スマート農業にも衛星データを活用、「山口県モデル」とは?

撮影:児玉一成

衛星データの活用に取り組む、「山口県モデル」とは?

山口県 / 株式会社アグリライト研究所 / 農事組合法人二島西

山口県では、地球観測衛星や準天頂衛星のデータを活用した新事業創出を進めるため、事業者の取組を積極的に支援し、様々な分野で実証がおこなわれています。

実証中のテーマは、農業、林業、漁業、防災、インフラ監視、福祉、など多岐にわたっています。

今回は、山口県全体の取り組みに加え、パン用小麦の栽培に衛星データを利用されている事業者の方々に、衛星データ利用のメリットや今後の課題などについて伺いました。

「実証で終わらせてはいけない」衛星データをビジネスソリューションに結びつける取り組み

――山口県では、衛星リモートセンシングデータを活用した産業振興に向けてどのような事業に取り組まれていますか?

山口県:2017年、政府関係機関の地方移転の実施により、JAXAの西日本衛星防災利用研究センターが開所しました。それに合わせて山口大学に応用衛星リモートセンシング研究センターが開所しました。

県では、そのような衛星データを利活用できる優れた環境を活かした産業振興を進めるため、産業技術センターに産学公連携による「衛星データ解析技術研究会」を立ち上げ、先行事例等に関する情報提供から、実際にソリューション開発を行うプロジェクトの推進に至るまで段階的な支援を行っています。(新事業創出の取り組み

衛星データの解析技術等の習得を目的として実施している技術セミナーは、約3年間で35回実施する等、これまで精力的に取り組んできました。

研究会に参加している事業者が取り組んでいる実証は、里地里山環境保全に必要な竹林の分布・予測等の情報を衛星データから作成する事業や、沿岸漁業における漁船の操業情報等を衛星データから収集する事業などがあります。

2018年11月に運用が開始された準天頂衛星「みちびき」の活用については、視覚障害者のスポーツ介助を支援するシステムの開発に取り組んでおり、2020年2月に公開実証試験を実施し、注目を集めました。

視覚障害者がジョギングなどを行う際には介助者が必要ですが、コースだけでなく路面の状況なども把握してガイドしなければならないので負担が大きく、障害者のスポーツ参加の障壁になっています。

このシステムでは、みちびきの受信機と iPhone を組み合わせて、あらかじめ登録されたコースに関する交差点の位置や路面状況、段差等の注意事項を、音声でランナーと伴走者に伝えるというものです。実証実験に参加した介助者等からは、「不安や負担の軽減につながる」「ガイドの内容がわかりやすかった」等のコメントをいただいており、システムに対する評価は概ね良好でした。

撮影:児玉一成
撮影:児玉一成

このように、衛星データを活用した実証等に積極的に取り組む事業者が現れている状況を踏まえ、2019年7月、衛星データ解析等の知見を有する民間技術者を技術アドバイザーとして配置した「宇宙データ利用推進センター」を県産業技術センターに設置し、データ解析等に係る技術支援の充実・強化を図っています。

また、衛星データ活用した事業化を資金面から支援する「やまぐち産業イノベーション促進補助金」制度を創設し、2019年度は3件を採択しています。

現在、これまで国の実証プロジェクトに採択された事業が、その成果を活かした具体的な事業化に向け、継続して研究開発が進められています。県としては、そのような取組に対し、技術・資金の両面から積極的に支援することで、実証だけで終わらない、本県の産業振興につながる事業創出を目指しています。

少人数でも持続的な農業を。データ農業で魅力的になるパン小麦栽培

――山口県は、学校給食用のパンは 100パーセント県内産小麦を使われているとのことですね。

松永:山口県では、地産地消や食育を目指し、子供たちに安心安全なものを食べてほしいという願いから学校給食用パンには 100パーセント県産パン小麦を使っています。2003年に奨励品種に採用された「ニシノカオリ」という品種の作付けを増やし、2012年には学校給食パンの原料小麦について 100パーセント県産小麦への切り替えを達成しました。北海道に続いて全国2例目です。ですが、この品種の小麦は製パン特性と収量の点で課題がありました。後継品種として、より製パン性に優れ収量も期待できる、農業・食品産業技術総合研究機構が開発した「せときらら」に切り替えました。

