上げ延期を決め、先行き不透明な中で次回の機会を模索している状況だ。宇宙機関ならば1回の打ち上げ延期で存続の危機に陥ることは考えにくいが、民間事業者はそうではない。

宇宙開発は、当時の社会情勢を反映した打ち上げ差し止め要請にさらされることがある。世界初の人工衛星打ち上げから60数年の年月の間にも、たびたびそうした事例はあった。例えば、1971年のアポロ14号打ち上げに際して、月探査に投じられた費用と住宅政策などの公共投資があまりにも不均衡だとの主張から公民権運動家による月探査反対運動が起きたことがある。また、1997年の土星探査機カッシーニの打ち上げの際には、原子力電池が搭載されていたことから、反核運動家による打ち上げ反対運動が起きた。いずれも、ロケット側の努力では解消のしようのない問題だ。

新型感染症の勃発という発生を予測し得ない状況で、宇宙開発の分野でも対応を迫られた関係者から悲鳴のような声が上がることはあるだろう。また、後から見れば「こうしておけばよかったのに」といった批判点が見つかることもあるかもしれない。だが、他の多くの自粛で苦しむ事業者と同様に、ロケット開発企業もやむを得ない決断をしたことをまず評価したい。そして、主力事業の中止という苦境に支援できる立場があるとすれば、それは宇宙産業の育成を目標とする国だろう。