衛星データと機械学習で日本の漁業を持続的に。 フィッシュテックの挑戦

株式会社オーシャンアイズ 田中裕介さん(左) 笠原秀一さん(右) 撮影:小林伸

「今、海はどうなっているのか、魚はどこで獲れるのか」衛星データを使って漁業を支援するサービスを目指し、2019年5月に創業した株式会社オーシャンアイズ。海洋研究開発機構(JAMSTEC)の海洋学研究者と京都大学のAI研究者がチームを組み、日本の漁業向けに衛星データをもとにした海況情報や漁場予測を提供する企業です。日本近海で穫れる魚の種類や漁獲高が変化し、持続的な漁業が求められる中で、研究者から“フィッシュテック”事業へと踏み込んだ、オーシャンアイズ代表取締役の田中裕介さん、取締役の笠原秀一さんにうかがいました。

--衛星データを使った「海況モデリング」サービスとはどのようなものでしょうか?

田中:まずはデータの作り方をご説明します。宇宙から、人工衛星で海面高度と海面水温の測ることができます。海では、「アルゴブイ※」に代表される、水温と塩分を深さ方向に測るブイが世界中にばらまかれています。こうした衛星によるデータと現場観測データがベースになります。これに、海洋三次元モデルという水温、塩分、海面高度などを計算する数値モデルのふたつを組み合わせて、「数値モデルが現実の観測データにどれだけ似ているか?」ということをすり合わせしていきます。観測データの良さと数値モデルの良さを組み合わせたデータを作って、海洋内部の情報をつくっていきます。

JAMSTECでは数値モデルの技術、京都大学ではディープラーニング画像解析の技術をもっていて、2つを組み合わせてサービスを作っていきます。

※世界気象機関(WMO)、ユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)などが計画した全世界の海洋の状況をリアルタイムで監視・把握するための国際科学プロジェクト「アルゴ計画」による海洋観測ブイ。

笠原:気象衛星ひまわりによる海水温データは10分に1回と高頻度なのですが、大体6割ほどは雲で覆われていてその下がわからなくなっています。雲除去データを作ることで、できるだけ精度の高いものをリアルタイムで出していくことが重要です。我々のシステムもひまわりの10キロメートルメッシュのデータを元に、モデリングによって高解像度のデータを作っています。

今後、特に沿岸域ではもっと細かくする必要があり、解像度をさらに高めるには良いセンサーでデータを集めていかないといけない。ですから、気候変動観測衛星しきさい(GCOM-C)には非常に期待しています。しきさいの観測は1日に1~2回ですから、限られたデータからどうやって予測精度を高めていくのか、ひまわりとしきさいと両方使って、マルチモーダルで処理していくのかといったようなことが今後のターゲットになってくると思います。あるいは、高解像度のセンサーを持つコンステレーション衛星を運用しているところと連携できれば、クロロフィルや海色を使って、台風による沿岸漁業への予測なども可能になってきます。

--衛星データを元に提供されているサービスは、どのようなものでしょうか?

笠原:情報をもとに、海の状況「海況」を提供するサービスが「SEAoME(しおめ)」です。海の表面から海底までの海水温、塩分濃度、潮流の速さと向きなど「海況情報」を最大で2週間先まで、1.7キロメートルメッシュの解像度で提供することができます。ただ、あまり先のものは使われないので、9日間くらい先のものを予測してお客様のニーズに合わせてご提示することが多いですね。こちらは販売体制に入っています。

ひまわりが観測した日本近海の海水温の分布(雲除去前)。画像提供:株式会社オーシャンアイズ
ひまわりが観測した日本近海の海水温の分布(雲除去前)。画像提供:株式会社オーシャンアイズ
ひまわりが観測した日本近海の海水温の分布(雲除去後)。画像提供:株式会社オーシャンアイズ
ひまわりが観測した日本近海の海水温の分布(雲除去後)。画像提供:株式会社オーシャンアイズ
SEAoMEによる潮流予測。画像提供:株式会社オーシャンアイズ
SEAoMEによる潮流予測。画像提供:株式会社オーシャンアイズ
等温度線(サンプル)。株式会社オーシャンアイズ
等温度線(サンプル)。株式会社オーシャンアイズ

「お客様」のメインターゲットは海面漁業と養殖業です。漁業以外にも、潮流データを使えば流出シミュレーションができるので、原油や化学物質などの流出事故対策のご要望もいくつか打診をいただいています。

もうひとつ「漁場ナビ」というサービスを開発中です。バージョン1、2、3を計画していて、現在はベータテスト中です。10インチタブレットなどで雲を除去したリアルタイムの海水温データが見られるというサービスです。これがバージョン1で、さらにSEAoMEの一部の情報を予測データとして追加するバージョン2、ユーザーである漁業者さんから漁獲データをいただいて、漁場予測も行うバージョン3も予定しています。

現在はベータテスターに10社ほど入っていただいて、テストを実施し、フィードバックをいただいているところです。これに予測情報を追加して、バージョン2として12月6日にリリースしました。

--ベータテスターはどのような方々でしょうか?