岩谷:「せときらら」という品種名は、県が奨励品種として採用したことで山口県にちなんで命名された、とてもよい品種の小麦です。国産の小麦は麺などに使われる薄力や中力粉用のものが多かったのですが、最近は大手製パン会社の商品にも国産パン小麦使用をうたったものがあるなど、国産パン小麦のブランド力が増してきています。

河村:生産者にとっては、冬場に「せときらら」を作付けするということで年間を通じて収入を安定化させられるメリットがあります。その意味でも「せときらら」の収益性を高めていきたいと考えています。

撮影:児玉一成
撮影:児玉一成

――パン小麦生産に衛星データを利用しているとのことですが、どのように関わってくるのでしょうか?

岩谷:パン小麦は、パンが膨らむために必要な子実タンパク含量が 11.5パーセント以上ないといけません。そのために欠かせないのが、「実肥(みごえ)」という肥料です。

小麦畑で1株の小麦がたくさん穂を付けて勢いよく実ると、たくさんの小麦が取れて収量が多くなります。これはもちろん良いことですが、小麦畑が持っている養分をたくさんの小麦の穂が分け合うため、「実肥」を撒かないと、収量が増えるほど一粒の小麦の子実に含まれるタンパク質の量が少なくなってしまいます。

そこで、実がタンパク質をしっかり含むように実肥をやるわけです。穂が出ることを「出穂(しゅっすい)」と言いますが、出穂後に花が咲いた「開花」直後ぐらいのタイミングで肥料を撒くと一番よく効きます。

出穂の3~4週前までに収量を予測して、肥料をたくさん撒くべきところ、そうでないところを判断できれば、肥料の準備などを行うことが可能です。「実肥」のタイミングは、平年では4月中旬ごろですが、単にカレンダー通りに実肥を撒けばよいというものではありません。小麦は日長と気温で出穂や開花のタイミングが決まるので、今年は暖冬で出穂が早くなる見込みです。昨年も暖冬で早くなりましたが、一昨年は平年よりも遅かったというように毎年変わります。このタイミングを予測する「発育モデル」を、山口県、山口大学の過去の栽培データから作りました。

「実肥」を撒く量は、これまでは「目合わせ」といって、小麦の生長の具合を人が目で見て判断していました。実証事業に協力していただいている二島西さんの場合、70ヘクタールの小麦畑を歩きまわらなければいけないので、これは大変な労力です。

撮影:児玉一成
撮影:児玉一成

福江:一回見て終わりではないですしね。担当の田中理事は小麦作付面積 70ヘクタール、約 150圃場枚数もの広さを歩いて目視により判断しています。

二島西では、「限られた人数で農業生産ができる仕組みづくりへ」を課題としていて、2016年からスマート農業に取り組んでいます。

まず、「どこの圃場がよかったのか、タンパク質は多かったのか」ということを知るために「収量・食味センサー」を搭載したコンバインを導入しました。3年がかりで1台約 2,000万円のコンバインを3台導入し、これにより、圃場ごとの収量、タンパク質量、水分を自動的にマップ化し、帳簿化できるようになりました。

たとえば、「287番圃場はタンパク 11.7パーセント、収量は 10アール当たり 415キログラム」といったデータ。そしてこれを播種時期のマップと照らし合わせます。

小麦は11月半ばから12月に種まきをして翌年6月ごろに収穫しますが、「11月下旬にまいた圃場は収量もタンパク質量も低かった」ということがわかれば、早めの播種がよいといった対策ができるようになります。収量はあるけどタンパク質量が低い圃場がわかるようになり、これまで実肥は 10アールあたり一律に窒素成分で6キログラム撒いていましたが、8キログラム必要な圃場があることもわかるようになりました。

ただし、収量・食味コンバインで得られるデータは収穫後のものであり、スマート農業といっても今の状況を把握・データ化するものが多く、予測には、これまでの経験に基づいた人の目による判断が必要と思っていました。

そうしたら、アグリライトさんから、衛星を使った新たな仕組みを提案された。ではやってみようかと。

岩谷:事前に人工衛星データで収量を予測して、実肥を撒く量の情報を早い時期に提供することができれば、大幅な労力削減になります。そのための効率的、客観的な方法を作ろうと考えました。

衛星データからの予測と二島西さんの収量コンバインのデータを突き合せれば、「答え合わせ」ができます。通常の農業研究で3年ほどかかるところを、過去データの蓄積を利用して半年間のトライで実用レベルにできると考えたわけです。

――まだ穂が出ていない小麦を衛星画像で見て、どのように収量を予測するのでしょうか?

