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生命探査の“聖杯探求”、米欧共同火星サンプルリターン計画が欧州会議でゴーサイン間近に。中国も追い上げ

秋山文野サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)
Credit: NASA/JPL-Caltech

火星の地表から岩石を採取し、地球に持ち帰る「Mars sample return:MSR(火星サンプルリターン)」計画。10年近く実施への期待が高まっており、実現すれば火星から生命の痕跡を見つけられる可能性がある。11月末の欧州の会議で、長らく待たれていた計画に“グリーンライト”が灯る可能性がある。

11月22日付けの科学誌Scienceの報道によれば、スペインで開催されるESA(欧州宇宙機関)加盟22カ国の会議で、今後3年間の方針が話し合われる。6億ユーロの初期予算が承認されれば、欧州が本格的にMSR計画に参加する端緒となり、米欧共同での実施に向けて動き出すという。

600グラム以上と大量の火星サンプルを持ち帰るMSR計画。Credit: NASA/JPL-Caltech
600グラム以上と大量の火星サンプルを持ち帰るMSR計画。Credit: NASA/JPL-Caltech

MSRは非常に大掛かりな計画になるため、10年以上にわたり複数の段階に分けて実施されるものとなる。第1段階は米NASAによる火星ローバー「Mars2020(マーズ2020)」だ。マーズ2020はその名の通り2020年7月に打ち上げられ、2021年2月に火星のJezero(ジェゼロ)クレーターへ着陸、移動しながら多様な場所で地中にサンプル採取器を打ち込んで表土を採取する。それぞれ20グラムのサンプルが入ったチューブが採取場所に残され、マーズ2020は他の採取サイトへ移動していく。さながら放浪のローバーだ。

第2段階はサンプル回収となる。2026年、NASA開発の帰還ロケットとESA開発の回収ローバーが打ち上げられ、2028年8月に火星へ着陸する。回収ローバーはマーズ2020が作ったサンプル入チューブを拾い集め、ESA製のロボットアームがサンプルチューブ最大30本、合計で600グラムほどのサンプルを帰還ロケットに積み込む。小惑星探査機はやぶさ2採取によるリュウグウのサンプルが100ミリグラム程度、計画中の火星衛星探査機MMXによる火星の衛星「フォボス」または「ダイモス」のサンプルが10グラム以上を目指しており、50倍以上の量を回収する目標だ。

サンプル回収容器は帰還ロケットに積まれて火星表面を出発し、火星の軌道上でESA開発の地球帰還機とランデブーする。日本の火星衛星サンプルリターン計画MMXの記事でも紹介したが、火星の微生物を不用意に地球へ持ち込んでしまうリスクを避けるため、火星に接触したロケットやサンプル容器などはそのまま地球に持ち込むのではなく、密閉できる別の容器に収める必要がある。地球帰還船にはサンプル回収容器を収める密閉可能なモジュールが搭載されている。

地球帰還機はイオンエンジンで航行し、2年かけて地球近傍へと帰還する(地球から火星へロケットで打ち上げる場合は9ヶ月ほどで航行可能)。カプセル状のサンプル回収容器は地球へ投下され、分析されることになる。

生命の探査に火星からのサンプルリターンが不可欠であるのはなぜか。それは、火星の現地での観測では生命の探査に限界があるからだ。2018年、火星ローバー「キュリオシティ」がケロジェンと呼ばれる有機化合物の混合物を見つけた。しかしキュリオシティに搭載された分析機器には限界があり、発見した物質の生成過程や元になった物質を完全に解明することができない。一方で地球には、西オーストラリアで発見された34億年前のものとみられる微化石がある。火星の表土を持ち帰ることができればこうした地球上のサンプルと比較分析が可能になる。

生命の探査を目標に火星からサンプルを持ち帰ろうという提案は、1970年代からあった。技術的検討も行われたものの、巨大な計画と費用のためになかなか実現せず、また1990年代には火星周回探査機の失敗などもあって計画の推進が難しかった。2000年代に入ると、スピリットとオポチュニティ、キュリオシティなど複数のローバーが火星の着陸探査に成功し、NASAの「お家芸」を確立した。

また、火星サンプルリターンの方針もやや変化した。着陸場所の周辺だけでサンプルを採取するのではなく、多地点で地質的に異なるサンプルを採集するほうが大きな成果を得られる。

現在の火星サンプルリターン計画は、こうした科学界の声を受けて2011年に惑星科学のトッププライオリティとされた大規模探査の方針に沿っている。大量のサンプルを採取できれば、参加を希望する世界の宇宙機関からの協力を取り付けることも可能だ。2018年にNASAはESAとの協力関係を発表、火星サンプルリターン計画の中で、回収ローバーとサンプル積み込み用のロボットアーム、地球帰還機の開発をESA側が担当することとなった。

米欧二機関の協力のもと、実現が迫ってきた火星サンプルリターン計画だが、中国も同様に段階的な火星探査を計画している。2020年には「火星1号(HuoXing-1)」計画で火星周回機とローバーを同時に打ち上げる予定で、着陸機試験の画像も公開された。2028年には「火星2号」によるサンプルリターンを予定しており、着陸場所からサンプルを採取し、軌道上の周回機とランデブーして地球に帰還する予定だという。新型ロケット長征9号の開発が前提となっているため、ロケット側の進捗状況に影響される可能性はある。とはいえサンプル採取計画がNASA/ESA計画に比してコンパクトであることから、早期にキャッチアップしてくる可能性もある。サンプル採取、改修計画の基礎技術となる月サンプルリターン計画「嫦娥5号」「嫦娥6号」の成否が注視される。

マーズ2020ローバーが採取する火星サンプルの価値について、2019年初頭にその科学的価値に対する期待を表明した70名の科学者による文書が発表された。名を連ねる惑星科学者は、サンプルを採取して火星の生命を探査する研究を「聖杯探求」と呼んでいる。8ヶ月後に迫ったマーズ2020年の出発に期待が高まるが、火星軌道上でサンプル容器を受け渡すという複雑な開発課題がまだ残っており、また中国は着実な開発で追い上げてきている。

サイエンスライター/翻訳者(宇宙開発)

1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。

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