笠原:沖合の巻き網船などの漁業者さんで、新しい技術に敏感な“アーリーアダプター”の漁師さんがいらっしゃるので、そうした方々にベータテスターになっていただいています。大規模なトロール船やまき網船などにもお願いしたいのですが、大手の船団はすでにいろいろなシステムを積んでいるので、もう少し本格的にユーザーベースを作ってからお話させていただこうと思います。

株式会社オーシャンアイズ 代表取締役社長 田中 裕介 (たなか ゆうすけ)さんは、海洋研究開発機構(JAMSTEC)に在職し、海洋学研究の成果を漁業支援事業に活かす企業を立ち上げた。撮影:小林伸
株式会社オーシャンアイズ 代表取締役社長 田中 裕介 (たなか ゆうすけ)さんは、海洋研究開発機構(JAMSTEC)に在職し、海洋学研究の成果を漁業支援事業に活かす企業を立ち上げた。撮影:小林伸

--漁師さんの反応はいかがでしょうか?

田中:衝撃的なご要望がありまして。これまで、海の中の流れや流速のデータというものは情報としてほとんどでていなかったんですね。ですが「流速が知りたいと」いう要望があったのです。しかも表層ではなく、深さ数十メートルのがほしいということを初めてうかがいました。今まで情報がなかったから、初めてこうした要望が表に出てきたと思います。「出せます」といったら「ほしい」といわれたのは、「SEAoME」のサービスだからこそですね。

笠原:「深さ30メートルと50メートルの流速、流向が知りたい」というように、非常にマイクロな要望があるんです。

田中:海の同じ場所でも、深さ10メートル、30メートル、50メートル、100メートルでは流れの向きが違うことがあります。網を入れるとき、場合によっては本当に逆向きになっているので、「最初は網をこう入れても、途中から反対方向になっている」ということが起きます。きちんと網を広げられず、魚が網に入らない。

笠原:引網や巻き網をどう入れるのか、ということはかなり重要な意思決定なんです。最初、われわれは漁場推定や最適運行、といった情報を提供することばかり考えていたんですけど……。

田中:実は、操業支援情報というニーズがかなりあった。

笠原:笠原:実は、ものすごく戦術的なレベルでオペレーション部分の情報を欲しがっておられる、というのはすごく意外でした。みなさんおっしゃいますね。

そのほかの部分では、魚種や経営規模によってまったく反応が異なります。これまで、漁師さんが使える海況データサービスというのはそれほど多くなく、各県の水産試験場が出されている海水温データなどを使っていればまだ良い方です。沿岸漁の場合は、風の予測が潮流などに影響するので、どちらかといえば陸上向けの風予測ツール「Windy」などを代替として使っている方が多かったのです。ですから、そういった方々向けに海水温データを使ってどうやって漁獲予測をするのか、啓蒙を含めて使い方を提示して、データを使った漁業というものを一緒に開拓していくというステージだと思っています。

例えば京都の北の方、舞鶴や宮津湾などですと、漁場がすぐそこに見えるんですね。ですから、あまりデータは必要ないわけです。漁場予測といっても「出漁すべき/すべきでない」という予測が求められます。

一方で、先駆的な研究をやっている水研機構さんですとか、そういったところの実験サービスやデータをすでに使っていて、明確に「こうした情報が欲しい」という漁師さんもいらっしゃいます。

沖合10キロメートル以上、あるいはもっと遠くの遠洋漁業の方では実際に衛星データが使われていますし、データ漁業に慣れていらっしゃいますね。カツオ・マグロ漁ですとか、深海の大型のイカ漁など北太平洋の奥の方まで行くような方々です。すでにデータを実際に使っている場合には、どれだけ付加価値を示していくかという視点が大事になってきます。

株式会社オーシャンアイズ取締役 笠原 秀一 (かさはら ひでかず)さん。京都大学で観光・水産業の情報化に関する研究に従事している。撮影:小林伸
株式会社オーシャンアイズ取締役 笠原 秀一 (かさはら ひでかず)さん。京都大学で観光・水産業の情報化に関する研究に従事している。撮影:小林伸

--アジやサンマなど、なじみ深い魚でもこれまで獲れていた場所、季節に変化があると聞いています。こうした変化について、データ活用への関心は高いのでしょうか?