岩谷:小麦や米などの穀類は、実るための準備を早くから始めています。そのカギになるのが、例えば枝葉の数です。一粒の種からたくさんの茎がでるのですが、これを「分げつ」と呼びます。分げつが大きくなるとこの一本一本に穂をつける準備が始まります。分げつの量を把握できれば収量が予想できます。人知れず小麦が出穂の準備しているころに「茂り具合がこうだったら、収量はこのぐらい」と評価するわけです。

これを衛星データから数値化したものが「植生指数」です。今回の予測モデルには2つあって、まず植物の質と量のそれぞれを表す有望な植生指数を選んで作った予測モデル。もう一つ、植生指数を作る前の衛星データそのものを機械学習で植物の質と量がわかるように学習させたモデル。両方のモデルを協調させて、中間の値を採用しています。

2つのモデルを使うのは、今後、気候変動が大きくなると、モデル間で差が出てくるかもしれないからですね。傾向と答え合わせを見て、どちらを重視するか今後決めていこうと思っています。今のところ、どちらのモデルも比較的同じような推定になっていますね。

――衛星データを活用して、どのような結果が出ましたか?

岩谷:2019~2020年期は例年より2週間ほど生育が早く、おかげで評価も早くできています。2月19日の衛星データによると、今年はほとんどの圃場で 10アール当たり 300キログラム以上の収量が見込まれているので、ほとんどの圃場に実肥を多く撒く評価となりました。もちろん、圃場ごとに実肥の必要量が異なる年もあって、撒き分けが発生する年の判定はとても難しいですね。判定結果をわかりやすく見てもらうため、「マイファーム」という山口県内の企業が作った農地管理システムを利用して、タブレットに圃場別の収量予測を色分け表示しています。

画像提供:株式会社アグリライト研究所
画像提供:株式会社アグリライト研究所

――2月19日のデータで判断されたのは、何か理由があるのでしょうか?

岩谷:「発育モデル」から、今年の評価に使いたい衛星データの時期を調べました。1月1日~2月24日の全データをリモート・センシング技術センター(RESTEC)にチェックしてもらったところ、今年は使える画像が 2月19日のものしかなかったのです(*本年度のデータは取材時非公開)。

Planetという 170機の衛星で毎日地上のある地点を撮っている地球観測コンステレーションを使っているのですが、衛星にも調子の善し悪しがあって、「今日の山口市の担当衛星」の調子が悪かった場合、データに欠損があるのです。毎日飛んでいる衛星でもそうですし、もともと日本の1~2月は曇りがちなので観測が難しい時期でもあります。衛星データはドローン等より低コストなのですべて衛星でまかなえれば理想的ですが、現在のところはそうもいかないと痛感しています。

しかし、1日に1回飛ぶ衛星が出てきた、ということは、日本の農業分野で衛星データを使おうという機運が高まったきっかけになったのではと思っています。欧州の「センチネル」という衛星は2機で5日に1回観測できます。Planet衛星よりは解像度が低いのですが、無料ですから、もう少し観測頻度が上がって2~3日に1回になれば日本の農業リモセンの世界が変わると思います。

――高頻度、低価格の衛星データを農業に活かせるシーンはほかにもありますか?

福江:作目(農作物の種類)がわかるといいですね。国の制度などを活用する際には、毎年栽培している作物を県へ報告しないといけないんですよ。これまでは、秋、春の季節ごとに「1番圃場、作目○○」と看板を出して、260枚ぐらいの写真を撮っていました。これが衛星画像で一気にできれば、農家の手間はものすごく減りますよ。

岩谷:情報の高度化と省力化の両方に効いてこないと、生産法人は衛星データに魅力を感じないと思います。「どのぐらい楽になるか?」ということはとても重要です。

福江:最大の課題は少ない人数で持続的に農業を行うことです。スマート農業が目的ではいけないんですよ。

――作物の販売価格にもメリットがありますか?