笠原:まだ突っ込んで聞いているわけではありませんが、環境変化によってこれまで獲れていなかった魚が獲れた、あるいは獲れていた魚が獲れなくなったということはあります。これからどのように漁場を決めていくのか手がかりがないというお話は聞いています。そこで、リモセンデータとオーシャンアイズの技術を使って、「今はどこが適切な漁場なのか」ということを示す需要は、今後ますます高まっていくのではないかと思っています。

日本の漁師さんは、就業されている方の数が減っている上に高齢化していて、ダブルパンチでスキル差がはっきり出てきてしまっているんですね。高齢で経験を積まれた漁師さんたちは、経験やカンで良い漁場を早く見つけて、結果として高い漁獲を得るということが可能です。ですが、あとを継いだ方は親世代のときより漁獲が落ちてしまっていて、どう追いつくのか、技術継承がうまくいっていないという現状があります。あるいは他分野から入ってきたんだけれどもなかなかそこに追いつけない。そうした方々は漁場ナビのような技術に対する関心が高いです。過去とは漁場や漁獲位置が変わってしまっているところもありますし、解決するために、こうしたサービスが求められているところは確かにありますね。

田中:漁業には、養殖漁業と船で天然資源を獲りに行く漁業がありますが、私たちが対象にしているのは主に天然資源のほうです。構造的な問題がいろいろあって、端的に言うとサステナビリティ、持続性が低い。日本人のタンパク源として重要な位置を占めている魚を今後もずっと獲り続けていくことは、雇用の面でも食料の安全保障の面でも大事です。水産庁、農林水産省含めて施策はうっているんですが、なかなかあまりチャレンジングな施策をうてなかったのです。研究資金もなかなか出てこない。

そこで海洋×機械学習という技術をつかって、少しでも効率化してサステナビリティを上げたい。漁業をもっと成長産業にしましょうということを目指して研究を立ち上げたのが背景です。漁業は、AIやIoTというところからは非常に遅れていますし。

笠原:笠原:サステナビリティというと、SDGsの14番に「管理漁業」が入っています。管理漁業下で水産資源をキープしつつタンパク源を確保するのがミッション。管理漁業ではどうしても魚を獲れる量が制限されますので、コストを減らして効率の良い操業が必要になります。網の入れ方もそうですし、将来的には、海況と漁場の予測を合わせて出漁の可否まで含めた情報を出していきたいと思っています。

田中:高齢化の中で、カンと経験がハードルになっています。そうした暗黙知を形式知にすることができれば、水産業のサステナビリティにもつながってきます。

笠原:水産業の持続性には、水産資源と産業という2つの面があります。農漁村、特に漁村は水産業がなくなると立ち行かなくなってしまいますので、地域社会の持続にも関係してきます。

--日本の水産業の持続性を担われているわけですが、研究者からなぜ事業を起こそうと思われたのですか?

田中:研究者は、基本的にはやりたい研究テーマがあって、それをやるのが本来の仕事です。ただ、科学技術戦略の中で研究成果を一般の方に使っていただく社会実装ということも非常に重要です。実際に使ってもらい、フィードバックしていただかないと、本当にその技術が役に立つかどうかがわからないという面もあり、使っていただくことも必要になります。

研究を初めてだいたい5年くらいでプロジェクトの研究資金がつきるので、海洋の情報提供が続けられなくなってしまうという期限が来ます。それまで海洋情報を使っていただいた試験参加者の方にとっても困ります。お金がなくて情報提供を続けられないというジレンマを解消するために、事業体を立ち上げて研究成果をそこに移転することにしました。研究に参加いただいた方にはずっと使っていただけるし、継続して研究が続けられる。それが事業立ち上げの意図です。

--研究者の方々にとっては共通する、切迫したご事情にも聞こえます。資金調達はどうされたのですか?

笠原:文部科学省と科学技術振興機構によるCRESTプログラムで研究の部分をまかなっています。他にも京都大学のベンチャー支援のためのインキュベーションプログラムを活用しています。京都大学には「みやこキャピタル」と、「京都大学イノベーションキャピタル(京都iCAP)」というベンチャーキャピタルがありますので、そこともお話して次に繋げる流れを作っています。

--研究の持続性が事業立ち上げの背景にあるのですね。

田中:研究に縛られない形で技術者を雇用できますし、開発も継続できます。協力していただける漁業者さんを見つけるのは、高齢化などもあってなかなか大変なのですが、そうした方に継続して協力していただくこともできますし、次の技術を試していただくこともできます。

笠原:数値モデルもAIもデータがなければ何もできません。事業化してサービスモデルの中でデータを回していかないと、技術そのものも良くできないと思います。事業体としてやったほうが早いですし、あるいはそれ以外に方法がないのです。

--事業者として、潜在ユーザーへのアプローチはどのように考えられていますか?