河村:穀物は収穫後に乾燥させる必要がありますが、地域の共同乾燥調製施設に集約して乾燥作業を行います。ある生産法人の小麦がとても良い品質だとしても、それだけを区別、選別することができないので、特定のものだけ高価格で売るという仕組みになっていないのです。

岩谷:近隣の農業法人の小麦と混ざってしまうわけですし、製粉会社は小麦を山口県全体の収穫としてまとめて1ロットという巨大な単位で取り扱っています。県の中で良い圃場のものだけ評価されるわけではないのです。かといって、みんなが努力をやめてしまったら、県全体の農作物の質が下がってしまいます。

そこに衛星データを使う理由もひとつあります。衛星データは地域単位で買えるので、広域でコストを分散できます。利用者が増えるとコストが低廉化するため、全体のレベルアップを図ることができます。

河村:今まで、「小麦にこのぐらい肥料をまいてください」という指導を行ってもデータの裏付けについて尋ねられても「私を信用してください」としか言いようがなかった。衛星データを追加することで、裏付けを増やして説得力を上げることができます。また、作付圃場全体の傾向を高精度に予測できれば、効率的な作業も行える。今までは、すべて人力で畑をよく見て、格納庫に戻ってきて、肥料を用意して、さあ撒きに行こう、ですから。

岩谷:二島西さんのように収量コンバインなど測る仕組みを持っている法人とは積極的に提携して、衛星データの答え合わせをしていきます。その結果、他の農家にも予測に基づいた情報を提供できるようになり、タンパク質含有が低いところを指導できるエビデンスとなる。データの裏付けをもとに全体の底上げができるのです。

また、データを元に全体の傾向を高精度に予測できます。そうすることで少人数でもできるようになる。

河村:これからは、農業経験の浅い若い人もデータを見て、実際の農作物の生育などと結び付けていくというエンジニア的な学習の仕方になります。その方が栽培技術を習得しやすいですし間違いが起こりにくい。栽培技術やデータ活用を早くに習得してくれれば、もっと良いものを作るために力を使えるわけですから。

撮影:児玉一成
撮影:児玉一成

岩谷:同じ時間を使うならば、より良いものを作る方に効率よく時間を使ってほしいです。それをやらないと日本の農業は産業として魅力がなくなってしまいます。一次産業の収益性を高め、若い人に入ってもらえるよい循環になるようにする、そういう責務が研究者にはあります。

――データをもっと使いやすくする取り組みですね。

岩谷:天気予報の感覚で衛星情報を見てもらえるようにしていきたいですね。まずは山口県の営農データとして使ってもらい、実績と信頼感、それに収益性が上って一次産業を良くする。それまでは行政に育ててもらい、「山口県モデル」が良いものになれば、いずれ他県でも導入できる、売れるものになるでしょう。スマート農業だといって、収益アップより導入コストのほうが高いようなものを無理やり入れてもいずれ立ち行かなくなります。良いものに育てるには、まずは衛星データの信頼性、使えるというコンセンサスをつくることが重要です。

衛星データはいずれオープンデータになっていくと思っています。テクニックさえ提供すれば、生産者それぞれが判断できるようになるでしょう。データさえ揃えば、農業生産は本来すごく知的労働で、戦略を練ってどんどんブラッシュアップできる産業のはずなのです。

取材協力(敬称略)

山口県  商工労働部 新産業振興課技術革新支援班 主査 井上 正雄

     農林水産部 農業振興課 農産班 主査 河村 剛英

     農業技術班 主任 松永 雅志

株式会社アグリライト研究所 取締役 岩谷 潔

農事組合法人 二島西 代表理事 福江 豊、副組合長 内山 進、理事 田中 利郎

※本記事は宇宙ビジネス情報ポータルサイト「S-NET『未来を創る 宇宙ビジネスの旗手たち SPECIAL/特集記事』」より、『衛星データの活用に取り組む、「山口県モデル」とは? 山口県 / 株式会社アグリライト研究所 / 農事組合法人二島西』に掲載されたものです。