笠原:実は、それがまさに今われわれが苦労しているところです。もともとこういった漁場情報サービスを提供しているところとパートナーシップを組み、OEMなどで提供するという戦略はもともと持っています。そのほかにも、大手通信事業者、システム系、重電メーカーさんなど魚市場のシステムや漁港のシステム、ハードウェアの納入など、漁業と関係のある事業者さんとわれわれが持っている海況モデリングやAI技術を組み合わせて協業するという方向もあります。最近は、アグリテック関係が一段落したので、通信会社さんなどは漁業向けの、フィッシュテック系センシングに力をいれていますね。大手の通信事業者さんを通じて沖合の船とも通信ができるようになれば、サービスを提供できるユーザーさんが増えるのでありがたいですね。

海の研究の面白さと台風15号、19号

--研究と事業の両立はとても大変そうですが、モチベーションとなる海洋研究の面白さはどのようなところにあるのでしょうか?

田中:海の面白さは、まさに「ぱっとみてわからない」ということですね。気象現象と海洋現象は基本的には同じように説明できるんですが、気象の場合、雲が目に見えて、風が吹くのが感じられて、日々の暑い寒いがわかります。ですが、海のそばに住んでいる私たちでも海洋のことはあまり気にしていない。とはいえ、地球規模では気候変動に影響を及ぼし、東京湾というスケールで考えても「どこで雨が降るか?」という日々の気象にとっても大事なプレーヤーです。海洋は見えないけれども非常に大事。そうした動きを見ていくのがダイナミックで面白いし、宇宙と同じで「見えないところをどう理解するか」というのが非常に面白いところです。

笠原:海と陸では、センサー密度が全く違うんです。アグリテックとフィッシュテック、なんとなく農水で同じカテゴリーの感じがするんですが、例えば、アグリテックなら田んぼ一枚にセンサーを1個つけることも理屈の上ではできます。一方でアルゴフロートという世界の海にブイでばらまいたセンサーは、関東地方に1個くらいの密度なんです。それくらい希薄なセンサーで理解しないといけない。ですから衛星などリモートセンシングの重要度は陸に比べて海のほうがはるかに高いですね。

--2019年は9月の台風15号、10月の台風19号でも大きな被害がありました。台風による漁業への影響で見えたことはありますか?

田中:台風19号によって相模湾の定置網がかなり被害を受けました。今回の台風19号はかなり前から海が荒れて波が高く、海況が悪い状態が続いていたんです。高い波が1週間以上続いていましたし、太平洋側では台風が通り過ぎても海況が悪かった。台風に関連する海況の情報がかなり重要であることがわかってきました。沿岸の観測機器もかなり被害を受けていて、15号で観測機器が被害を受けたところに19号もきて、ダメージが重なったのが難しいところです。

笠原:定置網や養殖系の機材は潮で壊されることがかなりあるので、皆さん諦めている部分もあって「リスク織り込み済み」と養殖業者の方はおっしゃいます。ですが将来はそうした予測や傾向の情報を出していければいいと思っています。台風15号では千葉県の鋸南町などの養殖業者さんがかなりやられたと聞いています。台風19号は相模湾ですし、被害の規模が大きいのですが、まだそういったサービスや予測がないのです。

田中:われわれ自身も事業を始めたのでそうした被害の情報を積極的に取りに行くようになりましたが、情報はなかなか出てこないですね。生活の中で魚が獲れなくなったと実感することはあまりありませんが、実際には相模湾で定置網漁ができない状態になっている。もっと、生産者さんの役に立つ情報を作りつつ、現況を広めていったほうがいいと思うようになりました。

笠原:養殖業については、九州と西日本で特に今年はひどかった。養殖業者さんは「逃げようがない」ので、傾向と対策も含めて今後情報を作っていかないといけないと思っています。大型の台風が来て、海水温度がかなり上がっています。今後は台風の大型化、長期間化もしていくと思われます。そうした課題も今後は視野に入ってくると思っています。

※本記事は宇宙ビジネス情報ポータルサイト「S-NET『未来を創る 宇宙ビジネスの旗手たち SPECIAL/特集記事』」より、『衛星データと機械学習で日本の漁業を持続的に。フィッシュテックの挑戦 株式会社オーシャンアイズ 田中 裕介、笠原 秀一』に掲載されたものです。